第66話 遺跡の声
クウヤたちは調査隊と宿で合流した。クウヤはオモイカネの発言が気になり、隊長に報告がてら相談した。
「……ということで、あの場でなぜそんな話がでたのでしょう? 隊長は学園長から魔戦士について何か聞いていませんか? もしかして、知らないところで密命を受けたりしているんですか?」
「何を言ってるんだ。そんな話は知らん。学園長からはいつも通りの調査としか依頼されて無いしな……。しかし魔戦士については、伝承の部分が多くてよく分かってないが、魔族が何か知っているらしいことが分かったことは、収穫かもしれん。ま、今の段階で何かできる訳じゃない。そんなことに頭を使うより、これからのやるべきことに使ったほうがいいと思うが?」
クウヤは何か言いたかったが、隊長の話以上に説得力のあることを思い浮かばず、首肯する以外になかった。今一つ納得の行かない様子のクウヤに隊長は早く寝るよう促す。
「今日は早く寝ろ。でないと明日からキツいぞ。さらに魔の森の奥地へ行くんだからな」
「……分かりました」
クウヤは隊長のもとから離れ、自分の寝床へ帰る。彼は寝床へ潜り込んだが、族長の話が頭から離れなかった。
(一体、族長は何が聞きたかったのだろう? それに魔戦士の試練てなんだろう……? 分からないこと……が多す…………ぎて………………)
クウヤはとりとめなく考えていたが、睡魔が彼を次第に
――――☆――――☆――――
「準備はいいか? 出発する」
隊長の号令一下、調査隊は魔族の街ヨモツを出発する。クウヤは昨日の件が頭から離れず、寝たはずなのにまるで寝た気がしなかった。
「気ィつけてな。無理はするなよ」
「は、見送りありがとうございます。では出発します」
隊長は見送りに来たオモイカネに軽く会釈し、出発する。調査隊が小さくなりほとんど見えなくなるまで族長は見送る。
(さぁて、どうなることか……。首尾よく目的を果たせればいいがの……。何者がちょっかいをだしているようだが。はてさて……)
オモイカネは調査隊の出発を見送りながら、調査隊の行く末を案じていた。
魔族の長の思いを知ってか知らずか、調査隊は魔の森を奥へ奥へと進んでゆく。その道はトゥーモからの道のりよりも厳しくなっていた。“緑の魔物”は魔族の街へ到着するまで以上に行く手をさえぎり、調査隊は今にも飲み込まれんばかりであった。それでも、もがきながら先へ先へと進んでいく。
その一方、もがき続ける彼らを森の暗がりから冷たく見つめる目があった。その目の持ち主は獲物を狩る肉食獣のように息を殺し、彼らを狙っていた。そのことに未だ彼らは気づいていなかった。
「全く、こんなに木や草が多いと進んでいるのか戻っているのかよくわからないなぁ……。いっその事全部燃やそうか」
「何、物騒なこと言っているの。調査隊が調査対象になるものを燃やしてしまったらシャレならないでしょ、エヴェンくん……」
周りの緑と格闘することに飽き始めたエヴァンが身の程をわきまえない発言をすると、ヒルデがつかざずツッコむ。
「何バカいっているの。先へ進みなさい、先へ!」
「……何イラついているんだよ? しょうがないでしょうこんな緑だらけなんだから」
なぜかエヴァンの先の発言にイラついたのか、ルーが彼に当たりだした。彼は非常に迷惑そうに抗議する。
「何二人でじゃれあっているんだ? そこらへんで切り上げろよ」
「あら、クウヤ。羨ましい? よかったら相手してあげても良くてよ」
ルーはほくそ笑んだ。割り込んできたクウヤはルーの仕掛けた罠に飛び込んできた獲物であった。想定外の話の流れにクウヤは大いに動揺する。
「……う、羨ましいってなんだよ? とっ、とにかく先へ進むぞ」
「……つれないのね。昨日の晩はあんなに激しかったのに……」
「をいをい! 誤解を招くような発言はよすんだ。昨日はすぐに寝ただろう? んなことより、急ごうぜ。遅れるぞ」
「……遊びだったのね、クウヤ。あぁ、なんてかわいそうなアタシ……」
「をい……」
クウヤはなんとかルーの罠から逃れるべく話題を強引に切ろうとした。……切ろうとしたが無駄な努力だった。ルーの術中にすっかりはまった彼は全くの無力で、罠にかかったうさぎよりか弱い存在だった。
「クウヤ、お前ってやつは……」
「クウヤくん……責任は取らないとダメだよ」
「まてまてまてっ! 話を広げるな! お前ら調子に乗って……」
二人とも妙にニヤついて、エヴァンとヒルデもここぞとばかりルーに乗っかり、クウヤを攻め立てた。孤立無援の彼は天を仰ぐしかなかった。
「お前ら……。 仲がいいのは結構だが、時と場所をわきまえろよ」
クウヤたちのおふざけに辟易した隊長が、彼らを注意する。その声にルーの罠から開放されたクウヤは胸を撫で下ろし、獲物を逃したルーは舌打ちをした。
「全く、緊張感のない奴らだ……。 ここがどういう場所かわかっているのか? まだまだ子供ってところで納得するしかないか……。ん、茂みが……何っ!」
調査隊の横の茂みがざわめく。隊長は警戒し、武器を構える。
茂みをかき分け現れたのは、トゥーモからの道のりで現れたアンデッドだった。アンデッドは腐汁を振りまきながら、森の暗がりから湧きだしてくる。相変わらず緩慢な動きで調査隊の方へ歩いてきた。調査隊は横を魔物に突かれた格好になった。
「ちっ! こんなときに……。前衛、迎え撃て! 残りは急ぎ前へ進め! 分断されるな!」
隊長が指示を出すやいなや、隊員たちは武器を取り、盾を構え迎撃体制を取る。クウヤたちも武器を手に取る。
隊員たちはアンデッドを力任せに叩き切る。攻撃されるたび、傷口から腐汁がほとばしり、腐肉が辺り一面に散乱する。彼らはアンデッドを次々に倒すが、それを上回る数のアンデッドが襲いくる。調査隊は次第に防戦一方になり、押され始めた。
「隊長! 後ろからも!」
「何っ! えぇぃっ、間の悪い……。とにかく先へ急げ! 道はそれしかない!」
調査隊は引き返すに引き返せず、防戦しながら先へ進むしか道はなかった。
森の暗がりで彼らを見つめる冷たい目の持ち主は防戦一方の調査隊を見て、ほくそ笑む。
(けっこう、頑張るじゃない……うふふふ……。そうでなくてはいたぶり甲斐がないねぇ……あはは……。もっともがけ、もがけ! こうなると、一人ずつ潰せないのが残念ねぇ……ふふふ。あの方の命でいたぶり尽くせないのが残念でならないわぁ……あぁはっはっ。逃げろ、逃げろ、もっと奥へ、もっと、もっと! さぁ、この私を満足させろ! もっと血を流せ! 肉を飛ばせ! 恐怖、絶望……良い顔がならぶわねぇ。あぁはっはっはっは! あぁはっはっはっは……)
アンデッドに襲われ、防戦することに精一杯の調査隊には嘲笑とも、歓喜の笑いともつかない狂気に満ちた笑い声は全く届くことはなかった。
――――☆――――☆――――
辛くもアンデッドの襲撃を凌いだ調査隊は、かなり魔の森の奥地へ追いやられていた。あまりに奥へ追いやられたため、現在地を見失っていた。
「隊長、ここは何処なんでしょうね?」
「分からん。とりあえず辺りを調べよう。まとまって、休める広場のようなところがあれば良いが……」
何人かの護衛を残し、周辺の探索を始めた調査隊。クウヤたちも周辺の探索に参加する。調査隊本体から少し離れたところで、クウヤは“声”を聞く。その声は低く、しかしはっきりとクウヤの脳内に響く。
『力持ちし者よ、来たれ』
その声はクウヤにははっきりと聞こえたが、他の三人には全く聞こえなかった。他の三人には彼が気が触れたようにしか思えなかった。
「誰?! 誰だ……?」
「どうした、クウヤ? 急に叫んで……?」
「分からない。誰かに呼ばれた気がしたんだけど。あっちの方へ行ってみよう」
「おっおい! クウヤ、あんまり勝手に動くとまずいだろ! おーい、クウヤ!」
クウヤは何者かに取り憑かれたように森をかき分けていく。クウヤ以外には聞こえない声に導かれて……。
取り憑かれたクウヤを追って、エヴァンたちが森をかき分けていく。他の三人には彼に何が起きたのか全く分からず、戸惑うばかりであった。
「なんだってんだよ、全く! クウヤの奴、何やってんだ、こんなときに!」
「クウヤ、どうしたんでしょう? 少しおかしいところがあるとは思っていたけど……」
「るーちゃんこんな時に何を言っているの! 早く連れ戻さないと!」
三人はクウヤを追う。森をかき分け彼の後ろ姿を追いかける。吹雪のように視界を遮る草木をかき分け、クウヤを追跡すると、急に開けた場所に出た。彼の姿は付近に見当たらなかったが、一本の打ち捨てられた古道を見つける。草や樹木の根に覆われ、かろうじて石畳の痕跡を確認できる程度だったが、確かに道であった。
「……あいつ、この先へ進んだのかな?」
「分からない……けど、その可能性は高そうね」
「行きましょう! ここで迷っていても、クウヤくん待ってくれそうにないもの。エヴァンくん、るーちゃんいくよ!」
三人はクウヤの影を追って石畳を進んだ。石畳の上にはびこる木の根や蔓を薙ぎ払い道を進む。しばらく進むと、木々の根に覆われた遺跡が見えてきた。その遺跡は黒々とした石材のようなもので形作られており、森の奥底で眠るように存在していた。
その遺跡の前で立ち尽くす人影が見えた。
彼だ。
「いた! おーい、何をやっているんだ! もどってこーい!」
エヴァンはクウヤに声をかけると彼のもとへ駆け寄った。少女二人も同じように駆け寄る。
「何しているの、クウヤくん? 戻りましょうよ。みんな心配しているよ」
「クウヤ、戻りましょう。こんなところにいても仕方がないでしょう」
エヴァンに続き、少女二人の問いかけに反応し、彼女らを見るクウヤ。その眼はややうつろで、通常の彼ではないことは明らかだった。
「……行かないと……呼んでいるから。この遺跡が呼んでいる……声が聞こえるんだ」
「クウヤ、何を言っているの? そんな声は聞こえないわよ。あなたの気のせいよ! 戻りましょうよ。何なら、ここを隊長に知らせてみんなで調べましょう? そうしましょうよ」
珍しくルーが声をうわずらせながら、必死にクウヤを説得する。これほどまでに他人に関わることは彼女にはなかった。そんな彼女の姿にヒルデは驚く。
(るーちゃんがこんなに誰かのために必死になるなんて……。これは何が何でもクウヤくんには戻ってもらわないと)
ヒルデもルーに負けないよう必死にクウヤを説得にかかる。
しかし、当の本人はどこか上の空で、彼女たちの必死の訴えは通じていないようだった。
「……もう行くよ……呼んでいるから……」
ただ一言そう言って、クウヤは遺跡に近づき、門のような一枚岩の前に歩み寄る。彼が歩み寄るとその岩は仄かに光を帯びだした。
「……じゃ」
クウヤはその光る岩に溶け込むようにその中へ消えていった。
「クぅーヤぁー! まってぇー!」
ルーの悲痛な叫びは彼には届かず、遺跡に空しく響き渡るだけだった。
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