第1話「パラレルワールド!?」07
――あの宣告の後、食事も疎かに熟考した。睡眠時間すら削って。この頭の中にある知識を総動員して、どうにか逃れる事は出来ないか、と。
そこで思い付いたのが、人を騙す事だ。
頭の回転が速い者が相手ならそれは難しいだろうが、それでも絶対に出来ない訳ではないはず。幸いに口撃もそれなりに得意ではある。
まず、相手の心の弱みを掴み取り、主導権を握る。それから相手に都合の良いような嘘の条件を提示するのだ。
自らの持てる範囲で、考えられるパターンをシミュレートしてみた。
――結論。例え逃げれたとしても罪人のレッテルは剥がれないし、追われ続ける羽目になる。
「くそぉ……悪い夢なら覚めてくれよ……! なんで、こんな……こんな訳わからねえとこで……!」
歯を食い縛りながら、苛立ちを拳に込めて力の限り壁を殴り付けた。
ざらざらごつごつとした壁には何の効果もなく、打ち負けてしまった手の甲の皮膚が破れ、血が流れる。
痛い。
まだ生きている。
死にたくない。死にたい訳が、ない。
気持ちだけはまだ進みたがっているが、現実は違った。鈍い音が虚しく響くだけで、何も状況は変わらない。
変わったのは、変わってしまったのは、目の前の鉄格子が開かれた事。来たのだ。刻が。
「――出ろ。陛下がお待ちだ」
嫌な事に、見慣れてしまった門番の男が鉄格子の中へ入り、昴の手にロープのような物を巻き付けた。抵抗する気にもならず、されるがままそれを見つめるだけ。ここで脱出出来るか、などと考える事すらしない。じりじりと痛む拳は、力無く垂れ下がる。
本当に、初めてだった。こうして自分の死を間近に感じる事が。心の底から恐怖を感じる事が。今までにも身の危険は感じた事はあったが、それでも死に直結しそうなものは無かった。ただの男子高校生にはあまりにも抱え難い。
昴の両脇を武装した二人ががっちり固め、背中には金属の棒のような物を当てられている。確認しようとも思わないが、この状況からして刺股か剣か、動きを封じる何かに違いないだろう。
(ああ……どうでもいい、な)
「とと……こっこれはヴァルゼ様! このような場所に一体……」
思考と抵抗を完全に放棄し、放心状態だった昴であったがこの慌てふためいた声を受けて漸く顔を上げる。
「たまには構わないだろう……短い刻ではあったが、お主とはなかなか面白い話も出来た。……次に会う日は我が友である事を願おう」
そう言って背中の巨大な剣を抜き、胸の前に置く。昴には何の意味があるのか分からないし、知ろうとも思わないが、何やら周りが酷く慌てているので凄い事だというのはすぐに理解出来た。
「……俺も、あんたとは仲良くなれそうな気がするよ。良い年上にはなかなか縁がないけど」
一人が昴の言葉遣いに激怒しているが、今の昴には全く耳に入って来ない。
考える気力も、行動する気力も、全てが無いのだ。今までにないくらいに。
まるで体の中身が何も無いようだ。それなのに重く、怠い。
*****
連れられるがままに歩いていると、前方に大きな扉が見えてきた。
金や銀、赤に黒と様々な色を散りばめた扉。こんな豪華な装飾を見れば、誰に言われずとも理解してしまう。ここに、この扉の中に女王が居ると。自分を裁く人間が居ると。
「ここから先は聖域。どんな無礼も許されぬ」
コクリと力無く頷く。しゅるしゅると縄が外され、急に四肢が軽くなったかのように感じる。否、先程よりも重い。何も無いはずなのに。
重たそうな扉が、ゆっくりと満を持すかのように開かれた。
先に広がる光景を目にして、昴はあっと息を呑んだ。マンガやゲームで見たような巨大な部屋。床は赤い布で覆われ、窓から射し込む光はちょうど中心の通路を照らすように作られている。その最奥に、居た。階段と仕切りで顔は見えないが、しっかりとそこに座っている。
昴の頬を一筋の汗が伝う。何もしていないのにこの圧迫感。全身を強く押し潰されているようだ。
「――――進み出よ」
たった一言。無意識の内に足は動く。そして、何故だか分からないが階段から数メートル程離れた位置で自ら正座になる。まるで、見えない糸に操作されているかのようだ。
「貴方、名は何と言う?」
先程とは全く違う優しい声で昴に問い掛けて来た。
罪人への慈悲か、裁きを下すまでの猶予か。
「……昴です」
フルネームで言うべきか迷ったが、ヴァルゼが不思議がって居たのを思い出し、名前だけにした。そして普段ならそうしないであろうが、敬語を。
自分の名前を言うだけなのにどうしてここまで喉が渇き、体が震えるのか。ここで察した。逆転のチャンスは、無い。目には見えない“差”が、そこには在る。
「スバルか……ふむ。己が罪を認めたというような瞳をしているな」
(認めたんじゃない……諦めたんだよ……大体俺が何やったってんだ……)
そうとは言えず、押し黙る。ここで声を荒げるのは得策ではない事を全身に感じている。まったく、この状況になってからというもの次第に思考が息を吹き返してくるではないか。
「だが、罪は罪。裁きを受けずに償う事は出来ないのだ。最後に言いたい事は無いか? 今ならどのような言葉でも構わない」
さり気ない死刑宣告だった。女王の言った『最後』がそれを裏付けている。
「――さい、ご……『最期』ってなんだよ……ふざけやがって!! 何で他人に俺の生き死に決められなきゃならねえんだよ! 俺はっ……俺はなぁ! もっと生きたかった! まだやり切れてない事だって、両手と両足の指じゃ数え切れねえ程あるんだ! クソ! 唐突過ぎんだよ何もかも! どうなってんだ!? 教えてくれよ!」
ここに来てようやく涙が零れた。理不尽な状況に投げ込まれ、何も知らずに時を過ごし、それら全てへの怒りも同時に吐き出す。
嗚咽を必死に堪え、自分の胸を強く、力の限りに叩く。涙を拭き、目をしっかりと開く。覚悟を決めた。
「良い瞳だな。君のような少年が“アイギア”ならば、この国はもっと安泰だったろうに……」
横には剣を構えた男がいつの間にか直立している。この場で首を斬られるのか、それとも突き刺されるのか、自分がどんな死に方をさせらるのか客観的に考えていた、その時だった。助けられたのは、心の底から感謝をしたのは。
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