第10話 こそこそ移動
草木もまだ眠っているような暗闇の時間が過ぎ去って行き、空が白んで行く。
朝早い通勤サラリーマンたちを見ながら、俺達はとある場所へと移動していく。
目指すのは、とある会社だ。
建設の終わった、まだ資材を運び込む前のビルへ向かう。
ざっと十階ほどはあるその建物の外周を回って、裏路地を経由して人目に付かない面へ移動。
「まじで大変な」
降って湧いた非日常を振り返って、とりあえず抱いた正直な感想を口に出せば、理沙が突っかかってきた。
「何よいきなり」
「いや、つい数か月前まで一般人だったのに、異能バトルしたり組織は入ったり、その組織に追われたりして半端ない非日常感だな、と」
「いまさら。あんたは普通人間が嫌だったんでしょ」
「イエス」
そう、俺は普通な人生が嫌だった。
だから、こんな夢みたいな展開、本来は喜ぶべき場面なんだろうけど……。
「考えるのとやるのとじゃ、すっげぇ違うわ」
「当たり前でしょうが」
再度正直な感想を述べた。
理沙は呆れてなじる気にもなれないようだ。
「力が手に入れば特別になれるとか、考えてたけどあれはやっぱ嘘だな、うん」
道具は道具。
使う人間が、決めるんだよな。凄さとかかっこよさってのは。
一般人代表である俺なんかが使っても、力を使うと言うよりは使われてると言った方が良いかもしれない。
「卑下する事は無い」
そこに話しかけてきたの水菜だ。
「貴方はよくやってる」
あんがとさん。
身に余る言葉すぎて泣きそうだぜ。
百パーセント善意で言ってくれてるのは分かるが、素直に受け取れない。
そのセリフ、信じ切れないのが辛いところだ。
「そろそろ、頃合いよ」
とりあえず、埒があかない考え事はおいときますか。
水菜の言った通り、もうじきチャンスが訪れる。
立ち止まった角から、表通りを見つめる。
その広い通りをしばらく見つめていれば、そこに一台の車が止まった。
そこから出てくるのは、新しく建てられたビルの……製薬会社の社長となる人物だった。
ここまで知ればお分かりだろう。
そうだ、この事態に終止符を打つために、偉そうな人間に直談判しにいくのだ。
「これから、あいつに直接話をつけに行くってとこだな。いつも荒っぽいな」
アルシェから聞き出した理沙がかけられた容疑は、新薬の情報漏洩と、そのサンプルを盗み出したという事。
新しく作られたデータは残っているので、薬が作れなくなるという事は無いが、物が物だった。
ナイトメアウイルスなんてものに対抗する為に作り出した薬は、一般の薬品よりも、特別な技術が使われているらしい。
事態があのように唐突に動いたのは、どんな事に悪用されるか分かった物ではないから、即座に回収しなければという事なのだろう。
だから、牙達がしようとしているのは、その新薬を売り出す社長に直談判に行くとのだ。
こそこそ裏で疑われるよりは、てっとりばやく表に顔を出して、痛くない腹をどうどうと探ってもらおうという魂胆だった。
だが、それにはリスクが付く。
「強引な手をとっても良いって考えでやったのが、手柄欲しさで動いたただの下っ端の暴走なのか、上の指示なのか分かんねぇところだよな」
それに関しては、直接会って確かめるしかないという状態だ。
のこのこと敵だらけの本部に戻って、危険に身を晒すわけにもいかないし。
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