第37話 救いの女神
生ける屍たちとうずくまる研究員二人を前に、クウヤは途方に暮れていた。逃げ出すにも脱出方法が見当がつかず、他の子供たちのことも気にはなったが一緒に逃げることもままならなかった。
「……このままじゃ、どうしようもないな。なんとかしないと」
クウヤは研究員たちの猿ぐつわと手足を縛った縄を確認した後扉をそっと開け、通路の様子をうかがった。廊下は不気味なほど静まり返り、人けはないようだった。
「とりあえず、行ってみるか……。みんな、ごめんね。きっと助けに来るから」
クウヤは未だ部屋の中で佇む他の子供たちを残し、周囲を警戒しながらゆっくりを廊下を出口と思われる方向へ歩きだした。相変わらず通路は静まり返りあまりに静かなため、さらに不気味さを増しているように彼には感じられた。青白い照明が延々と奥まで続く通路を、さらに彼は慎重に歩いて行く。
「誰もいないなんて、おかしいな……。もしかして、はめられている?」
クウヤは周囲を警戒しつつ、そんな危惧を持つ。それでもあとに引くことが出来ない彼はさらに先へ進むことにした。そんな彼はふと冷たい視線を感じ、背筋が寒くなる。思わず彼は後ろを振り返る。
……しかし、青白い光の列が奥まで延々と続いているだけだった。
(なんだ、この感じ……。蛇に睨まれているような……)
違和感を感じつつも引き下がることの出来ないクウヤは先へ進む。何かしら叫びだしたいような重圧を感じていたが、無理やり抑えこみ彼は先へ先へと進んでいった。突然、脇の別の通路から人影が飛び出してきた。クウヤは目の前に現れた人影に驚く。
「うわっ! 誰?」
「あらあら、どうしたのこんな場所で? 食事が済んだから、食後のお散歩かしら?」
現れたのはソーンであった。あいも変わらず蛇のような
「まぁかわいい戦士さんだこと。戦争ごっこでもするつもり? 残念だけどごっこ遊びにはお付き合いできなくてよ」
「……そこどけ! 俺はここを出る!」
クウヤはありったけの勇気を振り絞る如く、ソーンに対し一喝する。しかしソーンはその程度では怯まず、むしろ余裕の笑みを浮かべて、彼をじっくり観察して出方を見ているようだった。
「もう一度言う! そこをどけ!」
「……まだわからないのねぇ。素直に部屋に帰れば、何にもなかったことにしてあげるわ。さもなくば……」
睨みつけるクウヤに対し、ソーンは余裕を見せ、腰に備えていた鞭を手に取る。彼女の目に
「こんなところで魔法を使うつもり? どうなっても知らないわよっ!」
その言葉にクウヤは一瞬怯む。その僅かなスキをソーンは見逃さなかった。彼女は激しく鞭を打ち込む。
「甘いわよっ!! 坊や!」
ソーンの鞭が風を切り、クウヤを打つ。クウヤは詠唱を遮られたばかりか、防戦一方で攻勢に出ることができなかった。追い打ちを掛けるよう、さらにソーンの鞭が風を切る。
「ほら、ほら、どうしたぁ! さっきの勢いはっ! もうちょっと頑張ってくれるかと思ったのにねぇ。張り合いのない。おいたの過ぎる子供はお仕置きよ!」
ソーンの鞭で強かに打ち付けられ、クウヤは満身創痍となり、意識も朦朧としてきた。
「いい子ねぇ、やっとおとなしくなって。お仕置きの後はお部屋でお説教しなきゃね。うふふ……」
そう言うとソーンは鞭でクウヤを縛り上げ、クウヤを引きずり何処かへ移動し始めた。クウヤは抵抗することもままならず、ソーンのされるがままで引きずられていった。
「……どこへ……?」
「あら、まだ口が聞けたのね。嬉しいわぁ、タフな子で。心配しなくてもダイジョウブ、あたしの部屋でしっかりここの約束事を説教してあ・げ・る。手取り足取りねぇ。お楽しみに。ふふっ……」
そういうソーンは心底楽しそうであったが、反対にクウヤは絶望の淵に立たされていた。身動きすることもままならず、ただ悶え引きずられていくだけだった。あまりの無力さに自分自身を呪いたくなるほどだった。
程なく、クウヤはソーンの部屋に連れ込まれた。ソーンは嬉しさを隠し切れないようで終始、笑みを浮かべていた。反対にクウヤは絶望の淵に立たされたままだった。
「さて、何から初めましょうか? 何がいい? ふふっ……」
(……何がいい?って、あんたの好き放題できるでしょうが!)
クウヤはそんなことを思いながら苦虫を噛み潰したような渋い表情で、ソーンを睨む。ソーンはそんなクウヤの様子を全く意に介さない。
「んー……。一方的にこっちが喋っても面白く無いわねぇ。何か質問あるぅ? 今日は特別に聞いてあげるわよ」
「……。じゃぁ、倉庫みたいな所にあった、子供の剥製とかは何のため?」
「あらあら、そんなものを見てたのね。だめよぉ、女の子の大事なものを勝手に覗いちゃぁ。うふふ……」
そういってソーンは普段の様子からは考えられないほど、しおらしく可愛らしい女性を演じていた。ただクウヤから見ると、それだからこそ余計彼女の不気味さが際立っているように感じられた。
「……んでも今日は特別に許しちゃう。あれはねぇ、一種の慈善事業みたいなものよ」
「子供を剥製にすることが慈善事業? なんだそれは!」
思わずクウヤは叫ぶ。ソーンの考えていることはクウヤの考えるはるか斜め上をいっており、ほとんど人外の考えとしか感じられなかった。
「そうよぉ、慈善事業。だって、普通に暮らしていたらゴミと一緒に捨てられるだけの存在なのに、あたしが剥製にしてあげる事で、ずっと価値のあるあたしの”宝物”として保存されるのよ。こんなにいい事ってないでしょう?若く綺麗な姿をずっと保ったまま、私のもとで存在し続ける……。あぁ……なんて素晴らしいんでしょう!」
そういってソーンは自分で自分を抱きしめ、クウヤを置いて自分の世界に飛んでいった。クウヤは唖然としてそんな彼女を見つめるだけだった。そんなクウヤを置いてきぼりにしたまま、彼女はさらに続ける。
「それに、ここであんな子たちをバラしたお陰で、随分役にたっているのよ。スラムの孤児なんてゴミでしかないのに、そのゴミからいろんなことに役立たせるのって大変だったのよ。その苦労のお陰で怪我とか病気の治療に役だっているのよ、これでも。それに魔法を使えない子たちを魔法を使えるようにしたり……」
「人間爆弾にして、ふっ飛ばしたり?」
ソーンのあまりにひどい発言に我慢しきれなくなったクウヤは単刀直入に切り出す。ソーンはそのクウヤの言葉にすこし驚き、すぐに淫靡で陰湿な蛇の笑みを浮かべる。
「……どうしてそれを? ふっ……まぁ、いいわ。これからゆっくり聞いてあげるわ、その体にねっ!」
そういうのが早いか、ソーンはクウヤを平手でめった打ちにした。ひと通り平手打ちにしたあと、彼女はクウヤに言う。
「あなた、間者ね。大方、帝国の回し者でしょう。やっぱりあなただけ別にしておいてよかったわ。これからたっぷり喋ってもらうからね、帝国の内部事情について。今日は楽しいことがイッパイで幸せぇ。こんな日がずっと続けばいいのにぃ……」
ソーンは本当に幸せそうにクウヤを見つめる。クウヤはこれ以上無いほどの悪寒が背筋を走る。彼にはソーンの異常さからくるものなのか、それとも拷問されるかもしれない恐怖なのか判別できなかった。もうこれで、生きてはここから出られないと覚悟した瞬間、部屋の外で何かが爆発したような轟音がした。
「何事? 何が起きたの?」
珍しくソーンがうろたえる。クウヤにも事態が飲み込めず、呆然としている。すると、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえた。
「クウヤ様ぁー! クウヤ様ぁー! どこですかぁー!」
「ここだー! ここだぁー!」
クウヤは聞き慣れた声に反応する。クウヤにとっては救いの神、否、救いの”女神”が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます