第21話 情報よ来い



 天正10年5月30日。


 俺が、この時代に飛ばされたとき、正確に言うと飛ばされた翌日に歌川とあった時は、天正10年2月1日であったためすでにこっちの時代に来てからもう4か月経とうとしていた。天正10年5月30日。すなわちあと3日、天正10年6月2日にはあの本能寺の変が起こる日が、目と鼻の先となっていた。


 俺は、歌川にあの日以降は会っていない。


 歌川だけでなく滝川一益らの織田軍の武士にも会っていない。


 おそらく、歌川が滝川一益に本能寺の変のことを知らせておいて滝川軍は群馬から撤退して本能寺か明智光秀の居城である坂本城にでも向かっているのだろう。



 「はぁ~。やっぱり、付いて行った方がよかったのかなあ」



 俺は、若干の後悔をしていた。


 その時の雰囲気に流されて残ったのはミスであったかもしれない。


 残ったところで群馬はしょせん群馬。つらいことには変わりない。


 何がつらいかと言うと、稲作がつらい。



 「神様―、頑張ってくださーい」



 俺は、神様と村の人に言われ敬われているはずなんだが、なぜか村人総出の農作業については俺も参加しなくてはいけなかった。今、一本一本田んぼに苗を植え付けている。機械なんてこの時代にはないから運ぶのは全部自力だ。今だったら、たくさんの苗をトラックで運ぶことができるのに手で運ぶことがこんなにつらいとは。


 でも、苗を植える仕事は今も手で行うことがある。なので、その点の農業革命はなくてはいいかなと思った。俺が、やるべき改革はどちらかというと収穫の時期に深く関わってくる。だから、秋までの間に何か考えておけばいいと思った。


 今からやらないと農業器具が作れなさそうな気がしたけど、俺は現代人。つまり、問題は先送りにしよう……



 天正10年6月2日。


 農作業をした日から数日が過ぎた。この3日間には特に面白いこともなく村においてマツとキクの相手をずっとしていた。相手というのは、話し相手ということだ。この時代の文字なんて俺は知らない。旧字体とかが使われていたと戦国好きの奴らは言っていたが、俺にはわからなかった。


 だって、あいつらぐちゃぐちゃした古文書を読もうとするんだぜ。古文書は文字がものすごく崩れているし、それが旧字体を崩したくずし字だったらなおさら俺に読めるわけがないだろう。例えば、そうだな。うーん、あっそうそう、何だよ體って。体の旧字体は完全に現代人の俺には読むことができない。


 まあ、それでもこの戦国時代に使われている文字のほとんどは現代でも使われているものだった。そのことを知って日本語というものが長い歴史の中ずっと同じものを使われてきたのだということに何だか、感慨深く思えた。


 さて、そんな俺のここ数日の話はどうでもいい。


 問題は今日が天正10年6月2日だということだ。前にも説明したと思うが、今日は本能寺の変が起こった日だ。いや、今の俺はこの時代に実際にいるわけだから起こると言った方がいいのか。でも、あれは確か夜だったから6月1日の夜から6月2日の朝ということなのかな?


 ここら辺のことにも詳しくないことから本当に俺の戦国時代の知識の浅さというものがにじみ出てしまっている。


 まあ、そんなことはどうでもいい。どうせこの時代の情報の伝達はかなり遅いから。本能寺の変があってから数日しないと群馬まで情報が来ないだろう。本来の歴史であれば、その伝達がかなり遅かったためか滝川一益は本能寺の変を知ったのが遅くてポスト織田信長のレースから落ち、最終的に微妙な末期をたどることとなった。俺は、滝川一益が本能寺の変でほぼ織田家での地位を無くした後にどうなったのかは知らない。だって、戦国時代についてそこまで調べようとは思ったことがなかったからだ。


 でも、簡単なことを知っていたためかある程度のことは知っていた。


 でも、これは俺が知っている日本の歴史。戦国時代の話だ。


 歌川がこの時代に入る。俺と一緒にこの時代に来てしまった不運? なのかはわからないが、きっと歌川ならこの時代の歴史を変えることができているはずだ。俺は変えてくれることを信じている。


 翌日、さらに翌日、3日、4日と日が流れていった。この村は群馬の中でも秘境なのかどうかわからないが、なかなか情報が来ない。もっと早くに来ると思ったが想像以上に時間がかかっている。都から群馬までの道が整備されていないのは、上野介の職務怠慢だろう。あ、でもこの時代はもう国司よりも戦国大名や武士が武家官位として勝手に諸国の守を名乗るから道の整備とか関係ないのか。詳しくまでは知らないが。


 ちなみに高校の日本史で習うので説明はいらないのかもしれないが、一応説明をしておくと、日本の古代からの地方制度において守・介・掾・目という4つの階級がある。守が現在の都道府県知事、介が副知事、以下の役職という説明の方が分かりやすいだろうか。で、古代の律令制化の群馬正確に言うと上野国であるが、親王国と呼ばれており上野守は皇族が成ることが決められており、実質的のトップは上野介になる。有名なところと言えば、江戸時代の話になってしまうが、忠臣蔵こと赤穂浪士打入事件で有名な吉良上野介や幕末の幕臣でよく徳川埋蔵金で出てくる小栗上野介などが上野介である。


 あれ、なんでこんな上野介の話をしているんだ。あ、そうそう、群馬まで情報が来るのが遅すぎるという話だったな。


 今度、勝手に俺の方で道を作ってしまおうか。


 それにしても本能寺の変の情報はいつこの村に来るのだろうか。



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