第20話 コミュニケーション

「ねーねーにーちゃーん」

「……あん?」

「あのねーミナねーかけっこで1番になったー」

「なるほど」

「サナねードッジボールで勝ったー」

「凄いな」

「ミナのほうがすごいよー」

「サナのほうがすごいもんー」

「君は悪くない」


 凄い、ちゃんと会話ができている。さすがアンなんとかペディア先生。参考にしてよかった。


「きみってだれー?」

「なにがわるいのー?」


 突っ込まれた。駄目じゃんペディア先生。

 くっそ、折角会話してやろうとしているのに、こいつら揚げ足取りやがる。


「静まれ我が妹共よ」

「しずまがわー?」

「なぁにそれー」


 日本語まで通じないとな? これでは会話ができぬではないか。

 双子女優にあやかって名付けられた残念な名前以外に頭の中も残念だった。


「妹たちよ落ち着け」

「サナ落ち着いてるよーっ」

「ミナもーっ」


 そんな興奮した落ち着き方はない。やはり日本語が通じないと思ったほうがよさそうだ。


「いいかちびっこども。静かにしてくれ」

「はい! はい! サナ静かにするーっ」

「ミナのほうが静かだよーっ」


 …………俺はがんばった。会話をしようと努力した。だがこいつらはそれを全力で拒否してくる。


 もうとくしまに負けていいや。諦めよう。




「なあとくさつ」

「はい! ご褒美……いえ、おしおきですか!」


 こいつ今、さらっとおしおきとご褒美を同列に並べやがった。恐ろしいテクニックだ。


「お前は普段とくしまとどんな会話してるんだ?」

「えっ? うーんと……」

「ああやっぱいいや」


 変態姉妹のことだ。どうせ凌辱的妄想を話し合っていたりするんだろう。聞くまでもなかった。


「えー、聞いてくださいよー」

「はいはいどうぞ」

「私にとっては姉というよりも先生に近いんですよ。文字や数字学、あと物理と魔法アストラル理論の話ですね」


 は? 10歳で物理とか教えられてるの? てか11歳が教えてるのかよ。なんだこの天才姉妹。


「姉妹仲がいいんだな」

「そうなんですか? 世間の姉妹をよく知らないんでわからないですが」


 ああ、そういうもんだよな。自分の家では当たり前にやっていることって、よその家でも普通に行われていると思いがちだ。

 俺も妹どもを適当にあしらうのが普通だと思っているが、世間では逆さに吊るしてサンドバッグのように殴っているかもしれない。シュレディンガーの猫ってやつだ。

 世間の兄が妹を逆さ吊りにしてサンドバッグにしている可能性は50%もある。つまり俺はまだ妹たちにやさしいと言える。


「年下の兄弟とかって面倒ってか鬱陶しく感じる奴は多いと思うぞ」

「そうなんですか。でもなんでこんな話を?」

「とくしまが意外と理想の姉らしい感じだったからな……っと、忘れてた」


 兄弟話をこんなとこでしていても仕方ない。俺はそれよりも大事なことを思い出した。


「とくさつ、いきなりだがとくしまの部屋に連れて行ってくれ」

「えっ!?」


 勇者カタログ春夏号はあいつが持っていると確認済みだ。


「えーっと、さすがにそれは……」

「まあいいじゃないか。ご褒美あげるから」

「すみません、姉を売ってご褒美もらうくらいなら姉を守っておしおきしてもらうほうを選びます」

「じゃあとくしまの部屋に案内したらおしおきしてやろう」

「そ、それは……」


 ガチで悩んでいるぞ。そんなにおしおきして欲しいのか。姉妹愛VSおしおき。勝つのはどっちだ?

 なんてことするのもかわいそうだ。俺は目的さえ達成できればそれでいい。


「じゃあ部屋から勇者カタログを持ってきてくれ。そうしたらおしおきしてやろう」

「わかりました!」


 とくさつは駆け足で部屋から出ていった。さてそれまでどうするかな。


「とくもり、そんな部屋の隅にいないでこっち来いよ」

「す、すみません……。これ以上寄ったら勇者様の匂いで変になってしまいそうで……」


 それはなんつーか……か、勘違いしないでよね! 俺は別に臭くなんかないんだから!


「いつもはそんなことなかったじゃないか」

「それはその、昨日は嗅いでいなかったので……」


 禁断症状が出る寸前ってことか? 知れば知るほど危ない奴だな。

 まあ放っておくか。ちょっとベッドの寝心地を試してみよう……おおっ、これはなかなか。

 さすが城にあるベッド。予想上に寝心地がいい。気を緩めたら一気に寝てしまいそうだ。とくもりと話して気を保つとしよう。


「とくもりって19歳なんだって?」

「あっ、えっと……はい」

「年下の勇者に仕えるって正直なところどうなん?」

「す、素敵だと思います! 若い少年のスメルとか大好きです!」


 ……話さなきゃよかった。なんでこんなに活き活きとしてるんだ。

 やばいな、今のとくもりを俺に近付けたら襲われかねない。このまま離れていてもらおう。



「勇者様ーっ、持ってきましたー!」

「よしでかした。おしおきしてやろう」

「ありがとうございます!」


 なんだこの会話はと思いつつ、俺はベッドから体を起こし、とくさつを持ち上げ膝の上に座らせる。


「目をつぶってろよ」

「はいっ」


 目をつぶったとくさつの脇腹、骨のないやわらかな部分にそっと手を添わせる。


「あんっ」

「静かにしてろよ」


 おとなしくなり、油断している。そこへ両側から脇腹へ指を突っ込むように突き立てる。


「おぶぅっ」


 とくさつはかわいくない声を出し、痙攣して気を失ってしまった。相変わらず弱いな。

 さてと、どれどれ……。



 勇者カタログは、カタログというだけはあり、いろんな情報が掲載されていた。写真付きだから召喚時に見た目で失敗することもないだろうし、なかなかわかりやすい。

 同じ学校のやつは全部で8人。この中で勇者として召喚されているのは何人いるんだろうか。


 っと、見つけたぞ。俺だ。

 ……なんで俺だけ盗撮写真になってんだ。他はみんな証明写真みたいなのに。

 しかも情報がかなり雑だ。なんだこの身長170くらいって。他の奴らのなんかミリ単位で載ってるぞ。

 それに戦闘技能特に無しって、これでも子供のころは剣道やって、今は古武術習ってるのに。隣の奴の空手3級よりマシなんじゃないかな。

 まるで誰かがふざけて俺の情報を勝手に使い応募したみたいじゃないか。ちとえりにでも聞いてみよう。


「おいとくもり」

「は、はいっ」


 突然声をかけられたせいか、ビクンと反応して返事してきた。


「やる」


 俺はさっきまで寝転がっていた枕をとくもりに投げた。

 それを受け止めたとくもりは、瞬時に顔を枕に埋めた。


「は、はあ……はあ……ふふっ。うふふっ。はあ、はあ」


 やばいトリップしはじめた。とっとと退散せねば。




「のうちとえりさんや」

「なにかね勇者殿」

「勇者カタログって誰が作ってるんだ?」

「さあ? 知らんね」


 ちとえりが知らないならもはやお手上げだな。行き詰ってしまった会話を続ける意味はない。


「じゃあこれから行くなんとか将軍のことなんだけど」

「射精卿ね。忘れたら失礼なのね」


 もっと失礼なことを言っているやつがいるぞ。俺の目の前に。


「セイン卿だったな。どんな人物なんだ?」

「発明王と言われているけどかなりの堅物ね」

「ほう」

「あっ、勘違いしないで欲しいのは、股間が堅物ってわけじゃないのね」

「誰も勘違いしてねぇよ。知るか。んで、気難しい人なのか?」

「そうね。どんなに下ネタを振っても乗ってこないくらい気難しいね」


 ああよかった、まともそうな人だ。

 あと問題は画期的な装置を気軽に他人へ貸してくれるかどうかだな。だけど下ネタを振って反応しないがちとえりにかまってやっているだけでいい人な気がする。


「そうだ重要なことしっかり忘れてたのね。娘にだけは絶対に近寄っちゃだめね」

「あん?」


 娘が危険人物……なのだろうか。

 でもその線は薄そうな気がする。すると娘を溺愛しているから近寄る男に不快感を示すといったところだろう。


「つまりシスコンは違うか。娘コンって感じ?」

「そうね、ドタコンね」 


 ドタキャンみたいだな。でも予想通りか。


「重度なのか?」

「娘の半径5メートル以内に近寄った男は死刑にするという法を作ろうとしていたくらいね」


 佐々木光太郎みたいだな。命は惜しいから忘れないようにしておこう。


「肝に銘じておくよ。他には?」

「新しもの好きだから勇者殿の世界の話をしたら喜ぶと思うね」


 おっ、それも重要。地球に戻ったらモーターの簡単な構造でも覚えておくかな。

 モーターは便利だからな。電気を流せば回るだけじゃなく、逆にモーターを回せば発電できる。いわゆるダイナモだ。

 そして電気は万能だ。大抵のことはできる。コンピュータやUSBユニバーサル・システマティック・バインディングが作られる日も近いだろう。


「そうとわかれば今日も……寝るか」

「そうね」


 結局俺はここへ寝るために来てるんだよな。もう少しワクワクが欲しい。

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