第四曲 四日目
(1) 校舎裏
「……仲間外れか」
まだほとんどの生徒が登校してきていない、朝方の学校。
ヒカリは、ぼうっと廊下を歩いていた。
なぜこんな朝早くにヒカリがいるかというと、今日はいつもよりも早く目が覚めて、目が覚めたならと姉にご飯を早く食べるように言われ、特に何もやることないし唄が家から出てくるのを待っているのは嫌われるので、特に意味ないが早く学校にくることにした。
そんな彼の悩みは、昨日のこと。
水練の意地悪な言葉は、とくに深い意味はなかったのだろう。彼女は意味なく人をからかって遊ぶのが好きなタイプだ。それなりの付き合いなので、それぐらいわかっている。
けれどやっぱり。風羽が『怪盗メロディー』の仲間になってから、風羽は唄のパートナーとして傍にいるようになってしまった。
風羽のほうが頭が良く、
「やっぱ、あいつって」
風羽は、唐突に『怪盗メロディー』の仲間になりたいとやってきた。その目的がなんなのか、ヒカリにはわからないが、推定できることといえば――
「いやいやいや」
そんなこと考えたくないと、ヒカリは目をギュッと瞑り、早歩きで歩き始めた。
朝早いため生徒は少ない。
だけど、全くいないわけではなかった。
階段を上ろうと角を曲がった時、ヒカリは前を向いていなかった。
だから、階段から降りてきた人物とぶつかってしまった。
「っ」
「あ、す、すまん」
しかもぶつかった相手は、軽く当たっただけにもかかわらず、そのまま後ろから廊下に倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!」
駆けつけてしゃがみ込む。
相手は中等部の服を着ていた。高等部の校舎になんで中学生がと思ったが、ヒカリは気にすることなく仰向けにして、ぶつかった相手の顔を覗き込んだ。
「え」
声を失う。
知っている顔だった。
「こいつ、琥珀、だよな。眼鏡かけてるけど」
黄色い髪の毛をおかっぱのように切りそろえた少年は、まぎれもなく三日前、いきなり水練の廃墟マンションを襲ってきた人物に他ならなかった。
「そういえば同じ学校に……て、そんなこと言ってる場合じゃねぇ! なんでこいつ軽くぶつかっただけで気を失ってるんだぁ! と、とりあえず保健室に」
少し迷った末、琥珀をおひめさま抱っこで抱えると保健室に急ぐ。
◇◆◇
「ちょっと顔、貸してもらえる?」
そう言われて連れて来られたのは、高等部の校舎裏だった。
朝ご飯の空気が悪く、早めに家を出て学校に来たものだから、図書室で時間を潰そうと考えていたのだが、それは叶わなかったらしい。
下駄箱で三人の女子生徒に囲まれた唄は、抵抗することなくここまで連れて来られた。
じっと無言で、三人の内の一人、長い茶髪に派手目のメイクをした赤い瞳が特徴の女子生徒を見つめた。彼女は同じクラスの
「ちょっと何睨んでんのよー」
「ちょーうざいんですけどー」
双子が口々に言ってくる。
無言で唄は返した。
「野崎唄さん」
口だけで微笑んだ明菜が口を開く。
「あんた、そろそろ喜多野君から離れてくれない? 傍にいられて、喜多野君超迷惑そうだからさ」
「……迷惑?」
「そう、喜多野君迷惑してるんだよ。何であんたみたいな地味な女が傍にいるかわからないけどさ、まとわりつくのやめたら?」
「……私が?」
「そうだよ、あんたがまとわりついてるんでしょー。ほんと、喜多野君、かわいそう」
「……まとわりついているのは、私じゃないわよ」
ため息交じりに、唄は呟いた。
その言葉に、明菜が顔を真っ赤にすると、右腕を上げる。
「あ、あんた、喜多野君を馬鹿にするのもいい加減にッ」
「何をしているんだい?」
明菜の背後から、落ち着いた声が聞こえてくる。
「そこで、何をしているんだい?」
赤い顔をみるみる内に蒼白させた三人が、振り向く。
唄も明菜の背中から覗き込んだ。
喜多野風羽がそこにいた。
彼は、黒い眼鏡の奥から感情の籠らない瞳でこちらを眺めていた。
「ふ、風羽様っ」「風羽様っ」
「き、喜多野君ッ。こ、これは違うの。ちょ、ちょっと野崎さんに相談を」
「どうでもいいから、ここから消えてくれないかな」
ため息交じりの風羽の台詞に、すっかり青ざめた明菜たち三人が大慌てで逃げていく。
その背中を眺めてから、唄は風羽に視線を向けた。
「風羽様ファンクラブって、大変なのね」
「そんなものがあるなんて本当にどうかしているよ。僕がアイドルに祭り上げられるものなんて、何も持ってないのにね」
本当にそう思っているのだろう。
風羽は冷たい目を一変して心配そうな眼差しで唄に声をかけた。
「大丈夫かい?」
「ええ。私は平気よ」
(平気じゃないのは、むしろあの三人ね。憧れの風羽様に、可哀想)
唄が平然といつもの通り態度をしているで安心したのか、風羽はまたため息をついた。
「そういえば、ここに来る前に、ヒカリが保健室に入って行くのを見たんだ。後姿だけだったけど、もしかして風邪でも引いたのかな」
「馬鹿は風邪をひかないんじゃないかしら」
「馬鹿は風邪をひいても気づかないだけだよ」
「どちらにしても、もう明後日だというのに風邪だなんてやめて欲しいわね」
「確かめに行くかい?」
「……あとから支障が出るといけないから」
二人は、一旦その場で分かれると、それぞれ保健室に向かって行った。
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