第43話 罪を犯す勇気は勇者に不要

「よお、大丈夫か?」

「あっ、勇者様」


 町に着いて5日が経過したところで俺は様子を見に行った。すると起き上がることはできないが、意識を取り戻して話すくらいはできるようになっていた。


「移動できるまではもう少しかかりそうだな」

「面目ありません……」


 ごくまろが申し訳なさそうな顔をする。ここから先、更に重力が強くなるんだが、もう引き返させたほうがいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたら、突然部屋の扉が開け放たれ、シュシュが入り込んできた。


「ふふふ、ごくまろ姉様。惨めですわねっ」


 シュシュにとってはまだ一段階目だから復活が早く、もう普通に歩けるくらいにはなっていた。


「これで勇者様は私のもの! ごくまろ姉様は指でも咥えて私が勇者様のモノを咥えているところを見ているがいいですわ!」

「ぐぎぎぎぎ……っ」


 手を持ち上げられないから魔方陣さんを呼び出せないごくまろは、歯ぎしりをするしかできないようだ。


「さあ勇者様、貴方のご立派な勇者様をわたくごげぶぇっ」


 シュシュは動けるといっても所詮動けるようになった程度だ。デコピン一発で簡単に倒せた。


「やかましいわ。俺はごくまろに用があんだよ」

「そ、そんな。私よりもそのようなマグロ女がいいとおっしゃるのですか!?」

「身動き取れないだけだろ。それにただ話があるだけだ」

「くっ……。わかりましたわ。ではそこのごくまぐろとの話が終わるまで待ちますわ」


 極マグロとかめちゃくちゃ美味そうだな。大間産か?

 てかごくまろが動けるようになったらシュシュは消し炭になりそうだ。まあ自業自得だからいいんだけど。


「お前さ、地球って撮影できるか?」


 俺は早速直球でごくまろに質問した。


「地球ですか……? 撮影してみたいとは思いますけど、無理ですね」

「やっぱそっか。じゃあ────」

「あっ、でも一度だけ勇者様を撮ったことはありますよ」


 なんだと!? やっぱりこいつが犯人?


「い、いつ撮ったんだ?」

「勇者様がこちらの世界へ来られて2回目のときでしょうか」


 なんだかんだでもう結構前なんだよな。ええっと、最初は確か、全裸で女王のところへ連れて行かれて、ちとえりの部屋に連れて行かれたくらいだよな。2回目というと俺がローマ人になってたころか。


「いつ撮ったんだ?」

「ゲートをくぐる直前ですね」


 ふむ、その1回だけってことはそれ以前、つまり勇者カタログ掲載前に撮ったわけじゃないんだな。

 するとごくまろはシロか。じゃあ犯人は一体誰なんだ?


「……って待てよ! それって俺、なにも着てねえじゃん!」

「はい。勇者様の全てが写ってます」

「てめ! コラ、出せ!」


 全裸写真なんて生き恥は焼却せねばならない。今更だが気付いてよかった。

 だがなんとかしないと! 地球じゃないから問題ないというわけではない。どの世界であろうと俺の全裸写真なんてものが存在するというだけで怖気おぞけが立つ。


「あーすみませんー。出そうにも体が動きませんー」


 わざとらしく棒読みしやがったこのクソガキ!


「どうせ荷物の中にあんだろ! 勝手に漁るが文句は言わせねえぞ!」

「構いませんよー。どうせないですからー」

「……じゃあどこにあんだよ」

「肌身離さず持ってますー」


 あああ張っ倒したい。

 しかし甘いなごくまろ。俺は昔親から無理やり双子の世話をさせられてたんだ。だからガキの裸なんて見たって全く欲情しない。


 俺は躊躇なくごくまろの布団を引っ剥がし、服を剥きはじめた。


「ゆ、勇者様! その、駄目っ」

「駄目じゃねえよ。くっそ、このメイド服脱がし辛いな。てかなんでメイド服で寝てんだよ」

「そんなのメイドとして当然……あんっ」


 変な声出すなよ。

 とりあえずワンピースを剥ぐことはできた。

 剥いだワンピースをくしゃくしゃと揉んでみるが、厚紙の感触はなかった。この中じゃないのか。

 だったらまだ残っているブラウスか下着の中か?


「勇者様! それだけは本当にやめてください!」

「うっさい。黙ってりゃすぐ終わる」


 ブラウスのボタンを外していると、ヒックヒックと嗚咽する音が聞こえた。


「ほん、と……やめ……て……」


 顔を真っ赤にさせ号泣しているごくまろの顔を見て俺は我に返った。

 なにこの状況。俺、滅茶苦茶犯罪者じゃん!


「ご、ごめんごくまろ! ほんっとごめん!」


 慌ててブラウスのボタンを留め直し、布団を掛けた。


「す、凄い現場を見てしまいましたわ……!」


 げぇ、シュシュ!

 しまった、こいつもいたんだった!


「なんか騒がしいね」


 更に扉の向こうからちとえりの声が!


 慌ててノブを掴み、扉を抑える。


「な、なんでもねーから!」

「声が上擦ってるね。怪しいね」


 ああ疑ってらっしゃる! やばいやばいやばい!


「シュシュ! なんとかごくまろを泣き止ませろ!」

「そんな、無理ですわ!」


「なんね? ごくまろを泣かせたね?」


 やっべえ聞かれてる!

 ドアノブが激しくガシャガシャと回される。くっそ、なんてパワーだ。


「シュシュ、ちとえりをなんとか頼む!」

「貸しでよろしいですね?」

「なんでもいい!」


 するとシュシュは扉に手をぺたりと付けた。


「ふんっ」

「へぶあっ」


 シュシュが手に力を加えた途端、扉の向こうから変な声と向こう側の壁に何かが叩きつけられたような音がした。

 すげえ。あれか、浸透勁しんとうけいってやつか。中国武術とかのやつ。

 っと、今はそれどころじゃない。ごくまろにちゃんと謝らないと。


「ほんっとごめん! 俺が完全に悪かった!」

「えぐ、えぐ……」

「俺ができることならなんでもするから! 泣き止んでくれ!」

「……ほんと、ですか……?」

「ああ、なんでも言ってくれ!」

「じゃあいいです。ちゃんと約束守ってくださいね」


 途端にケロっとした顔をするごくまろ。しまった、騙された!

 だけどあの泣き顔、演技に見えなかったが……ひょっとして!


「やぁん」


 俺は再びごくまろの布団をひん剥いた。するとふとももの一部がやたらと赤くなっているのを発見した。


「……おい、これ」

「し、知りませんー。虫に食われたんだと思いますぅーっ」

「……思い切りつねった痕だよな、これ」

「そそそんなわけありませんー。かゆかったんですぅー」


 くっそおおぉぉ! このままじゃ俺はチョロい勇者というレッテルを貼られてしまう。

 レッテルってなんだ? なんて疑問は今どうでもいい。色々となんとかしないと。


「おうコラごくまろ」

「あーれー、勇者様が身動きのとれない私を無理やりぃー」

「よくよく思い出したら俺、お前の裸何度か見たことあったよな」

「知りませんー」


 こいつがおもらししたときとか、普通にスパっと脱いでやがったからな。ガキだから恥じらいなんてないと思ってたんだが、こいつ一応17歳で同じ歳だ。あの時点で恥ずかしがってなかったんだから、今更じゃないか。


「……もういいや。その代わりさっきの約束は無効だからな」

「えーっ、勇者様は約束を反故にするんですかぁー?」


 くっ。

 俺はなるべく約束を守る勇者だ。そもそもの理由はともあれ、女の服を無理やり脱がすなんて犯罪スレスレ……いや完全に犯罪行為を行ってしまったんだから俺に非があるのは明らかだ。

 だが盗撮だって犯罪だ。この世界にそんな法はないだろうが、だったら俺専属のメイドを脱がすことだって犯罪かどうか怪しい。

 そこで俺は交換条件を持ち出すことにした。


「……わかった。条件次第で約束を守ってやる」

「その約束ってなんですか?」


「お前の持っている写真と交換だ。今回はそれで手を打とう」

「まあそれでいいですよ。じゃあ私が動けるようになるまで待ってください」


 完全に俺が不利な気もするが、仕方ないだろう。

 そしてごくまろは俺に何をさせようとしているのだろうか。怖い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る