<ノイジー・インテルメッツオⅡ>~協会長の受難~
<ノイジー・インテルメッツオⅡ>~協会長の受難~
人の価値とはどれだけの力を持つのかではなく、自分に使える力をどう使うかで決まる。
心を傷つけられれば人は死ぬこともあるのだと日頃から説明する人間がいないように、あたりまえすぎて日常では誰も口にしない台詞だ。
しかし、ときにイジメの果てに殺す気が無く人を死なせてしまう人間が育つように。
あたりまえすぎる事実こそが最も伝えていかなければならないということを知らない人間の間で育つと人間はそんなあたりまえのことも忘れてしまう。
そして、そういう人間を育てた親達の多くが言うのだ。
あの子が悪いんじゃない、周りが悪かったのだと。
だいたいは周りに自分達も子供もいれない恥知らずか、自分達は責めるが子を責めない馬鹿だ。
あたりまえのことこそ、自分達が子供に伝えていかなければならなかったのだと気づいた人間は後悔のあまり、自分達もまた悪かったのだと言うのだ。
その言葉が自分達と同じ過ちを犯すかもしれない人間に届くことを願って。
そして、そのあたりまえの事こそを伝え続けねばならない文筆者や放送に携わる人間の多くが、‘下種脳’の価値観に従い動く業界の中でそのことを思い出さずにいる。
そう、自分達の価値が何をどういう風に伝えるかで決まるのだという事実を思い出さずにいるように──。
オレは目の前の好々爺然とした禿頭白髭の男を見ながら、こいつは自分の価値をどこに置く人間なのかを値踏みしていた。
ルヴァナー協会の会長と名乗った老齢の男は、一般人なら気づかない程度に隠蔽してはいたが、歳に似合わぬ覇気を身に纏っている。
企業の創業者や海千山千の個人業者に多いタイプのタヌキだ。
リアルティメィトオンラインの設定では、職業冒険者を統率するこの協会は街や村単位で運営される協会が情報と技術そして運営資金の一部を共有した共同体で、日本でいうなら農協のような組織だ。
引退冒険者達で運営されるルヴァナーギルドと違い、より行政に、よくいえば密着、悪く言えば癒着した組織だ。
ゲームでは、ギルドと協会の勢力争いの多人数参加イベントなどもあり。
それぞれから依頼を受けた立場の違うプレイヤー同士で出し抜きあうような展開を売りにしていたものだ。
組織の利益を加入者の保護より優先させることや長期的な視野を持たずに場当たり的に運営されているところは電力会社などと同じだが。
職業柄、より殺伐とした組織となった協会の長らしく男は韜晦しながら色々と探りを入れてきていた。
表向きは村を事故から救ってくれたことに対する礼に昼食を奢ると、近くの飯店にオレ達を誘ってきたのだが、それだけでないことは容易に想像がついた。
このての男は自分の行動にいくつもの意味を持たせ、あわよくばと有形無形の利を求めるものだ。
女達はそれに気づいているのかいないのか、役人達相手とは違い、楽しそうに並べられた料理を食べている。
男がオレ達を連れてきたのは中華風のこじんまりとした店だが、その外観と違って出る料理はどれも凝ったものばかりだった。
仔猪のような味わいの肉をタレでとろとろに煮込んだ後で一度冷やし、再度時間をかけて炙ることで香ばしさとさくっとした食感をだした口の中でとろける肉料理。
清涼な香りを持つ瓜科の野菜やほのかな甘さを持つもやしとかいわれの中間のシャキシャキとした食感の菜葉に、若い合鴨に似た肉を複数回違った香りの木片で燻して作った燻製肉を合わせた冷菜。
烏骨鶏の黒いささみ肉のような見た目の軽く脂ののった細切り肉と、黄金に輝く濃厚な色と味のとき卵をとろふわに泳がせた虎を思わせる色彩の深い味わいと香りを持つスープ。
そのどれもが計算された一流の盛り付けと味わいで、この店が超一流の名店であることを語っていた。
いつものことながら、ASVRでここまでの味が再現できるのが不思議だ。
ミスリアは談笑しながら優雅に。
シセリスはオレに給仕をしながらも端麗に。
ユミカは健康的に旺盛な食欲を見せながらも品良く。
シュリの小さい口を開く姿は可愛らしいくせに不思議とどこか妖艶に。
それぞれが食事に華をそえている。
「このような美女達に囲まれてうらやましいのう。やはりデキる男は違うわい」
ニコニコとそんなことを言いながら、男はまた探りを入れてきた。
「話によれば、盗賊どもを石化したとか、いったいどこでそのような魔術を?」
この男もミスリア達と同じ、役割を刷り込まれたNPCの一人なのか、それともこの腐れゲームの主催者の犬なのかは判らないが、ここで手の内を明かす気はない。
「悪用されると危険な魔術なので習うときにそれは秘密と言われてまして」
オレは警戒などしてないように申し訳なさそうな顔をつくり、もっともらしい話で答えた。
ここがASVRによる仮想世界だとオレが認知していることを気づかれるわけにもいかない。
ましてやハックについては尚更だ、絶対に知られるわけにはいかない。
「なるほど、お若いのにたいした見識だ」
さも感服したという口調で男はオレの返しを受け、次の問いを口にする。
「さぞかしルヴァナーとしても経験を積まれているのでしょうな」
「デューンはギルドに所属したりするのは、性に合わないらしくて」
オレが口を開く前にミスリアが、なぜか楽しそうに翠の瞳を輝かせてそれに答えた。
「ね、デューン」
そう言ってオレを見る態度は、普段の怜悧な研究者の印象とうってかわって、どこの若妻だといいたくなるような初々しさだ。
ミスリアにほどこした暗示の設定通りの答えだが、この態度も暗示の影響を受けたものなのかは未だにわからない。
「どうぞ」
大皿からオレの空いた小皿に冷菜を取り分けたシセリスが、にっこりと右からオレにそれを差し出すと。
「師匠、これも美味しいよ」
ユミカも嬉しそうに炙り肉の切り身をその皿にのせる。
「……センセー、お水いる?」
シュリまで、のぞきこむように身をのりだして聞いてくる。
どうにも女達は揃ってオレに好意をアピールしたいらしい。
ミスリアとシセリスもそうだが、少女達二人のほうも、オレに好意を抱く理由があるかといえば、怪しいところだ。
情愛というやつが本能的な生理反応に起因する為、男と女なんてものはどうくっつくかわからないものだが。
それでも、彼女達の反応は揃ってどこか衝動的な
まるで誘導されているような印象を持つのはオレだけだろうか?
それがASVRに起因するものなら可能性は二つ。
隠しステータスの魅力、ハックのせいで最大値の100倍となったそれのせいか。
あるいはこのゲームの黒幕が仕掛けたハニートラップかだ。
どちらもあり得そうな話だが、どこかしっくりこないところもある。
前者は、システム上で交渉などに使われるはずのデータがそんな影響をだすかという点。
後者は、やつらがそれをする理由が解らない点だ。
「これはこれは」
いつのまにかオレを師と仰ぐことにしたらしい二人を加え、4人となった女達の不自然な好意を受けながら、オレがその理由を考えていると。
まいりましたなというように笑って、男がいたずらっぽい愛嬌のある顔でオレを見る。
「お互い、美しい女たちには弱いですなあ」
「盗賊達のことがあったので、みんな鍛え直さなければと思ったらしいんですよ」
オレは、いやいやと照れたように笑って見せ、釘をさしておく。
「さすがに石化などは教えられませんが、簡単なものならね」
そうして料理自体は素晴らしいわりに、楽しくない食卓を楽しそうに囲んでいるうちに、オレは屋外が妙に騒がしくなっているのに気づいた。
オレ以外はまだ気づいていないようだが、だんだん騒がしくなっているようなのでそのうち皆、気づくだろう。
「なにかあったようですな」
身体能力を隠すため、しばらく素知らぬふりで食事を続けていると、協会長が組織を束ねる責任者の顔になって言う。
「会長!!」
そしてトラブルは一人の男と共に現れた。
「街道に魔物が! えらい数だ!!」
どうやらイベントはまだまだ続くようだ。
オレは、この事態の裏でほくそ笑んでいる‘下種脳’の影を感じ、苦い笑いを噛みしめた。
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