右傘

蜜缶(みかん)

前編

オレは宿題を出された日は放課後図書室でその日の宿題をやることを日課にしている。

友人からは「真面目だな」と言われるが、家に帰ったら目についた漫画読んだり、特別見たい番組があるわけじゃなくてもテレビをつけちゃったりでどうにも宿題をする気になれないからそうしているわけで。自分ではどちらかと言うと不真面目な方だと思う。


今日も宿題を出されたため図書館に来ていたのだが、いつの間にか居眠りしてしまったらしく、結構な時間が経っていたようだ。

図書室を閉める時間になってようやく起こされると、うっかり寝てしまうほどあんなに晴れて心地良かったはずの陽射しはなくなり、空は雨雲に覆われて真っ暗になっていた。


図書館を後にし人気のない廊下を歩くと、外は大雨なようで、閉じられた窓からでも雨音がザーザーと大きく聞こえた。

(…よかった。折り畳み傘持ってて)

こういう時のためにオレの鞄の中には常に折り畳み傘が常備されている。

以前それを見た友人がやはり「真面目だな」と言ったが、母さんが入れたのをそのまま放置してあるだけだから全然真面目じゃないと思う。


(もう皆帰ったのかな…)

誰にもすれ違うことなく下駄箱へ到着し、靴を履き替え傘を出しながら出口へ向かうと、昇降口を出てすぐの軒下に1人の男が立っていた。


(……あ)


そこにいたのは隣のクラスの椎名だった。

椎名のクラスとは体育が合同だから体育の授業では毎回顔を合わせてはいるが、同じチームになった時は喋ることはあるけど本当にその程度で、廊下ですれ違ったとしてもまず挨拶などすることはないくらいのほぼほぼ他人だ。

椎名は学校中でめっちゃイケメンと有名な男だからそんなほぼ他人なオレでも顔も名前もちゃんと知ってるのだが、体育を一緒にしてると言えども、椎名が一般生徒のオレを知ってるかどうかは微妙だった。

…っていうか多分知らないんじゃないだろうか。

だがしかし、雨音だけが響いていた中で突然扉の開く音がしてオレが出てきたもんだから、椎名は自然とこちらへ目を向けたため、目が合ってしまった。


「……おー…凄い雨だな」

「…おぉ、遠藤」


完全に目があったのに無視するのは変だなと思って声をかけながら会釈をすると、椎名はオレの名前を呼んで左手を軽く上げてくれた。

椎名もオレのことを認識しててくれたのだと少しほっとしていると、椎名はそのままオレの顔をじぃっと見た後に、視線をオレの手元にある傘に移した。


(……もしかしなくとも、雨宿り?それとも迎え待ってんのか?どっちだ?)

だがしかしオレたちの接点は体育が合同だというくらいで、親しい訳じゃないから家がどこで歩きなのか電車なのかバスなのかも知らない。

(…じゃあなっつって帰っていいかな…)

そう思ったのに、椎名がずっとオレの方を見たままだったから、なんでか違う言葉が出てきた。


「……椎名は誰か迎えに来るの待ってんの?」

「んーん。傘ないから雨止まないかなぁと思って待ってた」

「……そうか」

そう言われて空を見上げるが、相変わらず視界一面真っ黒でどしゃ降りで。

どう見てもしばらく止む感じじゃなかった。



「……一緒に入ってく?家どこか知らんけど…」

少し悩んだ挙句、社交辞令的な声掛けをしてみた。

オレだったら隣のクラスのほぼ他人にそんな声かけられても100%断るが、椎名は

「え?いいの?遠藤優しい。超ラッキー」

と、ふにゃっと満面の笑みになってオレの方へとひょこひょこ寄って来た。


(…おぉ、入っていくのか)

自分で誘ったくせに驚きながらも折り畳み傘を開くと、当たり前のように椎名は隣へ並んで傘の中へ入った。

高校男児が相合傘するには折り畳み傘は小さくて、肩がぶつかるほど近づいても、お互いの外側の肩が濡れそうだ。

取り敢えず校門に向かって歩き出すが、椎名はニコニコしながら歩く方向じゃなくてオレの方を見ている。


「…椎名、水たまり凄いから前向いて歩けよ。っていうか家どこ?」

「あー、うん。家はね、駅よりもちょい手前のコンビニの近く」

「へぇ、地元なんだ。近くていいな」

「うん、まーね。でも電車通学も憧れたけどねー。好きな子と一緒の電車に乗ったりしてはしゃぎたかった」

へへへと椎名は笑いながらやっぱり前ではなくオレの方を見る。

真横で見る椎名の笑顔は、男のオレでもドキっとしてしまいそうなほどに破壊力抜群だ。


(全然喋ったことなかったのに、人懐っこいな…)

顔だけじゃなくてこの人懐っこい性格もきっとモテる要因の一つなんだろうなぁと思いながら前を向いていると、傘を持つ右手が温かいもので包まれる。

ぎょっとして顔を向けると、なんと椎名の左手が傘の柄を持つようにオレの右手ごと握っていた。


「え?おい、何?オレ1人で傘持てるから…っ」

慌てて椎名の手をほどこうとすると傘が大きく揺れてしまい、それをたて直そうとするために椎名のオレの手を握る力が強まった。


「オレも持つよ。入れてもらってるし。オレのが背高いし、きっと支えやすいよ」

「や、いいし」

「いいからいいから」

「……じゃあ椎名だけで持てよ」

「え、なんで。それはヤだよ」

椎名の握る手は相変わらず強く、無理に取ろうとすればまた傘がぶれてしまうだろうし…

これが友人だったら「キモイ」と言って冗談半分で無理やりはがすのだが、椎名とはそこまで親しくないからそれをするのも躊躇ってしまう。


(男同士で傘を手を繋ぐように持ちながら相合傘しているなんて…シュールすぎるだろ…)


だが椎名はそのまま なんてないことのように普通に会話を繰り広げ、オレが悶々としているうちにあっという間に椎名の家に到着した。

「オレんちここー。遠藤ありがとねー。寄ってく?」

どこまでフレンドリーなんだ椎名…と思いながらも

「いや、いいよ。今日は遠慮しとく。じゃあな」

そう言って去ろうとするが、椎名が相変わらずぎゅっとオレの右手を掴んだままで家へ入ろうとしない。


「…椎名、家ついたろ。ほら、手離せよ」

「今"今日は"って言ったからね!今度絶対来てよね!」

「…え?……あぁ、わかったよ」

しぶしぶオレが了承すると椎名はぱっと笑顔になって手を離し、ブンブンと音が聞こえそうなくらい大げさに手を振りながら家の中へと入って行った。



それからというもの。

椎名は廊下ですれ違うと挨拶をしてきたり、体育の時にもチーム分けとか関係なしに話しに寄ってくるようになって、「いつ家くるー?」と何度も聞いてくるようになった。

…もしかすると傘入るか聞いた時も、人懐っこいんじゃなくて社交辞令が通じなかっただけなのかもしれない。

でもまぁイイヤツだというのは椎名のふにゃっとした笑顔からも伝わってくるので、また今度遊びに行こうとは思っている。

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