第24話「綺麗な色」

 寮の部屋に戻る頃には、セシルの酔いは醒めていた。


「着替えたいから、少しだけ出ていってくれない?」


 開口一番にそう言ったセシルを、


「やだね」


 ラクロはばっさり切り捨てる。


「ここは俺の部屋だ。あるじの俺がいて悪いことがあるか」


「なっ……僕の部屋でもあるだろ!? 君はお互い快適に部屋を使おうっていう気はないのかよ!」


「うるせーな。だったらてめぇが移動しろよ。シャワールームでもなんでもあんだろ?」


「無理っ!」


 寮のシャワールームは共用スペースだ。

 ずらりと並んだ蛇口には、一応、個別スペースとして仕切り板がついているのだが、その板は胴体部分だけを隠す申し訳程度の大きさで。

 つまり、裸を隠すには全然頼りないのだった。


「……一分だけ! 一分だけでいいから! お願い! 出てってよ!」


 手のひらを合わせて懇願すると、ラクロは苛立たしげに舌打ちして、


「……あーもー、わかったよ! じゃあ一分だけな! 一分だけ出て行ってやる!」


「ありがとう!」


 ラクロは渋々と行った様子で、面倒臭そうに部屋を出て行く。


 セシルは大急ぎで服を脱ぎ、配給もののグレーの綿のズボンを履いた。そして、トレーナーに頭を突っ込み、


 ──ガチャ


「っ……!?」


 扉が開く音。


(嘘!? まだ一分経ってないよね!?)


 早すぎる……! と内心悪態をつきながら、セシルは無理やりトレーナーから頭を突き出す。

 頭の高い位置にあった結び目が服に引っかかって、はらり、とポニーテールにしていた髪がほどけた。


「……ちょっと!」


 間一髪で着替え終えたセシルは、予定よりも早く部屋に戻ってきた男に指を突きつけた。


「早すぎるでしょ! ちゃんと数えた!? 絶対一分経ってないよね!?」


「…………」


 しかし、ラクロは驚いたように目を丸くするだけで、何も言わない。


 セシルが「……なんだよ?」と首を傾げると、ラクロは怒っているのと戸惑っているのの中間くらいの表情で、


「……んっとに女みたいなやつだな……」


 セシルは一瞬だけギクリとし、すぐに平静を装って「……ああ」と背中に流れた髪をく。


「髪、ほどけちゃったから……。誰かさんが一分っていう約束を守らなかったせいで!」


「るっせーな。正確に一分なんてわかるわけねぇだろ」


「だったら、気を遣って少し遅めにくるとかしてよ!」


「やだね」


 ラクロはしれっと言い、


「…………」


 睨むような、何か言いたそうな目でセシルをじっと見つめた。


「……なんだよ?」


「……堂々としてればいいんじゃねぇの?」


「は?」


 ラクロはぐぐぐっと柳眉を寄せて、ものすごく不機嫌そうな声で、


「その髪と目だよ。……俺は別に思わねぇよ、気持ち悪いとか。つーか、むしろ……綺麗なんじゃねぇの?」


「……な……」


 セシルは絶句する。

 何か言おうとして、口がパクパクとエサを求める魚のように開閉し、


(な、慰めないとか言ったくせにっ……!)


 カァァッと頬が赤くなる。


 セシルは決まり悪そうに顔を背けるラクロから背を向け、ごろんとベッドに寝転がった。


「ぼ、僕、もう寝るからっ!」


 掛け布団を頭まで被り、どくどくと脈打つ心臓を服の上から握って、ぎゅっと目を閉じる。


(綺麗、だって……)


 布団の中で、自然と笑みがこぼれる。


 その一言で心が浮き立ち、先に寝ると言ったのに、それからしばらくは眠れなかった。


 そして、一人取り残されたラクロは、


「なんだよ……?」


 意味もわからず、呆然と芋虫になったセシルを見つめていた。




 ──翌朝、セシルが「着替えるから……」と言ったら、ラクロは大人しく部屋を出ていった。


 昨夜はあれだけ渋っていたのに、今日は妙に素直だったので、不思議に思って尋ねてみると、


「おまえが女みたいだから、こっちもいろいろやりづれぇんだよ!」


 と、怒鳴られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る