その時、教授は―――
シナミカナ
その時、教授は崖っぷちの人間に後押しをしていた。
場面は狭い一室の窓際で二人のスーツを着た中年と白衣を着た初老の男が隣に並んでカメラの方を向いて座っている。
前に置かれた会議に使うような白く長いテーブルは臨時で用意されたような演出で番組の「緊急」を表していた。
「それで―――」
と、スーツの男にカメラは寄る。
声は出さずに咳払いのような動作をして手元の紙を一瞥してからカメラを意識しつつよくマイクに通る声で男に投げ掛ける。
「教授は存在が確認された天国に対して我々はどうすべきだとお考えでしょうか?」
流れ的に考えてこの男はニュースの進行役なのだろう。
隣に座っている教授とやらは手を一つの形に組み換えて少しだけ唸りながら
「それは、宗教的な観点からかね?それとも、教授として科学的に答えるべきか、今までの人生経験から答えるべきか、」
「教授の貴方に専門的意見をお聞きしたい―――と、言いたいところですが教授の人生経験からご意見を伺いたいです。」
右上にまるで手書きのような字体で小さくテロップがでる。
【大学教授「メノウ・『アーメイ』・シスト」】
すっかり忘れていたかのように今更すぎるテロップだ。
文字のサイズが画面に近づかなければ見えないほどの小ささで中にはこの存在に気づかない人もいるかもしれない。
放送局にはもうまともに番組を作れる人間はいないのだろうか?
「私の人生はただ天国に憧れて学んできただけだ。豊かといえるものではない。しかし、今まで見聞きしてきたことを考えると―――」
「考えますと?」
「皆は死ぬべきだろう。」
そう、ただ無表情で当たり前のように教授は言い切った。
隣の男は唖然としている。綺麗事でも言う台本だったのだろうか?
教授は男が納得していない顔を確認すると思案する。
「段階を追って話そうか。君はなぜ生きている?」
「えーっとですね、自分の人生を豊かにするためだとか家族のためというのが一般的でしょうね。」
教授は男を睨んだ。ただ何も言わずに時間にしてはたったの三秒だけ男を見た。
瞬時にカメラはその瞳にズームする。乾いたようなガラスのような恐ろしい目だ。
顔は氷のように冷ややかなもので何を考えているのか分からない。
睨まれている男はわけも分からずただ俯いている。
「私は私の意見を述べている。一般的な考えではなく君の意見を聞きたい。」
「わ、私は・・・特に・・・死ぬ理由がないので・・・」
男は途切れた歯切れの悪い返答をする。
番組内では常に放送事故のような雰囲気が漂っていて観ている分には笑えた。
「そうだ。今までは死ぬ理由がなかった。生きる理由もないんだ。」
「だが今は、死ねば天国に逝けるという理由ができ、生きる意味は完全になくなってしまった。」
教授は向きを変えじっとカメラを・・・俺の方を向いて諭すように語った。
「君たちは今まで幸せになりたいと思っていたんだろう?それはここで仮初めの天国を欲していたということだ。」
「家族が病気に見舞われたくない、ずっと一緒にいたい・・・当然に思うことだ。」
教授はゆっくりと息を吸いよりいっそう厳しい眼差しで睨んでくる。
「家族の幸せを願っているなら、なぜまだ生きている?なぜこの苦痛しかない現実に閉じ込めているんだ?」
「君が隣人の幸せを願っているなら義務を果たせ。少しの間のお別れをしろ。」
「―――ここは地獄なのだから。」
テレビは強いノイズがかかりついには何も映らなくなった。
静かだったはずの外はいつの間にか賑やかになっている。
もう一眠りだけしよう。
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