第77話「大厄災の鍵」

 それから二年後、ジスランは史上最年少の魔導部隊元帥になった。


 ジスランは次々と強力な魔術で躊躇なく反政府を掲げる者たちを虐殺していった。

 おかげで最年少元帥・ジスランの名が恐怖の代名詞として国内に広まるまで、そう時間はかからなかった。


 元帥となったことで、もう幼い日のように城の中で息を潜める必要もなくなった。

 ジスランは髪を赤く染め、派手な化粧を施した顔で魔導元帥専用のローブをはためかせて城内を闊歩し、エドウィンの部屋にやってきた。


「なァ、エドウィン! 聞いてくれよ! 俺ァついにやったぜ!」


「……やったって、何を?」


 エドウィンは読んでいた書類から顔を上げる。

 ジスランは赤茶色の目をキラキラさせて叫んだ。


「ついに封印を解いたんだよ!!」


「封印? ……って、何の?」


「あれ? おまえに言ってなかったっけ?」


 きょとんとしたジスランに、エドウィンは「聞いてないよ」と言う。

 ジスランは得意げに笑って、懐から一冊の本を取り出した。


「俺、親父にこの日記の封印を解くように言われてたんだ。『そのためにおまえを生かしておいた』なんて言うからさァ、できなかったらどうしようかと思ったぜ。いやァもう、すっげェ強力な封印だったし、マジで大変だった!」


「ふうん……?」


 エドウィンは日記の表紙を覗き込む。


 表紙には何も書いておらず、一見するとただの真新しい本のように見えた。

 しかし同時に、長い時間を過ごしてきたもの特有の不思議に落ち着いた雰囲気も感じる。


(父が、王妃殺しの子を生かしてまで解かせたかった封印、か……)


「……で、誰の日記だったの?」


 ジスランはにやりと演技っぽく唇の端を釣り上げて、


「大厄災を起こした、エルフのお姫様の日記だよ」


「……え?」


 大厄災を起こした?

 エルフのお姫様が?


 きょとんとするエドウィンに、ジスランは興奮気味に語る。


「千年前に絶滅したって言われてたエルフには、実は生き残りがいたんだよ。そいつが持ってた日記を、昔、王の命令で軍の兵士が奪ってきたんだ。でも、日記には強力な封印がかかっていて、中身は見られなかった。そこで、親父はガキだった俺に期待をかけたんだ。俺がすっげェ魔術師になれば、この封印を解いてくれるかもってな! ……で、その封印が、さっき解けたんだよっ!」


「な……」


 エルフに生き残りがいたなんて、にわかには信じられない話だ。

 しかし、もしそれが本当だとしたら……。


「……日記には何が書いてあったの?」


「いろいろ書いてあったぜ! エルフ社会のことも、当時の魔術のことも、どうやって大厄災を起こしたのかも……俺たち魔術師が喉から手が出るほどほしがってた情報が、わんさか載ってる!」


「どうやって、大厄災を起こしたか……?」


 エドウィンは顎に手を当てて神妙につぶやく。


「……大厄災は、人為的に招かれたものなのか?」


「ああ、この日記によるとそーみたいだぜ。どうも、発動条件さえ揃えば俺たちでも起こせるものらしい。だから、俺の次の任務はその発動条件を整えること! なんだぜ!」


「次の任務?」


 ……嫌な予感がした。


「……まさか、父は大厄災を再び起こすつもりなのか?」


「そうみたい……っておいおい、そんな顔すンなよォ! 大丈夫だって! この俺様がちゃァんとコントロールして、こっちには被害が及ばないようにしてやっから! アルファルドだけぶっ潰せばいいんだろ?」


「そうだけど……。でも、そんなこと……」


「できるよ」


 ジスランは落ち着き払った声で言った。

 それは、数年前に軍に入ることを決意したときを彷彿とさせるような声だった。


「できる……いや、やってやるさ。だって、俺が大厄災を再現して、アルファルドに完全勝利を収めることができたら……親父は俺を、養子にしてくれるって約束したんだ」


「っ……」


 息が詰まった。

 ジスランは照れ臭そうに笑う。


「養子になったらさ、俺、おまえとちゃんと兄弟になれンじゃん?」


「っ……ジスラン……!」


(君は……そんなことのために、世界を危険にさらすというのか?)


 そんなことのために、君はその危険な役を自ら背負うというのか──?


「ジスラン……そんなことをしなくても、僕らは……!」


 エドウィンの悲痛な声を搔き消すように、ジスランは何でもないことのようにつぶやいた。


「でも、触媒が一個、どーしても揃えんのが大変なんだよなァ……」


 それを聞いて、エドウィンはほっと息を吐く。

 それが永遠に手に入らないものであればいいと思った。


「エルフの生き血が必要なんだよ。だから、生き残りを探さなきゃなんねェ」


「そんなの……無理だろう。日記を奪うとき、一緒に生き残りを捕まえることはできなかったんだろう? だったら、もう可能性は……」


「日記を持ってた女は兵士が殺しちまったんだけどよ。やっぱり強力な魔術を使ってきたんで、生きたまま捕らえるのは難しかったみたいで。……でも、そいつのガキがいるみたいなんだ。父親らしき男が、赤ん坊を抱えて逃げていくのを兵士の一人が目撃したらしい」


 ジスランの瞳が怪しく光る。


「そのガキを見つければ、きっと……」


「…………」


「ああ、安心しろよ」


 ジスランはすぐににこりとエドウィンに邪気のない笑顔を向ける。


「俺、別に王になりたいとかは別に思ってねェから」


 そういうのはおまえに任せるぜ、と心底どうでもよさそうに言う。


「俺がやりたいのは、おまえと一緒に世界を作っていくことなんだ」


「ジスラン……」


「俺とおまえで協力して、アルファルドがいなくなった世界を一緒に作っていこうぜ」


「……うん……」


 頷きながら、エドウィンは本当にこれでいいのか? と思っていた。


(僕らの敵は、本当に隣国アルファルドなんだろうか……)


 もっと強大な敵が、兄弟ぼくらの間には巣食っているのではないか……?

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