ペンダント

武村有紀が手にペンダントを持って走っている。交通事故の音。

ペンダントが宙を飛び、物陰に落ちる。

地面に倒れた有紀の血にまみれた手が何かを求めるように伸ばされ、やがて力尽きて落ちる。パトカーと救急車のサイレンの音。


物陰に落ちたペンダントを、誰かが拾っていく。


大山信也は、長妻節子と同棲中。

ある時、一人で古道具屋をひやかしていたところ、ひとつのペンダント(冒頭のと同じもの)が目にとまる。じっと見ていると、その金属性の表面に誰かが写ったような気がするが、まわりには誰もいない。見ているとウインクするように光ったので、信也は何か気になって、値段も手頃だったので節子のみやげに買った。しかし見せられた微妙に節子は難色を示す。

普通だったら女性がかけるようなデザインで、気に入らなかったら自分が引き取るからと信也は主張して、とりあえずプレゼントする。このところちょっと喧嘩気味でご機嫌をとるつもりもあったのだが、逆効果になるかもしれない。

とりあえずそのペンダントは節子がかけていたのだが、その時から不思議な現象が身近に起こるようになる。節子の目から見てもペンダントにいないはずの女の姿が写ったり、窓の外に青ざめた女の顔が見えたり。

挙句に、ペンダントをしていると、妙に首が絞まるようになる。チェーンがきついのかと思うが、そんなことはない。またかけ直すと、今度ははっきり首を絞められて跡が残る。

怯えた節子は、ペンダントを放り出す。話を聞いた信也は、そんなことがあるものか金属アレルギーなんじゃないかと自分がしてみる。今度は首を絞められるようなことはなく、ほら見ろと信也は自分が使うことにする。

しかし、そのうち信也にも女の声が聞こえたり、鏡の中に女が姿を現したり、不思議な出来事が起きるようになる。

ただし話し合ってみると、現れたのが同じ女だったとして、信也と節子とではかなり持つ印象が違う。信也にはどこか悲しげに見えたが、節子には恐ろしげに見えた。それはあなたがその女に変な感情を持っているからだと節子はむくれ、とにかくペンダントは買った店に返してきてくれと言う。


やむなく、信也はペンダントを返しに行き、返品はお断りですという古道具屋と押し問答の末、金は返さなくていいからとやっと引き取ってもらう。ついでに、どこから仕入れたものか聞くが、近くにある家で誰か亡くなった時の遺品をまとめて引き取ったものだからわからないという答えが返ってくる。

やれやれと信也は部屋に戻ってくる。節子は留守だ。洗面台で水を飲む信也の背後で床に何かが落ちる。振り向くと、返してきたはずのペンダントがそこにあった。間違いなく返してきたのと同じ品だ。

こんなのを節子に見つかったら騒ぎになると直感した信也は、ペンダントをあわててしまいこむ。そして洗面台の鏡に向き直ると、今度ははっきりと女の姿が見える。ただ、敵意や恨みはあまり感じられず、鏡の中の女は恋人にやるように信也にそっと肩を寄せている。「おまえは何が言いたいんだ」

女はどこかに消えた。

その夜、寝ている信也がうなされている。枕元にあの女が座っているような気がする。信也の夢に再び古道具屋が現れる。信也の目が見ているのか、それとも女の目で見ている像なのか、そのまま夢の中で視覚の持ち主が歩き、見たことのないアパートにたどりつく。そこで信也は目が覚めた。

信也はペンダントを持って古道具屋の近くに来て、夢の中で見たルートを辿ると、来たはずがないのに夢で見たアパートの近くに着く。と、その一室の窓の中にあの女がいたと思うが、また姿を消してしまう。

その部屋を訪ねてみるが、その隣の人が「そこには誰もいませんよ」と言う。事実、空き室になっていた。以前は武村有紀という若い女が一人で暮らしていたのだけれど、交通事故で亡くなったのだという。

事情はわかった(?)が、さてどうすればいいのか、わからない。


その夜、帰ってきた節子の前で信也はペンダントを落としてしまい、「なんでまだ捨ててないの」と激怒し、自分で窓から放り捨ててしまう。

だが、しばらくして、カチャーンという音がする方を見ると、またペンダントがどこから戻ってきて床に転がっている。

ぶち切れたようにムキになった節子は、ペンダントをトイレに流してしまう。「何もそこまでムキにならなくても」という信也と激しい言い争いをした後、節子はやっと風呂に入る。

と、風呂に漬かった節子の首に、いつのまにかまたペンダントが絡まっている。しかも、誰かがその先を持って引きずり込もうとしているようで、絶叫した節子はペンダントをむしり取り、風呂から飛び出してくる。

何事かと驚く信也が節子のもとにかけつけ、なだめすかして落ち着かせようとするが、なかなか節子のヒステリーは治まらない。やっと服を着せ終えた時、信也は気づかなかったのだが、ペンダントがまたいつのまにか着せた服に混じって光っている。

すると、節子が突然ぴたっとおとなしくなる。ほっとした信也は、節子を寝かせることにする。だが、その時、実は有紀がぴったりと節子の後ろに貼りつき、抱きついて金縛りにしていたのだった。

節子が内心でいくら信也に助けを求めても、声はでないし体も動かない。そうこうするうち、信也が、勝手に調べてきたことを詫びた上で、どうやらペンダントは有紀が亡くなった後に念を残したもので、古道具屋で有紀は信也に一目惚れしたのではないか。そして同棲している節子に嫉妬して祟っているのではないか。そうとしか思えないと節子に話して聞かせ、「死んだ女の子もかわいそうなんだよ」と説得する。(それは実は同時に有紀も聞いている)

その時、節子の体が操られたように(というか、有紀に操られているのだが)起き上がって、信也に寄って来る。さっきまでの狂乱状態とはうって変わって、じいっと熱いまなざしを注いでくる。そして、自分から迫ってくる。信也は直感した。

(節子じゃないな)

節子の中にいる有紀は、思い切ってキスしてくる。信也は緊張しながらそれを受ける。そして言う。

「おまえ、武村有紀だな」

驚いたように節子=有紀の目が見開かれる。

と、突然がくっと節子が崩れ落ちる。有紀が離れたのだ。

信也は節子を正気づかせる。

と、二人の目の前で、有紀が頭を下げてから、すうっと消えてなくなる。

あれだけしつこく現れ続けたペンダントは、もうどこかに行って戻ってこなかった。


(終)

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