19

 隆一が店を後にしたときにはもう雨は止んでいた。

「それで、あの外国へ行ったって話も、義理とはいえ兄妹同士で結婚することに対して世間の目が厳しかったからってことかぁ」

 なんだかなーと美沙はつぶやく。

「結局最後は筋を通したのかぁ。もしかして、あの隆一って男を問い詰めたら、武勇伝の一つや二つは出てくるんじゃないの」

「たぶんそうだと思うよ。でも聞きたくないけどね」

 それは茉梨の願いを――隆一を好きになるなという最後の願いを踏みにじることになるから。

 その願いは妹の幸せを願ってか、隆一を託した優奈の幸せを願ってか、それともこれ以上ライバルが増えてほしくないという茉梨自身のささやかな最後の抵抗だったのか。きっと全部なのであろう。

「でもいい人に決まってるわ。そうじゃなきゃ、お姉ちゃんが好きになるわけないもの」

「そうだね」

 亡くなった「人生最初の彼女」からの告白から二十年経った七夕に、わざわざ海外からその妹に会いにかけつけるのだから。

 それがなんのためだったのか、隆一は最後の最後まで口にはしなかった。ただ罵られただけで。

「それだけにね。隆一さんが全部泥をかぶることで全てが丸く収まっているけど、正直納得はしていないんだ。別に隆一さんはどうでもいいけど、隆一さんが好きだったお姉ちゃんをさげすんでいるような気がして」

 俺が全部悪いでいいじゃないかと言った隆一に対して、よくないですと強い口調で言っていた由希を、美沙は思い出した。

「なんとなくだけどさ」

「うん」

「茉梨さんと隆一さんの関係もこんな感じだったんじゃない? 馬鹿とかクズとかヘタレとか罵りながらも、でも好きだった、のかもしれないよ」

 私の勝手な想像だけどと美沙は言ったが。

「……そうだね」

「あれ、納得しちゃうんだ」

「だって、その通りだと思うもの」

 顔をあわせて二人は笑った。

「だったらいいじゃん。あいつに泥をかぶせておいても。きっとそれがお望みなのでしょ」

「そだね」

 今後も由希は隆一という男は嫌いであり続けるだろう。

「ただ一つだけ疑問が残ったね」

「なにが?」

「あの男がいつ茉梨さんの病気と死を知ったかってこと。茉梨さんは優奈さん以外にはなにも言わずに引っ越して死んでいったのでしょ?」

「お姉ちゃんの葬式にも来てないからね」

 さてどうしたものかと由希は思う。

 答えは既に知っている。高校生の夏休みに会ったときに本人に対して問い詰めたから。

 でも。

「それは言わないでおくよ」

「えぇっ、教えてくれてもいいじゃん」

「ダメ。なんとなく今の私はそういう気分なの」

 もしかしたら隆一こそが茉梨に振り回され続けた一番の悲劇の主人公だったのかもしれないし、それともやっぱりどうしようもない最低な人間だったのかもしれない。優奈にしても友達とその妹思いの善人だったのか、それとも自分の恋しい人を手に入れるために策を弄した人なのか。

 いろいろな可能性が考えられるうちは、どうとでもいえる。

 でも答えを言ってしまえば隆一や優奈の評価は決定的に決まってしまうだろうから。

「店長、ヒントちょうだいよ」

「さて帰ろうかな」

「てんちょぉっ!」


 店を片付けて、美沙が追及を諦めたところで、二人は外へ出た。

 雨は止んだけれども、あいにく曇っていて夜空は見えない。

「結局、今年も織姫様と彦星様は会えずじまいかぁ」

「どこかで隠れて会ってると思うけどなぁ。雲に隠れてるんだし」

「もう、美沙ちゃんってば。夢があるのかないのだか」

「夢ねぇ……」

 じっと由希の顔を美沙は見つめる。

「なに、私の顔になにかついてる?」

「店長さ。今願い事をするとしたらなにを書く?」

「そうだね。ずっと楽しくお店をやっていけますように、かな」

 即答だった。

「って駅前の短冊に書いた。お店開いてからはずっとそれだね」

 ――みんなで楽しく暮らせますように。

 由希が小さい頃に短冊に書いた願いだ。根幹の部分は変わってないんだな、と美沙は思う。

「でも」

「うん?」

「もし叶わない願い事を書いていいなら――」

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