レモン

蜜缶(みかん)

前編

高校に入ってから知り合った親友の清は、イケメンなのに彼女がいなかった。


性格に問題があるわけではなく…それどころか性格もめっちゃいいヤツなので、告白とかはちょいちょいされているようだが「忘れられない人がいる」と全て断ってるらしい。

…とクラスの女子が騒いでいたので、今やクラスの男子もみんな知っている程有名な噂だ。

最初の頃はそんなことに大して興味なかったのだが、親友としてそばにいるうちにオレは段々清に惹かれてしまい…いつしかそのことがすごく気になるようになっていった。

(忘れられない人って誰だろう…同中?元カノ?)

2年に上がっても同じ理由で断ってるらしく、清に彼女はいないままだった。


彼女を作らないことに安心する半面、告ったところでオレも断られるということが目に見えてなんか悲しかったが、

だけどなんか、もう好きすぎて、一緒にオレの家で遊んでる時についぽろっと「オレ、清のこと好きだぁ…」と口に出してしまった。

瞬時に(あぁぁ…やってしまった…!)と後悔したオレにかけられた言葉は「じゃあ、付き合おっか?」というまさかまさかの言葉で。

目が点になったが、オレはブンブンと首がもげそうなくらい縦に振って、そんで清と無事お付き合いすることになった。




…それが、半年前の話だ。

「栄、帰ろー」

「…おぅ」

オレたちは順調におつきあいをしている。

毎日仲良く登下校し、放課後や都合の合う休日は一緒に過ごし、メールも毎日する。


…順調だ。

だがしかし、それは付き合う前の友達時代と何ら変わってないのだ。

毎日仲良く登下校し、放課後や都合の合う休日は一緒に過ごし、メールも毎日するのはすべて前から。

変わったことと言えば時折好きだと言ってくれることぐらいで…キスやその先どころか、手を繋いだりハグしたりの恋人らしい行為が一切ない。

もしかしてあの時の告白ややり取りは、冗談みたいに受け取られてなかったことになってるのだろうかと不安になってしまう程だ。

(…でも好きとは言ってくれてるし…)

…それともやっぱり、清に忘れられない人がいるから、だから先に進めないのだろうか。





「もう半年だぞ!何でキスすらないんだ!せめて手つなぐくらいさ、あってもいいと思うんだよ!」

相談できる友人もおらず、本人にも聞けず…誰にも話せる人がいないので仕方なく1コ下の妹の部屋に押しかけて無理やり訴えると、ジロリとキツイ目で見られた挙句

「…兄ちゃんキモイ。なんで彼女のせいなの?普通男である兄ちゃんのせいでしょ。っていうか兄ちゃん臭いからじゃない?最近いつも汗臭いよ。そりゃあ彼女も兄ちゃんに近寄りたくないだろうね」

とまさかの言葉が返ってきた。


「…え?オレって臭かったの?」

妹が相手を彼女と勘違いしていることはどうでもいいが、自分が臭いとか大問題だ。

慌ててクンっと自分の腕を嗅いでみるが、自分の匂いは無臭というか、自分ではよくわからない。


「…オレそんなに臭う?」

「マジ臭いから。そんな臭いじゃ、いいムードになっても台無しだね。キスとかマジありえない」

その言葉とともに「うぇっ」という表情をされあまりの衝撃に固まっていると、妹が棚ををガサゴソ漁ってからぽいっとオレに何かを放り投げた。

「…それもう使ってないからあげる。つけたらちょっとはマシになるんじゃない?っていうかつけて、臭いから」

その言葉にまた衝撃を受けながら手元を見ると、渡されたのは香水だった。

ブランド物とかではなくドラッグストアとかで売ってそうなものだったが、試しにシュッとスプレーしてみるとせっけんのような匂いがした。




妹の指摘に自分の体臭がやたら怖くなり、翌日その香水を軽くつけて学校へ行ってみた。

「……」

「ん?どうした?」

「や、なんでもない…」

「今日家寄ってく?」

「……うん」

…当たり前かもしれないが、香水をつけたくらいで清が急に態度を変えることなく、いつものように登校し、いつものように授業を受けて、あっという間に放課後だ。

匂いなんかで変わるもんかと思いながらも本当はちょっと期待してしまってたので、時折チラっと清を探るように見るが、爽やかな笑顔が返ってくるだけだった。



(清めっちゃ爽やかだもんな…オレみたいにイチャコラしたいとかそういう欲求ないんかな…)

清の家に着いてゲームを始めても、オレは隣に並んでるというだけで「今ならちょっと寄りかかったり手を握っても不自然じゃないかな」とかそんなことで頭がいっぱいなのに、清はいつも平然とした顔でゲームに夢中だ。


「よっしゃー!オレの勝ちー」

「あー…負けた…」

ぽいっとゲームしてたスマホを清のベッドへ放り投げて、床にごろんと寝転がり目を閉じる。

ゲームに負けたことよりも今日も何も進展しなかったなぁってことが悲しくて、はぁっと小さくため息をついた。


「何?疲れた?」

「…疲れたー…もうこのまま泊まってきたいー帰るのだるいー…」

「はは、ダメだよ。明日も学校じゃん」

(そんなことは分かってるけどさぁ…)

イチャコラできないなら、せめてなるべく一緒にいたいのだ。

ふぅっともう一度ため息をつくと、目を閉じたままでも自分の上に影が落ちるのが分かった。


「……っ!」

その直後に来た初めての感触に慌てて目を開けると、清の顔がオレの顔の真横にあってオレの口には清の肩が押し当てられている。

オレは清に抱きしめられたのだ。


6ヵ月経っての初めての恋人らしい出来事に、感極まりながらもゆっくり清の背中に腕をまわそうとすると、清がゆっくり体を起こしてオレから離れてしまった。

離れたと言っても上半身を起こしただけで、オレの下腹部のあたりに跨ったままオレの顔の横に手をついてるから、なんか凄いドキドキしてしまう。


「……栄、香水かなんかつけた?」

続いて発せられたその言葉に思わず体がびくっとなる。

(やっぱり清もオレの臭い気になってたのかな…)

オレのことを臭いと思ってたかは分からないが、匂いが変わったとわかる程度にはオレの臭いを感じ取っていたのだろう。


「あぁ…うん。今日からなんだけど…いい匂いっしょ?」

「………あぁ、うん。そうだね」

そう言って清がふっと笑った。

今までにない至近距離で見る清の笑顔は、威力がマジでハンパない。


「なぁ、今日は明日学校あるから残念だけど、週末泊まり来ない?…今週は、みんな出掛けていないんだ」

いつもと違う雰囲気でのお泊りの誘いに、オレの心臓は壊れそうなくらい高鳴った。

これはもしかして、いよいよ清と恋人らしいことをできるんじゃないだろうか。

オレは期待に胸を膨らませながらブンブンと首を縦に振って、「もちろん行く!」と返事をした。

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