第149話 クウヤの決意
クウヤたちは急いで港から離れざるを得なかった。ハウスフォーファーが鬼の形相で彼らをにらみつけ、いち早く港から離れるようせかしたからだ。
「先生、そんなに急いでどこへ行くんですか?」
クウヤはあまりのハウスフォーファーの早足にたまらず聞いた。
「……とりあえず、学園長のところだ」
少し間をおいて、ハウスフォーファーは答える。
「どうして……」
クウヤの疑問の後を次ぐようにハウスフォーファーに尋ねようとしたルーだったが、そのれより先にハウスフォーファーに制された。
「とにかく、急いで学園長と会わなければならないんだ」
と一言いうとハウスフォーファーは押し黙り、足早に学園長の下をめざし移動する。
クウヤたちもやむを得ず彼についていった。
学園長の執務室には学園長が、港の騒動の一報がすでに届いてたのか、いかめしい顔で書類を見つめている。
「学園長、ハウスフォーファー参りました」
「……ご苦労。クウヤたちもご苦労だったな」
学園長はクウヤたちの労を労う言葉をかけるがその視線は机の上の書類から外すことはなかった。
「……さっそくだが本題へ入ろう。時間が限られておる。港はどうじゃ?」
学園長は間髪入れず、港の状況について聞いた。
「かなり重大な被害を被ったと言わざるを得ません」
ハウスフォーファーは学園長へ端的に答えた。学園長は「そうか」とだけ答え、腕を組む。
「港湾施設への被害も甚大ですが、港湾労働者や訪れていた商人たちなどへの被害も多く、具体的な人数等は現在集計中ですが甚大なものと予想されます」
ハウスフォーファーは一気に港の状況について学園長へ報告した。
「……ふうむ、やっかいなことを……まったく、なんてやつらじゃ」
学園長は腕を組んだまま、ため息をついた。それは被害の甚大さによるものだけではないようだ。
「……何か情報をお持ちでは? できればこの場で共有したいのですが」
ハウスフォーファーは学園長のようすから何かあると察し、質問する。
「ああ……そうじゃな」
学園長はハウスフォーファーの質問を聞いてはじめてクウヤたちのほうを見る。
クウヤたちは二人のやり取りを他人事のように眺めるだけだった。国家の緊急事態に対応する国家の中枢の動きと自分たちの関連が頭をよぎることがなかったからである。
「……これから話すことは、当然のことながら他言無用じゃ。それから……」
学園長はルーとヒルデのほうをちらっと見る。
「特に、ルーシディティ、ヒルデにはかなり刺激的な情報じゃ。心して聞いてほしい」
学園長の言葉に思わず息をのむルーとヒルデの二人。
「……実は内々には港の騒乱の首謀者についての情報が届いておってな」
その言葉にクウヤが反応する。
「つまり、港のことは事故ではなく……」
学園長は大きくうなづく。
「そうじゃ、とある者たちの意志によって引き起こされた人為的なものじゃ」
クウヤは息を飲み、絞り出すようにつぶやく。
「人為的な……」
学園長はさらに続ける。
「ああ。とある国が港の騒動と相前後してマグナラクシアに対しとある要求を突きつけていてな。その脅しと言えば正しいじゃろう」
「脅し? マグナラクシアが?」
予想外の話に当惑するクウヤ。
「……マグナラクシアを脅すとすればそれなりの国家的力をもった勢力ということでしょうか?」
ルーもためらいがちにクウヤたちの会話に割り込む。学園長の態度に何かを察していた。
学園長は「ああ、そうじゃ」とうなずく。
「そんな脅しをかけることができるのはリゾソレニアか……まさか……」
顔面蒼白になるヒルデ。彼女自身も信じられない結論にいたったらしい。
「ああ。そのまさかだ。カウティカが表立って脅してきた」
ハウスフォーファーは淡々とヒルデの懸念を肯定した。
ヒルデは目を見張り、自分を抱きしめるように腕を組んでわずかに震えている。エヴァンがヒルデを支えるように寄り添う。
ルーは天井を仰ぎ、来るべきものが来たような悟った表情をしている。
「……それでカウティカは何を要求してきたのですか?」
クウヤはカウティカの二人娘の代わりに質問した。
「こまごまと要求してきてはいるが、端的に言えばマグナラクシアのリゾソレニアへの恭順、否従属じゃな」
学園長は淡々とカウティカの要求を明らかにする。
「カウティカがなぜリゾソレニアへの従属を要求するのですか? カウティカにどんな利益があるというのです?」
クウヤは疑問を禁じえなかった。普通、脅しをかけるとすれば自らの利益を相手に強制するために行うもので第三国と言えるリゾソレニアへの従属がカウティカの利益にどうつながるのか、クウヤにはよくわからなかった。
「上皇の
それまでクウヤたちの会話を静観していたルーが口を挟む。
「尺金と言えば、尺金じゃろうな」
学園長は事もなげにルーの言葉を肯定する。
「どういうことでしょう、学園長。そのお言葉だと上皇がカウティカを焚きつけたように聞こえるのですが」
クウヤは学園長に聞く。クウヤは学園長の言葉にリゾソレニアとカウティカの関係が看過できない怪しいものであると感じていた。その確証を得るための質問だ。
「ルーシディティ、ヒルデ、お前たちも聞いているじゃろう。上皇との取引じゃな。ま、もっとも本当に対等な取引と言えるかどうかしらんがな」
学園長は侮蔑的な雰囲気で答えた。
「取引って……カウティカは
クウヤは断言する。リゾソレニアの実態をよく知るクウヤからすれば尊大で他国を見下す国情でその国情の権化の上皇が対等な取引をするとは思えなかった。あるとすれば非合法な方法でカウティカの弱みを握って脅すとか、直接代表を何らかの方法で恐喝するとかであり、真っ当な交渉が行われるはずなどないとクウヤは想像していた。
「クウヤ君、君の言う通りだ。私の手の者から上皇の配下が直接代表を脅したという情報を得ている」
ハウスフォーファーはクウヤの想像を肯定する。クウヤはやはりという顔をした。
「どうも、カウティカ代表は暗殺者の脅威にさらされているらしい。動物の死体などを代表の寝所に放り込むなどの嫌がらせが続いているとのことだ」
ハウスフォーファーはさらに続けた。その内容は嫌がらせ行為以外の何物でもなかった。
「……そこに、定型の上皇からの脅迫文。それに恐れおののいた父はまんまと上皇の操り人形になりさがった……こんなところでしょうか?」
ルーがハウスフォーファーの情報を補足するように皮肉を言う。ルーの言葉には本当にカウティカ代表への侮蔑がありありとしている。
「……概ねその通りだ。身近でカウティカ代表の人となりを見てきただけのことはあるな」
ハウスフォーファーはお世辞ともとれる賞賛の言葉をルーに送った。がルーはその言葉を意に介さない。その目にあるのは父への蔑みだけだった。
「常に暗殺者の影に恐れる状態になれば……父のこと、国を売ってでも身の安全を謀るでしょうね……まったく父らしい……」
ルーが吐き捨てるように言う。
「……己の見の保身を図るため、大魔皇帝への隷属もやむなしなんて……みっともない」
ルーはそう言って、黙り込んだ。
「しかし、いろいろ裏で国と国の駆け引きあるのは分かったけどこれからどうするんだい? 要求を蹴って、カウティカと一戦交えるのかい?」
今まで特に口を挟まなかったエヴァンが口を開いた。現状を打開する展望は全く見えていなかった。
「……場合よってはそういう選択もせねばならんじゃろうな」
学園長は少しの沈黙の後、絞り出すように答えた。学園長もその選択は回避したいようだ。学園長の態度からそんな雰囲気が醸し出されている。
「他に方法は……」
ルーも考えていた。自分の父について思うところはあるが国と国の争いにまで発展するとなると流石のルーでもためらいを感じる。単に父親個人の排除でことがすむのであれば彼女もそれほどためらいはなかったであろう。しかしこの件は確実に国と国の争いになり、多くの人を巻き込み最悪戦争ともなれば、数千、数万、数十万単位での犠牲もありうる話である。
「後は……。方法があるとすれば一番の諸悪の根源を直接根絶することじゃな」
学園長眼光鋭く、クウヤたちを見つめる。
「諸悪の根源……? まさか……大魔皇帝を……?」
クウヤは学園長の意図を察し、思わず聞き返してしまう。クウヤだけでなく、仲間たちも驚きを隠せなかった。クウヤたちは大魔皇帝に挑み……敗北を喫しているのだ。そのことはこの部屋の中にいる全員の理解していることだった。それでもなお、学園長は大魔皇帝を倒すという。
「ああ、そうじゃ。彼奴を排除すればかなりの問題を解決できる」
学園長は断言する。その言葉には強い意志が込められていた。何があったとしても決して負けないという不屈の意志が。
「しかしよぉ……大魔皇帝には……」
エヴァンは珍しく弱音を吐く。彼にとっても大魔皇帝との戦いでの敗北はトラウマレベルのようだ。
「そうじゃ、お前たちは彼奴に負けた」
学園長はクウヤたちの古傷をえぐるような言葉をあっさりとクウヤたちにぶつけ、さらに続ける
「しかし彼奴を叩かねば、我々に未来はない」
学園長は断言する。
「何が何でも勝たないといけないということ……ですか?」
クウヤは学園長の意志の固さに驚くとともに敗北した自分たちにできるのか疑問も感じていた。
「そうじゃ。我々は勝たねばならん」
学園長は再び断言する。
「しかし……俺たちの力では……ヤツにおよばない」
クウヤには学園長の意志の固さだけは伝わったが、敗北を喫した自分たちにできるとは到底信じられなかった。
「ああそうじゃ。今のお前たちではな」
学園長はいともあっさりクウヤたちを否定した。その顔はいたずらを仕掛けたような子供っぽい表情を浮かべている。
「んじゃ、どうすりゃいいってんだよ、じいさん」
エヴァンが学園長の言葉にしびれを切らし、いらだちを隠さない。
「……力が足りなければ補えばいい。この国、マグナラクシアはそのためにある」
学園長は不敵な笑みを浮かべる。
「学園長……あれを……?」
ハウスフォーファーは思い当たることがあるのか学園長に確認する。
「今をおいて他に使う時期があるのか? あんなものこんな時にしかつかえん」
学園長はハウスフォーファーに答える。
「何ですか、何の話を……」
学園長とハウスフォーファーとのやり取りに事情がよくわからないクウヤが質問する。
「おっと、説明が足らなんだな。マグナラクシアの秘められた力を使う話じゃよ」
学園長は自分の手落ちを詫びる。
「秘められた力?」
「ああそうじゃ。マグナラクシアはいずれ来る大魔皇帝復活の時に備えていたものがあるんじゃ」
学園長はそう言って腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかる。
「何ですそのものって?」
大いに興味をひかれたクウヤは学園長に聞く。
「大魔皇帝をも破壊する強大な力じゃ。その力こそマグナラクシアその物と言っていい」
学園長はもったいぶるように具体的な話を切り出さない。
「そんなものがあるのですか……」
クウヤは感慨深げにつぶやく。その一方でそんなものがあるのなら、自分たちの今までの行動は何だったのかと考えてしまう。
「ただ、強大な力故、使いどころが難しいうえにやり直しがきかん」
学園長は腕を組んだまま、額にしわをよせ、険しい表情を見せる。
「……やり直しがきかない……」
クウヤはその言葉に何か引っかかりをおぼえ、その言葉を自分の中で反芻する。
「それに大魔皇帝にその力を使って無事に戻れるという保証もない」
学園長の言葉に衝撃を受ける一同。それは最悪の場合、自分たちが力尽きるという状態ことを意味していた。そのことに気が付いたクウヤたちはいかに自分たちが追い詰められた状況にいるのかを思い知らされる。
「それでも行くのか?」
学園長は厳しい視線でクウヤたちを見る。
「……俺たちの選択できるものは、そのマグナラクシアの力だけなんです」
クウヤは覚悟を決め、学園長へ視線を返した。
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