(15) 魂見

 山原家は、古い歴史を持つ、濃い血筋の一族だ。

 血筋は、特に女性に受け継がれ、特異能力を受け継いだ者は、【魂見】と呼ばれた。


 【魂見】とは、人の肉体に宿る意思――魂を見ることができる能力であり、その能力を持つ者は、山原家では「神」のように崇められてきた。

 今でこそ、昔ながらの風習は薄れ、「神」とまでは崇められることはなくなったが、それでも【魂見】は大切に育てられる。


 現在の山原家で、【魂見】の能力を受け継いでいるのが、陽性の同級生――白亜だった。


 彼女が言うには、まだ黄泉に行ったばかりの魂であれば、呼び戻すことは可能だという。

 ただ、それには必要となるものが、二つある。


 それは、魂を入れるために必要となる神聖なる肉体と、魂を繋ぎとめるために必要となる記憶。


 前者は、魂が抜けて死んでしまった肉体には当てはまらないが、その代わりとなる肉体――神に近いとまで云われてきた、【魂見】の肉体であれば可能だという。

 後者は、魂に一番近しいもの。礼亜の両親はとうになくなっているため、幼馴染で婚約者である陽性であれば、魂の記憶を補うことが可能だという。その場合、魂の記憶は大方損なわれることになってしまうけれど。



 この世で一番愛した人が、自分の知らないところで魂を食べられてしまった。その絶望感は凄まじいもので、陽性に耐えられるわけがなかった。

 この時に陽性の理性がもう少し働いていれば、すぐ頷くようなことはしなかっただろう。


 だけど、あまりにも柔らかく包み込むような白亜の微笑みがあまりにも美しく、全てを受けていれくれるような気がして――。

 陽性は、迷わず頷いた。


 嬉しそうに、白亜は微笑んだ。まるで何かから解き放たれるような、清々しいほどまで鮮やかな微笑みだった。



 この日、陽性は罪を犯した。

 魂の中にある陽性の記憶をすべて失う代わりに、礼亜の魂を黄泉の国からこの世に連れ戻すことに成功したのだ。

 それも、【魂見】の能力を持つ、山原白亜の肉体を犠牲にして――。


 今、山原白亜の肉体には、白銀礼亜の魂が宿っている。

 白亜の魂は、礼亜の奥底で眠っている。


 禁忌とされている能力を使った影響で、白亜の髪の毛と瞳は、色素が抜けて白くなってしまった。これは一生元に戻らない。その上、【魂見】の能力も失い、扱うことはできなくなった。それがこの能力の代償だという。


 礼亜はこのことを知らない。

 は自分が本当は死んでいることを知らない。

 白亜であるは、この話を聞いて、どう思っているのだろうか。



    ◇◆◇



「『虹色のダイヤモンド』は危険なものです。もしアナタ方が少しでも触れるようなことがあれば、礼亜みたいに、魂だけで済むことはなく、肉体をも食べられてしまうでしょう。だから、盗まないでいただけませんか?」


 長い語りを締めくくるように、陽性は深く頭を下げた。

 真実を知った唄は、ゆっくりと頷く。


 言葉は出てこなかった。自分の知識を超えた話に、頭が追い付いていないのだ。

 それは風羽も同じだろう。眉を潜めて、息を潜めている。

 ヒカリはもっとわかりやすかった。目を白黒させながらも、『虹色のダイヤモンド』が危険なものだと理解したのか、あわあわと口を動かしている。


 土下座をしている陽性はまだ顔を上げない。

 そんな彼に、人影が近づいた。

 琥珀だ。

 頬を涙で染めた琥珀は、陽性に近寄ると、その胸倉をつかみ上げる。力ない拳を、陽性は受け止めた。


「なんで! なんでッ、ボクに教えてくれなかったんだ! そんなことがあったなんてッ。なんで、隠してたんだよッ!」

「……アナタは、礼亜を慕っていましたから。受け止めるのには重すぎると思ったのです」

「勝手な憶測を並べたてるなっ! 確かに、礼亜が死んだなんて到底受け止めるわけがないけどッ。でもッ、隠されていることのほうが、もっとッ、もっと、悲しいだろ!」


 くそっ、と叫び、陽性から手を離した琥珀は、畳の上に崩れ落ちた。

 叫び疲れたのか、あとは嗚咽をあげるだけとなる。


 唄の胸が、キュッと抓まれるような痛みを発した。

 別に自分の知らない人だ。

 白銀礼亜が、たとえ両親の仲間だったとしても、自分にとっては関わりのない人。

 関わりのない人が、知らないところで亡くなった。

 ただそれだけのことなのに、少し胸がひねられる感覚がするのは、何故なのだろうか。ニュース番組を観ているときに、全く知らない人が亡くなった報道を観た時以上に、胸が苦しくなってくる。


「う、唄!」


 不器用に呼びかける声が、横から聞こえてきた。

 顔を向けると、心配そうな眼差しでヒカリが覗き込んでいる。その真面目で、焦ったような百面相に、唄の心が少しずつ和らいでいた。


「ヒカリ、なんて間抜け面をしてるのよ」


 緩みそうになる頬を隠すように、唄は口を尖らせる。


「え、俺そんな顔してる?」


 顔をペタペタ触りながら、ヒカリがすっとんきょうな声を上げる。


「あれ?」


 唄の顔を見た風羽が、不思議そうに囁いた。


「もしかして、唄、笑ってる?」

「あ、ほんとだ! 唄のそんな顔、久しぶりに見たぜ」


 いしし、とヒカリが嬉しそうに笑った。

 今度は唄が自分の顔をペタペタと触る番となる。


 胸を苦しくさせるもやもやは、とうに薄れていた。


「陽性」


 穏やかなときが流れるかと思った時、すぅ、と女性の声が割り込んできた。

 まるで実体がないように耳に優しく、透き通るようなその声の持ち主は、御簾の裏にいる人物だろう。


 室内のすべての視線が、御簾で覆われている一角に向けられる。


「白亜、様」

「陽性。それで、話は終わりでよいか?」

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