第108話 焦れるクウヤ
「ここまでくれば道に迷うこともないでしょう。我々は急ぎヨモツへ帰らなければなりません。これで引き上げます。お気をつけて」
魔の森を縦断中、魔族の案内人たちは彼らの根拠地ヨモツへ急ぎ帰らなければならなったと申し出、その場で別れることになった。魔の森をあと少しでぬけるところまで来ていたので隊長もそれを了承、彼らは隊長と握手をして、そそくさと立ち去った。クウヤはひそかに冷ややかな目で彼らを見送る。
クウヤは魔の森での彼らの行動を思い返していた。
彼らは襲ってきた魔物の駆除には消極的にしか参加しなかった。自らに降りかかる火の粉は払うものの積極的に魔物を排除し、調査隊の安全を優先していることをうかがわせるような行動はほとんどとらなかった。しかし彼らはソーンのとどめは誰よりも早く、率先して行った。
クウヤはその行動の違いに引っかかりを感じて、彼らに対し疑念を持たずにはいられなかった。単に火の粉を払うだけならばソーンをいち早く打ち取る必要など何もないとクウヤには思えた。そして今彼らは逃げるように立ち去っていった。その様子はクウヤが疑念を深めるには十分だった。
(ソーンの復活に公爵がかかわっているとして何故調査隊を襲わせたんだろう? 何のメリットがあると……? それに案内人たちは急いでアイツの口をふさいだように見えた。公爵とソーンがつながっていることを知られたくない? 何故だ……? まさか、ヨモツは公爵との何かつながりが……? 分からないことが多すぎて判断できないな……)
クウヤの胸の中でヨモツに対する疑念もうずまきはじめた。しかし情報が断片的で確かなことが言える状態になかった。疑念の中、クウヤは煩悶するしかなかった。
(とにかく、今はマグナラクシアへの帰還を急ごう。ここにとどまって考えていても何も確かな答えは出てこない)
クウヤは一旦考えを棚上げし、帰路を急ぐことにした。
「全員、準備はできたか? 出発するぞ」
隊長が号令をかける。隊員は隊長の掛け声に一斉に反応し、動き始めた。しかしその歩みは今まで蓄積した疲労のせいか遅々として進まない。
「どうした? 進みが遅いぞ。急げ」
隊長は隊の疲労については気づいていたが宵闇もせまり、あまり立ち止まっているわけにもいかなかった。
「隊長、すみません。これ以上は……」
隊員の一人が隊長に音を上げ、立ち止まる。隊長はやむなく、隊を止める。
「……あと少しなのだが、動けそうないか? やむを得んな……」
隊長は隊の物資を確認し始めた。隊の持っている保存食糧は心もとなく、あと少しでトゥーモという位置にいては少々無理をしてでもトゥーモへ滑り込みたかった。
しかし、隊員が動けない以上、この状況で無理をすれば隊員に落伍者が出ることは確実だった。なんとか魔物の襲撃をしのぎ切りさしたる犠牲者もなく帰路に就くことができたことを考えるとここで必要以上に無理をすることもできなかった。
「どうかしたんですか?」
急に立ち止まった隊列に気づいたクウヤが隊長の下へ駆け寄る。隊長は駆け寄ったクウヤに片手を上げ、近寄らなくてもいいと言いたげなしぐさをする。
「大丈夫だ。ちょっとこれ以上移動できない状況になっただけだ。一旦ここで小休止すれば移動可能だ。心配はない」
「……そうですか」
クウヤは隊長の言葉を聞き、考えるしぐさをする。クウヤの頭にとあるイメージが浮かび上がる。
「……急ぐのならば、方法はありますよ」
クウヤの意外な提案に隊長は珍しく驚きを隠さなかった。だがすぐに胡乱な目でクウヤに尋ねる。
「ほう……。どんな方法かね? まさか、魔法で我々を飛ばしてくれるとかじゃないだろうな」
隊長は皮肉めかして口角を上げる。かすかに“冗談だったらただではすまなせないぞ”というオーラを醸し出していた。
今度はクウヤが驚く番だった。こんなに簡単に正解を出されるとは思っていなかった上に軽く脅されている状態になったからである。多少苦笑いしつつ次の言葉を続ける。
「……ご名答。少し準備が要りますが」
隊長は胡乱な目で質問を続けた。
「それで、一気にマグナラクシアまで飛べるのかね?」
隊長は半信半疑なのか、いまだ胡乱な目をしている。
「いえ。初めてなので、そこまで遠くに行くのは難しいと思います。とりあえず試運転ということで、トゥーモの街まで飛びましょう」
そう言いつつ、クウヤは頭の中に浮かんだ魔法陣を地面に描き始める。一通り魔法陣を書き終わると、クウヤは魔法陣に魔力を流す。魔法陣がおぼろげに赤い光を放ち光りだす。
「クウヤ、何をするつもりなのです? こんなに大勢を一度に飛ばす魔法なんて聞いたことがないのですが」
仲間たちを代表して、ルーがクウヤに不安の声を上げる。それに対し、クウヤは「大丈夫」と微笑むだけだった。
「さて……全員魔法陣の入ってください。あと運ぶものも抱えて魔方陣の中へ置いてください。魔法陣発動中は絶対魔法陣の外に出ないでくださいね。どうなるかわかりませんので」
隊員たちはおっかなびっくり魔法陣の中に立ち、恐々クウヤを見る。クウヤは全員ご魔法陣の中心部に集まったのを確認すると、さらに魔力魔法陣に供給する。魔法陣の輝きがさらに増した。
「彼のものたちを彼の地へ送れ。『転送陣』発動……」
クウヤが詠唱し、術を発動すると調査隊は赤紫色の光に包まれる。すると魔法陣が徐々に上昇しはじめる。
「……な、なんだ……消える……!?」
「クウヤ! 大丈夫なんですか?」
「クウヤくん、足が……」
経験のない事態に仲間たちだけでなく、隊員たちも動揺する。魔法陣の上昇とともに魔法陣が上昇した高さまで身体も荷物も消えてしまった。一部の隊員たちは経験したことのないことに驚き戸惑い、逃げ出そうとするものさえいる。
「……うろたえるな! クウヤを信じろ! 問題ない、大丈夫だ」
うろたえる隊員たちを隊長は一喝し、なんとかしずめる。それと同時に調査隊は光とともにその場から消え去った。
「……さて、あとは仕上げを御覧じろといったところかな」
一人つぶやき、クウヤも光に包まれ消えていった。
「なんだ? あの光は!」
魔の森へ開かれたトゥーモの城門前に突如光り輝く魔法陣が現れ、門の警備兵は声を上げる。魔法陣はゆっくり地面に降下していく。すると人影が現れだし、緊張した面持ちで警備兵は手持ちの槍を構える。警備兵の緊張とはまったく関係なく魔法陣は地面についた。それと同時に現れた人影も全身が完全に現れた。
「何者かっ! 魔族の眷族かっ!」
警備兵たちは魔法陣を取り囲み、槍を人影に向ける。
「まて! 我々は魔の森の調査隊の者だっ! 怪しいものではない」
いち早く周りの状況を把握した隊長が、警備兵たちに申し開きする。他の警備兵を抑え、警備兵の責任者と思しき兵士が隊長のもとへ近寄る。
隊長はその兵士に対し、懐から出した物を見せる。どうやら鑑札を見せて説明しているようだった。兵士はしげしげとその鑑札を検める。
「……本物ですね。失礼しました! どうぞお通りください」
本物の調査隊であることを確認した兵士は跳ねるように隊長に敬礼し、門の通過を許可する。
クウヤを筆頭に調査隊の面々は胸をなでおろし、トゥーモの街へ入っていった。
――――☆――――☆――――
クウヤたちはマグナラクシアへ向かう魔導船の船上にいた。隊長とクウヤ及び仲間たちは他の調査隊のメンバーをトゥーモに残し、一足先にマグナラクシアへ帰ることになった。
当然、魔の森での事態をいち早くマグナラクシア、学園長へ知らせるためである。また、帝国内の蠢動についての情報を得たことにより、早急に対応策を検討しなければならないということもあった。
クウヤは一人、デッキで水平線をあてもなく眺めている。
「クウヤ……ここにいたのね。何していたの?」
クウヤはその声の主のほうを見る。そこにはルーがいた。ルーは何か言いたげにクウヤを見つめている。
「ん……? どうかしたの、ルー?」
「え……? ん、ちょっと……ね……」
いつもならもっと歯切れのいい返事をするルーだったが何か言いにくそうに歯切れの悪い返事をする。
「どうしたんだよ、ルー。何か変だよ」
「そ……そう? いつも通りだと思うんだけど……」
クウヤはルーに聞くがルーはやはりはっきりしない返事しかしない。おもわずクウヤはため息を漏らし、腰に手を当て「仕方ないな……」という雰囲気でルーを見つめる。
「……クウヤは、あなたは本当にクウヤなの?」
ためらいがちに上目遣いでクウヤに尋ねるルー。クウヤはその真意を測りかね、首を傾げるだけだった。
「どういうことかな? 俺はいつだって俺だけど……」
「だって、遺跡に入ったクウヤと今のクウヤ、全然違うんだもん……見た目はもちろんだけど、突然思いついたようにあんなすごい魔法をいとも簡単に使ってみたりするし……私の知っているクウヤじゃない」
今日のルーはらしくなかった。上目遣いで瞳を潤ませ、クウヤを見つめるルーはいつも彼女ではなかった。クウヤはどう答えればいいのか分からず、ただ苦笑いするだけだった。
「……何て言えばいいのかなぁ? ルーがどう思っていたとしても、俺は俺だし……」
「わかんないのよ、本当にっ! あなたはクウヤなの? ねぇ!」
駄々をこねる幼子のようにルーはクウヤに言葉をぶつけるばかりで少しも話が進まない。クウヤの腕の中でルーはひたすら彼の胸をたたき不満をぶつけるだけだった。クウヤもいい加減どうしたものかと頭を抱える。
「えっ! ちょ、ちょっと何?」
どうしようもなくなったクウヤはほぼやけくそで、ルーを強く抱きしめる。突然のことにルーは反応できず目を見開き、呆然とする。
「……今は信じられないかもしれない。でも信じろ。何があっても信じろ。俺がクウヤだ!」
「……ん」
その言葉にゆっくりと目を閉じ、クウヤにすがるように抱きしめ返すルー。
しばらく二人は水平線を背景に抱き合っていた。
――――☆――――☆――――
マグナラクシアへ到着してすぐに学園長の下を訪れるクウヤ一行。クウヤはことの顛末を学園長に報告する。学園長は顎鬚を触りながら目をつぶり、静かにクウヤの報告を聞いている。
「――ということで、魔の森で魔戦士になることはなれたのですが……」
「厄介な話も聞いてしまった……と?」
「ええ。まぁ」
「なるほど……そういうことか」
学園長はクウヤの話に相槌を打つが、それ以上の言葉を発しなかった。腹に一物あるのか、注意深く言葉を選んでいるようにも見えた。学園長の様子にいささか不信感を抱いたクウヤは学園長に聞く。
「……学園長、何かあるのですか?」
学園長は顎鬚を触りながら、何かを考えている。そして背もたれに深く体を預け、クウヤに話す。
「……いや、クウヤよ。お前さんお話が事実なら、帝国の公爵が陰で何か画策していることになるわな。そうなると……」
「そうなると?」
学園長は何かさらに考えをめぐらしているのか、視線をクウヤから外し、横を向く。クウヤは学園長の次の言葉をせかす。
「そうなると、厄介な事態になりかねんなと思ってな」
「厄介な事態……ですか? どうなると?」
飄々と答える学園長に対し、あまり最悪の事態を想像したくないクウヤは恐る恐る尋ねる。
「リゾソレニアに連合軍を派遣しているすきに公爵が帝国の実権を握る可能性があってな。公爵とてバカではない。皇帝を亡きものにしてなどということにまではことを荒らげることはないと思うが、あの狸どうでるか……。連合軍にはほかの国への手前、帝国の主力の全部とは言わないまでもかなりの部分の戦力を抽出することになるからな。手薄になった帝国内でことを起こそうと思えば不可能ではない」
クウヤはおもわず天を仰ぎ、顔を手で覆う。それでも、何も対策を考えないわけにもいかないので、学園長に見解を求めた。
「……とすると当面の対策はどうなりますか?」
「当面は今まで通りでよい。クウヤ、お前さんが表立って動くわけにはいかんじゃろ? それこそ、混乱に拍車をかけることになる」
学園長はクウヤに焦りの色を見たのか、クウヤをなだめ、自重するように助言する。
「しかし……現状で懸念される危険性は排除したほうが良いのでは?」
クウヤは何かに急き立てられるように学園長へ反論する。その様子に学園長は眉をしかめ、クウヤを諭す。
「簡単に言うな。少なくともお前さんが下手に動けば、帝国は割れるぞ。いい加減自分がどういう存在になったのか理解したほうがええぞ。もうお前は一介の魔導学園の生徒ではない。この世界を大きく揺るがしうる強大な力を得たある意味“危険人物”なんじゃからな」
「しかし……」
クウヤがなおも反論しようとするのを制し、クウヤに自重するようさらに諭す。
「気持ちはわかる。じゃが、今はこらえろ。この世界がきな臭さを増している今、混乱の種を増やしてどうする? とにかく来たるべき大魔皇帝復活に備えるべきではないのかね? それに裏方のお膳立ては大人に任せろ。マグナラクシアには『火種と火消し』の連中もおる。何もお前さんが全てかかわっていかなければならないことなぞない。任せるべきところは任せろ」
クウヤに反論の余地はなく、押し黙り黙認する以外にできることはなかった。クウヤは少しうつむき食いしばりながら、拳を握る。己の力が足りないことが歯がゆい様子を隠しもしなかった。
「ま、そう躍起になるな。それに少しは大人に活躍の場所を譲れ。子供のお前さんだけがおいしいところを持っていくのもどうかと思うぞ? それとも何か、ルーシディティにいい格好でも見せたいか?」
「えっ! ちょ、ま……そんなことは……」
学園長は冗談めかした口調でクウヤをなだめ、微笑む。学園長の言葉に思わず気を抜き、慌てふためくクウヤ。クウヤは照れ隠しに咳払いをひとつ、話題を強引に変える。
「このことを陛下には……?」
「お前が伝えずとも、いずれは伝わることではあるが……ここはあえて伝える方向で考えるべきじゃろう。そのほうが皇帝の心象を良くするじゃろうて。今は皇帝とイザコザを起こす種は少なければ少ないほど良い」
先ほどとは打って変わって、まじめな表情で答える学園長。クウヤもその表情に気を引き締める。
「……わかりました。その方向で考えます」
「ただ、かなり気をつけねばならんな」
クウヤはその言葉にハッと頭を上げる。
「その森に現れた魔女とやらが公爵とつながっているとすれば、お前が魔戦士になったことも公爵に伝わっているはず。気をつけろよ。公爵は相当なたぬきと聞く。くれぐれも迂闊な行動と言動はつつしめよ」
クウヤは気を引き締め、短く同意の返事するのだった。
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