第10話 温泉! 湯気から生まれるは少女の活力? (Bパート)

 結局、かなみ達はネガサイドの幹部と同じ湯に浸かっているというストレスから根負けしてしまい、先にあがることにした。

「あ、そうそう結城かなみさん。気が変わったらいつでもこちらに連絡お願いしますね」

 さり際にかなみはスーシーから名刺を受け取った。

 プラスチックのような手触りで、黒い十二角形らしきロゴが入っている。おそらくネガサイドのシンボルなのだろう。

 そこには『悪の秘密結社ネガサイド日本支部第1幹部スーシー』と書かれている。

「って、これ住所と電話番号まで書いてあるじゃない!」

 名前の下辺りにちゃんとご丁寧に示されている。

「いや、これはさすがにデタラメでしょ。いくらなんでも敵にアジトをバラすような悪の組織なんているわけないでしょ」

「そりゃそうよね、悪の秘密結社だし」

「ともかく、彼らが同じ旅館にいることを社長に報告したほうが良さそうだわ」

 翠華の意見には同意だった。

(あわよくば社長があいつらを一網打尽にしてくれれば……! ああ、でもあの人使いの荒い社長がそんな楽をさせてくれるわけないか……)

 一瞬、都合のいい考えがよぎったかなみだったが、そう思い通りにならないものだと密かに現実を見つめてため息をつく。

 かなみは浴衣に着替えると、みあが着衣室の荷物入れを探りだしていたことに気づく。

「みあちゃん何してるの?」

「あいつの服がどこにあるはずなのよね」

「あいつ?」

「ほら、カンセイとスーシーは男だからともかくとしてテンホーはこっちだからあるはずなのよね?」

「なんだかやってること、こそ泥みたいね」

「うるさいわね。これも戦いを有利にするために必要なことよ」

「服一つでそんなに変わるものなの?」

「何か手がかりがあったらメッケものでしょ。弱みの一つでも握れればなおよしだけど」

「完全に悪役の手口だよ、それ」

「情報は使い方次第で金にも銀にもなるのよ」

「みあちゃん、気合入れて探しましょ!」

「かなみさん、変わり身はやッ!?」

 翠華のツッコミも何処吹く風か、かなみとみあは荷物入れを全部出してしまう。

「……ない」

 しかし、その結果はまったくの空振りであった。

「ど、どういうことなの?」

「ここにないってことは服をここで脱いでないってことじゃないの?」

「そりゃそういうことになるけど……だったらどこで脱ぐっていうのよ?」

「うーん」

「っていうより、あいつホントに私達より先に入っていたの?」

「え……!?」

 言われてみれば露天風呂には柵や仕切りが無いから、外から侵入しようと思えば簡単に出来る構造になっていた。

「まさか、外から来たって言いたいの?」

「……あるいは、最初から全裸で入ったのか」

「――え?」

 翠華の発言に場が凍りつく。

 その時、テンホーは全裸で更衣室を素通りしたという恐ろしい想像が三人の頭上によぎった。

「ないないないない!」

 かなみは即座に否定する。

 よくはわからないけど、なんとなくそれは許してはいけない気がしたからだ。

「そ、そうよね、いくら露出狂の痴女だからってそれはないわよね!」

 それはみあも同じだった。

「ごめんなさい! 変なこと言ってしまって!」

 翠華は猛省して謝る。

「そ、そうですよ翠華さん! 冗談キツイんですから!」

 三人揃って引き攣った笑顔のまま、更衣室をあとにした。

 テンホーがここから出てくるまで待っていれば「更衣室で服を脱いだり、着たりしないまま出入りする」という想像が現実なのかどうかわかるのだが、それを確かめる勇気は無かった。



 部屋の割り振りは、あるみ・鯖戸・かなみ達三人の三部屋に分けられていた。

 あるみは「別に仔馬と相部屋でも問題ないんだけど」と言ったが、鯖戸は「あらぬ誤解を生むからやめてくれ」と言ってこういう割り振りになったそうだ。

 ともかくかなみ達はあるみに報告のため、部屋をノックする。

「社長、お話があります」

 先頭に立つのは翠華。やはりこういうとき頼りになると純粋に思うかなみであった。

 部屋の戸を開けて、入ってみる。

 しかし、そこにあるみの姿は無かった。

「……いない」

「どこにいったのかしら?」

「温泉かもしれないわね」

 みあの発言通りなら今頃温泉でネガサイドの三幹部と鉢合わせしているはず。

 いきなり敵と温泉で出会ってしまったらあるみの場合どうするか。

「ここで会ったが百年目とか言って全滅させる」

 物騒なことを考えるみあ。

「案外和気藹々としているんじゃないの?」

 平和なことを考えるかなみ。

「鉢合わせなんてことにならなかったんじゃないかしら?」

 現実的なことを考える翠華。

「うーん、ここで考えても仕方ないわね」

 みあは廊下に出て温泉に向かう。

「あ、ちょっとみあちゃん!」

 かなみは後を追って、廊下を出る。

「あれ?」

 もうみあの姿は見えなくなっていた。

「みあちゃん、速いですね……もう見えませんよ」

「暗いところ走ったら危ないのに……」

「早く追いかけましょう」

「ええ、ネガサイドが近くにいる状況で単独行動は危険だわ」

 即答する翠華。この判断力はやっぱり頼りになるとかなみは思った。



 暗い廊下を歩いていく。

 本当は走ってすぐにみあに追いつきたいのだが、何しろこの廊下は暗い。

 夜目が利くかなみが手を引いてあげないと危なくて歩けない。

 実は温泉行くときも戻る時もそうだったのだが、今はみあがいないため二人っきりの状態である。

(これって逢引……いえ、ちょっと違うかしら……?)

 などとどうでもいいことを考える。

 逆をいえばそんなことでも考えてないと落ち着かないのだ。

(黙ってるのもよくないし、何か話した方がいいわよね……)

 この沈黙はきまずく思った翠華は話題を切り出す。

「かなみさんってホントに凄いのね、こんな暗い中でも平気で歩けるなんて」

「そんな……普段の貧しい生活を活かしてるだけですよ」

「こういうときにそういうことを活かせるのは凄いことよ」

「そ、そうですか? 翠華さんにそう言われると照れますね」

「て、照れるの……?」

 翠華は戸惑った。もしかして、これは少しでも自分に気があるのではと邪推してしまう。

 実際のところは手本にしている先輩に褒められたのが嬉しいだけのことなのだが。

「だって、翠華さんですから」

 かなみはニコリと笑って答える。だけど、残念ながら暗闇のせいで翠華はまったく見えなかった。

 そうでなかったら、翠華は赤面するだけですまなかっただろう。


ギィ!


 そんな幸せで満たされた空間を打ち壊すように不気味な音が鳴る。

「えッ!?」

 かなみは反射的に背筋を凍らせ、全身が硬直する。


ギィ!


 木板の床が軋む音。

 誰かが近づいている足音なのだが、音はやたら大きくかつ一歩ずつやけに間隔がおかれているような気がする。

 それが暗闇と相まって恐ろしく不気味に聞こえてしまう。

「誰かきてるの?」

 夜目がきかない翠華には誰かが近づいているようにしか聞こえないが、かなみは違った。

「誰が……?」

 だが、かなみには見えていた。

 暗闇の中でワラワラと柔らかそうな身体と糸でムリヤリ継ぎ目を縫い合わせた歪な顔。

 その背には銀色に輝く二つの刃……ハサミ、それもかなみ達の背丈ほどある大きなハサミだ。

「敵、敵、敵ッ……!」

 かなみはすぐに判別した。

「翠華さん、敵です!」

「え!?」

「マジカルワークス!!」

 光の速さでかなみはコインを頭上へトスする。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 怖がっていても、声が震えていても、名乗り口上をちゃんと言う。そろそろかなみにも魔法少女としての習慣と根性が身についてきたようだ。

「カナミさん、いくらなんでもそれは早すぎよ! まだ敵だと決まったわけじゃないわ!」

「いいえ、翠華さん! あんな人の首をちょん切るしか使い道の無いハサミと、ハリと糸で縫い合わせたような顔はネガサイドしかありえません!!」

「ま、まあ、確かにそうね。マジカルワークス!」

 翠華はカナミの必死さに圧されて、変身する。

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

 威勢のいい名乗りを上げたものの、敵が見えずキョロキョロしてしまう。

「で、カナミさん? 敵はどっち?」

「え……?」

 カナミは唖然とする。


カチカチカチカチカチ!!


 そうこうしているうちに、敵がハサミの刃を鳴らしながら迫ってくる。

「――ッ!?」

 ここで初めてスイカは敵の存在を認識する。

「美安びあん!」

 スイカはレイピアを出して、ハサミを弾く。

「スイカさん、敵が見えたんですか!?」

「いえ、見えないわ!」

「でも今ハサミを……?」

「音と気配で察知できたのよ」

「す、凄いです!」

「カナミさんの目と同じ。私の場合は耳がいいだけのことよ」

 そんな会話しているうちに敵はまた迫ってくる。


カチカチカチカチ!


 ハサミの刃をうるさいほどに鳴らしてくる。

「やあ!」

 スイカは闇に向かってレイピアを突き出して弾く。


キィン! キィン! キィン!


 レイピアとハサミの衝突を繰り返す。

 火花が散りそうなほど激しい刃と刃のぶつかり合い。

 目が見えないというのに、互角以上に戦っているスイカにカナミは驚嘆を禁じえなかった。

「わ、わたしも!」

 それから自分も戦いに加わるべきだとしばらくしてから気づく。

「いいんですか、あなたが戦っても?」

 いきなり背後から悪魔のような囁き声がする。

 声の主はスーシー。風呂上がりで浴衣を着て、一見して可愛らしい少年の姿なのだが、その目はカナミを見上げているというのに見下したような笑みを浮かべて立っている。

「ど、どういう意味よ?」

「あなたが戦って壊したら、その修理費はあなたが払わなければならない」

「う……どうしてそれを!?」

「秘密結社の情報網をなめてもらっちゃ困ります。それで今修理費を払ってでもあなたは戦いますか?」

 カナミの力は神殺砲といった強力なものなのだが、それはどうしても周囲の被害を避けられない。しかも、戦いの場所が室内ならば尚更のことだ。

「ひ、卑怯な! 第一、旅行中だから事を構えないといったのはあんた達じゃない!」

「それはテンホーの言葉です」

「どっちでもいいわよ!」

「しかし、まあこれは僕達としても想定外の状況なんですよ」

「想定外?」

「何しろ、そいつはこの地方に放置していた怪人なんですよ」

「放置って! あんな危ないモノ、放置するなんて無責任にも程があるわよ!」

「悪の秘密結社ですから」

 スーシーは得意満面の笑みで返してくる。なまじ夜目がきくばかりにカナミはその顔がよく見えてしまい、苛立ちを募らせる。

「まあ、そのカカシ怪人カルカルカーは元々、木こり怪人キルキルキーとセットだったんですけどね」

「やっぱり、あの木こりもあんた達の仕業だったのね!?」

「ええ、秘密基地をつくり上げるために作業してもらっていたんですけどね」

「秘密基地って……」

 カナミは脱力した。

 そういえば前にも骨董屋を取り壊して、無理矢理秘密基地を作るとかいうふざけた計画をテンホーが口にしていた。

 悪の秘密結社というのはよっぽど秘密基地というものが好きなんだろう。しかもそれを敵に自らバラすことも含めて。

「っていうか、あんなのとこんなのでどうやって秘密基地を作るつもりなのよ!?」

 あんなの、とはあの人を切ることしか能が無さそうな木こり。

 こんなの、とはこの人を切ることしか芸が無さそうなカカシ。

 どちらもどう見ても戦闘用でとても建設業とか土木工事とかに向いてなさそうと思うカナミであった。

「ああ、それはですね。キルキルキーは山の木を切って木材収集、カルカルカーは畑の苗を刈って耕地整理ができるんですよ」

「なんじゃそりゃ!」

 カナミは思わずツッコミを入れてしまう。

 納得できるようなできないようなそんな微妙な役割をもたされた怪人。今スイカと激しい戦いを繰り広げているカカシ・カルカルカーにある種哀れみを抱きかける。

「しかし、そのプランだと時間が掛かり過ぎることが怪人を作ってから発覚してしまったので凍結していましてね。適当な場所に放置することになって今に至るわけです」

「そんなもん、最初から気づきなさいよ! 大体なんで放置するのよ、普通に廃棄処分しなさいよ!」

「何事もやってみなければわからないものですよ。それに僕達に普通とか常識とかが通じると思っているのですか?」

「う……!」

 悪の秘密結社としての正論を言われて、カナミは口をつまらせる。


キィン! キィン! キィン!


 そうこうしているうちに、スイカは後退していく。

「くッ!」

 いくら音と気配で敵の攻撃を察知できるからといって、暗闇の中で見えない攻撃を立て続けに繰り出されるのは不利なことには変わりない。

 それでも、狭い屋内で建物に被害出さずにダメージ一つ負っていないのだから十分善戦しているといえる。

「スイカさん!」

 だが、カナミにとっては歯がゆいだけのものだった。

 迂闊に手は出せない。闇雲に魔法弾を撃ち出そうものなら建物に損害を出してしまう。それは自分の生活に直結する大問題である。

 それがまたステッキの照準を鈍らせる。

「くぅ……!」

 歯がゆい。先輩であり同僚であり仲間であるスイカの奮戦を見守るしかできないなんて。

 それというのも……!

「借金があるからですよね?」

「――!」

 背後からのスーシーの囁き声がカナミの心を代弁する。

「嫌ですよね、正義の魔法少女ってそういうどうでもいいしがらみがありますから。悪に手を染めればそんなものはなくなって好き放題気の向くままに暴れられますよ」

「くくぅ……ッ!」

 カナミは反論できず、歯噛みするしか無い。というのも、スーシーの言葉はあまりにも甘く魅力的に聞こえて仕方がないからだ

「カナミさん、惑わされないで!」

 スイカは後退しつつ、呼びかける。

「スイカさん……!」

 しかし、カナミは動き出すことができない。せっかくスイカが苦戦しながらも励ましてくれているというのに。

「ごめんなさい……戦わなくちゃいけないのに……! もしも、壊しちゃったら弁償しなくちゃいけないから……!」

「そういうことなら……!」

 スイカは壁をレイピアで突き破る。

「ええッ!?」

 カナミが驚愕するが、スイカは更にその先の部屋にある窓まで突き破る。


バシャンッ!?


 窓ガラスを派手にぶち壊して外へ出る。

 カルカルカーはそれを追いかける。


 シュゥ!


「スイカさん!」

 カナミは慌てて追いかける。

「チ」

 スーシーは軽く舌打ちする。

 かくして敵味方ともに戦いの場は僅かな月明かりだけが頼りの野山へと移った。

「カナミさん、ここなら思う存分戦えるわ」

 あるのは森の木々と空だけ。

 ここまで開けた場所なら都会よりも神殺砲を撃っても大丈夫だろう。

「う、うん……でも……!」

 そのために、スイカは旅館の壁や窓を取り壊してしまった。

 当然、その責任はスイカが負うことになる。それは他でもない自分のためだ。

「私のためにスイカさんが……!」

「気にしなくていいわ! カナミさんの責任ぐらい、私がいくらでも持つから!」

 スイカはそう言ってカルカルカーに立ち向かう。

「ストリッシャーモード!」

 広い場所に出たことで思う存分戦えるようになったのは

スイカも同じであった。レイピア二本による高速の突き出すを繰り出す。


キィン! キィン! キィン! キィン!


 しかし、外に出た途端カルカルカーもこれまでの倍以上の速度でハサミを繰り出してくる。

 刃が閃き、火花迸る。それは凄まじく大地に開花する花火のようであった。

「スイカさん……!」

 その最中、カナミは打ち震えていた。

「スーシー、あなたの誘いには乗らないわ!」

「なんですって……?」

 スーシーの笑顔が少し引きつる。

「とっても魅力的だったけど、でもね、仲間を裏切るわけにはいかないのよ!」

 カナミはステッキを月に向かって掲げる。

「神殺砲!」

 ステッキが大砲へと変化する。

「スイカさん、どいてください!」

 カナミの号令を受けて、スイカは即座に退く。

「ボーナスキャノン!!」

 大砲から大出力の魔力砲が撃ち出される!

「カルカルカルカルカルッ!」

 カルカルカーは断末魔らしき悲鳴を上げて、魔力砲に飲み込まれる。そのまま大爆発を起こして怪人は跡形も無く消え去る。



 その後、姿が見えなくなったあるみ達を旅館中探しまわったが、見つけることはできなかった。

 一晩かけて露天風呂、食堂、全部の部屋と探したのに、従業員らしき影は見かけるものの、基本的に人っ子一人いなかった。ネガサイドの幹部達も見かけなかった。

 結局疲れはてて朝、元の部屋に戻ると、そこにみあは寝ていた。

「みあちゃん!」

 かなみはその姿を見ると、すぐに抱きしめた。

「うわッ!?」

 無理矢理起こされると同時に、抱きしめられていると気づいたみあは悲鳴を上げる。

「な、なんなんなのよ、かなみ!?」

「よかった、どこに消えちゃったんだろうと思ってたのよ!?」

「何言ってるのよ、こっちは大変だったのよ」

「た、大変だったってどうしたの?」

「食堂を通ったらいきなり、やまんばの板前が襲ってきたのよ」

「やまんばの板前? それって私が見たやつよ!」

「なんだか、それってね。ネガサイドが旅行者を始末するために旅館に放置していた怪人みたいだったのよ」

「ああそれ、私達も似たようなヤツと戦ったよ」

――ホント、好き勝手やってくれるわよね

 かなみは思わず身震いする。

 その声はどこか寒気が走る生きた心地のしないものであった。

「ち、ちちち、千歳さん!?」

 緑髪のツインテール、ただし足はない少女・千歳が唐突に現れる。

「あ、あなた、急に消えたんだから成仏したんだとばっかり思ったのに!?」

「なんで私が成仏するのよ。久しぶりの故郷だから思う存分ハネを伸ばしてたのよ」

「そのまま天に昇ってくれればよかったのに……」

「何か言った、かなみちゃん?」

 千歳は笑顔で重圧のこもった声で問いかける。

「い、いいえ、もどってきてくれてよかったなーと思って」

 あるみと違う怖さがあるものだとかなみは感じた。

「そうそう、素直がいいわね。喜びついでにもう一つ報告があるんだけど」

「え、報告?」

 嫌な予感がする。

「あなた達の会社に私も入ることにしたから」

「ええッ!?」

 一同驚きの声を上げずに入られなかった。



「ま、終わりよければ全てよしってことで」

「その終わりもよしといえるかどうかわからないところだけどね」

 あるみの締めくくりを鯖戸は皮肉る。

「この時期に新入社員が出来たと思えばいいじゃない。それも人件費がかからない優秀な顧問ってことで」

「それはいいですけどね。でも、あなたよりもキャリアがありますよ」

「なに、もしかして私の社長としての立場を心配してくれてるの?」

「まさか……政権交代もありかなと思いまして」

「どっちの味方よ?」

「強い方ですよ」

「あんた、どっちが強いと思ってるの?」

「生命が惜しいから黙秘権を行使させてもらうよ」

「どーいう意味よ」

 などと前の運転席で楽しくも殺伐としたやり取りをしつつも、後の荷台スペースに乗せられているカナミ達は疲れ果てて倒れこんでいた。

「あーん、ねむい……」

 三人揃って昨日から眠っていないのだから、疲労困憊でもう動けない状態であった。

「どうせもうトラブルないんだし……眠っちゃいましょ」

「う、うぅ……うぅ、うぅ……!」

「どうしたの、かなみさん……そんなに唸っちゃって」

「す、翠華さん……!」

 かなみはいつもと違ってモジモジとした態度で翠華に語りかける。

「かなみさん、どうしたの?」

 二人は起き上がって顔をつきあわせる。

「あ、あの、そ、それが……ですね……」

 様子がおかしい。

 こんなにも疲れきった顔で神妙な面持ちで翠華を見据えるなんて只事ではないと感じ取った。

(まさか――!)

 成り行きとはいえ、一晩を共にした直後なものだからと翠華はあらぬことを想像してしまった。

(まさか、旅で互いの想いを確かめ合う)

「昨日、翠華さんは言ってくれましたよね」

 そう言われると翠華は昨晩自分が切った啖呵を思い出す。

『気にしなくていいわ! カナミさんの責任ぐらい、私がいくらでも持つから!』

 今にして思うと勢いとはいえ、とんでもないことを言ってしまったと恥じる翠華であった。

「……責任、とってくれると言いましたよね……?」

 非常にモジモジとしたいじらしい態度でかなみは翠華に訊く。

「え、えぇ……たしかに言ったけど……」

 まさかまさか、と翠華は胸を高鳴らせる。

 この場合のかなみの言う『責任』というのは……! 翠華はあらぬ想像を頭の上に思い浮かべてしまう。

「ダメよ、かなみさん!」

「え、ダメなんですか?」

 かなみはひどく落胆する。

「え、いや、そういうわけじゃなくて、ね……!」

「じゃあ、責任とってもらえますか……?」

 かなみは弱々しく遠慮気味に問いかける。

 翠華の目から見て、それは普段強気で元気な彼女から想像できないほど弱気である。それに昨日彼女と温泉に入って魅惑的な身体を堪能してしまったせいか、非常に色っぽく映ってしまう。

「え、えぇ……! えぇ、もち、ろんよ……」

 そんな姿を見せられては翠華も屈せずにいられない。

「お、お願いします……!」

(キキ、キ、キタァァァァァァァー!!)

 翠華は心の中で叫んだ。

 疲労困憊のおかげで精一杯の平常心を保てたが、顔は真っ赤である。

「これ……!」

 しかし、差し出されたのは翠華が予想していたモノはまったく違うモノであった。

「せ、請求書……?」

 渡されたのは紙一枚。それも昨晩を取り壊してしまった旅館の修繕費に関する請求書であった。

「さっき社長に渡されまして……!」

「壁、窓……! それに、露天風呂……!?」

 それは翠華が身に覚えの無いモノであった。

「たしか、私が壊したのは壁と窓だけだったはずよね……?」

「あの~、露天風呂は……神殺砲で敵ごとぶっ飛ばしてしまいまして……」

「ああ、そういうことね」

 あれだけの大威力ならそれも無理はないか、と納得する。

「それで、翠華さん……こんなことお願いするのは心苦しいんですけど……」

「仕方ないわね……責任取るって言った結果がこれだから私が壊したも同然だし、私が責任持つわ」

「あ、ありがとうございます!」

 かなみは涙ぐんでお礼を言い、嬉しさのあまり抱きつく。

「か、かなみさん……?」

 あまりにも予想外の行為に、疲労困憊も合わさって翠華は気を失ってしまう。

「え、翠華さん……?」

 翠華がどうなったのか、把握するとかなみは困惑する。

「大変だよ、みあちゃん。翠華さんが気絶しちゃったよ!」

「放っておきなさいよ、疲れてるんだからゆっくり眠らせてあげればいいのよ」

 実に大人の対応であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る