第42話 戦へと

 「お願いします」



 竜也は妙印尼に頼み込んだ。


 由良国繁はすでに人実を返還してくれるという言葉にぐっときている様子だった。由良家当主の説得は完了したといってもいい。でも、由良家において最も力を持っている人が誰かと言われれば由良家現当主の母である妙印尼である。


 妙印尼は果たして竜也の申し入れを受け入れてくれるだろうか。



 「わかりました。由良も滝川殿の兵として、そして私も戦の場に出ることを誓います」



 妙印尼は、竜也の申し入れに対して受け入れてくれた。



 「ありがとうございます。このことはすぐに滝川殿に伝えますので」



 そう言い、由良家との話し合いは無事に解決をした。


 こうして俺達は無事に神流川の戦いに臨むことができる。そうだ。


 ん?


 俺は一つここで思い浮かんだことがあった。


 小幡を説得した。


 由良を説得した。


 でも、俺が知っている、いや、俺でも知っているような有名な戦国大名の一族が群馬には残っているではないか。


 俺の頭の中で浮かんできた一族。その名は、真田だった。


 真田。


 真田と言えば、有名な真田安房守こと真田昌幸、真田幸村こと真田信繁、そしてその兄真田信之がいる。


 こんなに有名な戦国大名の一族がいるというのにどうして竜也はこの一族に声をかけることをしていないのだろうか。


 俺は不思議に思った。


 ただ単に忘れているだけの事。そうだと思ったが、いや、竜也のことだ。そんな簡単にミスを犯すわけはない。俺は、すぐに自分が考えたことを否定した。


 では、どうして真田を説得しに行くことをしなかったのか。


 俺は、帰り道竜也に尋ねてみた。



 「竜也、一つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」



 「何だ、小田? お前から質問とはどういった件だ?」



 「どうして真田の元には行かなかったんだ?」



 俺の言葉を聞くと竜也は「ああね」っと言った神妙な顔つきをした。隣にいた歌川はなぜだかわからないが笑っていた。


 ん? 俺はおかしなことを何か言ってしまったのだろうか。ちょっと、不思議な気持ちになった。



 「なるほど。小田は確かに真田に行っていないことに違和感を覚えたんだな。俺がもしも戦国に詳しくなかったら同じようなことを言っている気がするよ」



 今の竜也の言葉から俺を馬鹿にしているような感じであることは少しわかった。いや、だってさあ、俺だって好きで戦国時代のことが詳しくないとかそんなわけじゃないのにさあ、みんなさあ、どうしてそんなに俺を責めるのだろうか。ちょっと、嫌になっちゃうよ。



 「まあまあ、拗ねないでね。小田君」



 俺は拗ねている気はしてなかったけど、表情には思いっきり出ていたようだ。おかげで隣にいた歌川に思いっきりなだめられてしまった。


 もう。


 竜也ああ。


 ちょっと、怒りが増えた。



 「まあ、話をするとするか。どうして俺が真田のもとへ行かなかったのかということを。理由は2つある。1つ目は真田の群馬での領地は沼田だ。沼田はわかると思うがここからは遠い。群馬の北部にあるからな。2つ目は、史実での真田の動きと関係がある。真田は滝川に臣従しているかのように見せて沼田城を滝川に貸すのだが、この神流川の戦いの最中に土壇場に紛れて自分自身の力で沼田城を攻め入り、城を取り返してしまう。もちろん、滝川は最初は自ら返そうとしたのだが、それよりも先に真田はやらかしてしまうんだ。だから、真田はちょっと信用できないし、おそらく沼田に軍を終集結させるだろうから敢えて説得をしに行くことをしなかった。これが俺が真田を説得しなかった理由になるが納得はいったか?」



 「ああ、わかった。そういう訳だったのだな。真田をてっきり説得するものだと俺は思っていたのだが、戦国をよく知っている人からしたらそういう考えは逆に浮かばないんだな」


 俺は竜也たちの考えに関して感慨深く思っていた。


 真田を利用することの難しさを2人との会話から感じた。


 昌幸は俺でも知っているほど有名な人だ。ものすごい策士だということも物語などを通して知っている。竜也からしてみればその策士に勝てる自信がないともさっきの会話から読めた。


 やはり、竜也はそういうこともしっかりと理解して行動しているからすごいと思う。



 「じゃあ、これから俺達は滝川殿と一緒に戦の準備をするんだな」



 「そういうことになるな。ただ、俺らは戦には出ない。戦に出るのは武士の仕事だ。俺らは戦の行く末を見守っていよう」



 「そうだね。私達が戦に出たところでどうなるかわからないしね。戦で死んでしまったら現代に戻ることもできない。だから、安全な場所からこの戦を見守ろうね」



 「安全な場所とか言っているが、そんな場所あるのか?」



 俺は、歌川の言葉に対して尋ねてみる。


 戦って安全そうな場所などないようなものだと思うのだが、果たして歌川はそれを理解しているのだろうか。


 ただ、俺の知識がないだけで戦において安全な場所があったのかもしれない。そういうことも考えておかなければならないと思いつつ聞いてみる。



 「……そういえば、そんな場所ないね……」



 「ないんかいっ!」



 俺は思いっきり歌川の発言に対してツッコミを入れてしまった。



 「そうだな。戦において安全な場所なんかない。村においても武士たちが勝手に立ち入りものを略奪、女を襲うなど乱暴が行われることは珍しくはないし、本陣に敵が攻めてくる可能性も否定できない。だから、安全な場所っていうのはないな。これはもう」



 「だったら、どこで戦の行く末を見るんだよ」



 「そうだな~。よし、あそこに行こう!」



 「「あそこ?」」



 俺達2人は竜也の行った場所がどこだかわからないがまずは下見だと言われて付いて行くことになった。


 ……先に滝川のもとに行った方がいいのではないかと思ったのは……言わないでおこう。うん。

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