第13話「涙雨果てる」


蛍荘・さくらの部屋。

時刻は深夜2時を回ったところだ。

さくらはパソコンのキーボードに指を躍らせている。

かれこれ1時間ほどパソコンで作業している。

何をしているのかというと「タイムトラベラー」というプログラムの設定をしているのだ。これは餓流館が独自に開発したもので、魔導士が唱える転移魔法「テレポート」で移動した場所(座標)を割り出すことができるプログラムだ。

最後の作業を終え、踊り終えた人差し指にキスをして、エンターキーを押す。

プログラムが稼働し、画面に「完了まで10分」とインジケータが表示される。




「これでやっと、センパイの居場所がわかるわ。場所さえわかれば、こっちのもんね」




ん~とイスの上で伸びをするさくら。

今までの苦労が報われる。

あと少しで良子を助けることができるのだ。

そう思うと嬉しくて仕方なかった。

まるで恋人を想うかのような気持ちである。

好きな人を思うなんて本当に初めてだ。

居ても経ってもいられない気分である。

早く居場所が割り出せないだろうか。

今か今かと告白の返事を待つ時のようにドキドキするさくら。




「・・・・ん?」




何か変な匂いがする。

なんだろう、これは・・・。



ドン!




「きゃああ!」




突然パソコンが爆発し、イスごとぶっ倒れるさくら。

咄嗟に受身を取ったが、突然だったので背中を少し打った。




「あたたた・・・」




背中をさすりつつ、パソコンを見てみる。

パソコンから煙が上がり、燃えているではないか。

煙はすぐに炎を育て、轟々と激しい音を立て、火の手を上げた。




「な、なんで、アタシのパソコンが・・・え!?」




さくらは絶句した。

燃えているのはパソコンだけではない。

なんとさくらの周り全てが炎に飲み込まれているのだ。

火の気配などなかったはずだ。

火の元はきちんと閉めておいたのに…。

しかし、さくらの疑問を他所に炎は燃え続ける。

その炎はまるで何時間も前から燃えているような、激しい燃え方だ。

部屋を焼き尽くさんとばかりに圧倒的なスピードで進行していく。

あっという間に部屋中が炎に包まれ、煙が充満していく。




「ヤ、ヤバ!水、水!!」




さくらは急いでキッチンに向い、風呂場の洗面器をひったくって、大急ぎでキッチンの蛇口を捻って洗面器に水を入れ、炎にかけていく。

何度も何度も懸命に繰り返して水をぶっかける。

しかし、まるで効果がない。

炎はまるでさくらを嘲笑うかのように勢いを増していく。

火は床から天井へと走り、壁も家具すらも炎に包まれていく。

暑く、煙臭く、気分が悪い…。




「な、なんでアタシの部屋がこんな・・・」




「さくらちゃん!」




そこへマコ達が部屋へやってきた。

稲美・礼菜が消火器を使って炎と格闘する。




「せ、先輩方!」



「寮が火事になっているの!!急いで出るわよ!」



「は、はい!」




さくらは頷き、マコと共に炎に囲まれた部屋を後にする。




「いくわよ、稲美さん!」

「はい!!」




礼奈、稲美は寮に備え付けの消化器を使う。

フルパワーで噴射させ、炎の勢いを止めようと格闘する。

だが、炎は威力を落とさず、激しく燃え続ける。

二人は諦めずに消火活動に励んだ。

普通、消化器をフルパワーで炎に浴びせれば、少しは弱まるか、勢いを削ぐ事が出来るはずだが・・・炎は少しも勢いを落とさず、むしろ強くなっていく。

この炎は消化器程度では消えない程、強力なのか?

そんな炎が何故、急に寮を…?

そんな疑問をせせ笑うかのように、炎は更に成長し、部屋を、寮を焼き尽くしていこうとスピードを速めていく。

もはやタンスは木屑となり、鏡は溶け、窓ガラスすらも焦げていく。




「ゴホゴホ!」




煙のせいで鼻と目が痛い。

焦げ臭い匂いのせいで気分が悪くなる。

ここに長時間いるのは危険だ。




「くぅ・・・稲美さん、出ましょう!」

「ええ!」




全員、寮を一旦離れることにした。

外に出ると、火事で焼け落ちた階段が死体のように地面に転がっていた。

もし、さくらの部屋が1階でなければ、階段と運命を共にしたかもしれない。




背筋が寒くなるのを感じた。




「りょ、寮が・・・!?」




寮を見上げると、火の手は寮全体に及んでいた。

しかも1箇所だけが燃えているわけではない。

全ての部屋から激しい火の手が上がっている。

それらが集合して大きな炎となり、寮を覆い尽くす。

ただの火事にしては燃え方も広がり方も違う。

まるで全部の部屋が同時に火事になったような・・・。

いや、同時にしてもこの燃え方はおかしい。

まるで炎が意思を持って建物を襲っているかの様である。




「みんな、怪我はない!?」


「アタシは大丈夫です」


「なんとか平気よ」


「大丈夫ですわ」



マコの呼びかけに礼菜、さくら、稲美は頷いた。

煙で気分が悪いものの、皆、怪我などはなかった。

だが、燃え広がる寮を見て全員立ち尽くしていた。




「私たちの寮が・・・なんで・・・」



「一旦、ここを離れましょう」




さくらの発言に全員咎めるような視線を投げた。

何言ってるんだ、コイツと言わんばかりの瞳でさくらを睨めつける。




「どうしてよ?まずは消防車呼ぶのが先でしょ!?警察とか内閣府とかにも連絡しないと・・・」




マコが続けようとするのを礼菜が制した。




「これ、リリスの仕業なのね?」



「そうです」




礼菜の尋ねにさくらは頷く。

流石に頭の良い礼菜はわかっているらしい。

話が早くて助かる。



「とにかく一旦離れましょう。少し、考えがあるん・・・」




「今、この現状を何とかする方が先でしょう!?ここからいなくなってどうするのよ!」




マコはさくらの言葉を遮り、怒鳴り散らした。

口論しかけたが、マコはすぐに携帯で消防署へ電話した。




「マコ先輩!私の話を聞いてください!」



「それどころじゃないわ!こんな火事じゃ・・・」




しかし、マコはさくらの話など聞く耳持たない。

要件を手早く簡潔に消防局へ伝えるマコ。

礼菜は彼女の肩に手を置いた。

が、マコは振り返らなかった。




「マコ、落ち着いて。これがリリスの仕業なら、きっとどこかで私たちを見ているわ。急いでここから離れないと、他の家も巻き込まれるかもしれない」




蛍荘は住宅街の中にあり、周りにはアパートや民家が立ち並んでいる。

深夜2時である今、恐らくほとんどの人々が就寝しているはずだ。

もし、リリスが火事の犯人なら他の家も火事にされるかもしれない。

そのような事態に陥った場合、どれほどの犠牲が出るか・・・。

人々は寝ながら天国へ行くことになるだろう。

前橋文香の事がさくらの脳裏によぎった。




「くっ・・・仕方ないわね!」




マコは半ばキレ気味だが、なだめている暇はない。

一行は悔しい気持ちを押し殺し、寮に背を向けて駆け出した。







さくら達は近所の児童公園へとやってきた。

住宅街の中にあるごくごく小さな公園だ。

遊具はブランコ、シーソー、すべり台のみ。

休日はお年寄りや子供連れで賑わうのだろう。

だが、流石に夜中は誰もいなかった。

昼間の喧騒が嘘のように静かだ。

さくらはブランコに座って天を仰ぎ見る。

星が一つもない空だった。

都心の汚れた空に星空は輝かない。

さくらは久しぶりにブランコに乗ったが、童心に帰っている暇はなかった。

その周りにマコ達が集まってくる。

仰ぎ見るのを止め、思考を現実に戻す。




「…礼菜先輩の仰る通り、これはリリスの仕業です」




「なんで、リリスが!?」




「警告ですよ、マコ先輩。これ以上良子センパイを探すなっていうね」




脅しに近い警告だとさくらは指摘する。




「…確かに。あの火事は変すぎるわ。何の前兆も無く、急に激しく燃え出した。しかも寮全体を一瞬で火の海にしたわ。あれが…」




「魔法という奴ですか」




マコの続きの部分を稲美が補足する。

さくらはそれに頷いた。




「間違いないです。でなきゃ、あんな風に燃えませんよ。

あ、それより、先輩方、貴重品とかは・・・」




さくらは出る前に財布と携帯電話だけは持ってきていた。

財布にはキャッシュカード類や現金なども入っている。

引越しがまだだったので、部屋に荷物はほとんどなかったのは幸いだ。

着替えが無くなってしまったが、お金さえあればブティックでいくらでも買える。

今は命があるだけマシだと思うべきだ。




「財布はあるわ。携帯やカード類もあるし・・・」




「私も大丈夫です。ただ、弓道着や道具関係が燃えてしまいましたね・・・」




「貴重品は大丈夫。でも、リラックスクマ野郎のぬいぐるみとか、料理本が・・・」




礼菜は思い出してショックを受けたらしく、しゃがみ込む。




「礼菜先輩。クマ野郎も本もお金があれば買えます。けど、命は1つしかない。命が助かっただけマシだと思うべきです」




「うん・・・そうだね」




そう頷きつつも、簡単には割り切れない礼菜。

焼け出された後だ、無理もない。

こんな時、気の利いた言葉があればいいのに。

生憎、そんな言葉をさくらは持ち合わせていなかった。

今はどんな言葉も気休めだろう。




「ねえ、礼菜。良子とかの写真は・・・」




「大丈夫。良子は写真嫌いだから」




「へ?」




マコは間抜けな声を出した。




「過去形にしないで、思い出にしないで。今のウチだけを見て。

現在進行形で礼菜を愛しているからって。いつもそう言ってたわ。

だから良子の写真は1枚もないの。写メやプリですら嫌がるのよ」




礼菜はどこか遠い瞳をしながら、苦笑いした。

今頃、良子はどこで何をしているのだろうか。

きっとそう考えているのだろう。

皆、それを察した。




「今時写真が苦手なんて変わってるわね。昔の人じゃないんだから」




「昔は写真を撮られると魂を抜かれると思う方が多かったみたいですね」




マコの言葉に稲美が付け足す。

みんな苦笑した。

昔はそれだけ写真という文明機器が不思議で仕方なかったのだ。

良子は古いタイプの人間なのかもしれない。




「・・・にしてもさぁ!」




マコは公園の大木を思いっきり殴りつけた。

木の葉が揺れ、木にヒビが入る。

が、大木は流石に折れはしなかった。




なんで私らがこんな目に合わなきゃなんないのよ!!」




「マ、マコせんぱい・・・?」




マコは何度も何度も拳で大木を殴りつける。

礼菜と稲美が慌てて止めに入るが、マコは野獣のように暴れ狂っている。

あの冷静なマコがここまで取り乱すとは…。




「悪いのはアイツらよ!!何が警告よ!!寮を…無関係の人を巻き込むなんて、絶対に許せない!」




「ちょっとマコ、やりすぎよ!」




礼菜は何とか彼女を落ち着かせようとするが、マコは怒り心頭で、誰の言葉も耳に入らないようだ。



ところで彼女は無関係の人を巻き込むなんてと発言していた。

そこでさくらはピンと来た。




「先輩、マンションの事件、知ってるんですか?」




「当たり前でしょう!」




怒鳴り散らすマコにさくらは思わず目を瞑った。

何を今更と言わんばかりの顔だ。

こんな不可解な事件が一般人の手でできるわけがない。

マンション事件も寮の火事もリリスが犯人だという事も皆、察していた。  

マコは怒りを堪えつつも暴れるのを止めた。




「…全く最悪ね。志望校蹴ってしゃーなしで東京来て、妖魔倒しと学校の毎日。おまけに理事長は実は敵。学校は廃校。寮も火事。そして、肝心の良子がいない。最悪以外の何ものでもないわね。全部、悪い夢ならいいのに…」





はあと深くため息をつくマコ。

立っているのが辛いのか、しゃがみだした。




「…夢ならいつか覚めます。けど、これは現実です。

状況を打開するしか、現実は変わらないんです」




「…アンタ、ケンカ売ってんの?わかりきった事言わないで!」




マコはさくらに大声で怒鳴り散らした。

その瞳には怒りと悲しみや色々な物が混ざっていた。

彼女は血管が切れそうなぐらい、顔を赤く染めて怒鳴り続けた。

皆のまとめ役の彼女もさすがに今回ばかりは冷静ではいられないらしい。

だが、それも無理のない話だ。

いくら年上で妖魔退治の経験があるとはいえ、彼女も一人の女子高生だ。

いきなり寮が火事になれば誰でもパニックになるだろう。

ただ、さくらは敵は必ず妨害工作をしてくると考えていた。

こうなることも予想の範疇である。

さくらは良子についていく事と決めた時、覚悟を決めた。

古巣である餓龍館を裏切る事自体、相当の覚悟が必要だった。

一時の感情だけで付いていこうと決めたわけではない。

だから何があっても良子についていく。

けれど、こちらもそれなりの経験があるし、こういうのは慣れている方だ。

だが、先輩達は少し前まで普通の女子高生だったのだ。

自分がしっかりしなければ・・・。

心に彫り込むように自分自身にそう念じていく。




「…ここで諦めるわけにはいきません。また、この火事で私達の安否も不明な今、良子先輩を探すのに絶好の機会でもあります」




「どういう事?」




「内閣府は他府県には出るなと私達に言いましたよね?。これは事実上、軟禁に近い状態です。でも、この火事のおかげで内閣府の目から逃れることができるんです。これで良子先輩を堂々と探しに行くことができます」




「でも、居場所がわかるプログラムは火事で焼けたんでしょ!?どうするのよ、そんな状況で!手がかりが何もないじゃない!」




マコが大声でさくらを怒鳴る。

さくらはそれに頷く。

心が擦り切れそうだが、我慢して耐える。




「…私の家に行きましょう。予備のプログラムがあったはずです。

場所は道玄坂1丁目です」




「なんでそういう事を早く言わないのよ!さっさと言いなさいよ、そういう事は!」




「・・・すいません」




マコは怒鳴り散らすと、フンと背を向けてと歩き出した。

さくら達も同じように歩幅を合わせて歩く。

さくらはぐっと唇を噛み締め、ただ耐えていた。

今は耐えるしかない。

空気が重くなるのを皆が感じていた。

だが、誰もそれを口にしなかった。





闇夜が深まる深夜3時過ぎ。

さくら達は道玄坂へと来ていた。

「道玄坂」とは、渋谷のシンボル・ハチ公口前から109を入口に控えた、緩やかで長い坂道で、国道246号線に交わるまでの坂のことを言う。

坂の沿道には109など大型店舗・施設を中心に飲食店や雑居ビル、映画館などが多く立ち並んでいる。他にも、ライブハウスやラブホテルなども密集し、狭い範囲なからもいろいろな顔を持つ地域だ。特にホテル街は都内有数の多さを誇る事でも有名であり、夜はカップルが多く目立つ。




さくら達は誰も喋らずに無言で歩を進めることだけに集中していた。

流石にあの火事だ、みんなショックを受けている。

今までどんな時も苦楽を共にした我が家とも言える寮。

さくらですら、これからそうなるだろうと感じていた。

そこを失った悲しみはそう簡単に癒える事ではない。

おまけに良子の場所がわかるプログラムも火事で燃えてしまった。

事実上、手がかりはゼロの状態である。

唯一の希望は予備のプログラムだけだ。

さくらは冷静さを保ちつつも、リリスへの報復だけを考えていた。

あの普段冷静なマコですら怒り心頭なのだ。

礼菜も稲美もその事をわかっていたが、今はかける言葉がなかった。

何を言っても現実は変わらない。

現実を変えれる位、強い言葉を誰かが言えればいいのかもしれないが・・・。

生憎、誰もそんな言葉を持っていなかった。




「ここが私のマンションです・・・って、あれ?」




さくらは呆然とした。

マンションのあった場所は更地になり、フェンスに囲まれている。




「え、ちょ、な、なんで・・・」




「ここには大型スーパーが建つみたいね」




礼菜がフェンスに貼り付けられた「工事建設予定表」を見る。

さくらは慌ててそれを目を皿のようにして1字1字を真剣に読み、脳に変換する。予定表には1週間前から工事は始まっている事が書かれ、全国展開している有名なスーパー「業務ダヨ!スーパー」道玄坂1丁目店が建つらしい。完成は約3ヶ月後だ。




「はあああああああああ!?業務ダヨスーパー!??住人に何の連絡も無しで、マンションぶっ壊したっての!?これじゃ、服とか、生活用品が!つか、家にあったものはどこいったってのよ!?」




さくらは慌てふためく。




「なんで、急にマンションが!?立ち退き勧告なしで、マンションぶっ壊して、更地とか有り得ないし!1週間前から工事が始まってるって事は、1週間前にマンションは既に壊されたんでしょ?住人への説明は?家にあった荷物は?50階建のマンションなんですよ?1週間かそこらで壊せるもんなんですか!?」




「さ、さくらちゃん、落ち着いて。近くの人に聞いてみましょ」




礼菜はちょうど歩いてる若い男性を見かけ、「すいませーん」と声をかけた。男性は逆ナンかと思ったのか、「何だい?」とドラマの主演男優のよろしく、格好つけて言う。正直、全然カッコ良くないが。なんか勘違いしてるなと思いつつも、礼菜は取り敢えず訊くことにした。




「あ、あの、ここにあったマンションは・・・」




「んー、なんか持ち主の意向で土地が売られたらしいぜ。んで、ソッコー、土地が買われたんだと。業務が建つらしいな。ここは駅も近いし、立地いいし」




男は逆ナンパじゃないとわかると、少し残念そうに肩をすくめながら話した。




「ここの住人の方は・・・?」




「さあ?引っ越したんだろ。多分。立ち退き料とか貰ってさ」




「は、はあ・・・」




「あの、私、住人なんですけど!そんな話、一度も聞いた事がないんですけど!!」




「んなの、俺が知る訳ねーだろ」




さくらが吼えるのを男は一言でねじ伏せた。

ガルルルと犬のように威嚇しているが、男はどこ吹く風。

確かに一般人が知っているとは思えない。

どうやらこれ以上有力な情報は無さそうだ。




「ど、どうも、ありがとうございました」




「ねね、それよりさ。君、暇?よかったら遊びに行かない?

ここらじゃ見かけない子だよね?モロにタイプなんよ!俺、地元民だから、ここら辺詳しいよ~美味い店もあるし、どう?大丈夫お金なら持ってるし、奢るからさ!」




男はナンパモードに突入し、礼菜を誘った。

稲美・マコ・さくらには眼中になく、礼菜だけをあーだこーだと誘っている。

どうやら礼菜がタイプらしい。

まあ、確かに礼菜はとても可愛い部類に入る。

大人しく、優しく、落ち着いた雰囲気があり、同性ですら可愛い女の子だなと思うほどである。以前、渋谷を良子とデート中、どっかの事務所のスカウトマンにしつこく勧誘されたこともあるんだとか。彼女がその気になれば冗談抜きでグラビアアイドルや芸能人だって目指せるだろう。賢明な読者諸君は良子が礼菜にメロメロであるのはご存知の通り。だが、男性から見ても礼菜は物凄く上玉なのだ。

それは分かっていることだが…ナンパ男は鈍感なのか、さくらズ三人にジト目で睨まれていることに気づいていない。




「い、いえ、急いでますので・・・」




丁寧に遠慮する礼菜だが、内心ムカついて仕方がない。

ああ、もう鬱陶しいなぁ。

だが、その本音をぶつけれずにいた。




「まあまあ、そんなこといわずにさ~」




男は馴れ馴れしくも、礼菜の肩に手を載せてきた。

そこへマコが静かに駆け寄り、男の手首をつねる。




「いででででで!!」




「ナンパなら余所でやるのね。このスケベ男!」




そのまま手首を掴んで、地面に叩きつける。

その動作は素早く、男は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

最後に男の背中に廻し蹴りを思いっきり放つ。




「う、うわあああああああああああああああああ」




男は吹き飛ばされ、マンション前のゴミ捨て場にダイブし、ゴミ袋とキスをした。

通行人達がひぃ!と驚きの声を上げる。




「記録、3メートル40センチ。まあまあって所かしらね」




マコが自らの蹴り具合に腕を組みながらうんうんと頷く。

まるでプロのサッカー選手が自分のシュートを自画自賛しているみたいだ。

男はふらふらと何とか立ち上がるものの、鼻が変な方向に曲がって鼻血が滝のように流れている。恐らく折れているだろう。




「い、いてええええよぉぉぉぉぉぉ!!おがあちゃああああああん!!」




彼はこちらを振り返らずに全速力で夜の街を脱兎の如く、大泣きして駆け出した。周りを歩くカップルや通行人は彼を嘲笑したり、嫌な顔をして目線を浴びせていたが男はそんなことよりも恐怖でいっぱいらしく、あっという間に見えなくなった。




「マコ、ちょっとやりすぎじゃ・・・」




「フン。手加減したから大丈夫。2~3週間ぐらいで治るでしょ。つか、礼菜に男は必要ないわ。この子は私の彼女よ」




そう言ってマコは礼菜の肩を抱き寄せ、礼菜の頬にキスをした。




「え、ちょ、マ、マコ・・・は、恥ずかしいよ」




少し顔を赤らめる礼菜。

でも、ちょっぴり嬉しかったりするのは内緒である。

勿論、冗談でふざけあっているのは言うまでもない。

第一、礼菜には良子がいるのは周知の事実だ。




「…まあ、何にせよ、これで手がかりの糸は潰えたわけね」




礼菜を抱きしめつつ、人形のように頭を優しく撫でながら、マコはふうとため息をついた。







「きゃあああ!!ケンカよぉ!!誰かー!!」





絹を裂くような女の悲鳴が響く。

都心は昼よりも夜の方が人が多い。

カップルなどの様々な人たちがマコ達に注目してくる。

あの鼻血男の事をケンカと誰かが勘違いしたのだろう。

まあ、ほとんど一方的な展開なのでケンカにもなっていないが。

まずい、このままでは・・・。




「ヤバ!さっさと行きましょ」




マコの一声に皆頷き、駆け出す。

こんな所で警察に捕まれば、内閣府に居所がバレてしまう。

良子を見つけるまでは見つかる訳にはいかない。




「あら、さくらちゃん達じゃない。ハロハロ~」




と、曲がり角を曲がった所でバッタリ、飯田京子と鉢合わせた。




「京子、今は構ってる暇ないの!じゃ!」




と、マコが走りながら早口で言う。

皆も次々と京子を追い抜き、走り去ってしまう。




「え、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!な、何なのよ~。

みんな、待ってよー」




京子は慌てて、さくら達を追いかけた・・・。







それからしらばくして・・・。

さくら達はモヤイ像の前に来ていた。




「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー・・・。まったく、アンタ達は。

いったい何があったってのよ」




肩で息をする京子&さくらズ。

汗を拭い、荒く息を吐く。




「…ま、色々あってね。つか、モヤイ像の所まで来てたのね。

渋谷のシンボルと言えば、やっぱハチ公とモヤイ像よね」




マコがうんうんとわざとらしく頷く。

京子は少々それに疑問符を感じた。




「…ふう。面白い像ですね。モヤイ像と言うんですか?」




肩で息を切らしつつも、興味深そうにモヤイ像を見つめる稲美。




「稲美先輩、知らないんですか?「渋谷モヤイ像」ってのは渋谷で待ち合わせのスポットとして有名なんですよ。イースター島のモアイ像に似てますけど、胴体部分はなくてウェーブのかかった髪を加えたようなデザインとなっているのが特徴的です。バス停側とコインロッカー側で、2種類の顔を持ってるんですよ」




と、さくらがえっへんと知識を披露した。

稲美は「なるほど、なるほど」とメモを取り始めた。

メモを取る必要があるのだろうか・・・。




「トリビアはそれぐらいにして・・・で、良子さん探しは進展したの?」




「それが・・・」




さくらは少し言いかけたのを稲美が手で制した。




「少し長い話になります。ここじゃなくて、どこか別の所でお話した方がいいでしょう。さくらさん、渋谷にはお詳しいんでしょう?」




「そりゃ、まあ・・・地元ですからね」




「では、どこか話のできる場所へ案内してください」




さくらにとって、渋谷は小さい頃から慣れ親しんだ地元だ。

昔は蛾龍館の仲間と共に渋谷を遊びまわった。

モヤイ像はその時の待ち合わせ場所としてよく使っていたのを懐かしく思い出す。だが、仲間たちは過酷な任務についていけず、死んでいった…。

一瞬、そのことを思い出すが、今は感傷に浸っている場合ではない。

ここら辺で話のできる場所をさくらは考える。




「ちょい待ち。あんた達焼け出された後でしょ?その格好、夜とはいえ目立つんじゃない?」




「あっ・・・」




互いの服装を見て初めて気付くさくら達。

服は所々破け、黒く焦げている。

髪も少し焼けたらしく、少しカサついている。

夜だとしても、都心は不夜城という異名通り、眠らない街だ。

街灯がどこにでもあり、明々と街を灯している。

また、コンビニ・ファミレス・居酒屋・カラオケといった24時間開いている店も数多くある。防犯上の意味もあるが、大半は夜間でも客を呼ぶ為に無駄に明るい照明・ライトなどで周りを照らすので、街は昼に負けない位、明るくなる。その中でさくら達の格好は少々浮いてしまうだろう。




「そんなんでファミレスなりカフェ行ったら、すごく目立つわ。

ウチに来なさい」




「ウチ・・・ですか?」




稲美の言葉に頷く京子。




「近くに私のマンションがあるの。そこへ行きましょう」





案内されたマンションは住宅街にあった。

少々大きめのマンションで「ハイビスカス道玄坂」と書かれている。

エントランスからエレベーターに乗り、15階で降りた。

誰もいないのか、防音設備が充実しているのか…?

人の気配はおろか、生活音すら聞こえてこない。

自分たちの足音がとても反響する。

少し不気味な感じがしたが、誰も何も言わなかった。

いや、喋る気力すら失せているという所だろうか。

京子はそれを察してか、特に何も言わない。

15階の1505と書かれた部屋の前で止まる。

表札に名前はない。

京子は鍵を財布から取り出し、扉を開ける。

カシャンという重い音が響く。




「さ、どうぞ」




「あ、うん」




「おじゃまします」




玄関から廊下をまっすぐ進むと、ダイニングがあり、すぐ側にはキッチンもある。

そして、その奥に洋室と隣に和室があるようだ。

ちなみにどちらも5・5畳程度の広さで、奥にはバルコニーがある。

京子は各部屋の電気をつけていく。




「洋室は私の個人的な部屋だから、寝るときは隣の和室を使ってちょうだい。押入れに布団があるから」




「了解。悪いけど、早速寝かせてもらうわ」




「私も・・・」




「私も休ませてもらうわね」




礼菜・稲美・マコ・ふらふらした足取りで和室へと消えた。

さくらと京子だけがダイニングに残った。




「ここがアンタの自宅って訳?」




「アジトの一つよ。職業柄、命を狙われることもあるからね。

全国130箇所にこういう拠点を持っているの」




「…にしては随分綺麗ね?」




「バイト君に毎日掃除させているからね。それより、何か食べる?」




「ううん、いらない。それより、お風呂入りたいわ。悪いけど、服貸してくれる?」




「いいわよ。下着ごと貸そうか?あ、でもブラのサイズ合わないかも?」




「どーせすぐ寝るし、ブラはいいよ。パンツさえあれば。明日スーパーかどっかで買ってくるわ。パジャマとパンツだけ貸して」




「OK。んじゃ、着替え持ってくるわ。ついでにもおフロも沸かしてくる」




京子はパタパタと足音を立てて走っていった。




「・・・なんか普通に会話してるわね」




さくらは少し驚いていた。

自分は一度京子を誘拐し、良子達と戦った身だ。

数ヶ月ほど前の話ではあるが、さくらは気にしている。

だが、京子は特に気にしていないようだ。

以前、彼女自身もそう言ってた。

その言葉が真実なのか、優しさから出た嘘なのかはわからないが・・・。

京子にはさくらを敬遠する様子はまったく見られない。

相手は情報屋とはいえ、一介の女子高生。

誘拐され、拉致・監禁されれば誰もがその犯人に恐怖するはず・・・。

それともストックホルム症候群だろうか。

いや、どうでもいい話だ。

さくらは頭を振り、現実逃避を止めた。

今、必要なのは今後の見通しを立てることだ。

その事のみに頭を使わなければ。




「お待たせ。今、お風呂沸かしてるから。もうすぐ入れるわよ」




「ありがと」




「それより、座ったら?立ちっぱじゃしんどいわよ」




「あ・・・・」




くすっと笑みを零す京子。

さくらはそこで考え事に気を取られ、立ちっぱなしなのに気づいた。

ダイニングにはテーブルと椅子があり、そそくさと椅子に座る。




「さくらちゃん、コーヒー飲む?」




「砂糖多めで」




「りょーかい」




京子は自分にブラックコーヒー、さくらにコーヒーを入れてテーブルの上に置く。




さくらはずずっと一口飲む。




「ん・・・おいしい」




「ありがと。んでさ」




京子は自らも座り、ゆっくりコーヒーを口にする。




「教えてくれない?何があったのかを」




「大体は掴んでるんじゃないの?情報屋さん。

アタシらが焼け出されたのも知ってるぐらいだし」




誰も何も言わなかったが、京子はさくら達が焼け出されたのを知っていた。

何も知らないなら、さくら達の容姿をみただけで何があったの?と聞くはずだ。



”ちょい待ち。あんた達焼け出された後でしょ?その格好、夜とはいえ目立つんじゃない?”




こういう台詞が出るということは何があったのか、概ね知っているのだろう。

京子が情報屋として活動していることは皆には周知の事実。披露もあっただろうが、誰もツッコミを入れなかったのはそれを把握しているからだ。




「…まあね。でも、あくまで第三者側の客観的な情報よ。つまり、起こったことしかわかんないから、アンタたちの内部事情までは知らないの。だから教えてちょうだい。こちらもできる限り協力するわ」




「OK。ちょい長くなるけどいい?」




「いいわよ。その間におフロも沸くでしょ」





さくらはかいつまんで話した。

良子が行方不明になった学園事件、マンション事件、蛍荘の火事・・・。

リリスの事やプログラムについても話した。

また、自分が餓龍館出身の経緯についても詳しく話した。

あまり話したくはなかったが、それを避けては上手く説明ができない。

京子は恐らく知ってはいるだろうが・・・念の為に話しておく。




「なるほどね・・・。そのプログラムがないと良子さんの居場所がわからないわけだ」




「でも、その肝心のプログラムは火事で・・・。うちのマンションもなんか壊されてるし」




「さくらちゃん、あのマンションのオーナーは餓龍館の校長よ」




「え?」




それは初耳だ。

さくらは呆然とする。




「さくらちゃんが餓龍館を裏切った直後にマンションをすぐ売りに出したみたいね。あのマンションは家賃の高さもあって、元々ごく少数しか住んでなかったみたい。だからすぐに壊せたのよ」




「なるほどね。用意周到な事で」




さくらはため息をついた。




「自作でプログラムを作るのが難しいなら…スペアとか、開発者とかは?」




「そこまでは知らない。餓龍館も警察に調べられているだろうし・・・。餓龍館内にあったとしても、ほとんど押収されてんじゃない?いくら警察の庇護を受けてるつっても、学園事件を今の警察が蔑ろにするとは思えない。ニュースでもバンバンやってるし」




戦後、まだ治安の悪かった日本では犯罪が後を絶えなかった。

しかし、警察はそれを取り締まれるほどの組織力や財力は無かった。

ヤクザが警察に協力して自衛団的な行動をしていたが、それはごく一部だけ。

多くの男たちが戦争に駆り出され死んでいったせいで、人材にも乏しい。

そこで警察は治安維持を目的に餓龍館を創設し、犯罪者を闇に葬ることを生業とした。




平成の今でも姿を学園に変え、証拠不十分で起訴することができない凶悪犯を殺害していた。だが、それは言わば戦後の置き土産といった形で、警察としては目の上のコブに等しい。世間にその事実が明るみになれば、警察の信頼は崩壊しかねない。

ただでさえ、警察内部の不祥事が相次いでいる昨今だ。

通常、その場合は違反した警察官を懲戒免職させて「再発防止に取り組む」と言えば世間は一応は納得するだろう。




だが、餓龍館の話はそうもいかない。

それが過去だけではなく、現代にも続いているとしれば世間は黙っていないだろう。警察に対する信頼は地の底まで失墜し、警察上層部は丸ごと首が飛ぶかもしれない。

しかし、これは警察にとって餓龍館という目の上のコブを潰すチャンスでもある。

強制捜査で一気に畳み掛け、全てを闇に葬ることができるだろう。

今更、餓龍館に行った所で予備のプログラムがある可能性は極めて低い。




「正直、手詰まりだわ。自作するあっても、知識はうろ覚えだし。

つか、そういうの苦手なのよね」




さくらはPCを扱うことは得意だが、開発関係にはあまり詳しくない。

制作と使うという部分は裏表のように似ているが、性質は非常に異なる。

例えば、小説を読むことは文字さえ読めれば誰にでもできる事だ。

だが、小説を書く事は読むこと以上に難しいのだ。

様々な知識や経験を積み、練習を重ね、初めて書くことができる。

それと同じで、プログラムの制作は独学では非常に難しく、専門学校に通って覚えていくのが一般的だ。だが、生憎さくらは専門学校に通ったこともなければ、そこまでの知識を持っている訳ではない。




「あ~くっそう・・・。寮が火事にならなきゃ、こんな事にはならなかったのに。リリスの奴~」




「愚痴を言っても始まらないわ、さくらちゃん。私の方でも調べてみるから」




「ん。お願いね。そろそろ沸いたかな?」




壁時計を見ると話し始めてから30分が経過していた。

そろそろ風呂も湧いている頃合だろう。




「ねえ、私も一緒に入っていい?」




「いや、恥ずいから勘弁して・・・」




「え~。でも、良子さんとは温泉入ったってマコちゃんから聞いたけど?」




「なんでそれ知ってんの!?」




さくらは顔を真っ赤に染め、憤怒した。

京子はそんな様子が面白いらしく、クスクス笑う。

ちなみに正確には温泉ではなく、スーパー銭湯である。




「実はマコちゃんに教えてもらってね。あ、マコちゃんとは友達なの。たまに買い物にも行くのよ。良子さんが大丈夫なら、私もいけるっしょ?つか、女同士じゃない。恥ずかしがらなくてもいいわよ」




「いやいやいやいや、温泉とかで入るのと家で誰かと入るのって恥ずかしさ全然違うから!」




「私は別に恥ずかしくないけど?」




「アンタはそーでも、アタシはダメなの!んじゃ、おフロ借りるからね!」




「あ、後で下着とパジャマ脱衣所に置いておくから。おフロは廊下出て左側よ~」




ドスドスドスと怪獣みたいに大股で歩いてくさくら。

どうやら相当照れているらしい。




「全く可愛いわね・・・。さてと」




京子は携帯を取り出した。

今、流行りのスマートデフォンを慣れた手つきで操作する。

今時の女子高生はどんな最新機種でも使いこなす才能がある。

電話帳を呼び出して、コールする。




「もしもしー。私、私。実はね、ちょっと頼みたい事が・・・」








30分後。




「おフロありがとね」




さくらはパジャマ姿だった。

ネコのイラストがたくさん描かれたピンクのパジャマとズボンである。

湯上りなのでほこほこと彼女の周りに蒸気が出ている。




「なかなか似合ってるわね。可愛い、可愛い」




さくらの頭をなでなでする京子。




「・・・子供じゃないんですけど~」




頬をプクーと風船のように膨らますさくら。

そんな彼女に京子はくすくすと笑みを零す。




「あによ」




「いや~やっぱ可愛いなと思ってね。さくらちゃんって顔もいいし、スタイルもいいし・・・。タッパがあったらモデルさんとかもできちゃいそうね」




「そーいうの興味ないわ。マネキンやっててもしんどいだけだろうし。

ああいうのは女子力が高い人がやる事よ。私みたいなのは無理無理」




モデルの仕事は言うまでもなく笑顔を浮かべて写真に撮られることだ。

その為、指定された服を着て、笑顔を浮かべてじっとしなければならない。

それはまるでマネキン人形と酷似している。

ある意味、生きたマネキン人形というのがモデルなのかもしれない。

それがさくらの考えだ。




「そうかしら?」




「オシャレに興味がない訳じゃないけど・・・お金かけてれば流行の最先端なんて誰でも到達できるから。着こなしは経験。けどさ、ファッション雑誌のモデルって女子力高い人ばっかじゃん?笑顔がすごいイキイキとしてるし。本って中身見る前に表紙で決める人が多いでしょ?だから、ファッション誌のモデルさんってすんごいと思うんだよね」




「そうね。笑顔の裏には一般人じゃ考えもつかない苦労もあるんだと思うわ。苦労がある分、笑顔が輝きを増すのかも」




京子の言葉にさくらは納得する。




「そうそう。食事制限とか運動をし過ぎないようにとか・・・他にも色々あるんだと思う。女ってのは女のチェックには厳しいからね。女子力ない奴が表紙やっても、誰も買わないよ。○○ちゃんみたいに可愛くなりたい!と思うから、そのファッション誌を買うんだろうし」




「そうね。でも男性の場合、車なら性能とか燃費の良さとか、そういう実用的な部分を気にするの。けど、女性は○○ちゃんがCM出てた車だから欲しいって子が多いからね」




「ふーん…。アタシはそういうのわかんないけどね・・・。車とか興味ないし」




「ま、どんなモデルさんよりもさくらちゃんの方が可愛いと思うんだけどね」




「・・・ありがと」




顔を真っ赤に染めるさくら。

言った京子自身も恥ずかしいのか、赤面しながらお互い目を背けてしまう。




「・・・あーもう、恥ずいじゃん!!何、この空気!」




「あははは・・・。じゃ、じゃあ恥ずいついでにもう一言」




「あによ」




「私と友達になって」




さくらはそのセリフを聞くとぷいっと京子に背を向ける。

そのまま和室に向かってゆっくり歩き出した。




「・・・考えとく。保留にしといて」




手を一度だけ上げ、さくらはそのまま振り向かずに和室へと去っていった。





「・・・いい答えを期待しているわ」




誰に言う訳でもなく、京子は小さく呟いた。






次の日。

一行は心労と疲労でいっぱいだったが、流石に昼過ぎには起き始めていた。

だが、マコだけはよほど疲れていたらしく、夕方になってようやく起きた。

起きたというよりも、気だるい身体を無理やりベッドから身を起こしたというのが正しい。




「・・・・っ」




一瞬、今までの出来事は夢だと思った。

悪い悪夢なんだと信じようとした。

だが、心と身体があの出来事を嘘ではないと教えてくれる。

頭が覚醒していくにつれ、それは溢れんばかりに広がっていく。

頭、手、心に染み渡っていく疲労と感覚。

そして、隣に良子はいない・・・。

マコはため息をついた。




「おはよー、マコちゃん。生きてる?」




死んだ魚のような目で京子の方に振り向くマコ。

京子は元気ハツラツといった笑顔を向ける。

今はその笑顔が少々鬱陶しく感じる。

だが、彼女は何も悪くないし、泊めてくれた恩人だ。

何も言わないでおく。




「・・・ん。なんとかね」




「それはよかった。ブランチ食べる?っても、トーストしかないけど」




「…ん」




マコは頷き、まだ眠たい目を擦りながらダイニングに向かった。





キッチンで顔を洗う。

とても気持ちがいい。

身も心も綺麗になっていくようだ。

洗い終え、タオルで顔を拭きながらてふうと一息つく。




「そういえば・・・みんなは?」




「さくらちゃんと礼菜さんは出かけてるわ。手がかりを探すそうよ。

稲美さんは教会で一人で考えてみるって」




「・・・そう」




みんな何かせずにはいられないのだろう。

良子を助ける為に何をすべきなのか。

全員がそれに迷い、この出口のない迷路のような感情に終止符を打ちたいのだ。

マコとてそれは同じ事であった。

だが、何をすべきなのか。

何をすれば、良子は見つかるのか。

どうすれば、良子を助け出すことができるのか・・・。

肝心の手がかりが失われた今、冷静になる思考よりも絶望になる気持ちの方が強い。




「トーストもうすぐ焼けるわよ。座って待ってたら?」




「・・・私のせいだ」




「え?」




「私があの時、身体張ってでも屋上に行けば・・・。

そうしたら、良子を助けられたかもしれない」




学園事件の際、マコはさくらと共に餓龍館の部隊と戦闘をしていた。

かなりの怪我をしたものの、なんとか部隊を倒すことに成功した。

その後、二人は内閣府に救出された。

だが、救出を断り、屋上に向かえばよかったかもしれない。

そうすれば、良子を助けだせたかもしれない。

最悪、良子が連れさられることはなかったはずだ。

例え、自分の身が朽ち果てたとしても・・・。




「過ぎた事を考えても仕方ないわ。過去は変えられない。

後悔している暇があるなら、次にどうするかを考えなくっちゃね」




「・・・流石、情報屋。口先だけは得意なのね」




マコは京子に背を向けたまま、嫌味を吐く。

横目で京子を一瞥したが、怒っている様子はなかった。

穏やかな波のように悠々としている。

そんな彼女に嫌味を言う自分が少し嫌いだ。

寝起きの悪さで悪態をつくなんて・・・いつもの自分らしくない。

マコは少し自己嫌悪していた。




「その芳江って人なんだけど、少し調べてみたの。そしたら意外な事がわかったわ」




「え?」




マコはその言葉に振り向く。

そこで京子は椅子を手でパンパンと招くように叩く。




「それは後で話すとして…今は食べましょう。腹が減っては戦はできぬよ」








「で、はにがわひゃったのよ?」




「・・・食べるか、喋るかどっちかにしたら?顔、リスみたいよ」




トーストを頬張りながら喋るマコに京子は苦笑いした。

京子の言う通り、マコの顔はリスみたいに膨れている。

それもそのはず。

マコはトーストを3ついっぺんに頬ばっているからだ。

昨日の騒動でお腹もすいたらしく、まだまだ食べれそうだ。

グラスに入れた牛乳を一気に飲み干し、ぷはーと一息つく。

まるでどこぞのオヤジのようである。




「ん~・・・・やっぱミルミル牛乳が一番おいしいわ」




少し遠い瞳をするマコ。

ミルミル牛乳は良子の大好きな牛乳だ。

今ではマコも大好きで、最近はよく飲んでいる。




「・・・センチメンタルに浸るのもいいけど、ヒゲを吹いてからにしたら?」




「え、マジ?」




マコは慌てて自分のハンカチで口元を吹いた。

そんな彼女に苦笑しつつ、京子は机の上にあるノートパソコンに指を躍らせる。

快活な音が食卓に響く。




「これを見て」




京子はマコにも見えるようにノートパソコンの位置を少し横にずらした。




「何、これ?光の会?」




ノートパソコンには「宗教法人・光の会」と書かれたサイトが映し出されている。




背景には白や青空などイメージのいい配色とレイアウトがされてはいる。

だが、ハッキリ言って胡散臭いこと、この上ない。

怪しいサイトほど健全さを装うものである。

訝しげにサイトを凝視するマコ。




「・・・で、このサイトが何なの?」




「重要なのはここよ」




京子はマウスを操作し、ある場面を開ける。

その場面にマコは釘付けになった。




「これって・・・!」




そこにはマコ達がよく見知った人物の写真が載っていた。

良子を攫った張本人・芳江だ。

彼女が光の会の代表としてHPで紹介されている。

服装は黒の女性物のスーツ。

それは毎回現れる時のあの服装と全く同じだ。




「あの女・・・宗教の代表なんてやってたのね」




「ええ。橘 芳江と名乗っているそうよ。本名か偽名かまではわからないけど・・・」




「この連中はどんな活動をしているの?」




「新たな世界を構築すると謳い、全国で布教活動をしているわ」




「新たな世界を構築・・・?」




オウム返しに反芻するマコ。

一体それは何を意味するのだろうか?

戦争でも起こすのか?

いや、今の日本は戦争を起こさないと憲法で決めている。

とすると、政治にでも参加するのだろうか。

宗教法人が国政政党を創ることは自由だ。

それどころか学園や鉄道を運営することも可能である。




「その辺はまだわからないわ。もう少し調べてみないとね。

でも、見えてきたこともある」




「詳しく話して」




マコの言葉に頷く京子。




「光の会は明治時代から続く宗教で、元は初代教主の親族たちで開いていた小さな団体だったの。その団体はその血筋の人間が後を継いでいくというのが決まり。信者もそれほど多くはなかったんだけど・・・」




「けど?」




「ここ2~3年で光の会は急激に信者を増やしているわ。以前は20名ほどだったんだけど、今では300万人はいるそうよ」




「300万?つか、その2~3年って・・・」




「そう。芳江が代表になってからよ」




マコの疑問に頷く京子。

コーヒーの苦味が思考を深める。




「芳江がどういう経緯で光の会に入って、教主となったかは不明。

表向きは前教主からの指名だそうだけど、恐らく嘘でしょうね。

そもそも芳江は教主の家とは無関係で、血縁もない。

一体どうやってもぐりこんだのやら・・・。でも、重要なのはそこじゃないわ」




「新たな世界を構築する為という大願の為に、妖魔と結託して何かとんでもない事を起こそうとしている・・・って事ね」




「そういうこと」




「良子を攫ったのも、その大願の為に?」




「それはわからないわ。けど、可能性はある。

無意味に攫ったとは思えない」




敵の本当の目的は何なのか?

何故、良子を攫った?

新たな世界の構築とは?

わからない事が多すぎる。

静かな時間が流れる。

時計の針の音が聞こえるほど静かだった。

芳江が宗教の教主様。

妖魔と結託して企む「新たな世界の構築」という大願。

良子を誘拐したのはその大願の為なのだろうか?

まだまだわからないことだらけである。

いずれにしろ、情報はまだまだ少ない。




「・・・で、良子の居場所は判明したの?」




「そんな簡単にわかれば苦労しないわよ」




あっさり言う京子。




「敵の正体がわかっても、良子を助け出さないと意味がないわ・・・」




マコは深くため息をつき、机に突っ伏した。




「マコちゃんは良子さんが大好きなのね」




「…まあね。最初はちょっと面倒な奴だとは思ったけど。でも、友達想いで優しい奴よ。いつもまっすぐで、純粋で。一緒にいて楽しい奴かな」




だが、それだけではない。

マコは良子を単なる友達以上に思っていた。

それは決して、良子と礼菜のような恋愛という感情ではなく、それよりも曖昧な感情だともいえる。

親愛、友愛にも近いが、それではない。

この名前のない感情は一体何なのだろうか。

それはマコ自身にもわからない。

礼菜を探して良子と共に奔走した時を思い出す。

あの時のキスが忘れらない。

一緒にベッドで寝た事。

お互いを慰めるだけの口づけ。

そこに愛や恋はなく、ただ寂しさを埋める為だけの口づけだった。

だが、マコにとってそれが一番心に大きく残った。

同時に良子の存在を愛おしく感じられるようになった。

だから、今回良子がいなくなった事がショックで仕方なかった。

おまけに寮の火事が重くのしかかり、冷静ではいられなくなった。

そのせいで、さくらに八つ当たりしてしまった・・・。

心の中でそれが悪いと思っても、感情を抑えることはできない。

さくらと違い、ごく普通の生活をしてきた自分には・・・。




「さくらちゃんだけよね。純粋に良子を追い求めているのって。

やっぱ弟子を名乗るだけはあるわ。なのに、私は・・・」




「それで普通なんですよ、マコ先輩」




振り向くと、さくらと礼菜がそこにいた。

どうやら戻ってきたようだ。

全然気づかなかった。




「いつでも冷静な人なんていません。つか、私だって必死なだけで、冷静って訳でもないですよ。寮の火事も結構ショックでしたし・・・」




たははと苦笑いするさくら。

みんな悩み苦しみながら戦っている。

さくらもマコも礼菜も稲美も・・・。

皆、それを感じていた。




「・・・・・」




礼菜は何も言わず、悄然として俯く。

その横顔は暗鬱な表情をしている。

焼け爛れた心の痛みが嫌というほど伝わってくる。

マコは胸が締め付けられるのを感じた。

一番良子を心配しているのは礼菜のはずだ。

けれど、礼菜は酒に溺れ、一時は捜索を諦めていた。

もちろん、本心は諦めてないからここにいる。

だが、何一つ結果を出せていない。

ただ、付き合いが一番長いのは礼菜だ。

一番心配し、良子の身を案じているのは間違いなく彼女である。

それを考えずにさくらだけを評価するなんて・・・。

デリカシーがないにも程がある。

慌ててフォローしようと言葉を考えるが・・・。




「それより良子さんの件なんだけど・・・」




京子は間を置いてから話し始めた。




「な、何?」




タイミング悪く京子が喋りだした。




「少し情報が手に入ったの。まだわかんないけど、可能性が高いわ。

賭けてみる価値はあるかもね」




「だから、それは何?」




マコは少し苛立ちを含めながら、先を促す。




「良子さんの居場所についての情報よ」

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