レベルを上げる事にしました。
昨日はブルースライムだけを相手にしたので、怪我を負う事はなかった。
今日は次の段階として、他の魔物の相手をする事にしている。
このまま湿地帯に行ってもいいんだけど、双方の実力的にぎりぎりな綱渡りを要求されそうなんだよね。
ガイドブック曰く、あそこは夜になると魔物の動きが少し活性化するらしく、危険になるとか。一人だったとはいえ、昼間の段階で苦戦と言うよりも酷く、命からがら逃げおおせたくらいだ。夜に囲まれたらヤバいなんてものじゃない。
視界が悪く、足元も悪い。だけど魔物にとってはそこまで苦にならない環境。それだけで死ぬ確率がかなり上がる。そうならないように事前に対策は取るけど、まずはやっぱりレベルを上げて少しでも攻撃力を上げて、早く動けるようにして、防御力も気持ち程度に上昇させておいた方がいい。
先走ってもいい事はない。俺はそれを湿地帯に赴いて実感した。
じっくり、ゆっくりでいいから着実に力を上げて、納得の行く状態になってから事を成した方がいい。その方が、死のリスクを軽減出来る。クロウリさんも同様の意見で、俺の提案に賛成した。
と、言う訳で、今日は一緒にレベル上げを行う。昨日ブルースライムを倒してお互いに1レベルは上がった。けど、本格的にレベルを上げるとなるともうブルースライム相手では百以上倒して漸く1上がるか上がらないかという微妙なラインに立たされてしまっている。
なので、ブルースライムより強く、かと言って湿地帯に出現する魔物よりは少し弱いくらいの魔物の討伐依頼を受けて昼食を食べてから外に向かう手筈だ。午前中は互いに自由時間として過ごし、俺は町中の依頼を受けてこなし、クロウリさんは昨日のスライム狩りで少し疲れたそうなので午前一杯は休息を取っている。
「じゃあ、行こう」
「うん」
冒険者ギルドの喫茶コーナーで昼食を食べ終えた俺とクロウリさんは東門からトラストの町の外へと出る。近くにあるスライムの森の横を通って、平原へと向かう。
トラストの町周辺の平原で一番強い魔物はロンリーウルフという狼の魔物。繁殖期以外は基本的に一匹で行動しており、獲物を見付けると陰から近寄り鋭い牙で喰らいついてくるそうだ。
ただ、平原で一番強いと言っても駆け出し冒険者が何人かでパーティーを組んでれば後れを取る事はないそうだ。一人がロンリーウルフの標的になってる間に横とか後ろから攻撃すれば勝てる、とか。
平原には他にも巨大蜥蜴のビッグリザード、牙のある兎ファングラビット、うごめく岩アクトロック、そして凶暴な鶏バーサーコケが出現する。が、どれもロンリーウルフには敵わず、アクトロック以外はロンリーウルフの食料になるそうだ。
と言う訳で、この平原では主にロンリーウルフを狩る事にする。俺とクロウリさんは平原を進んで行き、時折俺達の前に出てくる魔物を黒魔法や鉄球で遠距離から倒して、ロンリーウルフの生息区域まで向かう。
遠距離から倒す事によって少しでも血生臭さを軽減できればと思ったけど、意外と風に乗って血の臭いがして来て気分が悪くなる。クロウリさんは慣れてるみたいだけど、俺はどうもなれない。湿地帯に行った時もビッグフロッグとかジャンスネークを切り付けたりしたけど、あの時は逃げるのに夢中で臭いは感じなかった。
これから魔物討伐をメインにする場合は、この血の臭いに慣れないといけないなぁ、とややげんなりする。そして、結局のところ遠距離から倒しても素材を剥ぐ為には近付かなければいけない事に気付き、更にげんなりする。
倒した魔物の皮をはぎ、牙や爪を採取して袋に突っ込み、先へと進む。因みに、解体作業はクロウリさんがしてくれた。修業時代に結構やっていたそうなので、かなり手馴れていた。俺はまだちょっと無理だった。技術的にも、精神的にも。でも、自分でも出来るようにならないとなぁ、と余裕が出来たら頑張ると心に決める。
ここはやっぱり日本とは違うと再確認させられるな。
魔物を倒して素材を集めながら、漸くロンリーウルフの生息区域まで辿り着く。ここは平原でも岩が点在していて死角が結構ある。岩の陰から不意を突かれたり、上から強襲されたりしやすい構造になってるな。
俺とクロウリさんは細心の注意を払いながら岩の間を抜けていく。その際に、僅かに岩を擦る音や空気の流れる音を聞き逃さず、音のした方へと目を向ける。
僅かに尻尾が見えたが、直ぐに岩陰に隠れてしまった。どうやら、ロンリーウルフは既に俺達に襲い掛かる気みたいだ。
俺とクロウリさんは背中合わせになり、互いの死角を補う形で辺りに視線を彷徨わせる。自然と俺は卓球の構えを取る。クロウリさんは呪文を詠唱し始める。
そうする事数十秒。俺は決して焦らず、じっくりと、それでいて視野を広く保つ。結構難しいけど、やれた方がいい技術だったりする。
卓球の試合でも、単に球だけ見て打ち返すんじゃなくて相手のいる位置や打ち方にステップ、球のバウンド具合などを把握すれば自ずと対処がしやすい。まぁ、高速ラリーになるとそんな余裕は殆ど無いし、そうなったら負けじと打ち返してどちらかが根負けするのを待つしかない。
視野を広げる事によって相手の苦手なコースや打ち方、それに対する相手の反応なんかが分かってくる。それが分かれば、こちらから敢えて苦手な打球やコースをお見舞い出来るし、そこを狙うと見せかけて別のコースに打ち返すと言ったフェイントも有効になる。
俺はこういう事も積み重ねて卓球を続けてきた。勿論、最初は上手く行かず我武者羅に打ってた方が得点になった。
けど、試合中に段々と視野を広げ冷静に相手の動きを見れるようになり、意表を突く打球を放ったり出来るようになった。
視野を広げる事によって、結果的に得点に繋がる。ただ、我武者羅に打ち返すだけじゃ駄目とは言わない。これはあくまで俺の持論だし、他人に押し付けようとも思わない。
視野を広げ、冷静になる。そうすれば俺は次の行動が速くなる。湿地帯では自分の考えの甘さが露呈して終始焦っていたけど、今回は大丈夫だ。
ふと、視界の端――岩の上部から何かが飛び出すのを見て取れた。岩の上から飛び降りたロンリーウルフは、鍔広の帽子で上部の視界が悪いクロウリさん目掛けて襲い掛かっていた。俺は即座にクロウリさんを庇うように動いてドライブのスイングを始める。
タイミングはバッチリで、ドライブスイングで振り抜かれた斧はロンリーウルフの首に食い込み頭を体から分断する。
くるくると頭が宙を舞い、血を辺りに撒き散らす。身体はそのまま力無く地面に落ちる。
「ありがと」
詠唱を終えたクロウリさんはそう言うと、杖を高々と掲げて地面に向けて振り下ろす。
「ブラックグラビティエリア」
杖の先から魔法陣が出現し、辺り一帯を包み込む。すると、他にも潜んでいたらしいロンリーウルフ達が岩の陰から出てきた。いや、正確には浮かんできたが正しいか。どうやら個々で俺達を狙っていたみたいだ。
クロウリさんが発動したブラックグラビティエリア。これは【黒魔法Lv5】で覚えられる魔法で、自分の力量以下の相手に掛かる重力を無くす空間を作り出す魔法だ。効果は強大だが、黒魔法に耐性のあるものには効きづらく、更に詠唱が長いので発動に時間がかかるのが難点だ。
しかし、効果は絶大でこのように周囲の敵を無力化出来る。無力化出来る時間は僅か十秒だけだけど、それだけあれば充分だ。
ロンリーウルフの数は七。なら、俺が三倒してクロウリさんが四匹倒せば丁度四匹ずつ倒す事になるな。
「ふっ」
俺はバックハンドサービスで鉄球を二つ放って遠くにいるロンリーウルフの頭蓋を打ち抜き、直ぐに駆け出して一番近くにいるロンリーウルフの頭めがけてスマッシュをぶちかます。
「ブラックショット、ブラックショット」
その間にクロウリさんが杖で狙いをつけてロンリーウルフを闇の球で打ち抜いて行く。一匹に付き二発ブラックショットを当て、絶命させる。
「ふぅ」
「お疲れ」
取り敢えず、周囲にいたロンリーウルフを倒し終え、俺とクロウリさんはハイタッチを交わす。そして倒したロンリーウルフの毛皮やら牙やらを剥いでいく。因みに、スマッシュをかました個体については視界に入れないようにしてる。比喩的な表現をすれば、潰れたトマトーースマッシュをかましたスライムと同じ状態になってるからだ。それ故に、牙も吹っ飛んで採取できない。
素材を剥ぎ取り終え、少し場所を移動して同じようにロンリーウルフを狩る。それを二回繰り返す。
「今日は終わりにしよう」
「うん」
時間的にはまだ余裕があるけど、結構精神をすり減らすので、そろそろ無意識に気を抜いてしまう危険があった。また、クロウリさんも魔法を連発しているので疲労が溜まっている。魔力のランクが上がれば上がる程、魔法を多く発動出来る。クロウリさん的にはまだ発動は出来るけど疲労によって精度も落ちるし、何より帰りも魔物の相手をしなければならない。
なので、ここらが潮時だと判断して町へと戻る事にした。
俺達は来る時よりやや速度を落として町へと戻った。道中は特に危険な目に遭わず、無事に町に入る事が出来た。
町に着くと直ぐに冒険者ギルドへと向かう。正直、袋に入れた魔物の素材たちが重いので、早急に手放したかったからだ。あと、早く換金したかったと言うのもある。
今日みたいなのをあと数回こなせばそれなりにレベルが上がり、夜の湿地帯でもある程度余裕を持って魔物と相対する事が出来るようになる筈。道のりはまだ長いし楽じゃないけど、着実に強くなっているので苦じゃない。
「あ、ウツノミヤ様。また応募がありましたよ」
ギルドの受付に着くと、開口一番にそんな事を告げられた。
「応募?」
「仲間募集のですよ」
と、受付の人に言われてあぁ、と納得した。そう言えば、クロウリさんとパーティー組んだ後も貼り紙はそのままにしていたっけ。一応今日の夕方に剥される事になっていたけど、まさかまた応募があるとは思ってなかったな。
「応募してくれた人は今何処にいますか?」
「今ウツノミヤ様とクロウリ様の後ろにいますよ」
その言葉に俺とクロウリさんは後ろを振り返る。
そこには、全身鎧姿の人が突っ立っていた。背中には大きな盾と剣が背負われていて、手にはスライムの皮を仕舞う為のレンタル収納袋を携えている。
顔もヘルムで隠れていて、何かデジャブを感じた。
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