後悔

 達夫はためらいながらも、笑顔で呼びかけた。

「京……ごはん、出来たぞ」

 以前なら返ってきていた返事は今はなかった。達夫の部屋の隅に京はいた。だがずっと座り込んでいる。体操座りでごめんなさいごめんなさいと、誰に言っているのかも判然としない言葉を、彼女は延々と繰り返していた。達夫はひどく後悔していた。

(想像力が欠けていた……京はあそこに連れて行くべきじゃあなかった)

 達夫の脳裏に、京が陽子に腹を殴られる様子がまたフラッシュバックした。あれから、この部屋にまで帰っては来られたものの、京の顔面はずっと蒼白で、食べてももどしてしまう程に弱っていた。おもちゃにも興味を示さない。達夫はどうすればいいか分からなかった。飲み物は何とか口に出来るらしく、スポーツドリンクを口元に近づけては、ストローですするのを見守っていた。

(くそ……こういう時どうすればいいんだろう……)

 達夫は椅子に腰掛けた。京が食べやすいようにと、その日作ったのは赤味噌を溶いた雑炊だった。土鍋で作ったそれは当分冷めないだろう。達夫は自分の幼少期を思い出そうとした。自分が同じような事になった時、親はどうしてくれたか、と。父親は何もしなかった。むしろ自分が怖がって苦しんでいた対象こそが父親だった。達夫の表情が苦痛に歪む。達夫にとっては過去は毒そのもののようだった。思い出す事そのものが彼にとっては苦なのだ。借金、ギャンブル、浮気、大酒、タバコ、風俗遊び……何でも父親はしてきて、その後始末に追われるのはいつも母親で、仕事のストレスをぶつけられるのは自分と母親だった。母親が弟を宿してもそれは同じだった。達夫の額に汗が浮かぶ。それでも達夫は必死に記憶を辿る。母親はどうしてくれていただろうか?自分が泣き止まなかったり、しょげてしまったり、ひどく怖い目に遭った時、母親は……。

 達夫はハッとした様子で、京のそばへとゆっくりと近寄った。

「ごめんな、京……」

 達夫は京の小さな身体を優しく抱きしめた。京のごめんなさいが止まった。

「ごめん……俺が悪かった……お前は何も悪くないんだ……だから……」

 達夫はさらに強く京の身体を抱きしめて言う。

「頼む……少しだけでいい……プリンでもなんでもいい……食べたいものだけでいいから……何か食べてくれ……お願いだ……」

 達夫は震え、涙を流し、嗚咽を漏らしていた。京はぼんやりと達夫の温もりを感じていた。京の目は相変わらずうつろなままだったが、その目からは涙がこぼれ落ちていた。

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