第3話:異変
北を目指すといっても、そう楽なものではなく……。
私たちはリビング・デッド8体とウォードッグと呼ばれる野犬が魔獣化したもの4体に囲まれていた。
「カシムはウォードッグ、エリスは……」
「分かっています。リビング・デットの『浄化』ですね」
私が指示を出すまでもなく、エリスはやることが分かっていたようだ。
「おらぁ、掛かってこいや!!」
カシムがウォードッグの群れに向かって突っ込み戦端が開かれた。
私の役目は双方のフォローだ。
「炎よ!!」
カシムの背後から迫っていたウォードッグの1体を私の炎が焼く。
その間にカシムがウォードッグを切り伏せた。
「この世ざる者よ。あるべき姿に還れ!!」
エリスの声が響き渡り、リビング・デットが次々と消滅していく。
私も『浄化』を見るのは初めてなので、魔道士として興味深い。
「ラシル、援護してくれ!!」
カシムの声で、私ははっと我に返った。
見ると、カシムは2体のウォードッグと対峙していた。
「私は右、あなたは左!!」
私が声を飛ばすと、カシムは素早く指示通りのウォードッグに斬りかかった。
間髪入れず、私も炎を撃ち出す。
カシムがウォードッグを倒すのと私がもう1体を焼き尽くしたのはほぼ同時だった。
かくて、もう何度目か忘れた戦闘は幕を閉じたのだった。
「お怪我はありませんか?」
エリスがカシムにそう聞く。
「なに、かすり傷だ。問題ない」
そう言って、カシムは右腕を見せる。
一見すると普通の切り傷のようだが、色がおかしい。
どこか緑がかった奇妙な色だった。
「カシム、それ毒を貰っちゃってるわよ!!」
すぐにピンと来た私はそう言った。
ウォードッグの爪には弱いが毒がある。
すぐに命がどうこうというものではないが、じわじわ効いて来るので早い手当が必要だ。
「エリス、毒消しお願い」
「はい、分かっています」
教会の『業務』の中には、こういった毒消しもある。
ついでに傷の手当てもするので、『治療』と大差ないけどね。
「では、失礼して……」
エリスはそう言って、カシムの傷を手当てし始めた。
やはり、回復役がいると心強い。
「はい、終了です」
エリスの声が聞こえ、戦闘後の後処理が終わった事を告げた。
「それにしても、やけに魔物多いわね。この辺りは比較的平和なはずなんだけど……」
私は誰とも無くそう言った。
アルトの村を出てから、戦闘はこれ1回ではない。
通常なら魔物に出遭う方が珍しいのだが……。
「そうですね。ずいぶん物騒になりましたよね」
エリスがそう言ってきた。
「まっ、考えても仕方ねぇよ。出てくるものは出てくるんだからな」
カシムはそう言って、軽く剣の手入れを始めた。
……まあ、そうなんだけど。
「さて、行くか」
剣を鞘に戻し、カシムがそう言った。
私たちは行く当ての無い旅をしているわけでは無い。
次の目的地は、この辺りを治める領主の住む「ルネス」という街だ。
ここから街道をひたすら北上し、ルネスに到着するまで3日くらい掛かるだろう。
「そうね、行きましょう」
「はい」
私とエリスが同時に声を出し、再び歩みを再開した。
「それにしても、この魔物の異常発生はなんだろうね?」
歩きながら、私は先ほどの疑問に戻る。
「だから、考えたってしょうがないだろ。いるものはいるんだからさ」
「そうですねぇ。いるものはいる。確かにそうですが、何か理由があるはずです。今後のためにも考えておいて損は無いと思いますよ」
これで2対1。だからどうって事もないけどね。
「俺は頭を使う仕事は苦手だ。2人でやってくれ」
いじけたわけではないだろうが、カシムがそう言って口笛を吹き始めた。
まあ、彼が頭脳労働を苦手としている事はよく知っている。
「エリス、妙だと思わない?」
「ええ、リビング・デッドにせよウォードッグにせよ、こんなに頻繁に遭遇するものではありません。なにか嫌な予感がします」
「少し急ぎましょうか。私も嫌な予感がするわ」
そう言って、私は少し足を早めたのだった。
ルネスの街が見える場所に到着したのは2日後の事だった。
「あーさすがに疲れたな」
「確かに、ちょっと疲れましたね」
カシムとエリスがそれぞれ言う。
私とて決して余裕は無い。
ここにくる間にも、数多くの魔物と戦ってきたのだ。
いい加減魔力が限界にきている。
「おい、なんか街がおかしくないか?」
先ほどの間の抜けた声を改め、カシムがそう言った。
「えっ?」
私は思わず前方に目をこらした。
ルネスの街は領主が住むだけ遭って堅牢な街壁に囲まれ、別名「要塞」の名を誇っている。
よく見ると、確かに何かがおかしい。さっきから地面に響くような爆音がしているのも気になる。
「急ぐか?」
カシムが聞いてきた。
「……無謀ね。ここでちょっと休んでからにしましょう」
万一街に何かあった場合、この体調では自殺行為に等しい。
「分かった。ふぅ」
そう言って、カシムはどっかりと地面に座りこんだ。
「ふぅ、疲れました」
エリスもそれに倣って地面に腰を下ろす。
私は立ったまま、街を見つめる。
ここからではよく見えないが、街壁をなにか黒い物が覆っているのが分かる。
そして、時折街の壁の上で赤い光が放たれ、爆音が聞こえる。
明らかに戦闘の色だ。
「どうやら、ルネスで戦闘が起きているみたいね。今の私たちじゃちょっと厳しいかな……」
私がそう言うと、セシルが口を開いた。
「ラシル、休んでいる場合では無いのでは?」
「今の俺たちが行っても足手まといになるだけだ。ルネスには優秀な領主の私兵団がいる。大丈夫さ」
私の代わりにカシムがそう言った。
「そういうこと。気持ちは分かるけど、まずはこっちの体勢を整える方が先よ」
そう言って、私は背負っていた荷物からテントを取り出した。
「まだ明るいけど、今日はここで野営よ。明日、ルネスの街に行くからね」
私の意見に反論する者は無かった。
こうして野営の準備を始める私たち。
一晩休めば魔力も回復するだろう。
このときはまだ、ルネスの街の現状が想像以上だとは知るよしもなかった。
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