一回表エピローグ◇みんなといっしょに待ってるから◆
清水夏蓮――背番号10
ニャプコンゲームセンター。
『……よ、よしっ!』
入り口の前に立っていたのは、つい先ほどチームキャプテンに選ばれた、笹浦二高ジャージ姿の
意気込みながらバッティングコーナーへ向かい始めると、まずはUFOキャッチャー、次にパチンコスロットなどのメダルゲーム、最近流行っているオンラインカードゲームなどが並び、大きなサウンドが耳に入ってくる。パチンコスロットに夢中になっている男子高校生。大人数でプリクラマシンを占領する女子高生。タバコを何本も灰皿に置いてテーブルゲームする中年男性など、夏蓮にとっては全く縁がない、居心地の悪い場所ではあった。
そんな夏蓮は早足でバッティングコーナーに進入すると、ゲームセンターの音が遮断されているこの空間で、一度安堵の一息をつく。変なトラブルにも巻き込まれずに済み、
――バシィィッ!!
「ん……?」
突如夏蓮の耳には、バッティングセンターでは聞き慣れない物音が響いた。本来なら打球音、もしくはピッチングコーナーで的に当たったときの衝突音が聞こえてくるはずだ。しかしさっきから挙がっている音は明らかにグローブでの捕球音で、珍しい利用方法
夏蓮は思わず音源の方角を覗いてみると、ネットで仕切られた端のバッターボックスで二人ほど利用者が目に映る。
ただ不思議なことに、二人の女子は同時にボックスへ臨んでいたのだ。内一人は制服纏って右打者を演じており、またもう一人はキャッチャーレガースからマスクまで備え、ホームベースを正面にしてしゃがみ構えている。
『もしかして、キャッチャーの練習してるのかな……?』
捕手に打者が指導する様子からは、どうやら捕手の練習だと窺える。しかし夏蓮にはやはり気になる光景で、僅かにも聞こえる会話に恐る恐る耳を傾けてみる。
「……うん。大分よくなってきたわね。じゃあ次は、バントの構えをされたときの捕球練習よ」
「……」
「ん? なにボーっとしてるのよ?」
「……いや。スカートの下、ハーパンかぁ~と思って」
「内容変更。今からバット受け止め練習にするから」
「ご、御勘弁を!!」
『あれ……? もしかして……』
会話の内容など大した物でなかったが、夏蓮は聞き覚えのある声に見慣れたやり取りだと受け取った。自ずと二人の利用者に近づいていくと、やはり予想通りの相手だったと確信し、嬉しさと意外を込めた叫びを轟かせる。
「――
「あら、夏蓮じゃない!」
その相手たちは言わずもがな、まず一人は、一旦打席から離れて振り向いた制服女子――
「夏蓮だ!! ヤッホ~!!」
そしてもう一人は、マスクを外して
両者も同じ施設に来ていたことには夏蓮も驚き、呆然としたまま立ち固まってしまう。
「二人とも……もしかして、ここでも練習してたの?」
夏蓮の質問に頷いた二人からは、どうも以前からこの場で、咲のキャッチャー練習を行っているそうだ。現捕手に選ばれた咲に、元捕手だった柚月が付き合っているという形態だ。
「あ~あ。アタシたちの秘密の特訓、夏蓮にバレちゃったなぁ~」
「フフ。別に隠してた訳じゃないでしょ?」
なぜ咲と柚月がここで練習していたのか、夏蓮はもちろん知らなかった。まだ未知なる捕手に馴れることを目的に努力しているのだろう。
「二人とも、さすがだね。学校以外でも練習してて」
「違うよ夏蓮!! これはアタシと柚月の、秘密の特訓なの!!」
「と、特訓?」
しかしそれはあくまで練習であり、特訓までには至らない目的だと咲は叫んだ。確かに、放たれる球速が高速に設定されていることから、いくら捕球練習にしては初歩的ではない。
だとすれば、秘密の特訓と呼べるほどの目的は何なのだろうかと、夏蓮は改めて聞きだそうとした。すると想いを察してくれたのか、立ち上がった咲が自ら答えを明かしてくれる。
「――
それは、未だ部に入っていない少女――
「咲ちゃん……梓ちゃんのことまで、考えてくれてたんだね」
「アタシだけじゃないよ! 柚月だって考えてるもんね!」
咲の声と視線にも煽られ、夏蓮は次に柚月へ目が渡る。以前は梓の入部に反対していた彼女だったが、今は得意気な微笑みで頷き認める。
「――梓が
「柚月ちゃん……うん!」
夏蓮は
『辛いこと、苦しいこと、この先もっと多くなると思う。仲間の数だけ、仲間の絆の本数だけ、悩みの種はきっと増えるはず……』
グリップがボロボロで、たくさんの凹みが窺えるバットを持ち、まずは何度か素振りを試す。
『でも
やがて一息つくと、夏蓮は貴重な百円玉を投入し、右打席に立って挑む。
『だから
投球マシンからは作動開始の機械音が鳴らされ、いよいよバッティング練習が始まろうとしていた。野球投手の映像も浮かんだ画面の小口から、投球モーションと合わせてボールが飛び出てくる造りだ。
『未来がどうなるとか、正直わからない。もしかしたら、運命はすでに決まってるかもしれないし……。それでも、
膝を少し折り曲げ、夏蓮はグリップをしっかりと握り締め、狭い肩にバットを一度乗せる。
『――最高の絆で結ばれた、仲間たちが。もちろん、梓ちゃんだってその一人だよ』
ふと部員たちの顔――
『だから待ってるよ!
そして、放たれようとするボールに向かって、夏蓮は勇ましく構えてみせる。
『――みんなといっしょなら、大丈夫! そう信じてるから!!』
――バジイ゛イィィィィン!!
「へ……は、速くない……?」
高まった気合いも束の間、あまり衝撃音で後方ネットに当たった速球に、夏蓮はバットも振れず立ち竦んでしまう。
ふと設定を確認してみると、高速ランプが点灯していたことから、機械の誤作動ではないようだ。しかし自分で設定した覚えがなく、眉を潜めながら低速に戻そうとボタンを押した。
「フフフ……」
「柚月ちゃん? ……っ! うぅ~」
すると、ネット裏でお腹を抱えながら笑う柚月が見えたことで、夏蓮は怒りと共に真実を知ることができた。なぜ覚えのない高速設定になっていたのかを。かの有名なドSマネージャーを目撃したが故に。
「柚月ちゃんのイジワルゥゥゥゥウ!!」
どうやら笹浦二高女子ソフトボール部の主将には、余裕の二文字はまだまだ遠く掛け離れた概念に思える。失敗を何度も繰り返し、もはやカッコ悪さまで窺えるほどだ。しかし、何とも清水夏蓮らしい始まりを迎えられたことは確かで、その夜のバッティングコーナーは普段より騒がしかった。春に訪れる、星が
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一回表
◇最高の絆で結ばれた、仲間集め―創部活動編◆
閉幕。
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