第2話「異世界での生活」13

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 ――分からない授業というのはどうしてこうも退屈なのか。上の空、とまでは言えないが、昴は謎の方程式が並んでいる黒板を眺めながら思う。


(……追いつける気が、まったくしない!)


 レイセスの話によるとこれはどうやら過去の復習らしいのだが――学年が上がったのがつい最近のようで、それに伴って授業の段階を上げる目的のようだ――、勿論昴には何をやっているのか到底理解不能。

放たれる言葉はそれこそ呪詛のようで、ただ眠気を誘う。せっかく紙とペンを借りたのにほぼ白紙だ。

最初の内は教師の言っている事を書き留めていたのだが、書いていて諦めたのだろう。頬杖を付いて黒板を見詰めていた。


(そもそも魔法が使えるっていう定義になってる時点で色々おかしいんだよなぁ。なんだよ体内における限定された魔法式から生まれる副産物って……漢字あってるのかこれ?)


 字を書き残すのも昴は自分の世界の言葉である。そしてどうやらこの文字はこの世界の住人の心を強く刺激するらしいのだ。先程も、名前を別の文字で書いていた事が反響を呼んだのか、何人かが自分にも教えてくれと言い寄ってきた。全て当て字ではあるのだが。ほんの少し罪悪感が生まれてしまう。

半分以上放心状態でいると、教室内に鐘の音が響き渡る。授業終了の合図らしい。一体どのように時刻を管理しているのか気になるところだったが、今はそんな事よりも疲労度の方が高い。分からないものを頭に無理矢理詰め込もうとすると拒否反応を起こしてしまう。そのせいで昴は既にぐったりしている。

教師が居なくなり、それを見計らってか堅い机に突っ伏す。


「もう、ダメだ……完璧なゼロからのスタートってこんなに厳しいのか……?」


 今やらなくてはならないのは最優先事項まず文字だ。魔法やら戦闘術などは二の次。文字を全て把握した上で、そこからようやく知識面へと入っていく。周りとの差は見るまでもない。隣に座るレイセスの手元には綺麗な字で埋められた数枚の紙。やる気が削がれてしまうようだ。


「大丈夫ですか……?」


「……あんまり大丈夫じゃない。俺のレベルじゃ相当キツイ」


 額を机に付けたままそんな弱音を吐く昴。そして今日の授業は後一つ。とりあえず初日を乗り切る――無事に過ごすと言うのが正しいかもしれない――事は出来る。問題が残っているとすればモルフォの部屋に呼び出されているという面倒な事だけだ。


「分からないところがあったら教えますよ! 私、これでも成績は良い方なんです!」


「うーん……それはありがたいけど、教えて貰う土台が出来上がってないからどうしようもないんだよねぇ」


「そうですか……」


 しゅんとしてしまうレイセス。そこですかさずフォローを入れる。この流れが昴の中で定番になってきたようだ。


「本当に分からなかったら頼むよ。頼りにしてる」


 その言葉一つで笑顔を取り戻すレイセスだった。頼りにしているという言葉はなかなかの攻撃力を持っている。もし自分が言われても嬉しいものだろう。時にはプレッシャーかもしれないが。

 再び鐘が鳴る。各所でグループを作っていた生徒たちが合図と共に席に戻っていく。これは何処の世界でも共通なのだろう。ただ、同時に静かになるのは流石と言うべきか。新たに教師が入ってくる。老齢の男性だろうか。いかにもな風貌である。


「えー、それでは商学の授業を始めます――」


 昴はこのゆったりとした声を聞いて直感した。これは内容を分かる分からない云々ではない。どう足掻いても眠くなる必殺の声色だと。



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