メモは燃えるが下着は燃えない

 ある意味バトルモノのお約束。








「クラン!!!!」


 彼を呼ぶ声。振り向くと、女性を抱えたオルクスが、部屋の中央に転移してきた所であった。その女性が悲鳴を上げる。


「ギデオン様――!!! そんな、信じられない……ああ、なんて姿に……!!! 死なないで……!!!」

「おい、オルクス、そいつはなんだ」

「シャーリィおねーさん。『サイス』の指導者だよ」

「ふうん」


 簡潔な説明でなんとなく納得するクラン。オルクスは、腕の中のシャーリィに向って、言葉を続ける。


「シャーリィおねーさん、安心して。死神は、心臓を貫かれたくらいじゃ、死なない。肉体も創造主の元へ戻れば、直るし、魂さえ生きていればどうにでもなる」

「でも……、貴方たちは、彼を殺す気なのでしょう!? 死神は死神を殺せると聞いています!」


 クランは首を横に振った。


「俺らはこいつから情報を聞き出したいだけだ。こいつが俺らと戦ったことや、俺の切り札を、死神の連中に黙ってるってんなら、生きて返すこともあるかもな」


 ギデオンは明らかに、そこらの下っ端の死神とは、格が違う。恐らく彼は、オルクスの知らない、死神の中枢の情報を持っているはずだ。二人の目的は死神の全滅ではない。場合によっては、彼の命を交渉材料に、情報を聞き出すこともやぶさかではない。

 クランの言葉に、シャーリィは泣きそうな声で懇願する。


「……私からも、それは、説得いたしますわ。この、シャーリィの身命に賭けて、ギデオン様にその盟約を守らせると、誓います。ですから、どうか……どうか……!!!」


 オルクスが彼女を下ろす。すると、まだ紅い髪の、熱を帯びるクランに歩み寄り、その手を、シャーリィは縋るように握った。臆すことなく、大切な人を焼いた男の手を。


 クランは、不思議な気持ちでシャーリィを見つめた。

 ユクトから、シャーリィは死神の恋人だと聞いていて……それは正直、嘘っぱちだろうと思っていたが、どうも、この態度。シャーリィからギデオンへの想いは、本物であるように思われる。


 ギデオンはどうなのだろう、とクランは思う。

 彼は、信者を予備タンクと呼んだ。


「……シャーリィ。全ては、ギデオン次第だ。だが、お前のその気持ちは、受け取った」

「っ……」

「ギデオンはちょいと預かるぜ。それと、この肉体ではもう動くことは出来ないだろうから、話を聞くための身体が必要だが」

「それなら、私の身体を使ってください……!」

「いいのか?」

「はい、お願いいたします……」


 クランはオルクスを見やった。そういうことでいいか、と確認するように。


「構わないよ。ただ、こいつには、どうやら協力していた死神がいるみたいだ。手早く済ませないと、危ないかも。直ぐに始めよう」

「分かった。……っていうかお前、なんか知らない間に色々把握してるな?」

「あー、えっとねー……」


 オルクスは頭を掻いて、それから、自分が見聞きしたことを、クランに簡潔に話して聞かせてくれた。

 誓約書による、洗脳を行う能力。それによって、信者たちにギデオンの『支配の鎖』をかけていたこと。誓約書は全て燃やしたこと。


「ふうん……そんなことがねえ」


 クランは、洗脳や『支配の鎖』の仕組みを聞いても、怒りを覚えることは全くなかった。彼は根本的に、正義感や道徳観念が薄い。精々思ったのは、ギデオンがそれだけの信者を集めていてくれたから、こんなスリルを味わえたのだなあ、と感謝する気持ちくらいであった。


 オルクスは、無論、クランがそういう人間であるとは知っている。彼はそれを承知の上で、それでも、己の目的のために滅私奉公ともいえる働きをしてくれるクランを、信頼し、一緒にいてくれていた。


「ん……それじゃ、とにかく始めよう。シャーリィおねーさん。そこに立っててね!」


 そう言うと、オルクスはギデオンの肉体から、魂を抜きとる。

 クランには、それは見えない。死神にだけ見ることができる、命とも言える、何か。


 そして、オルクスはそれを、緊張した面持ちで立っているシャーリィの身体へと押し込んだ。……ような動作をした。クランにはやっぱり、見えていない。

 しかし、シャーリィの雰囲気が変わったことは、直ぐに分かった。


 クランは、シャーリィに問いかける。


「死神ギデオンだな?」

「ああ。………俺は負けたんだな」


 シャーリィ――いや、ギデオンは、心臓を思い切り打ち抜かれた自分の身体を見おろして、ため息交じりに、そう言った。それから、どっかりと、親父座りで地面に座り込む。

 パンチラ。いや、そんな生易しいものではない。

 目を背けるオルクス。


「やめて。その恰好でその座り方はやめて」

「んだよ。シャーリィの身体だろ、俺のもんだ」

「そういう話はしてなーい!!!!」

「うるせェ死神だな。ひゃははは。これでいいんだろォ、これで……」

「やーーーー!!!! ちょっと、ギデオンおにーさん、パンツ見えてるーーー!!!!!!!」

「初心な奴だなァ。いいじゃねぇか、シャーリィのパンツだぞ、ほれほれ」


 何やってんだこいつらは。

 クランは真顔で二人の会話を見つめた。

 ちなみに、クラン、戦闘欲と睡眠欲以外はとても薄いため、シャーリィ(のパンツ)を見ても何一つ感じない。


「おい、ギデオン。座り方はいいから、とりあえず話をだな」

「ひゃははは、そうだったなァ。ま、負けたんだし……何でも聞けよ」

「へえ。素直に話してくれるのか」


 くっ、とギデオンは低く喉奥で笑う。


「抵抗してもよかったがなァ、――この体が、俺だったら」

「……」

「シャーリィの身体で拷問を受けるわけにゃいかねェさ。ま、そうでなくても、シャーリィを人質に取られたらなすすべがねェし、お手上げよ」

「その女が大事か? お前にとって、信者は、予備タンク――だろう?」

「そうさ。つまり、シャーリィは信者じゃない」


 シャーリィの目を通して、ギデオンの魂が、じっとクランを捉える。


「…………信者、じゃない、か」

「ああ。これ以上は言わせんなよ? ひゃはははは。さあ、時間がないんだろ。話を始めよう」

「ああ……そうしよう。お前は、知っているんだろう? 俺たちの知らない、上位の死神の、能力を」


 死神と戦う上で、一番大事なのは、創造主から授かった能力を把握することだ。

 魔力も豊富で、戦闘経験も多く、創造主を狂信する、第五位以上の死神達。彼らの能力を知らずに戦うことは、どんなに魔法にたけた人間であれ、死を意味する。クランがアダムと遭遇した時のように、なすすべなく倒されるのがオチだ。


「初めに断っておくが、俺は第七位――『支配の鎖』を持つ、死神ギデオン。俺だって全部を把握してるわけじゃあ、ない。その上で、知っていることは全て話す。シャーリィのためでもあるからな。余計な詮索や邪推で時間を使ってくれるなよ」

「分かった」


 クランの簡潔な反応に、ギデオンは一つ頷いて、話を進める。


「オルクスは第十二位だったな。じゃあ、上の構成員の具体的な人数も、知らねェだろ。まずはそこからだ。……まァ、下は雑多にいるとしてな。第一位、第二位、第三位に関しちゃあ、それぞれ、一人、二人、四人。それしかいない」

「……第四位は?」

「十人程度が基本だな。だが、ここは変動がある。それと違って、第三位から上は、なれる人数が決まってんのさ。第四位から第五位にかけては、その上の座を虎視眈々と狙って日々精進してるってェ感じの奴らばっかりだぜ。ギスギスしてるったら、ありゃしねェ」

「要するに、第三位から上は、別格か」

「ああ。死ぬか、相当な不祥事起こさない限り、ここは入れ換わらねェ。……特に第三位ってェのは、執行最高位と言われていてな。第一位と第二位は基本的に地上に降りることは一切ないんだ。死刑を執行する中での最高位が、第三位。実質的な実力最強の位と言っていい」

「……なるほど」


 アダムは、死神内の最強の、一角と言うことか。クランは、頷く。


「それで? 具体的な能力は?」

「ああ――正直な話、俺も、第五位から上の奴らの能力なんざ、ほっとんど知らねェ。特に第四位第五位はガードが堅い。己の能力がばれるってのはは、死神内での競争をしている野郎どもにゃ、不都合なのさ」

「なんだ。じゃ、何も知らないのか?」

「いいや、知っている。第三位、アダム・ノートリアス、第三位、ララベル・オーガ。この二人は、能力を隠す気がない。強者の貫録っつーのか……いや、アダムの場合、色んなところで死神を助けたり仲裁したりしてんのが災いしてるんだろうけどなァ……」

「………話を聞く限り、アダムって相当な苦労人だな」

「おうよ。それは保証する」


 遠い空のもと、アダムがまたくしゃみをした。


「同じく死神第三位、イスカ・コーネル。こいつは俺の遠い上司に当たるもんでな、一度だけ一緒に仕事をしたことがある。能力も、半分だけ知ってるぜ。それから、俺に協力していた死神――第五位、レガート・フォルティ。こいつについても提供できる」

「って、ちょっと待って。協力していた死神って、誓約書を作ってた人?」


 オルクスが、驚いた様子で口を出した。


「ひゃははは、なんだァ、上司だったのが意外だったか。あいつと俺は協力関係だ。俺の能力の贄を増やすためにレガートは俺に洗脳の誓約書を提供する代わりに、俺はあいつを陰に陽に助ける……そういう間柄さ。ま、お互いに、上へ行くために、利用し合うってな感じだ」

「いいの? 協力者の能力をばらしちゃって……」

「ご心配どーも。ま、シビアな野郎だ、人間に負けた俺は間違いなく手を切られるだろうよ。問題ねェ」

「……それは問題大有りな気がするけど」

「黙っとけ。こんなとこで死ぬくらいなら協力者だって差し出すさ。第五位以上の、創造主から名字を授かっている化け物群の中で、俺が提供できるのは、この四人分。どうだ、不足か?」

「いいや。十分だ。教えてくれ」


 クランは即答した。そして、ズボンのポケットに入っていたメモを取り出して、ギデオンの言葉を書き取ることにした。……そのメモ帳が当然のごとく燃えていたおかげで、彼はギデオンに適当な紙をせがむことになってしまったが。




***




 この先はクランが記すメモである。

 読者諸兄には、読み飛ばしてもらっても、構わない。ただ、クラン達がこの先彼らに出会った時には、このメモの存在を思い出してくれればよい。


 アダム・ノートリアス。

 『神の両足』という、超加速能力を持つ。そして『破壊の光』という攻撃系の力も授かっている。まさに単体戦闘に特化した、第三位のお節介死神。『破壊の光』に関しては、ギデオンいわく、「条件は不明だが、殆どのものを破壊する」……らしい。

 任務でなくても地上にたびたび現れ、部下を助けるため、下の死神からの信頼がはとても厚い。


 ララベル・オーガ。

 『堕ちる子羊』は広範囲の重力操作。そして何よりも彼女を第三位たらしめる能力が、『嘆きの涙』。重力操作が掛かっている相手の、痛みと傷を共有する。彼女の重力圏内で人が一人でも死ねば、中にいる人間は全員死ぬ。範囲戦闘に特化した死神。


 イスカ・コーネル。

 『戦いの銅鑼』という、味方を補助する能力を持つ。部下を従えての集団戦闘に特化した、第三位最弱とも言われる死神。ただしその呼称は、戦闘能力に乏しくとも、その戦術眼と支援能力だけで上りつめた手腕を誉める言葉でもある。

 もう一つ能力があるらしいが、不明。


 レガート・フォルティ。

 『誓約の一筆』という洗脳能力を持つ。その内容は、彼が示した紙に署名した人間の心を洗脳し、操ることが出来る、というもの。必ず彼が魔力を込めた紙に消せないペンで書くことが必要である。もう一つ能力があるらしいが、不明。


 ――クランが得たのは、上記の情報。

 彼は、メモをオルクスに渡した。自分が持っていると、燃やしてしまいそうだったからだ。




***




「こんなとこだ……満足か?」


 目の前で、見目麗しい女性……の中に入ったガサツな死神、ギデオンが、長い説明を終えてため息をついた。


「ああ。随分と、助かった」

「は。素直に信じてくれて、何よりだぜ」

「……お前の言動が全部嘘っぱちだとは、思えないからな」


 特に、シャーリィを庇うくだりは、冷静で真摯な彼の一面を見た気持ちだった。

 ただ、彼があまりにもすんなりと、不快感も表に出さず、情報提供を行ったのは、かなり意外ではある。


「さァて……これで俺は、素直に情報を喋ったわけだ。解放してほしいとこだが……」

「……してやるさ。但し」

「お前の切り札を上には話すな――か? 話さねえよ」

「……」


 クランは耐えきれず、疑問をぶつけてみた。時間がないのは分かっていても、それでもだ。


「お前――なんでそこまで、素直なんだ?」


 ギデオンは、くっ、と肩を震わせた。


「なァ。俺の目的について、話したろう?」

「目的……レガートを利用して、上にのしあがる、ことじゃねえの?」

「その通りだ。その通り……俺は、全て喋った。答えはもう言ったはずだぜ」

「……上」


 上を目指す。階級を上げる。執行最高位、第三位。

 それだけの意味じゃないとしたら。


 会話の合間、訪れた一瞬の静寂に、ふっとクランは息を止めた。彼はギデオンを見た。

 風は冷えてきた。クランは持っていたペンを無意識に強く握りしめた。


「創造主――」

「………」


 ギデオンは何も言わなかった。しかし、明らかであった。

 クランに、人の気持ちを察する能力は、殆どない。頭も、悪い。彼に人一倍備わっている能力は、ただ一つ、殺気を見抜く力。

 それがクランに告げた。ギデオンが、創造主に向けて持つ、殺意を。


「……本当だな、それは?」

「本当だよ。俺の目的は、お前らと似て非なるモノ。

 創造主とかいう、いけすかない野郎から――死神を、解放することだ」


 オルクスに意見を求めようとして彼を見る。が、言葉が止まる。オルクスは口をぱくぱくと、魚のように開閉していた。


「ちょ……ちょっ」

「おう、なんだ死神」

「なんだじゃないよ!!!! お前、そんな発言、他の死神に聞かれてみろ!!!! それだけで不敬罪だ、死ぬよ!?」

「知ってらァな。お前らにだから、話した」

「……っ」


 オルクスの態度が、ギデオンの言葉が生半可な心で……ましてや嘘で口に出来るものではないことを、物語っていた。

 ギデオンは、そんなオルクスの反応すら楽しむようだ。一番追いつめられているはずなのに、笑みは崩れずにいる。


「てめェらは所詮第十二位の死神と、タダの人間――使えないと思ったから、心証上げに使わせてもらおうと思ったが……全く、とんだダークホースがいたもんだぜ。死神と同等かそれ以上に魔力に好かれる人間なんぞ、初めて見た」

「はっ。随分と低く見てくれたもんだな。喧嘩好き舐めんな」

「ひゃはははは! 喧嘩好き! んとに、馬鹿だね!!! まあ、『喧嘩をし続ける才能』……それをお前は持ってるな」

「どーも。しかしてめえ、俺たちのことを使えない扱いで先制攻撃しておいて、いざ殺されそうになったら同じ目的だから見逃してほしいたあ、虫が良すぎるんじゃねえの」


 クランは既に、ギデオンを殺す気は失せていた。情報を散々聞きだした、しかも害にもならない相手を殺すのは、流石に気分が悪かろうというものだ。何より、彼と戦えたことは最高の喜びでもある。

 だが、まあ、からかいたくはなる。


「はあ? お前の戦闘欲を満たすフルサービスしてやった死神様に、何がご不満だァ? 黙って見逃しな」


 ばれてた。

 図星なのでクランは盛大に舌打ち。


「ま、俺もタダでとは言わねえ。……こいつを連れて行きな。くれてやる」


 言いながら、ギデオンは自分――いや、シャーリィを指さす。


「要らねえ」

「持ってけ馬鹿。人質だ。それに、使えるぜ、頭は回る方だし美人だ」

「お前はそんなにほいほい恋人を渡していいのかよ!」

「ひゃははは。恋人だからこそ、だよ。……俺は恐らく、レガートに見限られる。この組織も解散するしかない。だから、お前たちに人質として預けた方が安全だ。それに、お前たちだって、シャーリィの命を握ってりゃあ、少しは俺を信用するだろうが?」


 まあ、正論ではあった。それに、これ以上うだうだ言い争う時間もなかった。

 その上オルクスがちょっと喜んでいるのを見ては、クランも強く反対する気にはなれない。


「それ、シャーリィは承諾してるんだろうな」

「安心しろ。こいつは俺の命令ならなんでも従うさ」

「ならいいけど……」


 色んな情報が入って来すぎて、どうも疲れた気がする。クランはため息をついた。


「ねえ、一つだけ約束して」

「……何をだ?」

「ギデオンおにーさん。貴方の能力にケチをつけるつもりもないし……目的が似てるっていうなら、僕は君を殺さない。だけど、洗脳なんて手を使って、能力のための人を集めるのは、やめて」

「………は。言ったろ。レガートは俺を見限る。もう、使えねェさ」

「もしもう一度使えても、やらないで」

「……」


 ギデオンは、しばし黙ったのち、頷いた。


「いいだろう。誓ってやる」

「……ありがとう」


 オルクスはそれで引き下がった。

 人間のために戦う彼にとっては、人間を犠牲にしても死神を倒そうとするギデオンとは、目的が似ていても相容れないのだろう。結局は、似て非なる、者だ。


 そしてギデオンは、最後に、爆弾の如き一つの予告を置いていった。


「ああ、あと、もう一つ大事な情報をやらァ」

「……大事な情報?」




「あァ。丁度二週間後。第三位、死神イスカ・コーネルが、魂を刈りに、地上に来る。場所は、首都イーヴァリド。狙いは、首相の愛人、メイラ・アルテミラ」




 ――また血が流れる。魂が揺れる。




***




 そこからは、ただの後始末。

 ギデオンを元の身体に戻すと、シャーリィは、自分の腹心にのみ事情を告げ、彼らに全てを任せてクラン達と共にその場を後にした。本来なら彼女が、『サイス』の解散まで、全ての後始末をつけるべきだったが、クランとオルクスにはそんな悠長な時間はない。レガートに姿を見られれば、ギデオンにも迷惑がかかるだろう。そういうわけで、シャーリィの最低限の荷物を纏め、即退散である。


「改めまして、シャーリィ・ライトと申しますわ。オル、クラン。ふつつか者ですが、宜しくお願いします」


 ――こうして。人質として、シャーリィ・ライトは、二人の旅に加わった。

 ギデオンと別れさせられ、彼がどうなったか、しっかりと死神に回収されたかもわからぬまま、いきなりギデオンを倒した張本人についていくことになったにしては、彼女はとても気丈に振舞った。弱みは見せまいとしているのか、堂々と、二人に挨拶し、笑ってさえみせた。


「宜しくね。シャーリィおねーさん」

「逃げんじゃねえぞ」

「勿論ですわ。……私は、ギデオン様の命令には背きません。それに、逃げられるなんて思っていませんし」

「それが分かってんなら話は早い」

「え? 逃げられるよ? クラン、すっごい鈍いから、そういうの」

「ちょっと待ってオルクス!」

「あら、そうですの。では考えておきますわ」

「考えないで!!!」

「クランはねー! 殺気を向けない限りは鈍感野郎だからねー!! 逃げても絶対気付かないよ!!!」

「そういうとこまでばらすな!!!!」

「ふふふ。では夜中にこっそりと抜けだしますわ」

「それがいいよ!!!」

「オルクスお前はどっちの味方だ!!!」


 ……そして旅は、少しばかり、賑やかになった。


 三人が戻ってきたのは、来た時と同じ――歌と享楽の街、アルカニア。首都に一番近かったため、数ある転移陣からここがまた選ばれたのだった。

 今は夜も更けた。通り過ぎる人たちは、華やかに、ある女は男を引き連れ、ある男は女を口説き。歌劇に夢を見た後は、現実で踊る。そして絶望すれば歌劇に救いを求める。

 それがここの人たちの、サイクル。終わらない夢の街。


 ただ、駅に近くなると、その異質で浮いた紅い空気も少しばかり、蒼い静けさを取り戻す。我に返った人たちが、そしてまだ熱に浮かされる前の人たちが、多く行き交う駅の改札口。雑多な街の玄関。

 三人は、そこで列車の時間を確かめていた。


「それで、どうする、クラン? 二週間後ってギデオンおにーさんは言ってたけど、首都までは特急使えばここから直通で数時間もかからないみたいだねえ」

「一日に十本は出てますから、楽ですわね」

「んー……」


 クランは己の髪留めを、思わず触った。

 彼の切り札は、髪留めに溜めた余剰魔力。つまるところ、一度使ってしまったら、次までは少し時間がかかる。二週間あれば、取り戻せるだろうが、それまでに死神とぶつかるのは極力避けたい。


 というわけで。


「今、死神と遭遇すると面倒だし、首都付近の適当な観光地で人に紛れて過ごそうぜ」

「ふむ……悪くないですわね。首都から一番近い観光地といいますと……」

「あ! あそこだ! ドラゴノグ!!!」


 オルクスが叫んだ。


「ドラゴノグ。首都にほど近い温泉街……でしたっけ?」

「うん、そーだよ。ここならゆっくり休めるでしょ? 鋭気を養わなきゃね!」

「……悪くねーな。行くか」

「うん!」


 温泉に行けるのが嬉しいのか、オルクスは普段よりちょっと飛び跳ねていた。


 温泉街ドラゴノグ。別名、竜の足もと。灰竜山と呼ばれる火山の麓にある。首都イーヴァリドからほど近く、首都に住む人々の小旅行先として、夏や冬は賑わっている。


 そういうわけで、即日切符を買う。列車は明日の朝一番。

 ちなみに彼らのお財布は大体カツカツである。それを見たシャーリィが無言で金を払った。

 ……。


「とりあえず今日はこの辺に泊まるぞ」

「はーい」

「はあい」


 二人の高い声を聞きながら、クランは駅の外に出る。オルクスとシャーリィが後ろからついてくる足音がした。

 そうして三人は宿を探し始めた。夜も遅い時間であったが、数十分後、なんとか泊まるところは見つかった。かなりぼろい安宿。食事もついて来ない。だが、外で寝るよりは百倍マシだ。


 但し。

 部屋は一つしか空いていなかった。


「何が悲しくて戦闘狂とガキと一緒の部屋で寝なければならないのかしら!」

「僕子供じゃないもん!!!!」

「るせえガキども寝ろ!!!!! 俺の睡眠を妨げる者は殺す!!!! ていうか枕のふかふか度足りねえぞ!!! 宿泊費相応の枕を寄こせ!!!」

「ああ、もう、貴方は黙ってらして!!!! 大体宿泊費はそこに消費されるものではありませんわ!!!!」

「畜生……だからといってこの宿泊費でこの枕はねえよ……俺は寝るのが好きだがそれでも」

「男が愚痴愚痴五月蠅いですわ!!!! 息を殺しなさい!!!! 息の根を止めなさい!!!!」

「シャーリィおねーさん、それ死ぬよ?」

「死になさい!!!!!」

「高級羽毛布団持ってきてくれたら死んでやるよ!!!!」

「あ。僕、ジュース飲みたい。シャーリィおねーさん、買ってー!」

「ああああああ!!!!!」


 夜は長い。




***




 シャーリィ・ライトが、笑顔のメッキも剥がれて甲高い叫びを上げていた、その頃。

 ギデオンは、目を覚まし、妙に黒く歪な天井を見て、自分が死神の歪城に戻ってきたことを知った。


 今まであったはずの、大量の鎖の感覚は、消えている。

 一度肉体が朽ちた時に、全て解けてしまったのだろう。魔力も、『力』も、結局は肉体に紐付けられたもの。肉体の完全な機能停止で、一度全てリセット。……話として聞いてはいたが、一度も体験したことはなかった。


「んあ……」


 憂鬱な気分で、身を起こす。

 隣には、人の気配。十中八九レガートだろう、そう思って振り向いたギデオンは、思わず口をあんぐりと開けた。


「……ッ、イスカ……」

「おお、ギデオン。目が覚めましたか」

「……あんた、なんで俺なんかの見舞いに」


 嫌な予感がした。

 イスカ・コーネル。第三位の死神。アルビノとでも形容したくなるような、銀ですらない真っ白のふわふわの髪が特徴的な、優男だ。


「レガート・フォルティから報告を受けましてね」

「……」

「貴方が人間に倒された、と聞いたときは、耳を疑いました。しかしそれ以上に……貴方、大量の人間を集め、良からぬ方法で力を得ていたそうですね? 沢山の現場も、見せていただきました」


 やはり。

 ギデオンは、内心で唇をかみしめた。レガートは自分を切り捨てたのだ。自分の関与がばれる前に証拠を隠滅し、イスカに報告し、ギデオンを贄として差し出した。

 イスカは事務的に続ける。


「創造主様の許可なく大量の人間から生気を吸い取るのは、禁止のはず。貴方のその力は、少し加減を誤るだけで、人を殺します。創造主様の采配の外で一般の人間を消すことは、第七位の貴方には権限がありません。罪にあたりますよ」

「……見逃してくれよ。レガートに言われてやったことだ」

「証拠がない。信じられません。もしそうであっても貴方が沢山の命を危険にさらしたことに変わりはない。レガートが罰を受けるかはともかく、貴方は逃れ得ません」


 その通りだった。もう逃げ場はない。

 レガートを道連れにする方法は、なくはない。洗脳されていた人間は、多少洗脳前後の記憶が曖昧にはなるが、誓約書を書いたことを覚えている者は探せば見つかるだろう。……そう思ったが、やめた。

 ここでレガートを道連れにしたところで、レガートの反感を買うだけ。それは本意ではない。


 ギデオンは息を吸い込み、己を落ちつかせる。


 死神を解放するためなら、この窮屈な運命から逃れ、支配する側に回るためなら。

 全てを利用すると決めた。

 そうだ。この状況だって、利用しなくては、大損だ。


「分かった。……そういうことなら、俺は、第十二位に降りよう」


 イスカが目を見開いた。


「貴方の罪はそこまでの重さではありません。実際に人を殺した記録がない以上、未遂です。少し始末書を書いて謹慎すれば……」

「謹慎なんてまっぴらごめんだ。そもそも、俺は創造主様に尽くすために、この能力を生かしたいと考えて、こんなことをしたんだよォ。罰は受ける。罰は受けるがなァ、どうか、創造主様に尽くす機会は与えてほしいんだ」

「……」

「なァに。最初からやり直しだと思えば、なんてこたァない。……頼むよ、イスカ」


 イスカは、しぶしぶ頷いた。

 これがアダムだったら余計な気を回されて、よくわからない罰にされていただろう。ララベルは……あんまりあの性悪女のことは考えたくない。自分の上司が厳格ながら優しいイスカでよかったと心から思う。


「分かりました。では、ファラリス様に、そのように報告しておきましょう」

「ああ、宜しく頼むよ」


 第一位、ファラリス・オーバーロード。創造主に唯一会うことが出来、全ての決定権を持つ男。……イスカが彼の名を呼ぶ時、少しその表情は曇る。あまり良い上司ではないらしい。

 ギデオンは身を起こした。


「そういやァ、レガートは?」

「先ほど、出て行きましたよ。広間にいるのではないでしょうか」

「分かった。イスカ、恩に着る」

「いえいえ。……十二位は完全な下っ端です。現場に出ている時間の方が長いでしょう。どうか、死なないよう」

「わーってる。経験したことあるからなァ」


 もう一度イスカに礼を言って、部屋を出る。




 第十二位。最下位。

 地上で人間を刈る、一番死神らしい仕事をするところ。


 ギデオンがわざわざここを望んだのは、彼の『支配の鎖』の力をまた得直すためだ。人間と関われなければ、この力は増やせない。どうしようもなく不便な力。だが、それでも、この力に頼るしかない。また沢山の人間と鎖を繋ぎ、その力を借りる。


「そのためなら、なんだってくれてやる。そして、いつかは――あいつも、支配してやる」


 ――ギデオンは、笑った。




 歩いていくと、イスカの言った通り、レガートがいた。こげ茶色のショートヘアの少年。……中身は、まったく少年ではないが。

 死神の歪城の中でも、この一角は第六位以下の居住区である。皆がよく集まるロビーにはほかに誰もいない。もう深夜だ。全員、眠っているのだろう。死神にだって休息は必要だ。創造主のために活動するという大きな目標がある以上、それは人間よりも必須とも言える。

 ここにはレガートとギデオンだけ。

 暗い空間を、中央に浮かぶ光の玉が、じんわりと温かい熱と共に照らしている。この玉を離れて歩いていけば、暗黒に落ちてしまうのではないかと思うほどに、その壁は、天井は、塗りつぶされたように黒い。


「やあ、同志だった者よ」

「白々しいなァ、レガートさんよ」

「ふふ、へまをした君のせいだ。僕は弱い男が嫌いだ――力がない者には相応の報いを。それだけだよ」

「だろうなァ。あんたの考えは清々しいぜ、いっそ」


 言いながら、横を通り過ぎようとする。


「君は僕の考えに賛同してくれた。とてもいい子だ……きっと罰も喜んで受けてくれるのだろう?」

「はん。第十二位に降りたぜ。満足か」

「それは君の能力のためだろう? 違う、違うなあ。……君の彼女。シャーリィ・ライトと言ったか」

「!」


 ギデオンは立ち止まった。立ち止まらざるを、得なかった。


「あの子、逃げたよねえ。何処に行ったのかな。うふふ。僕はとても怖い、怖いんだよ、ギデオン! 死神と関わってしまったあの子が――処刑対象にならないかなあって!!!!」

「……お前、何をした?」


 低い、とても低い、怒りの籠った声が、迸る。


「なあに……シャーリィ・ライトは知りすぎている、とイスカ様に申し上げたまで。さあて、どうなるか、良い見世物だねえ? 君が恋などしなければ……ふふ、うふふ」

「……勝手にしろよ。暇人が」

「黙れ。僕の力を借りておきながら人間ごときに負けやがって」

「だったらお前が戦ってみろよ。その人間様とよォ」

「……なんだと?」

「絶対、お前じゃ勝てねェからよ」


 言い捨てると、ギデオンはその場を立ち去った。

 レガートの二つ目の能力は知らない。ただ、クランなら、それがなんであれ、上から力で叩きつぶすような気がした。

 レガートが後ろで何か喚いていたが、聞こえないふり。


「しっかし、なんであいつは、あのナリなのかねェ……」


 死神の容姿は画一ではない。人によって相当違う。

 それがどういう基準なのかギデオンは知らないが、あのいたいけな子供の顔で、あの性格は、詐欺だ、とは思うのであった。



(第四話 了)

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