第6話 契約重複



 その後。


 水菜の説明が終わったのと同時に理沙がやってきた。

 理沙は水菜の提案を聞いて、顔を赤くしたり青くしたり。


 でも了承はしたようだ。

 ツインテール美女の顔が迫ってくる。

 見た目だけは百点くれてやってもい可愛らしいお顔が。


 後十センチ……、後五センチ……、後……。


 ドキドキ。

 ドキドキ。


 ……。


「駄目、やっぱ無理」

「無理とか言うな。傷つくだろ!」


 俺が。


 さて、俺達は何をしようとしていたか。

 それは美女とのキッス。……という名の、抗体付与だった。


 抗体は直接体に打たなければ効果はないのだが、他にも摂取する方法がある。

 それは一時的な物だが、接吻を介して血液と共に他者へ与えるというものだった。

 時間にして約半日ほどの期限しかもたないが、抗体を付与されれば俺達のような一般人でも異能が使えるらしい。


 そして便利な事に、重ねがけもできるらしい。

 特別な力がさらに強力に、って具合。


 水菜は巻き込まれた俺の為に、万が一の保険として、身を守る方法すべを与えてくれたのだが。


「彼氏でもない男とキ、キスなんてできるわけないじゃない。キモイバーカ死ね!」


 理沙はこの反応だ。

 泣いちゃうぞ!


「理沙。彼に罪はない」


 え、水菜さん? それどういうアレ?

 顔が不細工とか、存在を生理的に受け付けないとかそういうアレ?


「巻き込んでしまったのは、私達」


 ああ、そういうアレね。

 ほっとしたのもつかの間、俺への拒否感が収まらなかった様子の理沙は、さらに拒否ってくる。


「嫌! 男なんて、好きでもないのに女とキスしたがるんでしょ。野蛮人! そんなのと出来ない!」


 肩を揺らして荒い息をつきながらの、そんなお言葉だ。

 おうおう、美女だからって何でも許されると思うなよ。


「別に無理しなくてもいいんだぜ。俺はどーせ野蛮人らしいしな。こっちだって願い下げだ」


 カチンと来たから言ってやった。


「言っとくけどな、俺は普通だ。好きでもないのにキスしたりする方がどうにかしてんだよ!」


 俺は、言ってやったぜ。

 さあ文句あるならどんとこいや!


「えっ」

「え」


 しかし予想したような反応は返ってこない。

 静寂が満ちるというか、無言が重いと言うか、そんな矛盾する表現が似合いそうな雰囲気だ。


 何だこの微妙な反応、ひょっとして引かれてる?

 やっちまった……?


「あ、あんた水菜の事。そういう目で……? 勘違いしてんじゃないわよ。誰があんたみたいなの相手にするのよ」

「ち、違う!」


 理沙に詰め寄られながら、必死に言葉を返す。


 いや、ほんと他意はないんだって。

 そういう勘違い的なのじゃないし、ちゃんと自分の事は分かってるし、好意をよせられてるかも……なんてそんな期待するわけないじゃないっすか。

 ははは。あははは。やべ、泣けてきた。


「ムキになるなんて怪しいわ、薄情しなさいよ!」

「だから違うって言ってんだろうが」

「だったらどういう意味なのよ」

「だからとにかく違うって言ってんだろ!」


 俺は普通だから、気の利いた反論とか言えないんだよ。

 女子に変な疑いかけられてとっさにうまい言いワケ言える奴とか、そいつはおかしい。


 ていうか、関係がこじれるからこれ以上つつくな。

 性格きつくてしつこいとか、せっかくの美女が台無しだぞ。


「言い訳なんてして良いワケ!」

「お前それが言いたいだけなんじゃねえの!?」


 ダジャレかよ。


 助けを求めて水菜を見るが、他の人と会話中だった。

 あ、どうでもいいっすか。

 そうっすよね。非常時ですもんね。


 避難してきたらしい他の人は、生暖かい目と冷めた目の半々ぐらいで見つめてくる。

 若いって良いねぇ的なのと、この非常時に何やってんだ的なやつ。


「だあっ、こんな事言ってる場合かよ。何だか大変な事になってんじゃないのかよ」

「……うっさい!」


 そう言ってやれば理沙は「分かってるわよ」と追求してくるのを諦めた。

 先ほどまでの勢いはどこにやら、あっさりとした引き際だ。


「協力感謝する。空気が悪いと状況判断に影響する」


 水菜の言葉に、何だか気まずくなる。

 ワザとだったのか。この話題。


 そりゃそうだよな。仲良さそうだもんなお前ら、どんな反応になるかとか分かるよな事前に。

 そりゃあちょっとは期待してなくもなかった、と言ったら嘘になるし。この閉塞しがちな避難場所にガス抜き的に、必要だったんだろうなってことぐらいは分かるけどな。


「はは……」

「ちょっと何、虚ろな目になってんのよ」


 何でもない。ほっといてくれ。


「理沙。とりあえずこの先の事だけど……」

「分かったわ。けど水菜。さっきのって、あの子の……」


 とりあえず、こみいった話をするようだ。

 邪魔になったら悪いので、二人が話しているのを聞きながらシェルターの隅の方に移動する事にした。


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