第34話

「だーっ! 畜生、どこ曲がりゃあ加夜のところに行けるんだっ!」

 やけくそになって叫びながら、隆善は入り組んだ道を走り続けている。途中襲い掛かってくる妖や黒い手達は、走りながら適当に真言や九字を唱え、時には懐から取り出した符をぞんざいに貼り付けて調伏していく。夢の中だからか、手を抜き過ぎてもそれほど支障は無い。

 そして、夢の中であるから、どれほど走り続けても息が上がるという事も無い……事も無かった。

「何で、夢なのに疲れるんだよ……」

 立ち止まり、膝に手を置いてぜぇぜぇと荒く息をする。夢の中なのに疲れるという事は、それだけ隆善が精神的に疲れているという事か。足元に這い寄ってきた黒い手を、呼吸をするついでのように踏み潰した。口は無いのに、踏み潰された手から「むぎゃっ」という音がする。

 顔を顰めながら、隆善は辺りを見渡した。相変わらず、どこを見ても築地、築地、築地、だ。正しい道はおろか、どちらの方へ行けば加夜の元に辿り着けるのかすらわからない。

「惟幸の奴は、一体どうやって毎回加夜の夢に入りこんでたんだ……!?」

 思わず、空を仰いだ。空と言っても、灰褐色の靄のような空で、空と言えるのかどうかわからない。鳥でも飛んでいれば、どんな色であれ空と言えるのかもしれないが。

「……鳥……」

 ふと、呟いた。

 鳥が空にいるのは何故か。飛べるからだ。

 鳥が空を飛ぶのは何故か。確証は無いが、高いところから探した方が、餌の虫を見付け易いからではないだろうか。

 空を飛べば、探し物をし易い。その考えに至った時、隆善は己の両腕を見た。それは、空を飛ぶ鳥のような翼にはなっていない。

「……ここは夢だ。……やれるか?」

 言い聞かせるように呟き、とんとん、と地面を軽く蹴る。このような動きは、何年ぶりだろう。元服をしてからは、それほど激しい動きをしなくなった。葵を初めとする弟子達が使い物になるようになってからは、動き回る事になりそうな依頼は弟子達に回すようになったため、増々大きな動きはしなくなった。もはや、童子の頃にどうやって激しく動き回っていたのか、どう体を動かしていたのかすら記憶に無い。

「まさか、葵を手本にする日が来るとはな……」

 苦笑しながら、葵の姿を頭の中に思い描く。野駆の術で縦横無尽に走り回り、その勢いを利用して高く高く跳ぶ事がある葵。その姿を思い出し、体の動かし方を頭の中でよく観察する。

 かちりと、錠がはまった時のような音が頭の中で聞こえた。今、隆善がしようとしているのに最適な動きが、頭の中に図として固定される。

「よし……!」

 一言で己を鼓舞し、走り出す。眼前に、築地の壁が迫ってきた。

 ぶつかる! その場に誰かがいればそう思ったであろう瞬間、隆善は思い切り地を蹴った。走った勢いも相まって、体が高く高く宙へ跳ぶ。

 体は鳥が飛びそうな程の高さまで跳び、そこでそれ以上昇る事は無くなった。そして、落ちる事も無い。そして、隆善が望めば前でも後でも、右にも左にも動いていく。まるで蛍のようにふわふわと、好きな方角へと進む事ができた。これも、夢の力が成す技なのか。

「これなら……!」

 期待に胸を膨らませ、隆善は首を巡らせた。そして、見付けた。

 最初に隆善がいたであろう、築地で囲まれた場所。そのすぐ隣にも、築地で囲まれた場所がある。囲まれた中に、何があるのかはわからない。白い靄で覆われている。

「こんな近くにいたとはな……」

 苦笑し、白い靄へと近付く。行く手を阻む築地は無く、辿り着くのはあっという間だ。

 そのすぐ前に行けば、微かではあるがたしかに中から加夜の気配が感じられた。ついでに、惟幸の気配も。

「あの野郎……来てるなら、迎えに来るぐらいしろってんだ」

 冗談めかして独りごちながら、隆善は白い靄に手で触れた。すると、見る間に靄は薄れて行き、消えていく。

 敷地の中に、加夜の邸が現れた。

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