第16話 すれ違う想い・・・

夕暮れの鎌倉の街に救急車のサイレンが鳴り響く。

私が目を覚ましたのはそれから数時間後の搬送された病院のベッドの上だった。

「私?ここは?」

「亜美、亜美、気がついた?」

「あぁお母さん、私って」

「うん、もう大丈夫、大丈夫だから」

その夜、私は搬送された病院に入院して、次の日、家に帰ることにした。

「またお母さんに心配、かけちゃったね、ごめんね」

「そんなこと、いいのよ、堤さんは?帰ったの?」

「うん、会社に戻った、よかった、迷惑かけなくて」

「じゃあ、お母さんタクシーで帰るわ」

「うん、ありがとう、あっお母さん、遥には」

「わかってる、じゃあね、何かあったらすぐに連絡して、おやすみ」

「おやすみ」

病棟のベッドで天井を見上げる、左手には点滴。

「さっきまで堤さんと段葛を歩いていたのが噓のよう」

ベッド脇に置いてあるiPHONEに手を伸ばして、メールをチェックする。

<亜美、元気?私たち今日 無事結納を済ませました(*゜▽゜)ノ また鎌倉行くからね>

「美咲、おめでとう あっ」

フェイスブックに堤さんから書き込み。

<鎌倉、誘ってくれてありがとう とても楽しかった。途中で会社に戻ってしまって申し訳ない、急な出張で明日からストックホルムに行くことになった。たぶん長期になると思います、帰ったら また鎌倉、行ってもいいかな?>

「ストックホルムか、 また鎌倉に・・・」

私は真っ白な天井を見つめながら、その言葉の意味を考えていた。

<私の方こそ 楽しかったです ('-'*)♪いろいろ ありがとうございました 、また鎌倉来てください☆ 待っています♪ ストックホルムですか、遠いんですね。お身体お気をつけて、いってらっしゃい ヾ(*'-'*) >

私は何事もなかったように、いつもの様に返信する。

(また鎌倉来てください待っています、これは私の本心、でも叶うことはきっとない)

「いってらっしゃい、堤さん、そしてさようなら・・・」

次の日私は一旦家に戻って横浜の鈴木先生にところへ診察に行った、午後から血液検査、MRIと検査が続く。

そして、一通りの検査を終えて、いつもの診察室へ入っていく。

「柴咲さん、残念だけど、病状思った以上に進行しているわ」

「はい・・・」

「このまま仕事も続けるつもり?通勤も辛くなってるんじゃない?」

「・・・」

「そろそろ入院して、ちゃんと治療した方が・・・」

「先生、私、あと、あとどのくらい?」

「・・・」

「大丈夫です、私、自分の身体のことわかってますから・・・」

先生は私を見つめて。

「なにも、治療しなかったら来年の桜は・・・難しいと」

「そうですか・・・」

私は自分でも驚くほど冷静で、まるで他人事のようにその後の話を聴いていた。

そしてタクシーで横浜駅に行って、東海道線で品川駅に向かった会社を、会社にはこれ以上迷惑をかけることは出来ない。

私は人事部の深田さんに会う約束をしていた。

エレベーターに乗る前に、スターバックスでカフェラテを2つテイクアウトする。

25階のミーティングルーム、ノックをすると聞き覚えのある声が返ってきた。

「入って、どうぞ」

「失礼します」

「どうしたの?あらたまって、いい男でも見つかった?」

深田さんはそう言って笑った。

「これ、どうぞ」

「カフェラテ?ありがと、ちょうど飲みたかったのよ」

「初めての出社の時、深田さん、私にカフェラテご馳走してくれましたよね」

「ん?そうだったかしら 」

そう言って深田さんは一口カフェラテを口にした。

「私、今日、病院行って来て、会社このまま続けること難しいみたいで」

「そぉ、良くないの?そんなに・・・」

「はい申し訳ありません」

「わかった、心配しないで、あとは任せて」

深田さんはそう言って私の目を見つめた。

その顔を見て、私の目から涙が零れ落ちる。

「柴咲さん、しっかりして、病気なんかに負けちゃダメ負けちゃダメよ」

そう言った深田さんの目からも涙が零れていた。

デスクの整理を終えて、私はスターバックスへ立ち寄った。

「こんばんは~」

「あぁ、こんばんは久しぶりですね、お元気でしたか?」

「はい、じゃあチャイティラテをホット、トールで」

私はいつも堤さんが座っている一番奥の窓際に席で、チャイティラテを飲んでいた。

そして昨日の夜ラッピングした真っ青な包み箱に黄色いリボンが結ばれたプレゼントをバックから取り出した。

中身は私とお揃いのエッフェル塔のストラップ。

「すみません」

「ん?どうしました?」

「あのぉこれ、堤さんが、堤さんに渡してもらえませんか?」

「えっ?いやぁ、そういうことはちょっと・・・」

「お願いします、 私、もう・・・お願いします」

「じゃあ、今回だけ、個人的にってことで」

「ありがとうございます」

そういって小さな箱と手紙を預ける、私が贈る最初で最後の堤さんへの誕生日プレゼント。

4月23日、堤さんの誕生日、私はフェイスブックでストックホルムへメッセージを贈る。

<堤部長 お誕生日おめでとうございますCongratulations!!★(*^-゜)⌒☆Wink!ストックホルムはいかがですか? ちゃんと食事取れていますか?野菜もちゃんと食べないと!仕事、無理しないでくださいね♪>

会社を辞めたことは、もちろん書けなかった。

翌日、病院で点滴を受けていると返信が届いていた。

<ありがとう(∩。∩;)ゞ ストックホルムは10年ぶりです、何度来ても 本当に美しい街です、今朝散歩して撮った写真送りますね。仕事は何とかなりそうですが 今月いっぱいはスウェーデンに滞在することになりそうです> 

海に浮かぶ美しいストックホルムの街並みの写真が添付してあった。

ゴールデンウィーク、鎌倉の街はいつもの様に観光客で賑わっていた。

そんな中、堤さんからのフェイスブックだけが、私の生きている証のようになっていた。

<こちらでの交渉がやっと終わり明日帰国します もう5月なんですねw|;゜ロ゜|w 日本はゴールデンウィークですね、ストックホルムでお土産買いました、気に入ってくれるといいけど、今度 逢ったら渡します。9日には出社します ストックホルムも春らしくなってきました>

 美しい公園の写真。

「堤さんストックホルムでどんなお土産、買ってきてくれるのかな?」

そんなことを考えながら私はベッドの上で今日も真っ白な天井を見つめていた。

<20日ぶりに出社しました(*゜▽゜)ノ 今日はお休みですか? 出張前に会社から転勤の話があって、でも今回の長期出張の結果で白紙に戻ったみたいです、鎌倉も新緑が美しいですか? 月曜日 お土産渡しますv(*'-^*)-☆ >

(おかえりなさい堤さん、私が会社辞めたのまだ、気づいてないのね)

水曜日、堤さんからの書き込みが入っていた。

<元気ですか?今日 会社辞めたこと聞きました 驚きました、どうして?大丈夫ですか?心配しています。私は転勤もなくなりまた来週から札幌へ出張です。誕生日プレゼント、スタバの店長から貰いました、ありがとう♪ すごくうれしいです。ストラップ 今度買うスマートフォンに必ずつけます ♪(#^ー゜)v できたらスマホ、一緒に選んで欲しい☆話たいことも、いっぱいあります >

私から、返信することはなかった。

<ストックホルムのお土産もデスクの下にあります、北海道のグリーンアスパラも、私は相変わらず、出張続きです もうすぐ七夕ですね>

季節は流れ、私は七夕の夜もひとり病院のベッドの脇で星空を見上げていた。

その後も時折届く、堤さんのフェイスブックを眺めては、あの日の鎌倉を思い出していた。

8月のある日フェイスブックの書き込み。

<鶴岡に来ています、元気ですか? いろいろあって 引越しをしました♪ 鶴岡じゃないですよ、庄内平野の稲穂はこんなに元気に育っています、今年もきっと豊作です!>

そこには元気よく育った緑の稲穂が広がる田園の写真が添付してあった。

「キレイ、 鶴岡か、一度行ってみたかったな 引越し?どうして」

そんな中、深田さんから残暑見舞いのメールが届く。

<柴咲さん、調子はどうですか?私は相変わらずです、そうそう堤くん、離婚したみたいなの、今は引越しして一人暮らししてるって、会社の人はほとんど知らないけどね、鎌倉みたい確か、長谷寺の近くって、ごめん、余計なこと言っちゃった>

(離婚、どうして? 鎌倉に?どうして?)

私は家のベランダから星空を眺め、この近くに堤さんが同じように星空を見上げているような、そんなことを考えただけで、素直に嬉しさが込み上げてくる。

8月下旬の暑い日曜日、私は母親に車椅子を押してもらって長谷寺の方へ向かった。

「ごめんね、お母さん暑いのに」

「ホント、帰ったらビール頂いちゃおうかしら」

そう言って母は笑った。

長谷寺近くの路地に入ると、ベランダで真っ白なシーツを干している男性の姿が目に入る。

「あっ、堤さん?」

私は思わず声が出て、視線が釘付けになった。

ベランダには真っ白なシーツの他に白いレースのカーテンが干されていた。

「堤さん? どうして?」

私は気づかれないように、日よけの帽子を深くかぶってその場を立ち去った。

「どうしたの?亜美」

「うぅん、何でもない、なんでもないの・・・」

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