凄惨な絵本の世界
そこは元の風景は絵本の中そのものでした。
……けれど、既に地獄絵図。
狂った『アリス』たちの死骸があちこちに散らばっています。
ひとりの『アリス』が一際高く積み上がった『アリス』の山の上で雄叫びをあげています。
真っ白なエプロンドレスを真っ赤に染めて……。
何故でしょう。
私は男の子の『アリス』を探しています。
死骸にはいないようでした。
血に染まった『アリス』が私に気がつきます。
血走った目で叫びながら飛び降りました。
運悪く、着地に失敗し……。
首を折り、見るも無惨な姿に…。
私は周りを見渡します。
「…せめて、向こうでは安らかに…。」
私には進むしかないのですから…。
……私は森の中を歩いています。
ふと、足を止めると…。
しましまの耳と尻尾のある青年が、全身血に染まって座り込んでいます。
周りには『アリス』たちの死骸。
後ろを向いたまま、彼は私に語りかけます。
「君も僕を怖れるの?」
彼は泣いていました。
……私は何も言わずに彼を抱きしめました。
彼を責めることはできなかったから。
「……ありがとう。行っていいよ。」
私は動けずにいました。
「早くしないと、あの男の子にクリアされてしまうよ?そしたら、僕は君を殺さないといけない。そんなのはいやだ…。」
男の子……、彼は生きているようです。
私は無意識に猫耳の彼の手を掴み、歩きだしました。
彼が何かを言っています。
でも、私の耳には入ってきませんでした。
……何も言わなくなった少年を連れ、森を抜けるとお城がありました。
まっすぐに進むとトランプ兵に止められました。
猫をおいていくように言っています。
私は無視をして押し入ります。
無理矢理扉を開けさせ、中に入りました。
其処では裁判をしているところでした。
豪華で真っ赤なドレスを纏ったハートの女王が声を高らかに何かいっています。
「この者は物語を遂行したか、証言出来る者はおらぬか!」
裁判を受けているのは、あの男の子のアリスでした。
しかし、彼が此処まで来た経緯を知る者はいません。
猫の手を離さずに私は進んでいきます。
私は男の子のアリスをかばうように女王陛下に向き直りました。
「おまえが証言出来るのか?アリス。」
女王陛下はとても綺麗でした。
「……あなたはもう平凡な物語では納得出来ないのではないですか?」
女王陛下は無言です。
私は構わず、話続けました。
「あなたを納得させることが出来たなら、何かを頂けるのでしょうか?」
誰も何も言いませんし、何もしません。
「……気に入らなければ、首を刎ねるだけですか?」
やっと、女王陛下の口が動きます。
「……其処まで強気な『アリス』は久しいのう。」
哀しそうな顔を見せました。
「…もう、物語なぞいい。妾の顔を真っ直ぐに見てくれる、あのアリスに会いたかっただけなのじゃ……。」
女王陛下の目から滴がとめどなく流れたのでした。
女王陛下は語り続けます。
遠い目をしながら…。
「アリス…、嗚呼、アリス…。
求めても戻っては来ぬ…。」
トランプ兵たちはおろおろするばかり。
「……あなたはどうなさりたいのですか?」
私のひとことで空気が凍りつきました。
女王陛下の目に正気が宿ります。
「……面白い。そなたが気に入った。勝者はおまえぞ。」
私には意味がわかりません。
けれど、考えている暇などありませんでした。
トランプ兵たちが男の子のアリスに群がり始めます。
私は無意識に男の子のアリスを片手で引き寄せました。
……猫の手を掴んだまま。
「何をしておる?アリス。敗者には死あるのみ。何故、かばうことがあるのじゃ?」
不思議そうな顔をします。
「……いい加減にして!もう、殺さないで!うんざりよ!」
私は堪えきれず、叫びました。
周りが凍りつくのが分かります。
「殺すことに何の意味があるか判らない!」
冷静でなんてもういられなくなりました。
「ふむ……。よく判らぬが、そなたに泣かれては……な。勝者はそなた。したいことを申してみよ。」
私は涙を流していたようです。
「……では、私たちを帰してください。そして、この猫をください。」
沈黙が流れました。
「……何を言うておる?帰れるのは一人ぞ?猫はここ《物語》の住人ぞ?」
「したいことをっておっしゃったじゃないですか。」
周りはどよめきます。
「……僕は、帰りたくない。帰るくらいならここで死んだ方がマシ……。」
男の子のアリスが話したのを聞いたのは初めてでした。
泣きそうな愛らしい声です。
「では、執行可能じゃな。く……?!」
「……させない。もう、殺させない!私だって、戻ったところで何もない。すべて失った後だもの……。
でもね?生きてれば、いつか転機はくるものよ!私は信じる!」
私は女王陛下に立ちはだかりました。
……どんな形でもいいのです。
私はお父様とお母様を助けられませんでした。
だから、誰でもいいんです。誰かを助けたかったんです。……絶対に折れたりしません。
「私は、何としてでも2人を連れて行きます。」
強く……強く……。
「……好きにするがよい。2人の人生を抱えられるかやってみぃ。」
「……やってみせます。」
「其の意思、違えるでないぞ?」
優しく……優しく……。
女王陛下が杖を大きく振りました。
私は意識が遠くなっていきます。
……けれど、猫と男の子のアリスの手はしっかりと握っていました。
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