オートマタ・クロニクル
めけめけ
第1章 黒い瞳のダミアン
第1話 ベルンシュタイン卿の依頼
「つまり、妻の墓を暴けと言いうのですか?」
身なりのしっかりとした男は酷く狼狽えていた。
「どうしても奥様を殺した犯人を見つけたいというのであれば、あなたはそれをしなければならない」
白いシャツにグリーンのベストを身に着けた青年は作業机に腰をかけ、男の顔を覗き込むように言った。
「ベルンシュタイン卿。どうしました? 顔色が悪いですよ」
ブラウンの髪の毛の隙間から黒い瞳の青年はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、手に持った人形の頭を眺めた。
「もうすぐ完成です。信じられないかもしれませんが、東洋より伝わった神秘の技と我が国ドイツの最先端の技術を用いれば、そういうことも可能ということです。まぁ、もっとも、それができるのは世界広し、といえども、このダミアン・ネポムク・メルツェルのほかにはいないでしょうけどね」
ダミアンは人形の頭を大事そうに両手で持ち、ゆっくりとその顔をベルンシュタイン卿に見せた。
「嗚呼、アメリア……」
その顔は彼の妻、アメリア・ベルンシュタインそのものだった。
「とはいえ、これは秘法中の秘法にして外法中の外法、使い方を誤れば、あなたの命に係わります」
妻を亡くし、憔悴しきった男の耳に、ダミアンの言葉は届いていないようだった。
「ベルンシュタイン卿。正直、僕は気が引けているのですよ。やはりこの話はなかったことに……」
「なぜです! 私は妻の無念を晴らしたい。その一心でこうしてあなたにお願いしているのです。人と見分けのつかないほどのオートマタを作り、魂までも吹き込むという人形遣いのあなたに」
ダミアンはベルトにひっかけた腰の道具入れからはけを取り出し、人形の手入れを始めた。
「オートマタは所詮人形です。作りものです。そこに魂を吹き込むのは僕ではありません。あなた自身ですよ。ベルンシュタイン卿」
「わ、私自身?」
「そう。あなたの奥様への強い思いは、きっと奥様の魂をこの地上に繋ぎ止めっていることでしょう。それはとても不幸なことなのですよ。ベルンシュタイン卿。僕は夫人の魂をこの地より解き放ち、神のもとへ送る手助けをするのが仕事です」
ダミアンは首から下げたロザリオをシャツの中から取り出し、接吻をした。
「だけど、ときどき失敗もする」
「失敗……ですか?」
「そう。こればかりはどうしようもないことなんです。すべてはあなた次第ですよ。ベルンシュタイン卿」
「私……次第?」
ダミアンははけをもとの場所に戻し、ゆっくりとベルンシュタイン卿に近づいた。
「あなたは奥様の無念を晴らしたいとおっしゃる。それは本心ですか?」
「あ、当たり前じゃないですか! 妻は殺されたんですよ! 私は妻を殺した犯人が憎い」
ベルンシュタイン卿は体を震わせながら言葉を振り絞った。
「私は妻を愛していたのです。妻の居ないこの世界は、あまりにも悲しすぎる。そして残酷すぎる。妻を殺した犯人は、今もどこかでのうのうと生きている。そんなことが許されるとお思いですか?」
「復讐……ですか?」
「いけませんか? 妻があんなひどい目にあったというのに、私は……、私は」
「あなたのその強い思いがあれば、この仕事は確かに成功するかもしれません」
「ならば、なにを心配されているんですか?」
「奥様の魂の声を聴くお手伝いはできます。しかし、勘違いしないでくださいね。決して奥様を蘇らせるわけではないのですから」
「それは、つまり、どういうことですか?」
「死者の無念、さまよう魂の声を聴くことは可能だといっているのです。それ以上のことは……つまり、死んだ人間が蘇るというのうなことはないのですよ。ベルンシュタイン卿」
ベルンシュタイン卿は、作りかけの妻の人形の顔を眺め、涙を浮かべ、目のしわを伝わり流れ落ちる。
「私にはよくわかりません。でも、これだけははっきり申し上げておきます。私は妻を愛しているのです。ずっと、ずっと愛しているのですよ」
ダミアンはベルンシュタイン卿の目をじっと見つめ、小さくうなずいた。
「わかりました。今からいうものを用意してください」
ダミアンは机に戻って、机の上ではなく椅子に腰かけた。
「奥様の洋服はすでにいただいています。あとは奥様の毛髪と両手の爪、両足の爪、それに奥様が愛用されていた化粧品。それに奥様の墓の土。この土は頭の上と喉の上、そして心臓の上のものをお願いします」
ダミアンはそれらを箇条書きにしたメモを書き上げ、ベルンシュタイン卿に手渡した。
「いいですか。これは絶対に必要なものです。そしてこれ以外のものを混ぜてはいけません。土は特に注意が必要です。指示した場所以外のものは持ち込まないように。いいですね」
「わかりました。土はどれくらいあればいいですか?」
「ほんの一握りで構いません。棺桶のすぐ上に載っている土です。間違っても骨や血肉を混ぜないように。いいですね」
ベルンシュタイン卿はメモを大事に鞄に胸の内ポケットに仕舞い込み、礼を言って外に出ようとした。それをダミアンが引き止める。
「ベルンシュタイン卿」
「まだ、何か……」
「くれぐれも、間違いがないように。いいですね」
「大丈夫です。言われたとおりにいたします。私は、妻を愛しておりますから」
ダミアンはベルンシュタイン卿の後姿を不安そうに眺めていたが、再び作業に没頭した。
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