第1話「パラレルワールド!?」25

「あ? 誰が、誰より上だって……?」


低く唸るようなドスの効いた声を発したのはセルディだった。近くにあったテーブルを蹴り付け、怒りを露わにする。


「モルフォ……確かに、今、てめえはこの兄貴(セルディ)より上だと言ったよなァ? もう一回言ってみろよ」


 握り締めた両の拳をわなわなと震わせ、モルフォへと歩き出す。周りを囲む男子生徒を意味も無く殴り飛ばし、突き進む。先程昴に向けられていた怒りとはまた質の違った物だ。


「あーあーこうなったら徹底的に罰則喰らうじゃんよ……」


「……ふん、慣れてるじゃないか。我々は」


「んじゃあ、まあ、あの馬鹿の手伝いだこの野郎」


 歩みを止めようとしないセルディの背中を見て、仲間であるカロルとテトは援護に向かう。道を阻もうとしている生徒会役員を、力技でねじ伏せてセルディへは近付けさせないように。こうなってはもう武器も捨てて泥仕合だ。


「うん、言ったよ? だから言ってあげる。僕は兄さんよりもずっと上にいる。知識も、力も、地位ですらね」


 何ら悪びれる様子も無く屈託の無い笑顔で返すモルフォ。それを改めて視界に入れたセルディは、既に彼の目の前。


「ふっざけんな……」


「第一、兄さんは僕に何かで勝ったことがあるのかい? 少なくとも記憶には……あっ、身長くらいか!」


 金髪がゆらりと揺れる。完全に頭に血が昇ったセルディは、不意打ちをモルフォの顔面へ放ったのだ。肉親に、容赦ない拳による鼻っ柱への一撃。実の弟への鉄拳だ。


「なあモルフォ? お前さあ、オレに喧嘩で勝ったことあったかよ? 力も何も使わない腕力勝負の喧嘩で! 答えてみねえか、あぁ!?」


 後ろに倒れ込むモルフォへ追撃をぶち込む。渾身の力を込めて、腕を伸ばし、単純な腕力のみのストレートを。


「っ……ぐぁっ!」


 鼻を抑え、何とか後退るだけで済んだ。しかし、そんな鼻からはドロリとした嫌な感触。真っ赤な液体が流れ出し、端正な顔を無惨にも汚していた。


「オラ、どうしたよッ! 立てよ! オレよりも上なんだろ!? だったら、証明してみせろ!」


 周りのどよめきは既にピークに達している。だが、例え昴ですらそんな状況下で止めに入れない空気が出来上がっていたのだ。ただ巻き込まれることが怖いのもあるが、それだけじゃない。それよりも怖いものが目の前に在るのだ。


「まったく……これだから兄さんはクレイの血筋じゃないんじゃないか、なんて憶測が蔓延ってるんだよ?」


 あれだけ殴られ、血を流しているのに笑っている生徒会長の姿が、焼き付いて離れなくなる。ポケットから取り出したハンカチで血を拭い、立ち上がる。まるでダメージなんか最初から無かったかのように。


「さあ兄さん。少し、生徒会室で話をしようか? そこの劣等生のお二人も――」


 瞳を鈍く輝かせ、足元を軽く蹴る。その行為の意味は昴にはわからなかったが、アイリスが神妙な顔で腕を引っ張って来たので、特に抵抗する理由も無く数歩下がって状況を観察。


「なんだよ、あれ……?」


 昴が漏らしたのは率直な感想。モルフォの足元に広がっていたのは、まさしく魔法陣とでも呼べば良いような代物。そこから出現したのは、五メートルはありそうな機械の人形――昴の表現ではこれが精一杯――。その太い腕が、巨体に反した速度でセルディの体を握り、持ち上げた。


「――あと、良ければ編入生君も来てくれれば僕としては嬉しいよ」


 にっこりと、機械の人形越しに視線投げるモルフォ。昴に与えられるのは恐怖だ。そんな状況を打破したのはアイリス。


「さっきも言ったが、先約はアタシだよ。なんなら……その機械人形(ドゥーリィー)、焼いても良いんだよ?」


 向ける右手。今気付いたが、彼女の右手は黒い手袋に覆われていた。


「まあ、今やり合う気はさらさら無いけど……スバル、走るよ!」


 それだけ言うと、アイリスは昴の背中を強めに叩いて無理矢理促した。恐怖に竦んでいた足は、不思議とすんなり動き、その小さな背中を追う。


「逃がしちゃったか……それよりも、まずは兄さんたちだね」


 やはり凄惨な笑顔で。


「こんなのが、実力だと……? 離せよ、真っ向勝負だっつったろうが!」


 対する兄は怒りをたぎらせ、握られた硬い手の中でもがく。


「こほん……それでは生徒の皆さん。この後の授業も頑張ってください。行きましょう」


「クッソ……離せ!」


今度は本当の優しい笑みを。そしていつの間にか制圧されていたセルディの仲間も、連行される。



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