第32話 説得しよう



 場所は、滝川軍の陣。その本拠地にして中央、この関東方面軍を統括している滝川一益の目の前に俺達はいたのだった。



 「で、どういうことなのじゃ」



 滝川一益は、俺らに向かってそう言った。


 少し、時間をさかのぼってみる。どんな会話があったのかと言うと、



 「滝川様、お話があります」



 「何じゃ、歌川殿。そんな改まって、それに1人見知らぬ顔がおるな」



 「はっ、私は野村竜也と申します。少し前までは北条軍にいましたが、私はもともと歌川と小田の両名の知合いでもありました。そのこともあり此度滝川軍に参加させていただく思い参上した次第でございます」



 滝川一益との会話は、まず竜也の自己紹介から始まった。  


 しかし、よく現代人なので参上した次第とかそんな古臭い言い回しができるものだと俺は思った。俺は何度も言うが、近代史なので言葉にそれほどの変化がなく難しいと思うことはない。しかし、戦国を研究している人というのはみんなこんな感じに古風な言い回しができるのだろうか。そんなことを思ってしまった。



 「なるほど。北条におったか……北条の間者という可能性は否定できないのか、歌川殿」



 「いえ、彼は間者ではありません。そもそも北条にたまたま仕えることになった経緯がございますので彼自身は北条にはそれほど思い入れがあるはずはありません」



 そんなことを歌川は言って滝川一益の不安を減らそうとした。



 「ええ、そうです。偶然たどり着いた先が小田原の地であったので北条に仕えておりました」



 竜也も歌川の言葉に合わせて言う。


 だが、竜也の本来の専門分野は北条氏だ。北条と言っても鎌倉時代の執権北条氏ではなくこの時代に今存在している小田原北条氏、または後北条氏だ。なので、本来の歴史を変えるつもりはなかったのかもしれないが、俺達の意見を聞いてくれて滝川一益に付くことになった。


 俺は、竜也が何とも思っていないと言っていた言葉を聞いていたが、本心では北条の味方をしたかったに違いない。でも、俺達のことを思ってくれた。何ともありがたいことだ。



 「さて、その辺で実は本題がありまして」



 「本題とはなんじゃ。野村殿話してくれ」



 「はは。実は、私達未来から来た人間なんです」



 シーン



 一瞬にして空気が静まり返った。


 滝川一益は、竜也の言葉を聞いて黙ってしまった。


 まさか、怒った?


 こんなバカげたことを急に言ったのだからそりゃあ人間怒るに決まっている。滝川一益にが俺達に呆れて怒ったとしても仕方のないようなことだと思う。



 「……」



 しばらく沈黙の時間が続いた。


 やっぱり怒ってる?


 俺は、滝川一益の第一声が怒鳴り声のような気がして体がびくびくとおびえてきた。


 やばい。やばい。


 怖い。怖い。



 「それは真の話なのか? 前にもそこの小僧が我に未来から来たと言っておったが、それを歌川殿と野村殿まで言うとは正気とは思えんぞ」



 「ええ、私たちは正気です。これは事実であってゆるぎないことですから」



 歌川が堂々と滝川一益に言う。



 「ええ、そうです」



 竜也も言う。


 ただ、俺はなぜだかわからんが前に村においてはじめて会った時から滝川一益に小僧扱いをされており一番信用されていないように感じられた。なので、あえて2人と違って言葉を発することをしなかった。


 発したところで多分無視されるだろうとなんとなく思ったからだ。


 なので黙っていた。


 滝川一益は2人の言葉を聞いて熟考しているように感じられた。だから、その様子を俺達3人は黙って滝川一益の考えがまとまり言葉を発するのを、返事が返ってくるのを待っていた。


 何分経ったのだろうか。おそらく、その熟考時間は1分以内というものではなく数分もするものだったはずだ。カップラーメンは簡単に作ることができるぐらいの時間は経っていたような気がした。まあ、それだけの時間が経ったように俺達には感じられた時間、滝川一益は熟考していたのだった。


 そして、滝川一益は長い長い熟考を終えて言葉を発した。



 「信用できない部分もまだあるが、そうだ、我に何かこの後起こることについて教えてくれ。それが現実的であれば信じてやろう」



 未来のことを俺に教えろと滝川一益は言ってきた。


 これじゃ、だめだ。


 俺はそう思った。


 だって、未来のことを話したとしても本当かどうか判断する滝川一益はわかっていないのだから、判断しようがない。嘘だと思ってしまえばそこで終わりだ。真実だということを俺達は知っているのに滝川一益は知らない。それはとってもじれったいことだ。


 竜也はどうするのか? 俺は、竜也の対応を待った。それは、歌川も同じだった。歌川も俺と同じことを思ったみたいで小言で俺にそのことを伝えに来た。俺もその話と同じことを思ったと伝えた。


 だから、あとは竜也がどう判断するかだ。どうやって滝川一益を納得させるのか。それにかかっている。



 「滝川様。では、私が知っている未来を正直にあなた様に伝えればいいのですね?」



 「ああ、そうだ。我に割れの未来について正直に話してくれるか?」



 「わかりました。滝川様はこのあと織田信長亡き後行われる清須会議に神流川の戦いに敗れたことを理由に参加することができず、織田家内において影響力をなくし、今のような力を織田家内で発揮することができず失意の中死去します」



 「……」



 竜也の素直な未来の告白にこの場の空気は静まり返ったのだった。


 というか、呼吸ができないほど緊張がやばい。この空気、誰かどうにかしてええええええええええええええええええええええええええええ!



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