第56話 下仁田ネギ

 碓氷峠までたどり着いたころにはとても空が暗くなりすでに行軍することは不可能となっていた。なので、予定通りに碓氷峠で休むらしい。


 碓氷峠というと近世以降に関所が置かれ発展したと思われがちだが、碓氷峠を超える道というのは古代から存在している。現在の国道18号線はバイパス工事で新道となってしまっているが、旧道の方の18号からだと中世以降の道となっている。そして、その道中に存在している熊野神社に立ち寄った。


 ここが今日の宿場らしい。



 「熊野神社と言えば映画見ておくべきだったな」



 「映画?」



 竜也の話に、佳奈美が詳しく語り始める。



 「侍マラソンという映画って安中藩の話がモチーフらしいよ」



 「安中藩というと群馬が舞台か」



 「熊野神社まで走った日本で最初のマラソンだと言われているみたい」



 「へえ、よく知っているな」



 「今でもそれを起源としたマラソンを安中市はしているんだよ。うちの親戚が安中市に住んでいるからその話を聞いたことがあってね」



 佳奈美がそう言う。


 安中市は群馬県西部に位置する市である。松井田町と合併して大きくなったため碓氷峠も今じゃ安中市のものとなっている。安中という名前は北陸新幹線安中榛名駅にもなっていることから鉄道マニアであればわかる人もいるかもしれない。



 「安中ねえ。そういえば、この近くって下仁田じゃないか。下仁田ネギってこの時代に存在してるのかな」



 俺は気になったことを口に出してみた。俺は知らないからだ。竜也が知っているかどうか確認する。



 「下仁田ネギか。確かネギの伝来は奈良時代ぐらいだった気がするけど、下仁田ネギは殿様ネギとも呼ばれていたという話もあるから江戸時代……1800年代以降には作られていたという話は聞いたことがあるけどいつから作られていたかまでは分からないな」



 「そうか。でも、ネギがあるならとりあえずネギを作ることはできるんだな。確か群馬はネギの生産量が5位ぐらいだった気がするし。どうにかなるかも」



 「それはいいね。あと、下仁田に領地を持っている人がいればネギを植えてもらいましょう。品種改良がいつのまにかに置きて下仁田ネギができているかもしれないし」



 「下仁田か……この時代って下仁田って誰がいたっけ?」



 「野村君が知らないのであれば誰もわからないわよ。この時代ねえ。武田は滅びているからね。下仁田は絶対に武田の領地とぶつかるから武田よりの人がいたと思うけど。長野氏とかがいたんじゃない?」



 「でも、長野氏だったらもう滅びてしまっているからどのみち時代的には違うことになってしまうけどな」



 ええっと。


 俺は竜也と佳奈美の2人の会話についていけなくなっていた。2人が話していることはおそらく下仁田に領地を持っている武士が誰なのかという話だっていうことはわかる。しかし、戦国時代に疎い俺だ。長野氏が長野氏がと言われてもまったく分からない。


 長野氏って誰なんだ?


 長野ってついているから長野県の人じゃないのか?」



 「竜也。話が分からん。長野氏って誰なんだよ。長野ってあの長野県の長野か?」



 「ああ、すまんすまん。話が分からなかったのか。一応、戦国ゲームをしていれば出てくるぐらいの知名度の大名? というか武士だな。長野という漢字は長野県の長野だけど名前の由来は高崎に長野っていう地名があってそれが長野氏の由来だ。箕輪城を居城にしていた。すなわち今は高崎市になってしまったけど昔の旧箕郷町あたりの大名なんだよ。で、群馬県西部を領地としていたからおそらく長野氏の領地だったんじゃないかって話していた」



 「そうだ。菊川さんに聞いてみようよ」



 佳奈美が提案する。


 まあ、確かにそうだ。この時代の人に聞くのが一番だ。



 「そうだな。この時代の人だからこその情報もあるはずだし。聞いてみることにするか」



 「俺も詳しいことまで知らないから自分の知識のためにも知りたいしそうしよう」



 佳奈美の提案に俺と竜也の両方ものる。


 俺らは、菊川から少し離れた位置に3人でいた。護衛として菊川がいるが滝川一益が俺達の特異性からあまり近づきすぎても悪いと判断したのだろうか一定以上近づいて宿すことをしないように命じたらしい。おかげで内緒の話も意外とできる。


 俺らは寺の小さなお堂というか倉庫にいたが、倉庫を出て外で俺らのために守っている菊川のもとへと向かった。



 「菊川さん、聞きたいことがあるんですがいいですか?」



 「かまいません。どうなされましたか?」



 「このあたりって誰が領主ですか?」



 「このあたりですか? 碓氷の領主は安中左京大夫様ですがどうかしました?」



 「あ、安中氏がいたか……すみません。ありがとうございます」



 「いえいえ、何か力になれたならよかったです」



 俺らはその短いやり取りだけして建物の中に戻る。


 そして、戻って最初に竜也が言ったことは、



 「安中氏がいたわ」



 「安中市?」



 「安中氏な。多分お前今氏じゃなくて市の方を言っただろう」



 「ああ、その氏ね。で、安中氏って」



 「安中氏は安中城、松井田城を居城とした国人だ。そういえば、武田氏についていたけど滅亡後は滝川一益、北条と渡り歩いていたな。安中左京大夫っていうことはえ、ええと誰だっけ?」



 知らないんかい。



 「安中久繁よ」



 「そうだ。安中久繁が確か厩橋城にも来ていたはずだ。今回の碓氷に宿す話もきっと安中久繁に通しているはずだ。その人物がおそらくは下仁田の領主だろう。よかったな、忠志。滝川側の武士が領主をしていて」



 「まあ、良かったのかな?」



 「ネギを育てるためにもどこかでいいネギの種でも貰って育てることにしようか。お前の目的は俺とは違って農作物何だから。まったく農民の何が楽しいんだから」



 「歴史って農民が支えているんだぞ。バカにしてはいけない」



 「まあ、そうか」



 その後は、安中氏の話をした。そして、農作物の話を少々して明日もずっと歩くことになるからきちんと休憩を取ろうという話になり寝ることとなった。

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