第19話 勧誘
時間は再び戦国時代。
西暦15XX年(〇〇XX年)X月X日。
「歌川!?」
俺は、自分の目の前に突如として現れた女子を見て思わず大きな声で叫んでしまった。
「小田君、久しぶりね。いや、久しぶりって言い方は少しおかしいかな」
歌川佳奈美は、半ば冗談に俺に向かって言った。
「そうだな。元の時代で考えると昨日なのか? でも、こっちの時代だと……いや、同じか」
俺は、昨日タイムスリップしたことを思い出す。なんだかわからないが、結構長く時間を感じていた。まあ、タイムスリップしたことで現代の日本とは気温も自然といった環境も衣食住など生活環境も異なる。たった、1日も経っていないというのに俺の体はかなり疲れている。そんなことを完全に無意識のうちに抑えていた。
時代に無理やり適応させようとしたつけが一気に来たみたいだ。意識していなかったことを歌川と出会った瞬間に無意識のうちに現代のことを思い出してしまった。その結果が俺の体に無理やり戦国時代に適応させようとしたことに反動を与えてしまったみたいだ。
「そうね。私の感じている時間的も1日だから昨日ぶりということになるわね」
歌川は、俺の言葉に返事する。冗談というか混乱した中で発した言葉であったのだから軽く流してくれてもよかったのだと俺は思ったが、まあ、こんな軽口を言えるということ自体俺にとってはうれしいことだ。まさか、戦国時代において現代の同級生に会えるとは思ってもいなかったので、本当にうれしいことだ。
「しかし、歌川はあの滝川一益と一緒にいるなんて」
「いいでしょう。戦国時代の群馬、まあ正確に言うとこの時代的には上野国において戦国大名はいないと言われているけど小規模の戦国大名ならいるの。まあ、大きかった山内上杉は後北条の台頭で越後へ行ってしまい、長野氏は滅亡、由良(横瀬)もなくなり沼田も真田と入れ替わる形で滅亡と……絶望的だね、群馬って」
戦国時代が専門の歌川からしてみてもこの時代の群馬っていうのは絶望的な状況みたいだ。
神様よ。どうして俺をいや、俺たちをこんな絶望的な場所にタイムスリップさせてしまったんだ。
ちょっと、悲しくなってくるぞ。理不尽だろう。あれか、ここってあの日本人の多くを歴史好きに錬成していく戦国シミュレーションゲームの超大作、信〇の野望における上級者が普通にやるんじゃつまらないとか言って縛りプレイを始めた世界にタイムスリップでもさせられたんですかね。
「そんな場所にタイムスリップとか終わってるだろう……」
「まあ、そうだね。小田君の専門は近代史だからこんな時代で生きていくのは本当に苦労するでしょう」
「ああ、その通りだ。犬養内閣以後の政治史を専門としている俺が、この時代においてどこまで順応できるのかわからないな。この時代に内閣なんてものは存在していないし、陸軍やら海軍なんてないし、もう何から何まで違うから行動のしようがない」
「なら、私のもとに来る?」
「へっ!?」
俺は、歌川のその提案に思わず変な声を上げてしまった。間抜けな声だった。俺的にはそんな気がしたが、実際歌川も俺の言葉を聞いてくすりとかすかに笑っていた。大爆笑だったらまだ俺の心が慰められたのだが、かすかに笑われただけだとどうにも痛まれない。俺の中の何かが傷ついたような気がした。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも歌川のその提案について聞きたいことがある。
「それで、私のもとに来るっていうのは、どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ」
歌川は、それしか言わなかった。
言葉通りと言われても俺には何のことやらさっぱりだ。
「言葉通りとは?」
「……。あなたは、戦国時代の知識がある程度はあるもののそれは一般人に毛が生えた程度のもの。どうせ、ここでは武士にも戦国大名になることができないと考えて農民にでもなろうとしていたんじゃないの?」
「な、なぜそれを!」
俺が、昨日悩んだことをどうして歌川は一瞬で見破ったんだ。
「わかるわよ。あなたのことを私はかなり知っているのよ。あなたなら、そんなことを考えるのではないかと推測した結果が今の回答だったんだけど、そうね、私もまさか本当に当たるとまでは思ってもいなかったわ。まあ、それはいいとして、あなたは武士になりたいのでしょう。だったら、こんな村にいるよりは私に付いて行った方が、正確には、滝川一益に付いて行った方がお得よ。そう思わない?」
歌川は俺を誘っている。歌川からの提案は確かに俺にとって魅力的なものだ。何より、俺にとって最も魅力なのが何かというと、専門家がいることだ。歌川という戦国時代に詳しい専門家がいること。これ以上に心強いものはない。だったら、向こうに付いた方がいいのではないか。俺は、そう思えてきた。
俺にとって、どっちのほうがいいのか。一目瞭然だ。じゃあ、俺の答えは……
「神様、どこかに行っちゃうのですか?」
俺が、歌川に返答をしようとしたまさにその時に俺の言葉をさえぎって誰かが声を発した。その言葉を発したのは誰かというと──マツだった。俺がこの世界に来て最初にコンタクトを取った人だ。
そんな彼女が俺の言葉をさえぎってどこかに行っちゃうのですかと目をウルウルとさせながら聞いてきた。
そんなマツ、いや、女子を見てしまったら男として揺らいでしまう。
俺は、俺にはここに残るという選択肢もありなのではないか?
果たして、俺はどうするべきなのだろうか?
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