鬼追師の姫緒 とおりゃんせ

漆目人鳥

第1話プロローグ(とおりゃんせ、)その1

 ピンクの格子柄のパジャマ姿をした娘がこちらをみている。

 広めの額、厚みのある艶やかな唇、意志の強そうな濃い眉毛。

 いつもの見慣れた自分の顔がそこにある。

 少しやつれたような印象を受けるのは『あの夢』に悪酔いしたせいか……。


 夢をみた。

 小さな頃から時々見る夢だったが、最近は頻繁に見る。


 よく乾いたタオルで顔を拭い、リビングに向かう。

 ローテーブルに設えてあるソファに腰掛け、テーブルの上のノートパソコンを起動させた。

 短い起動音と共に、スケジューラーが自動的に立ち上がる。

「お誕生日ケーキが3つ」

 そう呟き、画面にあるケーキの形をしたアイコンをクリックすると、注文を受けた個人毎の細かいデーターが別画面で立ち上がる。

 ひとりずつ、予定していたケーキのレシピとローソクの数、冷凍処理の段取り、そして本日配送分の業者への引き渡し時刻を確認した。

 綾子は、着替えをしようと立ち上がり、パジャマの胸ボタンを外しながらクローゼットに向かった。

「とおりゃんせ、とおりゃんせ……」

 ハっと我に返る。

 歌っている自分に気づいて身を震わす。

 あの夢の歌。

 すっかり耳についてしまっている。


 『ここはどこのほそみちじゃ。てんじんさまのほそみちじゃ。』


 夢の余韻に取り込まれていた。


 小さな頃から時々見る『あの夢』。

 とても悲しい、切ない夢。


 クローゼットの前に立つ。

 夢を回想していた。

 夢はいつも同じシーンから始まる。

 どこかで歌を歌っている姉、那由子を、幼い自分、綾子は捜している。


 『そっととおしてくだしゃんせ。ごようのないものとおしゃせぬ。』


 やがて、綾子は暗闇の中に姉の姿を見つける。

 自分と同じ顔の姉。

 双子の姉。

 那由子が彼方で歌っている。


 『このこの七つのおいわいに、おふだをおさめにまいります。』


 那由子が歩いている。

 どこかへ向かって、綾子から遠ざかって行ってしまおうとする。

 「お姉ちゃん!」

 綾子が叫ぶ。

 那由子は全く気づかぬように遠ざかってしまう。

 綾子は呼び続ける。

 「お姉ちゃん!お姉ちゃん、おねぇちゃん!」

 綾子が、姉を呼ぶ声を張り上げる。

 すると。

 ゆっくりと、那由子が彼女の方を振り向く。

 だが、

 振り向いた那由子の顔は、みるみる引きつり歪んだ恐怖の形相に変わっていった。

 那由子が何事かを叫んでいる。

 綾子には良くわからない。

 やがて、身を引き裂かれるような恐怖が衝撃のように襲ってきて……。

 気が付くと、綾子はまた闇の中で独りたたずんでいる。

 あの歌が聞こえる。


 『いきはよいよいかえりはこわい。』


 『あの夢』は、とても悲しい切ない夢。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る