今昔短編集のようなもの

仁志隆生

チンチン電車

 今日は飲み会だった。

 職場の近くで飲んだ後二次会となり、それも終電前にお開きになった。

 僕はいい気分になって最寄り駅まで歩いていたが、途中で足がもつれて転び、そのまま座り込んでしまった。

「やべ、飲み過ぎた」

 そう思っていると


 チンチンチンチン……


「ん?」


 目の前にチンチン電車が止まった。

「お? ちょうどいいや、乗って帰ろ」

 

 僕はふらふらしながらも電車に乗り、座席に座った。

 辺りを見回すと乗客は自分一人だった。

 

「しかし懐かしいな、何年ぶりだろなこれに乗るの」

 窓から見える流れ行く景色は今のものだけど、車内は昔と同じ古びた感じ。

 僕はあの頃に帰った気分になっていた。


 しばらくして

「お客さん、着きましたよ」

 車掌さんが声をかけてきた。

「え?」

 外を見るとそこは昔の家の最寄り駅だった。

「あ、すみません。僕降りるの終点の一つ前の駅です」

「おや、そうでしたか。いつもここで降りてらしたから、てっきり」

 車掌さんがそう言った。

「いつもって? 僕もう何年もこれに乗ってませんが」


「いや、あんた子供の頃よくご家族でこれに乗ってただろ。そしてここでいつも降りてたよね」

 車掌さんの口調はくだけたふうになった。

 よく見ると車掌さんは髪が白くもうかなり年配の人のようだった。

「え、そんな昔のこと覚えてるんですか? というかよくそれが僕だとわかりましたね?」

「ああ、わかるよ、あんただとすぐわかった。それにあんたいつも私に手を振ってくれてたよね」

 ああ、そういえばたしかに子供の頃なんとなくだけど車掌さんに手を振ってたよな。

 車掌さんの顔は覚えてないけど、こんな感じだったかなあ?


「あの時の私はいろいろあって凄く辛い時期だったんだ。だけどあんたが

手を振ってくれてるのを見てね、いつも心が癒やされていたんだ」

「はは、僕は別に何も考えてませんでしたよ」

「そうかもしれないけどね、私にとっては凄く助かったんだよ。本当にありがとう」

「いえいえそんな」

「おっと、発車しないと」

 車掌さんが前を向くと再び電車が音を立てて動き出した。




 そして終点の一つ前まで来て

「着いたよ」

「はい、ありがとうございました、ってお金を」

「いいよ」

 車掌さんは運賃箱の口を手で隠して言った。

「そういう訳にはいかないでしょ」

「いいんだよ、今日は私のわがままで走ってただけだし」

「は?」

 僕は首を傾げた。

「さ、早く家に帰りなさい。あとお酒飲み過ぎないようにな」

「あ、はい。ありがとうございました」


 僕は電車から降りてから

「そうだ」

 車掌さんに向かってあの時のように手を振った。


 車掌さんが微笑んで頷いたように見えた時


 チンチン電車は消え……


 そこで意識が途切れた。



 気がついて辺りを見ると、僕がいる場所は公園の中だった。

 その公園は「元」チンチン電車の駅でもあった。

 

 あ、そうだ。あのチンチン電車はとっくの昔に廃線に。

 じゃああれは?



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