第3話~伊織の力~

 伊織が一階に降りると、すでにキヨと佐助は準備を整え待っていた。

「来たな、伊織」

 キヨが言うと、伊織はお辞儀をした。

「僕は、まだ戦えるほどの力を持っていないけど、出来る限りのことは全力でやるつもりだから、どうぞよろしくお願いします!」

 伊織の態度に、二人は一瞬戸惑ったが、佐助は笑顔で伊織の肩に手をまわした。

「なーにを今更!お前が戦えない、弱っちい奴だってわかってるっつうの!」

「うっ」

 佐助はただ思ったことをそのまま言っただけなのだが、ストレート過ぎて、伊織には、見えない言葉の矢がぐさりと刺された。

「弱っちいけど、根は良い奴だって分ってる。だから、お前の出来る事、やってくれよな。頼んだぜ」

「うん、もちろん!」

 佐助は嘘を言わない女…いや、男だと伊織はこの一日で理解出来ている。だからこそ、今の言葉は素直に嬉しかった。


「こちらこそ、お願いします」

 キヨはどう反応したらいいのか分からなかったらしく、伊織と同じように頭を下げて言った。その反応が可笑しくて、伊織と佐助は笑った。まさか笑われると思っていなかったらしく、キヨは頬を赤く染めていた。

「そういや伊織、その格好…」

 佐助は伊織を見て言った。

 伊織の今の格好は、先程までの制服姿ではなく、キヨや佐助と同様に和服となっている。動きやすいように下はズボンになっている。


『伊織。リベルテは格好を和服風な物で統一させている。だから、伊織も合わせてもらうぞ』

 出かける前に佐野に言われ、伊織も同意した。すると…。

『伊織君、これ、新作なんだけどどうかな?』

『いやいや、こっちの方が!』

 反乱組織と言っても流石は有名なファッションブランド。従業員達は目をらんらんとさせて伊織に服を渡してくる。その勢いに押され、断ることは出来ずに伊織は沢山の服を着せられた。大変だったが、伊織には笑みが見えていた。

 ——こういうのっていいな。なんか仲間って感じで。


「ああ…。あれか。皆…凄いよな。勢いが」

 キヨは思い出したのか、うんざりとした顔になった。

「準備は良いか?そいじゃ、行こうぜ。風花さん、頼む」

 佐助が後ろを振り向くと、風花が立っていた。

「頼みます、でしょう?まったく。三秒カウント後にするわよ。準備は良い?」

「おう」

 佐助はキヨと伊織の腰に腕を回した。地に足は付いてはいるが、まさか少女の体型の佐助が、二人の男を担いで行くのだろうか。いや、普通は無理だろう。


「三、二、一!」

 風花が叫ぶと、台風が来たのかというばかりの突風が追い風となって来た。

「わ、わあああああ!?」

 急な突風に、伊織は驚き叫んだ。その勢いに乗って、佐助はキヨと伊織を担いだまま走り出す。伊織とキヨの足は浮いている。元の佐助の速さと、突風を合わせ、新幹線くらいなのではと思えるほどの速さで進んでいく。伊織は佐助に担がれているため、顔面に来る風に当たりながら、ただ佐助に身を任せるしかなかった。

「伊織。風花さんも適合者で、風を自由に操れる能力が宿っているんだ」

 現状を理解できていない伊織に対し、キヨが説明する。慣れているのか、この速さでも平然と話をする姿に伊織は驚きのあまり目を見開いた。

 ——さっき、風花さんと握手をした時に風が吹いたのも、この能力があったからだったんだ。


 二分くらいで、目的地に到着したようで、佐助は足を止める。

「ついたぞ二人共。もう少し進んだら仲間と敵がいる。気付かれないように静かに行くぞ」

「了解」

 佐助が手を放すと、キヨは足を地につけ刀に手を添わす。

伊織はあまりの速さに、少し気持ちが悪くなった。

「うう…酔ったかも…」

 膝を曲げ、足をつくとキヨが背中をさする。

「大丈夫か?時間無いからあと一分で出かけるぞ。酔い止め飲むか」

「うん。ありがとう…」

 何でキヨが酔い止めを持っているか疑問に思ったが、伊織は気持ち悪さのあまり、聞く余裕がなかった。

「そうだ。伊織」

 不意に思い出したかのように、キヨが小太刀を差し出す。

「これは?」

「護身用の小太刀だ。これでもしもの時は自分を守れ」

 キヨの持っている刀とは少し短く、伊織にも扱いやすそうな小太刀だった。

「ありがとう。キヨ君」

 伊織は嬉しそうに、その小太刀を握りしめた。


                 💎


「くっそ、あいつ…強い!」

「流石、JMの兵士…。しかもあいつの階級は中佐!」

 リベルテの男二人は、刀を構えて叫ぶ。身体には傷やそれによる血が見え、息も荒くなっている。

「ははは!死ね、反逆者共がっ!」

 JMの兵士は、五人いた。二人は一般兵、一人は軍曹、もう一人は少尉だった。

 そして、もう一人は黄のラインと星二つの軍服を着た中佐であった。その男は先程叫んだJMの兵士の肩に手を置いた。

「コラ、そない物騒なこと言うたらあかんて。安心しいやリベルテの方たち。俺らは君たちを殺しはしいひん」

「な、何を言っているんですか本多中佐!」

 少尉の男は叫ぶ。本多と呼ばれた男はその男に目をやる。

「元帥の命はリベルテの始末です。人っ子一人生かしてはならないと言われているはずです」

 そう言った少尉を本多中佐は睨み付ける。

「殺したからって何になるんや!」

「これがJMの命令ですよ!」

「……。なら、彼らを生かす理由はあるで。俺たちはリベルテのことを殆ど知らへん。せやから彼らを捕らえ、情報を貰う。それでええやろ」

「中佐がそうおっしゃるなら…」

 あまり納得のいかないような表情で少尉は言うが、相手は上官なため、これ以上の言葉は慎んだ。

「殺せばええってもんやないやろ」

 ボソリと、誰にも聞こえないようにつぶやく。

「さてと。これ以上長引いてもお互いに辛くなるだけや。これで終わりにさせてもらうで」

 ガチャリ、と本多の持っている槍の音が鳴る。それと同時に地面を蹴ると、一直線にリベルテの男達に向かって行った。

「う、うわあああ」

 リベルテの男達は逃げる程の余裕はなく、目をつむった。


 ガキィンッ

 キヨの刀が、本多の槍を阻む。キヨの後ろに佐助と伊織も続く。

「ま、間に合ったぁ」

 伊織は安堵した。あと一歩でも遅かったらと思うと、寒気がした。

「今日二回目だな、お前が命救ったの」

 佐助はニヒヒと笑いながらキヨを見る。しかしそのキヨは、難しい顔をして本多を見ていた。

 ——今の攻撃の軌道、急所を避けていた…。こいつ、殺すつもりはなかったな。

 キヨは本多を見たまま微動だにしないため、伊織は不思議そうにキヨを見つめた。

「キヨ君?」

「お前、名を名乗れ」

 キヨは本多を指さし、名乗るよう促す。

「日本珠玉統治機構中佐、本多俊介や」

 ——言葉がなまっている。関西人かな。

 伊織は本多——改め、俊介の自己紹介を聞いてそう思った。

「君らもリベルテやな。悪いが、拘束させてもらうで」

 俊介はまたもや地を蹴る。すると、キヨの前に佐助が立つ。

「今度は俺に譲ってもらうぜぇ、キヨ!スピネル、俺に力を!」

 佐助がスピネルの力を発動させ、クナイを手に出現させる。

 ガキィンと、二人のやいばが当たる音がする。

「っ…!」

 ——お…重てぇ…!

 佐助は腕に響いた反動に、顔を歪ませた。

「うわ。なんや君。えらい速いなぁ」

 俊介は驚いた顔を見せたが、キヨも同時に驚いていた。

 ——こいつ…!佐助の速さについていきやがった!しかも…押し負けてもいねぇ。

 普段なら佐助の速さに目が付いていけず、倒される敵がほとんどだ。なんとか捕らえられたとしても、その速さに押し負けするのに、俊介はその速さを受け止め、相殺したのだ。

 ——これが…中佐の地位に就く男の力!

 キヨは驚愕していた。いや、キヨだけでなく佐助もであった。

「ええ~。俺の相手は女の子かぁ…。やりづらいわ~」

 俊介の言葉に、佐助は表情を怒りに変える。

「俺は女じゃねぇ、男だ!」

「はあ!?女やろ!」

「男だっ」

 俊介は訳が分からないという風に佐助を見る。

 ——まあ、そうだろうな。

 キヨは俊介に同情した。

 

 佐助は怒りの表情から、今度は真剣な顔になり、キヨに声をかける。

「おい。キヨ…。どうやら俺は俊介こいつで手一杯みたいだ。他は頼むぜ」

 ——さ、佐助君がこんなにも真剣な顔を…。本多さんはそんなに強いのか。

 伊織は佐助の言葉と表情で、やっとこの状況を理解できた。

「キ、キヨ君…なんか…ヤバいの?」

 伊織はこっそりとキヨに聞く。

「ああ。佐助のスピードについていけている時点であいつは只者じゃないってことがわかる。だが、他の奴らだけなら俺一人で何とかなる。一対一なら佐助でも何とかなるだろう。伊織、お前は怪我をしているリベルテの奴らを安全な所へ」

「わかった」

 

 伊織は怪我をしたリベルテの男たちの所へ向かった。

「あの、大丈夫ですか?」

「な、なんとか…。というか、君は?」

 伊織に話しかけられて、男達は少し戸惑いを見せる。キヨと話していたから、敵ではないことは確かだが、知らない顔であるので質問をせざるを得なかった。

「九条伊織です。今日、リベルテに入りました。とにかく、安全な場所へ行きましょう」

 簡単に自己紹介をすると、傷が深く立っていられない方の男に肩を貸し、立たせる。呼吸が荒く、とても辛そうだった。

 誰もいない工場のような場所であったため、取り敢えず外に逃げようと開きっぱなしの大きな扉の方に向かう。その間も、佐助とキヨは戦っていた。

 

 佐助は五分五分の戦いをしていたが、キヨは人数が多いにも関わらず、一般兵をすでに二人気絶させており、残りは軍曹と少尉の二人になっていた。

「すまない…」

 伊織に肩を貸してもらっている男は苦しい表情をしながらも礼を述べた。

「気にしないでください。今は、逃げることに集中しましょう。キヨ君達なら、きっと大丈夫…えっ!?」

 ザザッと、耳元から雑音が聞こえた。出掛ける前に種村に渡された通信機からだ。

【全員、そこから逃げろ!!】

 切羽詰まった、佐野の声が聞こえた。

 ——に、逃げろって…どういう事!?

 伊織が佐助とキヨの方を向くと、二人にも聞こえていたらしく、何事かと表情が歪んでいた。

 ——佐野さんが訳もなくこんな事は言わねぇ…。ってことは…。

 キヨは少しだけ敵と距離を取った。

【敵だ。凄い速さでそっちに向かっている!】

 おそらく能力で敵の姿が見えたのだろう。佐助は俊介の攻撃を避けつつ、新たなる敵の方にも神経を行き渡せる。

 すると——


 ドスッ


「「!?」」


 佐助の背部に、刀が差し込まれていた。直前で気配を感じたため、かろうじて急所は避けたが、傷は深い。突然のことで俊介達も驚いていた。

「いっ…」

 佐助は膝をつき、苦痛の表情をしながら後ろを振り向く。それと同時に、刀を抜かれる。

「ぐっ…!くっそ…誰だ…」

「黙れ。反乱分子が」

 佐助を見下ろした男は、冷たい目をして言い放った。

「な…なんでここに!?如月少将!」

 聞いていない、という表情で俊介も男を見る。現れた男は如月唯江だった。

 ——おいおい…あの軍服は…少将じゃねぇか…!

 流石のキヨも、冷や汗を出すしかなかった。

 何故なら佐助が負傷し、他の仲間も戦える状況ではない。伊織も戦う術を知らない。相手は軍曹と少尉はまだしも、佐助と互角に渡り合える中佐にその上を行く少将がいる。

 絶望的状況だった。

 ——どうする…。どうする…。


【落ち着け、キヨ。どうなっている?】

「正直…絶望的ですね。少将が来ました」

【何!?】

「しかも…佐助が刺されました。傷は深そうです。ていうか見えてんでしょう」

【あ、バレてる?】

「分かりますよ。あんたが敵が来るって言ったんじゃないですか」

 キヨは呆れるように溜め息をついた。

 ——こんな時にふざけないで下さいよ…。

 キヨが心の中でそう思っても、当の本人には届かない。言っても今からだとこの状況を打破する方法を考えてくれるわけもない。いや、元より打破する方法などないのだ。

「戦いで無線を切っていたのか?私が来たのはたまたまだ。この辺りを巡回していたら、無線から救援要請があったから来たんだ」

 唯江は少尉を見つめて言った。佐助は痛みを堪え、何とか唯江と距離を取り、キヨのそばに行く。

「わりぃ。油断した」

「後悔は後だ。佐助、お前はなんとか一人で走って逃げられるな」

「走れるが、奴らに追いつかれるぞ」

「俺が奴らを足止めする。その隙に逃げろ」

 キヨの言葉に佐助は目を見開く。

「バカ言うな!死ぬ気か!?」

「バカはどっちだ!一人でも多くを生き残らせるためには、これしか方法は無い!」

 佐助は何も言えなかった。確かにそうなのだ。この状況で佐助が残っても、怪我をしている状態で、万全でも互角だった中佐だけでなく少将がいるともなれば、キヨと共に倒されてしまう可能性が高い。

「でもっ!でも…それじゃあお前が」

「死ぬと決まったわけじゃねえよ。俺にはやることがあるからな」


「…わかった。行くぞ、伊織!」

 佐助は唇を噛み、悔しそうに、意を決したように伊織に叫ぶ。

「で、でも!」

「うるせえ行くぞ!」

 佐助は痛みを堪えながら伊織のいる方へ走る。伊織は佐助とキヨを交互に見る。

 ——でも、それじゃあキヨ君が死んじゃうかもしれない!

「逃がすと思うか。反逆者は全員皆殺しだ」

「ちょ、待ってください少将!」

 俊介の言葉を聞かず、唯江は佐助たちの方へ向かう。

「行かせねえ!」

 キヨは唯江の前に立ちはだかり、刀を振るう。それを易々と唯江は刀で受け止める。

「せっかちじゃねえか、良いとこの坊ちゃんが」

「何?」

 キヨは皮肉そうに言う。唯江はその言葉を聞くと、いかにも嫌そうな顔をする。


「あっちゃ~。そいつにそういう系の言葉は禁句だってのに」

「!?」

 新たな声が聞こえ、キヨは聞こえた方を向く。

 唯江の後ろにあるドラム缶に、ちょこんと少年が座っていた。

「佐々木少佐!」

 俊介はその少年を見て名をつぶやく。

「ど~も、本多中佐!」

 にこやかに遼は俊介に向かって手を振る。

 ——また援軍!?なんでこう最悪なことが続くんだよ!

 キヨには、もう自分が生きられる可能性が見出せなかった。

「坊ちゃんか…。なるほど、こちらの情報はやはり握っているようだな」

 唯江がそうつぶやくと、遼はあれ?という表情をした。

「怒んなかった…めっずらしい~」

 遼は楽しそうにヒューヒューと口を鳴らす。

「それだけ分かれば十分だ。死ね」

 唯江は容赦無くキヨに向かい刀を振るう。キヨは防戦一方になってしまっている。


「ねえ、キヨ君がヤバいよ!負けちゃうよ、死…」

「いいから黙って走れ!」

 佐助も本当はキヨを残して逃げたくはない。しかし、今はこれしか方法は無いのだ。

「くっそ…」

 佐助は身体の痛みと、キヨを置いていく自分の非力さに唇を噛みしめながら走り続けた。


「俺達も参戦しますぜ、少将様!」

 ついには、見ていた軍曹、少尉までもがキヨに斬りかかった。

「あんたはいいんですか?本多中佐」

「!」

 黙って見ていた俊介に、遼は声を掛ける。

「お、俺は…」

 俊介は下を向く。

「……。ま、参戦しなくても、もう決まりそうですけどね」

 キヨは三人の猛攻により、いくつか傷をつけられる。なんとか深い傷は避けられているようだが、呼吸は荒くなっている。


「キヨ君!」

「伊織!?」

 伊織は傷ついたリベルテの男を佐助に無理やり渡し、キヨの元へ走り出そうとする。しかし、佐助がその腕を掴んだ。

「何してんだ、早く逃げるんだよ!何のためにキヨが命張ってると思ってる!」

「でも!僕はキヨ君を見捨てたくない!」

「行ってお前に何ができる!」

 佐助の言葉は伊織の胸に突き刺さる。

 

 ——そうだ。僕は無力だ。でも…。


「それでも僕は、キヨ君の元へ行くよ」

 

 伊織は全速力で走り、キヨと唯江の間に割って入った。

「!?」

「バカ野郎!何で来た!逃げろ!」

「逃げない!」

 伊織はキヨに向かって叫ぶ。

「なんだ貴様は」

 唯江も訝しげな顔を伊織に向ける。

「僕は、こんなところで君を見捨てたくないんだよ!君は僕の命の恩人だから!」

「恩人だからこそ、てめえには生きて欲しいんだよ!何のためにお前を助けたと思って…」

「分かってる。でも、さ…いや、リーダーに言われたんだよ。『お前はキヨに救われた命、大事にしろよ。後悔のないように生きろ』って」

 一瞬、佐野の名前を出しそうになるが、佐野はまだ名前を知られていないことに気付き、何とか言いとどまった。

「だったら大事に…」

「でも!ここで君を見捨てて、僕が生きて…もし日本に平和が戻っても、僕は後悔する!君に助けられた命だからこそ、君に胸張って生きられるようになりたい。君に見せたい。後悔するなともリーダーは言ったよ。それに君も言ったよね、『諦めんな』って。君も生きることを諦めたような顔をしないで、生きようよ、諦めないでよ!」


「!」

 伊織の言葉にキヨは目を見開いた。そして、少しの沈黙の後、キヨからは笑いが漏れた。

「え、あれ?キヨ君?」

 伊織が戸惑っていると、キヨは笑いを止め、伊織を見る。

「そうだったよな。諦めんなって言ったのは俺だったな」

 キヨは刀を握り返した。伊織も小太刀を握る。


「なんだ、貴様ら…。生意気な目を…!」

 唯江は不機嫌そうにつぶやく。

 ——なぜだ、なぜそんなにも必死になれる。

「まあいい。二人とも仲良く死ね」

 唯江は苛立ちを表した表情のまま刀を向け言う。

 

 ——キヨ君と共に生きるんだ。お母さん、僕に力を分けてね…。

 伊織はおまじないのつもりで首にかけていた宝箱型のネックレスを握った。


 すると——

 

 キイイイイイイン

 

 伊織の持っていたネックレスが、白く光り始めた。


「「「!?」」」

 その場にいた全員が、何が起こったのか分からないといった表情をした。

 当の伊織も驚き、目を見開いている。

「な、何!?」

 ——あれ、宝箱が少し開いている?今までは開いてなかったのに。

 伊織が宝箱を開けると、中には何か入っており、それを取り出した。

「な、何だろう…。何が入って…」

 見ると、伊織の手には宝石があったのだ。光はその宝石が放っている。

「え、宝石!?」

「「何!?」」

 キヨと唯江は同時に叫ぶ。

「お前、適合者だったのか?」

「え、いやいやいや!僕は無石…だと思ってたんだけど…」

「ちょっとその宝石、貸せ」

 言われた通りに持っていた宝石をキヨに渡すと、光は嘘のように放たなくなった。

 再び伊織が持つと、光はまた放たれ始める。

「間違いねえよ。この宝石の適合者はお前だ。それにこの光の強さ…」

 キヨ達が話をしていると、唯江の横に遼がいつの間にか立っていた。そして、伊織達の横にも、いつの間にか佐助が立っていた。

「唯江。この光の強さは異常だ。これは…」

「キヨ。この光の強さは見たことあんだろ。あの人の放つ光と同じだ。それにこの透明な宝石は…間違いねえ」


「「五大貴石の一つ、ダイヤモンドだ」」


「「!!」」

 佐助と遼が同時に言うと、その内容にやっぱりか、という風にキヨと唯江は反応する。


「ええええええええええええええええ!?」

 当の本人である伊織は、信じられないとばかりに叫ぶ。

「え、五大貴石ってスゴイやつだよね!?皆が探していた、最後の一個だよね?」

「そうだ。この戦いを左右する代物だ」

 なんて凄い物を持ってしまったんだろうと、伊織は信じられない気持ちになった。

 ——でも、どうしてお母さんの形見のネックレスからダイヤモンドが…?

 伊織はネックレスを握りながら考える。


「おい。貴様」

 唯江に声を掛けられ、伊織は振り返る。

「名は何という」

「おい、答えなくてもいいんだぞ」

 佐助は伊織に近づき、耳打ちする。伊織はふるふると首を横に振った。

「顔を出している時点で、僕は隠し事をするつもりはないよ」

 唯江に向き直ると、一呼吸おいて伊織は自身の名を言った。

「九条伊織です」

「そうか、九条。お前、JMに入らないか」

「え?」

 突然の勧誘に戸惑ってしまう。そう言えば、佐野はこの戦いを左右するほどの力がある宝石の一つのダイヤモンドをJMも探していると言っていた。

「そのダイヤモンドならば、すぐに少佐…いや、少将以上の地位を得られるぞ」

 ——そ、そんなに凄いんだ。ダイヤモンドって!

 伊織は開いた口が塞がらなかった。いきなりの大出世過ぎる。

「どうだ?」

 ——ど、どうだって言われても…。

 この場にいるすべての人間が伊織に視線を向けている。この状況が、伊織の戸惑いを増強させていた。

「……」

 キヨも佐助も黙って伊織の答えを待っている。

 ——ああ、もう。答えなんか…。


 決まっている。


「僕はJMには入りませんよ。この日本を変えるためにこの力を使います。僕は…リベルテの九条伊織です」

「!」

「よっく言ったぁ、伊織ぃ!」

 唯江は眉間に皺を寄せ、不快な表情をしており、反対に佐助は歓喜の声をあげていた。

「この戦い…先が見えなくなってしもたな」

 俊介はボソリとつぶやいた。

「どうしますか如月少将」

 少尉に言われ、唯江はチッと舌打ちをし、決まっている、と答えた。

「元帥からの命では五大貴石のみは生け捕りだ。死ぬと何かと面倒だからな」

「はっ。ならば、ここは私にお任せください。適合者になりたての小僧など、いくら五大貴石と言えど、雑魚同然ですから」

「ほんなら、俺はさっきの女の子…男の娘?の相手しますわ」

「なら私はあの刀を持った奴だな」

 

 それぞれがそれぞれの相手に向かい始める。キヨと佐助から離され、伊織は孤立してしまった。慌てているうちに、少尉と軍曹の男はこちらに向かって来ている。

「おい、佐助!お前適合者なんだから、伊織こいつに戦い方教えろよ!」

 俺には分かんねーんだから!とキヨは叫ぶと、佐助は少し困惑したような表情になる。

「教えろって言われてもな…。伊織、取り敢えず…武器よ出ろ、みたいな事考えてみろ」

「は?」

 まさか、そんな事思えば出てくるのかと、半信半疑のまま、伊織は言われた通りにしてみる。

 ——武器よ、出ろ!


 ………。

 まあ、都合よく出てくるわけもなく。

「で、ででで出ないよ佐助君!」

「あっれぇ~」

「あっれぇ~、じゃねえよバカ佐助!使えねえな!お前いつもどうやって武器出してんだよ」

 佐助はテヘッと舌を出して可愛さを出すが、キヨはお構いなしに激昂する。

「なんか気付いたら出てきてたっていうか…。ほら、俺手裏剣とかクナイとか使いやすいやつイメージしてたら…」

 

 ——それじゃん。

 伊織は心の中でツッコミを入れていた。キヨも同じことを思っていたらしく、やってみろと伊織に向かって頷く。

 ——僕が…使いやすい武器…。


「…何それ。使いやすい武器なんて想像できないよ」

 今まで武器なんて物は持ったことが無い。使いやすいなんて物があるはずが無かった。

「なんでもいいから使えそうな物をイメージしろ!」

 そうこうしているうちに、敵は目前に迫っており、時間をかけて考えている暇などなかった。

 どうしようと考えていると、不意にキヨから渡された小太刀に目が行った。

 ——そうだ。このくらいの小太刀なら僕にも扱えるかも…。

 伊織は小太刀をイメージした。

 強く白い光が輝くと、伊織が想像した小太刀がなぜか二本、伊織の両手にそれぞれ握られていた。形はキヨに渡された小太刀と全く一緒だった。

「すごい、出てきた!しかも二本!」

 伊織は武器が出てきた事に心を躍らせていたが、目の前には敵が迫っていた。

「取り敢えず、その小太刀で敵の攻撃を受け止めろ!」

 キヨの言葉通りに小太刀を構えるが、自分に出来るのかと手が震えた。

 ——それに、受け止めてもその後は…?

「おらああああ!」

 少尉が刀を振る。伊織の左腹部を狙う軌道だった。

 ——左から来る!刀を左に…。

 

 ガキィンッ!!

 ギリギリだったが、何とか反応できたため、敵の刀を受け止める事に成功した。

 ——やった!

「ふん。一度受け止めたからと調子に乗るな」

 少尉はまた刀を振りかぶる。

 ——まずい…!斬られる!

 今度は反応が遅れてしまった。

「峰討ちだ。殺しはしな…」

 

 パキィィィィンッ…。

「!?」

 少尉が言葉の途中で話すのを止めたため、何事かと思い伊織は一瞬戸惑ったが、聞こえた音と目の前の状況によって理解できた。

 少尉の刀が粉々に割れていたのだ。

「なぜ私の刀が!貴様、何をした!」

「え!?いや、何も…」

 そうだ、自分は何もしていない。伊織は頭の中で考えていた。自分は何もしていない…。それならば…。

「ダイヤモンドの力…?」

 佐野は三キロ圏内を見渡せる能力、佐助は性別が変化する、風花は風を操れる能力を得ていた。身体に対し、何かしらの変化は起こることがあるのだろうと伊織は考えた。

 ——なら、僕のこのダイヤモンドの力は…?


「硬化作用か…?」

 ボソリと伊織の戦いを見ていた唯江がつぶやく。

「やっぱそう?俺もそう思ってたんだよね!」

 戦いを傍観していた遼も唯江に同意する。

「確かさ、ダイヤモンドってどの宝石よりも硬いって言うじゃん。だから、硬化作用だと思うんだよな。おそらく伊織君の持っているその小太刀…半端なく硬いと思うよ」

 遼の分かりやすい説明により、伊織は恐る恐る見つけた石のブロックに向けて刀を振り下ろす。

 すると、バコンッという音と共に、簡単にブロックが粉々になってしまったのだ。もちろん、伊織にブロックを粉々に出来る程の腕力は無いし、今の動作もあまり力を入れていなかった。

 確実に、伊織の能力は硬化作用であると判明した。

「これが宝石の力…」


「このぉぉぉ!調子乗んなぁ!」

 少尉と軍曹が同時に伊織に向かってくる。伊織が軽く剣を二人の武器に向かって振ると、またもや簡単に壊れてしまった。

 伊織は呆然としている二人の首元に、剣を近づける。

「僕がこのまま貴方達の身体に剣を振れば、骨折してしまうことくらいわかっているでしょう?あまり身体を傷つけることはしたくない。退いてください」

 伊織はこのような脅迫じみたことはしたくはなかったが、彼らを傷つけることを考えると、苦ではなかった。

「「…っ」」

 伊織に刀を突き付けられ、敵わないと悟った彼らは、ただ黙って動けずにいた。


 こんなにも凄い物だったとは…。伊織は言葉を失い、圧倒的な力を持つダイヤモンドに、少し恐怖を抱いた。宝石の力で、沢山の人が苦しい思いをしてきた。それに、自分はこの宝石の力をまとった適合者たちと戦うのだ。いくら自分に五大貴石という特別な力があったと言っても、JMにも二人、五大貴石を持っている者がいる。その者達も、計り知れない力を持っている。そんな人達と戦わなくてはならないのだ。


「どうしはります、如月少将。敵の数からしたら、今は俺らが有利。九条伊織君はまだ力を十分に扱えておらへん。捕らえるには、今が絶好のチャンスやと思いますけど」

 俊介は唯江に近づき耳打ちをする。

「そうだな。遼、お前も戦え」

「了解、隊長!」

 ニヤリと笑うと、遼は唯江の隣に並んだ。

 ——まずい状況は変わらない、か。

 キヨはそう思いながら舌打ちをする。


「誰が、有利だって?」


「「!?」」

 突如、工場内に響き渡った声に、誰しもが驚く。

「だ、誰だ!?」

 遼は周りを見渡しながら、姿の見えない声に呼びかける。

「なあ、これって答えちゃダメか?」

「ダメに決まっているでしょ。君は正体を隠さなきゃいけないんだから」

 ——この…声は…。

「んじゃあ…。俺はリベルテのリーダー。そう言っておこう」

 ——佐野さん!種さん!

 伊織は心の中で、助太刀に来た男達の名を叫んだ。


「リーダーだと…?そうか、貴様が…」

 唯江は目を隠した仮面とフードを被った男を睨み付けた。隣にいる種村は、正体を隠すつもりはないようで、素顔をさらし、微笑みながら唯江達を見ていた。

「悪いがそいつらは連れて帰らせてもらうぜ」

 佐野の言葉に唯江は眉をひそめる。

「無理だな。それに、貴様には聞きたいことが山ほどある」

「それこそ無理だな。お前達に話すことは何一つない」

 二人のやり取りを誰もが黙って見ていた。

「アジトはどこだ。なぜ、我らに刃向かう」

「話すことは無いって…」

 

 佐野の言葉が終わらないうちに、唯江は佐野に向かい剣を振るっていた。

エス…!」

 種村が佐野に向かいそう叫んだが、佐野は全く動かない。種村が懐からナイフのような物を出すが、間に合いそうにない。


 しかし、唯江の刀が佐野に届く前に、別の刀で止められていた。

「!?」

「……」

 その刀を止めたのは、伊織も見たことのない男だった。黒髪で、前髪はよく言う“ぱっつん”であり、後ろの肩まである髪はゴムで結わえられていた。また、口元は忍者がよくするような黒いマスクで覆われていた。

 男は、キヨと同じような日本刀を持っており、対して唯江の剣は西洋のものだった。

「貴様か…。“黒蝶こくちょう”…」

「……」

「黒蝶!?」

 何を言っているのかと困惑している伊織の横に、キヨがいつの間にか来ており、説明をしてくれた。

「ここ何ヶ月かリベルテは反乱の活動をしていたんだが、あの人が多くの任務をやってくれていた。だからJMの奴らはあの人を恐れて“黒蝶”と名付けたみたいだな」

 ——か…かっこいい!!

 伊織は尊敬のまなざしを“黒蝶”に向けた。

「あれ?ということはあの人もリベルテ?」

「ああ、そうだ。前にも名前は出したが、悠木汐音ゆうきしおん。お前と同じで種さんの面接で受かった人だ。それと、俺に剣の使い方を教えてくれた人だ」

 ——あの強いキヨ君に剣を…?そんなに強い人なんだ!

 

 汐音は無駄のない動きで唯江を追い詰めていく。まるで、蝶のように舞って戦っていた。

 ——くそ、やりづらいなコイツ。本気を出すと、味方をも巻き込みかねん。

 唯江は汐音の攻撃をさばきながら味方の方を向く。

「唯江。ここは退いた方がいい」

 遼の言葉に、唯江はさすがに頷くしかなかった。

「おう、帰れ帰れ」

 佐野はシッシッという様に手を動かす。

「リベルテのリーダー…。仮面の男か。いつか貴様の正体を暴き、元帥の元に引きずり出してやる」

「元帥…ねえ。ああ、俺のことは“S”と呼んでくれよ。かっけえから」

「ふざけていられるのも今のうちだ」

 唯江は佐野を睨み付けると、味方を連れその場を去った。


「はぁ~」

 一気に緊張が解け、伊織はその場に膝をついた。そんな伊織に、佐野はポンと肩に手を置いた。

「お疲れ、伊織。お前がダイヤモンドの適合者だったか」

「えっ!?やっぱりって…どういうことですか?」

 耳を疑うような言葉が聞こえ、伊織は叫んでいた。まさか、この男はすべてを分かっていたのかと。

「いや、はっきりと分かっていたわけじゃない。俺には第六感があるって言っただろ?あれ、嫌な感じだけじゃなくて、いい感じもわかるんだよ。だから、初めて会った時にお前から感じたんだよ。いい感じが」

「は、はぁ…」

 本人にしかわからない事なのだろうと理解することを諦めた。


「で、傷はどうだ。佐助」

 種村により、傷の応急処置を受けていた佐助の方に佐野は顔を向ける。

「すみません。ご心配をおかけしました、佐野様。俺は大丈夫です」

 佐助の変わり様に伊織は呆気にとられた。確かに佐助は佐野に対し尊敬の念を抱いていた。それは知っている。しかし、ここまで他の人と態度が違うと、変な感じがした。

「それは何より。他は?」

「大丈夫そうだよ、佐野」

 種村は怪我をしている者達を見渡し、言う。

「でも、やっぱり医者には見せなきゃ」

「そうだな。よし、種と汐音、キヨはケガ人連れてアジトに行け」

「佐野は?」

 そう聞かれると、佐野はくるりと伊織の方を向く。

「伊織に話がある」

「?」


                 💎


 種村達が“オリーブ”に向かったのを見送ると、その場は一気に静かになった。さっきまで死闘を繰り広げていた場所とは思えないほどに。

 ——話って何だろう…。

 伊織は恐る恐る佐野を見る。その佐野は、ドラム缶の上に座り天井を眺めていた。

「あ、あの…佐野さ…」

「伊織」

 言葉を重ねられ、キョトンとなる。

「一つだけ、確認させろ。お前は、自分が適合者だと…ダイヤモンドを持っているとわかっていたのか?」

 真剣な表情で見つめられ、一瞬怯む。

「いいえ。知りませんでした。なんでお母さんの形見のペンダントからダイヤモンドが出てきたのかさっぱり…」

「そうか」

 佐野は下を向くと、すぐに顔をあげ笑顔になる。

「それにしてもやったな。お前がダイヤモンドの適合者で嬉しいよ!」

 その言葉に、伊織にも笑顔が見える。

「はい。僕も役に立てそうです」

「あーまたそういう事言う。お前は適合者になる前から役に立ってるよ」

「え?」

「キヨを救ってくれた」

「え、いや、僕は…」

 逆に自分は助けられてばっかりだと、慌てて否定する。

「ほら。お前がキヨと少将の間に入らなきゃ、キヨはおそらく死んでいた。それに、お前の言葉でキヨの消えかけていた生きる意志がまた出てきた。ありがとう」

「え!?いいえ!そんな!」

 なんだか恥ずかしくなり、伊織は顔を赤くしながら下を向く。


「お前なら…あるいは…あいつに正しい生きる道を与えられるのかもな」

「え?」

 上手く聞こえなかったため、伊織は聞き返す。

「いや、何でもない」

 佐野は苦笑いをして話を逸らしたが、伊織には何か引っかかるものがあった。

「で、どうだ、伊織。ダイヤモンドの力は。すげえだろ。JMの奴ら、簡単に倒せただろ?」

「はい。でも、それと同時にこの力を恐ろしく感じました」

 佐野は乗っていたドラム缶から降りると、伊織の近くまで来た。伊織は佐野を見上げると、ポンと頭に手を置かれた。

「?」

「お前がそう思ってくれる奴でよかったよ」

 佐野は伊織の頭に手を置いたまま優しい笑顔を伊織に向けた。

「え?」

「この力を“恐ろしい”と感じてくれた。この力を“素晴らしい”とだけ思い、優越感に浸り、他の者を見下したのがあの、JMという組織だよ」

「……」

 伊織は何も言い返せなかった。

 そんな伊織に、佐野は頭に置いていた手をグシャグシャと動かし始めた。

「うわわわ?」

 伊織の髪の毛はグシャグシャになり、驚きの声をあげた。

「お前がダイヤモンドの適合者で、本当によかったよ」

 その時の佐野の手や言葉に温かみを感じられ、伊織は嬉しくなり、顔をほころばせた。


「それで…あの…。皆と離れて二人きりになって話したいことって、これだったんですか?違い…ますよね?」

 まさかさっきの質問をしたいがために二人きりになったわけではないだろうと感じていた。伊織の言葉に、佐野は驚いたように目を見開いていた。

「キヨも言ってたけどよ。お前、何気に鋭いよな」

「そ、そうでしょうか…?というか、そんなことキヨ君言っていましたっけ?」

「ほら。種がキヨ達に通信機でお前のこと聞いた時」

「あ!」


『も、もしかして僕のことですか?』

『鋭いな。確かにお前のことだよ。俺たちがお前を連れてくることを報告してなかったから聞いてきたんだよ』


 ——あの時か!

「あれ?でもあの時…その場にはいなかったですよね?三キロ圏内だったから、僕達の姿は見えていたと思いますけど…」

 佐野を指さすと、佐野はにこりと笑った。

「会話も、筒抜け♪」

「!?」

 伊織は驚愕のあまり、口をパクパクさせたまま動けなくなった。

「ど…どんだけ凄い能力なんですかっ!」

 ——僕には硬化作用という能力しかないのにっ!

 伊織は自分の能力に地味さを感じていた。同じ五大貴石を持っている佐野は、とても魅力的な能力を持っている。対して自分は…。

 

 伊織が落ち込んでいると、佐野は気付いていないのか、話を戻し始めた。

「で、本題はこれからだ」

 佐野は真剣な表情になり、伊織を見つめる。

「伊織。五大貴石の一つを持つお前だからこそ、言わなきゃいけねえことがある。もし、紅髪で額にバンダナをした“成瀬”という男に会ったら、絶対に逃げろ。戦おうと思うな」

「え?“成瀬”…?JMの兵士ですか?」

 伊織の疑問に、佐野は首を振る。

「JMでも、リベルテでもない。前にも言っただろ、五大貴石にはどっち付かずの奴がいるって」

「ルビーの適合者?」

「そうだ。そいつに会ったら、逃げろ」

「どうしてですか?JMじゃないなら、逃げるとか、戦うとかしなくても…」

 伊織の言葉に、佐野は小さく息を吐く。

「あいつは味方じゃない。五大貴石なら、尚更お前のことを狙ってくるぞ」

「な、なんで…?」

「俺にも理由は分からない。だが、五大貴石だからと俺のことを襲ってきたこともある。だから、お前も用心しろ」

 伊織は俯く。まさか、JM以外にも敵がいたなんて。しかも、五大貴石だなんて。

 ——あれ?

 伊織は疑問が浮かび、俯いていた顔をあげ、佐野を見る。

「なんで、この事が皆の前で言えないんですか?」

 “成瀬”という人はよく知らないが、なぜ二人きりになって言う事なのだろうと疑問に思った。

 佐野は少し困ったような顔をしながら頭をポリポリとかいていた。

「成瀬は、キヨの小せえ時からの知り合いでな。キヨは成瀬あいつに…」


「親も同然の人を殺されたんだ」


 ——え?

「キヨ君の親も同然の人を…?」

「殺したんだ。成瀬が」

「!」

 伊織の全身から、嫌な汗が出てきた。JMとの戦いに参戦してから、伊織は“死”という言葉をたくさん聞いた。出くわした。しかし、それでも…慣れない。いや、慣れたくもなかった。

「なんで?」

「詳しくは話せない。キヨが、あまりこの話をしたがらないからな…。あいつが、お前にこの話をしていいと感じたら、話すと思う。だからその時は、話を聞いてやってくれ」

 ——親も同然の人のかたき…。確かに、その人の話を目の前でされたら…。

 伊織は拳を握りしめた。

「キヨは、成瀬を恨んでいる。殺したいと思っている。でも俺は、あいつを人殺しにしたくねえ。それに、成瀬は五大貴石の一人。だから、半端なく強い。お前でも、戦ったらただでは済まない。もし、キヨと一緒の時に成瀬に会ったら、キヨを連れて逃げてくれ」

「はい…」

 キヨの一つの過去を知り、伊織は胸が苦しくなった。

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