プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning１✨

②(貝塚)唯パート「……テメェは、殴んねぇのかよ？」

◇キャスト◆

(貝塚（かいづか）)唯（ゆい）

田村（たむら）信次（しんじ）

植本（うえもと）きらら

星川（ほしかわ）美鈴（みすず）

―――――――――――――――――――

「にゃはは～!!　信次くん！　信次く～ん!!」

「う、植本離してくれ!!　誰かに見つかったらホントにマズイから！」

「きららは別に良いにゃあよ？」

「ボクは良くないって!!」

　女子高校生三人が解放されたゲームセンター前。今度は腕を抱き締められ、何とか離れてほしいと言わんばかりに身体を反らして進む。男性教諭と女子高校生のこんな姿を目撃されれば、どんな理由があろうとも処刑以外の未来は望まれないだろう。

「アハハ！　きらら先輩最高っす!!　もっともっとやってほしいっす!!」

　しかし彼が嫌がる一方で、さっきまで暗い表情だった美鈴が悪乗りするかの如く、きららに笑顔のエールを送り続ける。

「ミスズンがそう言うんにゃら～……やっちゃうにゃあ!!」

「わぁ!!　植本～!?」

「ハッハハ!!　ハンパねぇっす!!」

　とにかく愉快なきららに困惑する新任教諭。そんな彼を眺め高らかに嘲笑（ちょうしょう）する新一年生で、場は一時の和みが漂い流れているかと思えた。

「きらら、ソイツをあんま信じんな……」

「ゆ、唯……」

「唯先輩……」

　センターから出てやっと声を発した唯は一人、冷徹なままに疑う瞳を信次に向けた。

「貝塚……どうして？」

「どうせテメェだって、オレらのこと気に入ってねぇんだろ？　キレるならとっととキレればいいさ。後々グチグチ言われんのもダリぃしよ……」

　怒りを煽（あお）るように、片目を細めてガンを飛ばした。拳を固め前のめりな姿勢は相手を受け付けない嫌悪（けんお）を示し、自身の担任すらも遠ざけようとした。

「べ、別に、ボクは貝塚たちを嫌ってなんか……」

「……テメェは、殴（なぐ）んねぇのかよ？」

「え？」

　得意の微笑みで繰り出した信次だが、すぐに緩みを途絶えさせる。

　きららや美鈴も心配気な表情に染まる中、唯は視線を逸（そ）らし、荒れ気味な長髪と共に俯（うつむ）く。人一倍の闇が窺（うかが）えるほどの、黒いオーラを顕在（けんざい）化させて。

『大人のことなんて、誰が信じっかよ？　自分のことしか考えらんねぇ、野蛮（やばん）なヤツらなんかを……』

　大人という存在を忌み嫌う唯。それは自身の女離れした荒々しい性格、平気で欠席する行い、そして日々の暮らしを考慮すれば仕方ないことだ。

　もちろん誰にも伝えたことがない、悲壮（ひそう）たる日常を。

『どうせ大人なんてみんな、家（うち）のヤツと同じなんだよ。きっと……』

「どうして、殴る必要があるのかな？」

「はぁ……？」

　ふと信次の拍子抜けさせる声で、唯は思い出したように眉を立てた。すると再び担任の笑みが目に映り、ほんの少しだけ眉間の皺（しわ）が取れる。

「だって貝塚は、人間じゃないか」

「……あ、ア゛ァ!?　どういう意味だよ!?」

　バカにされたと受け取れたが、信次の悠然（ゆうぜん）とした穏やかな微笑みは続く。

「体罰から学ぶ。それは、動物と同じだ。でも、貝塚は動物なんかじゃない。自ら考えて行動する、立派な人間だ。だから考えることができる貝塚を殴る理由なんて、どこにもない。少なくとも、ボクはそう思うよ？」

　優しく言いかける音量で紡（つむ）がれた、真心込められた言霊たち。唯の耳を通してではなく、心そのものに直接送られてくる。

「な、なんだよ、それ……」

　しかし唯は再び視線をアスファルトに向け、信次の穏やかな態度を見ない努力をしてしまう。目の前の大人に心を許しかけてしまうと、何だか怖かったからだ。

『――そんなこと、今まで言われたことなんかねぇのに……』

　小中高と思い返しても、学校ではいつも罵声（ばせい）をぶつけられてきた。寝坊して遅刻してしまったり、訳あってわざとスカートを足元まで長くしたり、時には腹が立って殴った壁に穴を空けたりと、校内ではいつも問題児扱いである。

　相手の表情はいつも鬼の形相で、誰も暖かく見つめてくれる大人などいやしなかった。

　誰一人からも……。

――そんな唯に初めて、田村信次という大人から優しさを向けられた。

「なんなんだよ、チクショウ……」

　頬が徐々に赤みを増したが、決して信次を異性として捉えた訳ではない。経験の覚えがない優しさに包まれ、単に馴れていなかったからだ。

　大嫌いな大人からの、真っ直ぐな優しさを。

「……信次くん。早く行こうにゃあ。信次くんだって、忙しいはずにゃんだから」

　微笑みを戻したきららが信次の後ろから袖を引き、沈黙しかけていた空気を灯（とも）す。

「ありがと植本。明日は土曜だけど、君たちも振り替えで学校あるもんね」

　勉学で多忙な高校生を夜遅くまで残す訳にはいかないと、共にセンターから離れていく。

「ほら！　唯もミスズンも行くにゃあよ!!」

　元気まで取り戻したきららは歩きながら、呆然（ぼうぜん）と動きが止まっていた美鈴、そして未だに俯き黙った唯へ呼び掛けた。二対二に割れた四人の距離が増し、反ってそれが残った二人の行動を促（うなが）す。

「ゆ、唯先輩。きらら先輩が……」

「わりぃな美鈴。お前のこと、遅くまで残しちまってさ……」

「え……？い、いや別に、うちは……」

「オレたちも行こうぜ。きららを独（ひと）りにする訳にはいかねぇからさ」

「は、はいっす！」

　後輩を思う優しさが現れ、小さな美鈴を横に置きながら、きららたちの後ろ姿を追っていった。

　別に早く家に帰りたい訳ではない。そしてまだ信次に心を許したつもりも毛頭（もうとう）ない。

　脳裏に浮かぶのは、大切な後輩である美鈴を長く残してやりたくなかったこと。

　そして大切な親友のきららを放（ほお）っておきたくなかったことだけだ。

　二人は唯にとって、かけがえのない存在だから。

『家族みてぇなもんだからさ、オレらは……』

　共に笑い、共に悲しみ、共に想いを共有しながら生活していきたい。

　きららと美鈴に心を置く唯はそう密かに思いながら、乾いた革靴の音を静かに経（た）て続けていた。

　やっと帰路をたどり進むこととなった四人。まずは唯の発案で、一年生である美鈴の自宅へ向かうことにした。家が近かったこともあるが、何よりも学年が一番低い彼女を先に帰してやりたかったからである。

　暗い道中は主にきららと信次の話で盛り上がり、背後で美鈴と聞く唯。ところが担任が突如振り向き、目を合わされる。

「な、なんだよ……？」

「元気そうで良かったよ。始業式から学校来てなかったから、心配してたんだ」

　信次が子どものように無邪気なはにかみを放つと、美鈴ときららにも向ける。

「信次くん……心配してくれたのかにゃあ？」

「もちろん心配したさ。三人は大切な生徒なんだから」

「……でも、きららは他のクラスにゃあよ？　それにミスズンなんかは学年も違うにゃあ」

「そ、そうっすよ。てかなんで、うちが休んでたことも知ってるっすか？」

　不思議がる二人に質問攻めに遇（あ）ってしまうが、それでも信次は動じる様子を放たない。

「君たちのクラスの現代文は、ボクが担当だからね。授業で出欠確認するしさ。君たちが欠席した理由もわからなかったから、余計に心配してたんだよ」

　担任でもないにも関わらず、出席簿を元に二人の欠席を気にしていたのだ。きららの場合は始業式当日の一日だけ。美鈴に関しては未だに出席マークが着いていない状況だったが故に。

「信次くん……」

「田村、先生……」

　嬉しそうに瞳を輝かすきららと、小さくも驚き目の灯火（ともしび）を揺らめかす美鈴。

「どうせ、嘘だろ……」

　しかし平和な雰囲気をかき消すように、唯はふてぶてしく呟（つぶや）く。

「貝塚……」

「そう言って、オレらの心を掴もうとしてるだけだろ？　質（たち）わりぃったらありゃしね……」

　未だに担任への信頼を置けていなかった。今はこうして優しく接していても、きっとそのうち問題児扱いされ、いつかは突き放されるのがオチに違いない。

　威嚇（いかく）する瞳は続くが、担任からは再びニコッと柔らかな陽を向けられてしまう。

「そんなことはないよ。心を掴もうだなんて、そんなこと考えたことはないし、しようとしたこともない」

「へっ……じゃあオレらは、どうでもいいガキ扱いしてるってことじゃんかよ？」

　さらに追いつめてやろうと返したが、信次は表情を変えず首を左右に振る。

「ボクはね、生徒たちを尊敬し、信じてるんだ。だからそんな敬（うやま）うべき生徒たちが自ら、ボクに心を寄せてくれたらいいなって、思ってるだけだよ」

　すると唯の前で、自身の手のひらを覗（のぞ）き込む。

「――生徒の心を掴もうだなんて……この汚い手で掴もうとするのは、ホントに失礼極まりないからね……」

「な、なんでそんのこと……」

　思いもしてなかった応答と態度を受けて息を飲み、信頼などしていない信次を思わず見つめた。確かに小指下の月丘（げっきゅう）には黒いボールペン跡が点々と刻まれているが、至って大きな汚（よご）れなど見当たらない。

　しかし、妙に暗鬱（あんうつ）な俯きを現され、他者には見えない穢（けが）れを背負わされているかのように窺えた。維持した微笑みが反って悲しみを強めている。

『なんで、そんな顔すんだよ……？』

　声には出さなかったが、少しばかり信次を気にし始める。何かを隠しながら辛い現実を生きている者として、似た共通点があると捉（とら）えたからだ。

　誰にも言えない――言いたくない、背負わされた苦しみを。

　四人が歩き続けて十分少々、ついに美鈴の家の前に到着。住宅地に建ったよくある一軒家二階建てだが、点灯された電気は一つもなく真っ暗。共働きの両親もまだ帰宅していないらしい。

「じゃあ、親御（おやご）さんによろしく伝えておいてね」

「ミスズン！　また明日会おうにゃあ」

　門を開けた美鈴は信次からなぜか敬礼を、そしてきららからは夜道も照らすような笑顔で手を振られた。

「あ、ありがとうございましたっす、田村先生、きらら先輩……ゆ、唯先輩も……」

「またな、美鈴。今日はホントに、ゴメンな」

「唯先輩……はいっす……」

　静かな囁（ささや）きに、美鈴は悩ましい表情で返していた。心配している様子が垣間見（かいまみ）えるほどの目の潤みだが、唯たちは背を向け去っていき、次の目的地へと出発した。

　次に向かう場所は、きららの自宅。

　信次ともっと時間過ごしたかったきららからは猛反対されたが、信頼できない大人と二人きりにさせたくなかったのが唯の本音である。

「それにしても、星川はいい後輩じゃないか。いつから仲良くなったの？」

「きららは、この前の入学式のときだにゃあ。ミスズンはチョ～かわいい妹みたいな存在にゃあよ!!　ちなみにミスズンは、唯とは前からの付き合いらしいにゃあ」

「へぇ～。じゃあ貝塚の実の後輩ってことかぁ。じゃあ貝塚と星川は、どうやって出会ったの？」

　二人の跡を追うようにしていた唯は二人に顔向けされたが、不貞腐（ふてくさ）れながら視線を逸らす。

「歩けなくなっていた美鈴を、助けてやった。そんときだ……」

「そうか～。貝塚は優しいんだなぁ」

「うっせ……」

　感嘆的な返しに、無視する姿勢を貫いた。聞き手に届くのか危（あや）ういほど、微（かす）かで掠（かす）れた小声で。

　しかし今度は二人を焦点にした話題に変えられ、担任と生徒の距離をさらに縮められる。

「君ら二人も仲がいいよな～。二人はいつから？」

「きららと唯は、中二のときに知り合ったんだにゃあ。実はそのときも、唯はきららを助けてくれたんだにゃあよ」

「助けた？　植本も歩けなくなったの？」

　信次からは瞬（まばた）き繰り返されたきららだが、すぐにフンワリ茶髪を左右に振り、唯に微笑む瞳を送る。

「いつも一人だったきららの親友になってくれたんだにゃあ。唯はきららを、孤独（こどく）から助けてくれたんだにゃあよ」

　語りかけられた唯は相変わらず、一人だけ取り残されたように沈黙を続けた。信次には良いことだと誉められ、きららからはありがとうの言葉を送られ、そっと包み込んでくれる二つの光に見舞われながら。

　しかし、瞳に温度が灯（とも）ることはなかった。

『――オレはまだ、助けてなんかいねぇだろ、きらら。お前がホントに苦しんでたのはそこじゃねぇし、今も続いてるはずだろ？』

　目には目を。内なる心には聞こえない想いで。

　きららに細めた瞳を交差させると、御嬢様の上品な頬の緩みを放たれるだけで、二人の会話が起こることはなかった。

　歩くこと長くして三十分以上。三人はやっときららの家の前に到着した。

「よし着いた……ってここ!?」

　童眼をより開いた信次が見つめるきららの家は、一言で言えば正に大豪邸（だいごうてい）。

　赤く立ち並んだレンガ壁。

　玄関まで距離がある黒光りの門。

　小さな公園よりも遥（はる）かに広大な庭。

　そして城のような家の前には噴水まで顕在（けんざい）だ。

「あ、明かりが点（つ）いてるってことは、親御さんはいるみたいだね」

　未だに目が点の信次だが、きららは飛びっきりのにゃあを響かせてから大きな門を開ける。

「今日はありがとにゃあ!!　と～っても楽しかったにゃあ!!」

「楽しかったって……もう二度と、こんなことしないようにね」

　困りながらも微笑みを持った信次に、きららは暗夜（あんよ）を惑わす笑顔で頷く。

「わかったにゃあ!!　……あ、そうそう。あと最後に、信次くんだけに内緒の話があるにゃあ。ちょっと耳貸してほしいにゃあ」

「お、おい！　きらら!?」

　きららの突然な一言に、唯は怒りの身構えで近づこうした。いつまでも仲良さげだっただけに、早速の告白でもしてしまうのかと思ったからだ。

　しかしきららからは手のひらを向けられ、門前払いを受けてしまう。

「唯は聞いちゃダメにゃあ!!　これは、きららと信次くんの、禁断の内緒話なんだからにゃあ！」

「……チッ、もう勝手にしろ」

　腕組みをしながら袖をギュッと握り締め、心配しながらもきららから離れる。仮に信次と付き合ったとしても知らないぞと、半（なか）ば見捨てるような気持ちで二人の様子を観察した。

　一方で茫然とした信次は疑念を抱く様子できららに近づき、言われた通り片耳を向ける。ゆっくり御嬢様の白い手のひらに包まれ、唯には全く聞こえない声量で言葉を送られる。

「……っ！　え……？」

　一体何に驚いているのだろうと、一人距離を置いて眺める唯は不機嫌ながらも目をさらに尖らせた。

　信次からすぐに視線を投げられ、またきららからも静かな微笑みを向けられ、不審ばかりが募（つの）りイライラが増しそうだ。

「何話したんだよ？」

「じゃあ唯。それに信次くんも、また明日にゃあ！」

「お、おいきらら!?」

　話した内容など微塵（みじん）も公（おおやけ）にしなかったきらら。唯の大声を無視するように手を振り、門を閉めてすぐに玄関へ姿を消していった。

『な、なんだよ、二人だけの話って？　オレに話せねぇ内容だっていうのかよ？』

　もしや恋愛事すらも飛び越えた契（ちぎ）りでも結んだのかと、唯は普段使おうともしない脳で考えてみる。が、もちろん真実などわかるはずもなく、明日にでも無理矢理聞き出した方が早いと結論着けた。

　ため息を鳴らして気分を切り替えた唯。思えば今現在、信頼など置けやしない大人且つ担任の信次と二人きりの状況に気づいたが、冷静という冷めた態度で半身を映す。

「よし。じゃあ最後は貝塚の家……」

「……二人きりになったぞ？　まだ殴らねぇのかよ？」

　いつの間にか驚きを止（や）めた信次だが、唯は言葉尻を被せ冷徹な瞳で対峙する。いくら教員と言えども、誰からも見られていない場ならば体罰を平気で下すはずだ。だから先に美鈴やきららを帰してやり、怒られ慣れた自分が一人残ったのだ。

『――傷つくのは、オレだけで充分だから……』

「だからそんなことはしないって。ほら、行くよ？」

　しかし信次からは予想と裏腹の笑顔で告げられ、唯の口は動かず固まっていた。何を考えているのか本当に訳がわからない男だと呆れ、身構えを止めてそそくさと歩きだす。

　今夜の春風のように暖かで優しく、不意に心を揺らしかねない突発的な強風に遭遇しながら、重い足取りを小刻みにして進でいった。