第1話「パラレルワールド!?」43
いきなりの開幕だった。
なんの脈絡も無く、大きな体躯を持つ男子生徒が力強い踏み込みで対峙している細身の生徒へと接近。音も無く接近を果たすその様は、昴の目にはまるで消えているかのように映っていた。
どちらも素手。鍛えられたと思しき拳が下方から迫る。しかし、殴られそうになっている当人は涼しそうな顔。直撃する、そう思った直前。男の腕が不可思議な方向へと流され、その反動で踏鞴を踏む。
「寸止めした……? いやそれにしたっておかしいだろ……」
物陰に隠れて様子を伺う昴は不意に口を滑らす。今の現象。明らかに何か別のの“力”が働いて、腕は本来の軌道から逸れた。そうとでも言わなければ、今の不自然極まりない動きは説明できないだろう。しかもここはそういう“力”が存在するという事が既に知識としてある。だから、きっとそうなのだろうという推測。我ながら適応が早いと感じてしまう部分もあるらしい。
「あれが、アイツの……フェノンの技さ。どんな能力なのかはまったく知らないけど」
「はぁ……もうバケモンじゃねえか得体の知れない能力とか……そんなの相手にするの?」
「……確かに。だけどきっと弱点はあるはず」
やけに真剣な声色で。瞳に焼き付けるように、フェノンと呼ばれた男子の戦闘を睨む。彼女の事情は知らないが、そこに何かが含まれているのは感じ取れた。その視線の先。フェノンともう一人。所狭しと攻防を繰り広げながらも観衆への被害は一切ないようだった。これまた昴の知識の追いつかないところにあるものなのか、はたまた彼らの技量なのか。その彼ら。離れて観ているだけでも力の差は歴然と感じられる。
「総合学の一位って相当なんだな……ん? でも待てよ……? 何でそんな凄いやつが生徒会長やってないんだ? 実力主義学院だろここ……?」
食堂で勧誘を受けたモルフォの顔を思い出す。年齢は分からないが、きっと昴よりも年下だろう。そうなれば学年も下のはず。どうなっているのだろうと疑問が湧いたのだ。
「それはボクから説明しよう」
二人の背後。突如として掛けられた声に昴は飛び退って振り向き、アイリスは右手にどうやってか炎を宿して振り抜いていた。昴はそれにも驚いたが、そこから相手の眼前で寸止めするという、なかなか出来ない技をやってのけたのだ。
「さすがの“炎の魔女”も教師には手を上げられないみたいだね」
男だ。先程生徒たちに説明をしていたらしい教師。線が細く、眼鏡を掛けており、白衣のようなものを纏っている。教師と言うよりは科学者の方がしっくり来るだろうか。
「やろうと思えば出来る。骨ごと焼けるぞ」
「おぉそいつは怖いね。それで、今日は……授業抜け出して、逢引かい?君もそういう年頃だからねーうんうん」
「……!?」
ニヤニヤと唇を曲げて言うこの男。それに対してアイリスは止めていたはずの右手を改めて前方へと突き出した。確実に当てるつもりで。しかしその拳は当たることは無く、虚しく空を切るだけであった。
「避けるな!」
「ボクだって痛いのは嫌だからね。まあ落ち着きなよ。別に授業に出ろだなんて一言も言ってないし」
教師らしからぬ発言ではあるが、そこは気にしない昴。そもそも昴は言われたところでどうすれば良いのか皆目検討も付かないのだが。
「それで、君は何が知りたいんだったか?」
続いて視線を昴に投げ、眼鏡の位置を直す動作。
「そうだフェノン君が生徒会長じゃない理由だったね」
「そう、ですけど」
「簡単だよ。辞退した、ただそれだけ。それで、その次に成績の良いモルフォ君が選ばれたって訳だね」
実につまらなそうに淡々と語る教師。モルフォが選出されたのが何か面白くないのだろうか。
「成績実力共に彼は優秀だ。だけど、性格に……おっとこれは言っちゃダメなのか」
「そりゃあ教師ですからね……」
「ふむ。そうだな。そして実力があれば先に進めるのがこの学院だからね……そろそろビスト君が魔力切れになる頃かな。彼、密かに頭に血が上る子だからなあ……優秀なんだけどね」
激しい戦闘は続いているが、次第に動きが鈍っているのが昴の目でも分かる。ビストと呼ばれた彼も限界、とまではいかないまでも消耗が大きいらしい。攻撃の頻度は明らかに減っている。
「だけど、あの目はまだやる気のやつですよ先生」
「そうだけどこれも授業だ。ある程度で止めないとボクの仕事が無くなっちゃうんでね」
そう言って白衣を靡かせて爆心地へと歩く男教師。その背中には戦闘の合間に入ると言う行為への恐怖は感じ取れなかった。
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