病
ドラクー伯爵は齢300年の吸血鬼である。彼はヨーロッパの小国、ドランシルバニアの領地からめったに出る事はなかった。
ところがある日、ドラクー伯爵は考えた。
『地球上にはおろかな人間共があふれている!当然、偉大な吸血鬼である俺様がやつらを指導してやらなければならない。なのにいつまでもせまいヨーロッパで活動しているのもいかがなものか? ここはひとつ、自分自ら支配地拡大に乗り出すべきだ。』
そこで早速、新天地=アメリカ大陸某国にやってきた。ヨーロッパと違って吸血鬼に対する警戒も少ないだろうと計算である。
真夜中、若い女が歩いている。夜の闇にまぎれて、音もなく近づき、首筋にキバを立てる……。
「フハハハハ! 貴様を新天地に建設するわが千年王国の最初の国民にしてやろう!」
「キャーッ!!」
ここまでは実に簡単、なんの問題もないはずだった。
ところが血を吸った瞬間、伯爵は急に意識が遠くなった。
伯爵が気がついたのは病院のベットの上だった。窓から朝日が……
何? 朝日だとっ! うわ、太陽の光にあたると体が焼ける!!
あわてて起き上がろうとしてジタバタすると、そこへ数人のナースがやってきて、伯爵を押さえつける。
「だめですよ、無理をしちゃ!」
「治療はすんでいますが安静にしていてください!」
ここまで聞いて、えっ、=治療=だと??
「そうです、あなたは『こうもり病』だったんですよ……」
「こうもり病? ……それは一体、なんの病気だ!?」
ナースは微笑んで説明する。
「21世紀になって発見された奇病ですわ。かかると人の血が吸いたくなるんです。なんと、かみついた歯から他人に感染するんですよ!」
「いや、だが……」
伯爵が口をはさむヒマもなく、看護婦はまくしたてる。
「もちろん、わが国の国民は全員ワクチンを打ってます!あなたが意識を失ったのも、ワクチンを含んだ血液が急激にウイルスを破壊して体調が激変したからですわ」
「……」
「この病気、日光とニンニクのアレルギーが併発するんです。お日様にあたれないなんて、なんて不便なんでしょ!」
にっこりと笑うナース。だまりこむ伯爵。
「しかもこの病気、誇大妄想を併発するんです。やたら、俺は世界の支配者だ!とか、愚民共め!とか言い出して、間抜けったらありゃしない!!」
伯爵が居心地悪そうにもじもじしていると
「そういえば、未確認ですがこの病気にかかると少し寿命が延びる可能性があると聞きましたわ! あくまでその可能性があるという事ですが……。とにかくあなたにはたっぷりワクチンを打ちましたので、すぐ全快ですわ。もう、一生再発しませんよ」
「い、一生だと!?」
「はい! ところで、あなたのご出身の国ドランシルバニアですが」
「そうだが、ワシの国がなにか……」
「どうもこうもり病の対策がなされていないようなので、わが国の政府は今朝、緊急治療チームを派遣いたしました」
ナースがTVをつけると数千人はいるかと思われる大規模な派遣チームが巨大な医療車両、手にはマシンガンのようにワクチンを飛ばす注射器等、軍隊かと見まごうばかりの重装備で続々と高速船に乗り込んでいく。
伯爵が呆然としていると、
「三日もあればお国の患者を制圧できますわ。大丈夫、国際貢献の一環ですから、全部タダですよ!」
ウインクするナースとは対照的にがっくりとうなだれる伯爵。
「こ、これでは眷属の吸血鬼たちも……」
「吸血鬼? それってなんですか??」
「いや、もういい……」
こうして、伯爵はこの国に移住し、今は農家として暮らし40年になる。結婚し多くの子供、孫にも恵まれた。彼がかってヨーロッパの貴族だったことなど誰もしらない。
時々、孫達に尋ねられる事がある。
「じいちゃん、いつも居間にかかってる黒いコートは何?着たの見たことないけど」
だが、老人はだまって微笑むばかり。
黒いマントの由来はだれも聞き出せないのだった。
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