第5話「僕は男だ」

 ……寒気を感じた。


 と思ったら、突然何かに腕を掴まれた。


(いや……押さえつけられてる?)


 意識が覚醒してきて、腹の上に誰かが乗っていることに気がつく。


「っ……!」


 声を出そうとしたら、ごつい手で口を覆われた。

 両腕をひとまとめに頭の上で押さえつけられ、上半身は動かすことができない。代わりに足をばたつかせようとしたら、脚も何者かに押さえつけられた。


(な……なんだっ!?)


「しっ! ……暴れないでくれよ、少年」


 声は、先ほどの岩男のものだった。


「ひひっ……ひでぇようにはしねぇからよぉ」


 腹の上が軽くなり、


(なっ……!)


 今度はガチャガチャとベルトをまさぐられる。


 さっ、と血の気が引いた。

 男が何をしようとしているのか、すぐにわかった。


 ──セシルは今、襲われようとしている。


(なんで……!?)


 自分は今、男ということになっているのに。


「おまえさんがあんまり綺麗な顔してるからよう……どうも反応しちまってなぁ」


 僕は男だ! と言おうとした口を、男の手に塞がれる。それでも男に意味は通じたらしく、


「おまえさんが男なのは知ってるけどよ、でもそれだけ綺麗な顔してりゃ、ブツがついてたって構いやしねぇよ。……なぁ、一緒に気持ち良くなろうぜ」


(ふざけるなっ!!)


 セシルは岩男の手に押しつぶされた唇を無理矢理こじ開けて、手のひらの肉を噛みつく。


「ってぇ!!」


 ほとんど反射だろう、岩男が手を離した。


 瞬間、自由になった上半身で起き上がり、すばやくジャケットの袖口に隠してあったナイフを引き抜く。そして、脚を押さえているもう一人の頭があるであろう位置に向かって投擲した。


「ひっ……」


 怯えた男の声がして、脚を押さえていた手から一瞬力が抜ける。セシルはその隙に、右足で思い切りそいつの顎を蹴り上げた。


 暗闇に慣れてきた目が、ぼんやりと襲撃者の顔を認識する。


 やはり、セシルを襲っているのは同じテントの男たちだった。先ほどの岩男と脚を押さえていた男、そしてすぐ近くにもうひとり男が膝立ちで控えている。


「この野郎、大人しくしてろってんだ!!」


 岩男が激昂し、拳を振り上げる。それがセシルの左側頭部に命中し、頭がくらりとした。よろけたところを地面に引き倒される。


「くっ……!」


「そんなに怖がるなよ! 悪いようにはしねぇからさぁ……世の中には身体売って生きてる男だっているんだぜ?」


「知るかっ! 冗談じゃないっ!」


 岩男に手足を押さえつけられ、別の男に身体を仰向けにさせられる。


「やめろっ! 離せ変態っ!」


「腰っせぇ! 本当に女みたいなやつだなぁ」


 ついにベルトが引き抜かれ、パンツのボタンが開けられる。


 そして、ズボンを太ももまで一気にずり降ろされ、


「くっ……!」


 セシルは屈辱に歯を食いしばる。


 必死に手足を動かしたが、男に本気で押さえつけられては、少女のセシルではどうしようもなかった。


 セシルが諦めかけたそのとき、


「るっせえな……」


 不機嫌丸出しの低い声とともに、テントの中に光が差し込んだ。


 セシルがさらに身を固くして、男たちの動きが止まる。


「あ? ……またおまえかよ」


 宵闇に溶けてしまいそうな黒髪の男は、ランプの光をセシルと男たちに向けて、宝石のような紫の瞳をすっと眇めた。


「でかい男が三人がかりでガキをレイプかよ」


 闖入者──ラクロが眉間に皺を寄せた。


 セシルは自分が赤い顔になったのか青い顔になったのかわからなかった。


 ラクロの視線はセシルの下半身に向けられていた。

 セシルは力の緩んだ男たちの手を振り払い、すばやくズボンを引き上げて、ラクロを押しのけてテントから逃げ出す。


 しかし、すれ違ったその腕がラクロに掴まれる。


「っ……!」


 全身の筋肉が強張った。


「悪趣味すぎて何も言う気にならねぇ……。てめぇら、次こんなことで俺の眠りを妨げたら、全員殺すからな」


 肌を突き刺すような殺気がテントの中に広がる。


 男たちは気力を削がれたのだろう、力の抜けた声で「はい……」とつぶやいた。


「おまえはこっちだ」とラクロはセシルをテントから連れ出す。


「そこのおまえ、こいつの荷物とれ」


 岩男がセシルの弓矢を放り投げる。剣、背負い袋、とそのあとに続き、ラクロがそれをキャッチしてセシルに持たせる。

 そして、セシルを自分のテントへと連れていく。


(ば、バレちゃったのかな……?)


 セシルはカチカチと奥歯を噛み鳴らす。


(下着、女物だったし……。見られたのかな……?)


 バレたら、どうなるのだろう。


 街に強制送還? 一人で?


(……いや、無理! 絶対無理! 道なんて覚えてないし、それにこんなおっかない森の中を一人で帰れるわけないよ!)


 おまけに、ここまできて報酬ゼロなんて……。

 明日からどうやって暮らせばいいのだろう?


 昼間のクソ大男と比べてかなり小さく見えたラクロは、それでもやはりセシルよりずっと背が高かった。


 ラクロに連れられて、セシルは自分たちのテントの隣にある、一回り大きいテントの中に入った。


 セシルは、たしかこのテントは副隊長のテントだったはず……と思い出す。


(ということは、このラクロってやつがこの隊の副隊長なのか……)


 ちょっと待ってろ、と言ってラクロはひとり外に出て、すぐにテントに戻ってくる。

 そして、ぼうっと突っ立っているセシルに、おそらく隣のテントからとってきた毛布を放り投げた。


「おまえ、今日はここで寝ろ。また問題起こされても面倒だからな」


 そう言ってラクロはランプの火を消し、自分の寝袋に潜り込んだ。


 そのまま、シン……とテントは静まり返り、


(あれ……? なんか、女ってことがバレたわけじゃなさそう……?)


 セシルはほっと息をつく。

 途端に、身体が震え出した。


(……こ、怖かった……)


 ……今さら、先ほどの強姦の恐怖が襲ってきたのだった。

 セシルは両腕で身体を抱き、ひっく、と喉の奥で声を鳴らす。


「……おい」


 ラクロの声がした。


「こんなことで泣いてんじゃねぇよ……。おまえ、そんなんだから変態に狙われるんじゃねぇのか?」


「だ、だって……」


(怖いものは怖いんだもん!)


「おまえ、アンシーリー討伐のために来たんだろ? 人間相手にそんな風にビビってて、本当に化け物と戦えるのかよ」


「……それは……」


「半端な気持ちでいると、死ぬぜ」


「…………」


 セシルは静かに息を止める。


 そして、帰らなかった人たちのことを想う。


「……わかってるよ」


 今までにも、アンシーリー討伐は何度かあった。


 そのたびにスラム街に住むシュティリケ難民の男が、少年が、何人か帰って来なくなった。戦闘経験なんかなくても、喧嘩が強くなくても、家族のために討伐に参加した者たちだった。


「おまえ、出身は?」


「……シュティリケ」


 暗闇の中で、紫色の瞳がこちらを向いたのがわかった。


「……難民か」


 ラクロはため息のようにつぶやき、


「おまえみたいなやつが死なないためには、最高のコンディションで当日に臨むことだな。……つーわけで、さっさと寝ろ」


 アドバイスのようなものを、くれる。


 セシルは毛布をかぶり、すんと鼻をすすった。


「……おい、おまえ、いつまで泣いてんだよ? 女じゃあるまいし。つーか……」


 無愛想な声が、訝しげに問う。


「おまえ、本当に男か?」


 ギクリ、と反射的に背筋が伸びた。

 夜闇ではっきりとは見えていないのだろうが、じろじろと不躾な視線がセシルを撫でる。


「男にしちゃ妙に綺麗な顔してるし、筋肉もねぇ。手足も腰も細いし、もしかしておまえ、本当は……」


「な、なんだよ……」


 背中を冷や汗が伝う。

 ラクロが言いよどむ数秒の沈黙が怖かった。


「……いや、んなわけねぇか。こんな胸のない女、いるわけねえよな」


 ムカッと、胸の中が小さく焼けた。


(貧乳で悪かったな!)


「じゃ、さっさと寝ろよ。女男」


 そう言って、ラクロは今度こそ何も言わなくなった。

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