(5) 裏舞台の幕開け
風羽がいなくなったあと、ヒカリは扉にもたれかかり蹲っていた。
ヒカリにとって、唄や水練はともかく、風羽も仲間だと思っている。けれど先程の会話で、ヒカリは風羽との間にある隔たりに気づいてしまった。いや、薄々気づいてはいたのだが、知らないふりをしていたのだと気づかされた。
いきなりあとから出てきたくせに、唄の傍に居続ける風羽をいけ好かないとか思いながらも、別に彼のことが嫌いというわけではない。
仲間だと思っている。
怪盗とかいう以前に、彼のことは友人だとも思っている。
その上、今ヒカリを悩ませているのは、風羽のこと以外にももう一つあった。
唄のことだ。
産まれたころから傍にいるのが当たり前だった、幼馴染の少女――野崎唄のことを、ヒカリは物心ついたころから好きだった。それに恋愛が伴ったのはもっとあとだが、ずっと見てきた彼女のことを誰よりもヒカリは良く知っているだろう。
もともと唄は破天荒に明るい性格ではないが、今みたいに周りと積極的に関わろうとしなくなったのは、中学生になってからである。
唄は、幼いころから両親みたいな怪盗になることに憧れを抱いていた。
彼女は神出鬼没の怪盗になるべく、周りと関わりを薄くすることにより、自分の存在を消すように心がけていたのだろう。怪盗は正体を知られると、怪盗ではなくなってしまうのだから。
幼馴染であるヒカリはその思いを理解していたため、唄から言われるがまま、彼女と人目があるところではなるべく会話しないようにしていた。それが彼女のためだと思った。
そして唄の両親が怪盗を辞め、唄がその謎を解き明かすために『二代目怪盗メロディー』となると決めた時、彼女から一緒に怪盗をやらないかと誘われた際、ヒカリはたいそう喜んだ。彼女が自分を頼ってくれている。自分を必要としてくれている。それが嬉しかったからだ。
けれど一年前に風羽がやってきてから、あたりまえのように唄の傍に風羽がいることが多くなったことにより、ヒカリは焦った。彼は
幼い頃の唄のことをヒカリはよく知っている。中学に上がってから彼女とはなかなか関わりがもてていなかったが、それでも周りにいる誰よりもヒカリは唄のことを知っているはずだ。それこそ、風羽なんかよりも。
そのはずなのに、風羽から言われた言葉が頭の片隅に引っかかっている。
『君はまず、僕の気持ちよりも、唄の気持ちを考えた方がいいよ』
これではまるで、ヒカリは唄のことを何もわかっていないようじゃないか。
唄の気持ちを理解しているつもりでいた。それなのに風羽から言われた言葉により、疑問を持ち始める。
ヒカリは唄のことが好きなのに、彼女のことを何もわかっていない。
そんなこと、あるわけないのだと。そう思いたいのに、中学になってから一緒に遊ぶことのなくなったことを思い出すと、確かに自分は今の唄のことを知らないのだと思わせられる。
「違う、違うっ」
くそっと、自分の足を叩くのと、扉がノックされるのが同時だった。
「おい、クソガキ。晩飯の時間だ、でてこい。扉ぶっ壊すぞ」
二十二歳の女性とは思えない、乱暴な姉の声だ。この口調で接客業をやっていると聞いても、誰も信じないだろう。
扉を先程よりも大きい拳で叩かれるようなノックの音がした。
「それとも、出かけるか?」
何で、という言葉が喉元まで出かかる。
「さっきの風羽君の調子だと、これからどこかに殴り込みに行く様子だったぞ」
「殴り込み?」
あの風羽が? ヒカリよりも体力も筋力もない、あの風羽が?
文字通りの意味ではないのだろうと、すぐに気づく。
「きっと、アイツらのところだろうな」
「姉貴、どうして知ってんだ?」
「あ? 瓦解陽性と白銀礼亜は、あたしの同級生なんだよ」
思わず立ち上がる。
慌てて扉を開くと、そこには快活に笑う姉のヒナが仁王立ちしていた。声を上げて笑っているのに、目が笑っていない。怖い。迫力に負けそうになり、踏みとどまる。
「ちなみに白亜という名前にも心当たりがあるぜ」
「ちょ、それって」
「ん? ……おい、ヒカリ、お前の携帯鳴ってんぞ」
ヒナの言葉により、ベッドの上に投げ捨てられていた携帯電話がバイブ音を響かせていることに気づいた。
急いで中を確認すると、どうやら水練からのメールのようだ。
メールには本文がなく、地図の画像が添付されている。
その目印となっているところを確認した瞬間、ヒカリは悟った。
「俺、出かけてくる! 飯はラップして冷蔵庫にしまっといて!」
「しゃねーなぁ。ちゃんと、仲間のこと信じるんだぞー!」
ヒカリは猛ダッシュで家から飛び出た。
(……仲間……)
◇◆◇
入り組んだ住宅街の、小さな交差点。監視カメラを見つけた唄は、それを見上げると隣に立つ風羽には目もくれず、ピアスタイプの通信機に向かって声をかける。乗っ取られた監視カメラの向こうには、引きこもりの水練がいるはずだ。
「水練、こちらのほうでよかったわよね」
『もちろんや。ていうか、地図確認しとらんのか?』
「念のための確認よ」
空はとっくに闇に染まっている。今は夜の八時ぐらいだろうか。唄はまだ夕飯を食べていないため、早く終わらせて帰りたいところだ。
隣にいる、黒ずくめ姿の風羽が歩きだす。
「こっちだよ」
その後ろについて行く唄は、普段かけているダテ眼鏡をはずし、普段三つ編みにしている栗毛をアップに後ろで一つ、ポニーテイルに結っていた。服装は怪盗時の華やかなものではなく、今回はあくまで『虹色のダイヤモンド』を巡る裏舞台となるため、地味だが動きやすい黒い服を着ていた。
これから唄たちは、『風林火山』のアジトとなっているところを、叩くつもりだ。
そこから出た埃に少しでも真実が含まれていることを祈り、唄は気合を入れて歩きだしていた。
一つ懸念があるとすれば、未だに何をしているのか分からないヒカリことだが、それはもう今回は諦めるしかないだろう。
何といっても今は時間がない。
明日、虹色のダイヤモンドを確実に盗むために、それを邪魔する『風林火山』と交渉しなければならないのだから。。
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