猫とアイスクリーム
つまんねえ。開いた本を眺めてぼうとする。
母さんも父さんも仕事で忙しい。そんなのは昔からだ。
俺は周りと合わせるのは苦手だったし、年の離れた姉ちゃんは俺より帰って来るのが遅い。
一人は慣れてたし、別に嫌でもなかった。
でもそんな時に限って婆ちゃんはひょっこり顔を見せに来る。
俺にとって婆ちゃんは最高の友達だった。
いつも静かな姉ちゃんがその日は珍しくはしゃいでた。
ぱたぱた俺に走り寄ってきて「お婆様のお屋敷に住むわよ」って。
最近忙しそうにしてたのはこういうことかと思った。
本当言うと、ばあちゃんの家に行くのは嫌だった。
だけど、俺の為に姉ちゃんが頑張ってくれたのは分かってたからしぶしぶ頷いた。
屋敷に行ったって婆ちゃんはもう居ない。思い出だけが残る場所に行くのは辛かった。
明日からもっと婆ちゃんが居ないのを思い知らされるんだ。
急かす姉ちゃんに連れられて久しぶりに来た屋敷は前と何も変わってなかった。
最後に来た日と何も変わってない。
本の位置もカップの置き場所も、婆ちゃんの庭も。
何も変わってない。
そう思った時、風に揺れるコスモスが目に入った。
婆ちゃんの好きな花。
去年の今ぐらい、婆ちゃんを喜ばせたかった俺達は庭にコスモスを植えた。
二人で仲良く何か植えなさいって婆ちゃんがくれた俺達の場所。
何も変わらないと思っていた庭は前より育ったコスモスが並んでる。
何でかそのことが無償に腹が立った。
まだ咲いていないこの花は秋にはきっと綺麗な花を咲かせる。
婆ちゃんはもう居ないのに。
沢山の緑に混じって少しだけ、ピンクが見えた。
一輪だけ大きく蕾が膨らんだ花がある。花弁が見えてもうすぐ咲くのが分かった。
婆ちゃんが居ないんじゃ、こんなの咲いたって仕方ない。
自分が今どんな気持ちなのか分からなかった。悲しいのか苦しいのか辛いのか。
何も返せなかった自分に腹が立って無理やり花を引っこ抜く。
こんなの要らない。
何も出来なかった
要らない。
俺は何も・・・・・・。
こんなものもう要らないだ。
無理やり引っこ抜かれたコスモスは拉げて花弁が何枚か舞い落ちた。
風に乗った花弁を思わず目が追う。
花と一緒に、向かいの家が目に入った。
「ねえ深月。お向にね、お前よりひとつ下の女の子が居るのよ。とってもおもしろい子でね。きっと深月共仲良くなれるんじゃないかしら」
病院のベットの中で笑いながら婆ちゃんが言っていた声が、全身に染みわたる。
頭に言葉が反芻した瞬間、体が勝手に動いていた。
後ろから姉ちゃんの声が聞こえた気がしたけど、あの時の事はあんまり覚えてない。
頭の中は婆ちゃんの言葉で一杯だった。
会って話をしてみたかった。
どんな奴だろう。婆ちゃんが褒めるくらいだ、きっとすっごい変な奴だ。
息を切らして転がるように階段を下りる。
見えてきた向かいの家は白い壁に灰色の屋根だった。
門扉が開いていて中の様子が見える。覗き込もうと前のめりになったところで、強く腕を引かれた。
後ろを振り向くと姉ちゃんが居て、深月何してるのと怒られた。
どうしてもここの子供に会いたいって言ったら、姉ちゃん溜息はついたけど俺を連れ帰ったりしなかった。
少しだけ、庭を覗き込んで「あの子と話がしたいの?」と目線で促してきたから、もう一度中を覗き込んだ。
庭の中に座り込んだ俺と同い年くらいのがいた。
後ろ姿は俺より少しだけ小さい。短パンにTシャツを着て、黄色い野球帽を被っていた。
こいつだ、と思った。
婆ちゃんが言ってた。
「いつもね黄色い帽子を被っていて、少し恥ずかしがり屋なのよ」
婆ちゃんお気に入りのそいつはさっきからずっと地面を引っかき続けている。
ほんとに変な奴だ。一人で地面引っかいて楽しいのか?
俺が話かけようとしたら姉ちゃんが待ってと俺を止めた。不満そうな俺を見て苦笑いしてから、こんにちはと声をかける。
だけど、全く反応がない。
姉ちゃんに「無視されてんじゃん」って言ったら、「気付いてないだけ」って返された。
ほんとかよ。
もう一回呼びかけたらやっと気付いて、びっくり箱の仕掛けみたいに顔を上げた。
それが面白くて笑ったら、姉ちゃんに小突かれた。
名前を聞いたらトウコとだけ言ってさっさと親を呼びに行った。
その後も、何も喋らないし。何だ全然つまんない奴じゃん。
婆ちゃんは何処が面白いと思ったんだ?
姉ちゃん達の話にも入れなかった俺は試しに足で地面を引っかいてみる。
思った通りつまらないだけだった。あまりのつまらなさに顔を上げると、つまらない奴と目が合った。
何だろう、何となくだけど目が合った瞬間に婆ちゃんと重なった気がした。
全然似てねえのに何でか知りたくて、話しかけたのに無視された。
俺の時は無視なのかよ。
ムカついてずっと話しかけたら、ようやく俺を見て睨みながらこう言ったんだ。
「君はわたしと違って随分おしゃべりね」
驚いた。
婆ちゃんと全く同じこと言ってるよ、こいつ。
「婆ちゃんみてえ!」
自然と口が喋ってた。言った瞬間すげえ睨まれたけど、そんなのどうでも良かった。
婆ちゃんの言った通りこいつ面白いやつだ。
そいつは。
トウコはその日から婆ちゃんと俺のお気に入りになった。
後で姉ちゃんにコスモスの事でしばかれた。
婆ちゃんならきっとこう言うな。
「もの言わぬからって、蔑ろにするな」って
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます