王
日曜日。
目覚めると彼は王だった。
ゆっくりと城の庭を散策する。
月曜日。
目覚めると彼は衛士だった。
一日中、油断なく城門を見張る。
火曜日。
目覚めると彼は掃除夫だった。
広い城内、とても一人で掃除できるものではない。
今週は東の回廊を中心に清掃する事とした。
水曜日。
目覚めると彼は料理人だった。
一週間分のパンを焼く。肉や野菜も少し調理する。
その夜、彼は夢を見た。
彼がまだ幼い頃の夢だ。城の庭でおつきの者達と遊んでいる。
お守り役でもある執事の老人に彼はたずねる。
「じいや、王とはなんなのだろう?」
「若君、王とは国そのものです。王がいなくなれば国は滅びてしまいます」
「王とはそういうものなのか。だが、国とは王と民とで成り立っと習った。王がいなくなっても民が残るではないのか?」
「愚かな民草など、いくらいたところで烏合の衆でございます。まとまりなど致しません。王家あってこその国なのです」
「……そういうものなのか」
いつもここで目が覚める。
木曜日。
目覚めると彼は庭師だった。
広い庭園を少しずつ整備する。
あまり細かい手入れができないのが残念だ。
金曜日。
目覚めると彼は厩番だった。
馬屋の掃除をし、餌の干草を入れ替える。
だが、広い厩舎には一匹も馬がいなかった。
土曜日。
彼は斥候だった。
彼はこの週、初めて城の外へ出た。
城は山の上に建っている。
山のふもとにはこの国唯一の町がある。険しい山に囲まれたこの国には他に町も村もない。城ひとつ、町ひとつの小国なのだ。
彼は山を下り、町に足を踏み入れた。
動く者はいない。全くの無人だ。
廃墟となった町を進み、この国に一本だけの街道に面した町の入り口に出た。
山あいを縫って続くこの道だけが、この国と他国を結んでいるのだ。
彼は近くにある小高い丘に登る。
目をこらすと、まだ、……まだ残っている。
折れた剣、さび付いた鎧、惨劇、戦のあとが残っているのだ。
ここは戦の決戦場だったのだ。
遠い過去の記憶がよみがえる。
「陛下、敵軍は城下にせまっております」
伝令のしらせに城内に緊張がせまる。
以前から国境問題でもめていた隣国がせめてきたのだ。
敵の軍勢は精強だった。
「城の者はただちに武装して城下に向かえ!!」
「町民たちの編成はすんだか!?」
小国ゆえ、国民皆兵である。総力戦だ。
若い王の側近、執事の老人や王妃までもが鎧姿に身をつつみ、戦場に向かう。
「余もいくぞ!」
「なりませぬ!!」
鎧を着ようとする王を老執事が押しとどめた。
「あなたは王なのです。あなたこそが王国そのものなのです。
万一、あなたの身になにかがあったら高貴な王家は途絶え、国は滅んでしまいます!
陛下が城におとどまりになる事が国の為、すなわち王国の為でございます!!」
王は一人、城の者全員が出兵するのを見送った。
その日は、誰も帰ってこなかった。
次の日は、誰も帰ってこなかった。
その次の日も、やはり誰も帰ってこなかった。
その次の日も、またその次の日も誰も帰ってこなかった。
一週間がたち、王は城を出て山をおりた。
町を抜けて街道に出ると……
すさまじい戦いの跡があった。
味方は勝ったのか? ならばなぜ誰も帰ってこない?
敵が勝ったのか? ならばなぜ、町や城に進軍してこないのだ?
王は近くの丘に登ったとき、すべてを悟った。
斃れた敵や味方の兵士の死体が折り重なり、大きな投石器や町の城壁を壊すための攻城兵器が壊れて傾いている。
敵も味方も最後の一兵まで戦い、刺し違えたのだ。
王は執事の老人の剣と、王妃の盾を見つけたが二人の遺骸を見つける事はできなかった。
彼は城に戻るしかなかった。
……日曜日。彼は王だった。
彼は城を散策しながら、一人つぶやいた。
「余が生きているかぎり王国は滅びない。皆のためにも余は生き延びなければならないのだ」
今は滅びた王国の忘れ去られた廃城に、
自分を今でも王と信じている老人がひとり住んでいるという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます