第11話「in the blue sky 後編」
2日後。
さくらは再び裏通りにある古びたマンション前に来ていた。
住宅街のこの辺は相変わらず、人気がなく、静かだった。
まず生活音がほとんど聞こえてこない。
人の話し声も、水道の音も、換気扇の回る音すら聞こえてこない。
建築されて何十年も放置されたくたびれたマンション。
所々ペンキが剥がれ落ち、マンション名も見えなくなっている。
もはや家としての役割を失っており、ほとんど廃墟と化している。
同じ東京のはずなのに、表通りの喧騒が遠く聞こえてくる。
ゴーストマンション郡とでも言うべきだろうか。
ここら辺に立ち並ぶ家々はどれもこれも同じ有様だ。
通りを歩く人もおらず、いるのはゴミ箱を漁る猫ぐらいである。
夜は不良のたまり場だろうが、流石に昼間はいないようだ。
いた所でさくらには何の驚異でもないが。
携帯を見ながら時間を潰していると、足音が近づいてきた。
誰なのかは見なくてもわかる。
京子だ。
「お待たせ☆」
「…情報は?」
京子の笑顔を無視し、携帯を仕舞いながら尋ねる。
流石の京子も少し苦笑いした。
「…あはは。え、えっとね、ここに行って頂戴。そうすればわかるはずよ」
京子はそう言い、さくらに何かを手渡した。
それは一枚の紙切れだ。
メモ用紙を切り取った物のようで比較的綺麗な紙である。
紙には丁寧なボールペン字で文字が書かれている。
「十番オデュッセイア8502号室前橋文香…」
書かれた文字をそのまま読み上げるさくら。
十番オデュッセイアと言えば、麻布十番にある超高層マンションとして有名だ。
だが、この前橋文香については知らない。
「誰?この前橋文香っていうの」
「良子さんのクラスメートよ。それ以上は本人に聞いて頂戴。
話は通してあるわ。良子さんの事で来たって言えばわかるはずよ」
「…ん、わかった。ラーメンはセンパイが見つかってからね。
日程を決めたら報告するわ」
「りょーかい。じゃねー」
二人は互いに背を向けて、それぞれの向かうべき場所へと歩き出した。
淡々としたやり取りに思えるかもしれないが、これでいい。
必要最低限の事さえわかれば、さくらにはそれで十分だった。
ベラベラ話す情報屋よりも、口数の少ない情報屋の方が信頼できる。
さくらは京子の情報屋としての腕を認めていた。
だからこそ、あえて深く聞かなかったのだ。
それに一度誘拐した人間と再び会うのは辛いものがある。
京子はあまり気にしていない様子だが、さくらは内心とても気にしている。
傷つける気はなかったが、誘拐したことは事実だ。
京子に会う度に胸が苦しくなる。
それでも会ったのは、京子の情報屋としての腕を信用しているからだ。
また、良子を見つけ出す可能性が1%でも高い方を効率を重視した。
必ず良子を救い出す…。
さくらはそう思いながら、駆け出した。
麻布十番(あざぶじゅうばん)は、東京都港区の町名で麻布十番一丁目から麻布十番四丁目まである。町域の大部分は古川に続く低地であり、麻布にあって下町の風情をたたえる。町域には大規模なビルや商業施設は少なく、雑居ビルや商店に庶民的な
住宅地が混在する地域となっている。
しかし、空に届かんとした太い鉛筆は周りから少々浮いていた。
それが超高層マンション「十番オデュッセイア」だ。
85階建というマンションでは驚異の高さを誇り、地元の人々は「タワーマ
ンション」と口を揃えて観光名所のように言う。
安全・安心・快適がキャッチコピーで、お金持ちの間では特に人気だ。
さくらは以前このマンションについてネットで調べたことがある。
一人暮らしをする際、どこの物件がいいかなと考えていた頃だ。
このマンションには様々な特徴がある。
まず、ダブルオートロック制だ。
一般的なマンションには外部から中に入る扉を抜けると、エントランスホールに入るようになっている。
普通はここからがオートロックで、インターフォンで相手を呼び出すなり、
カードや鍵などで扉を開けない限り、マンションに入ることはできない。
だが、ダブルオートロック制は外部から入る扉すらオートロックされているのだ。
郵便配達といえど、インターフォンで住人を呼び出さなければマンションには入れない仕組みだ。
このお蔭で郵便受けを荒らされたり、必要のないチラシを入れられる事もない。
また、エントランスを抜けた先にあるエレベーターも専用の鍵が無ければ動
かない仕組みになっている。
来訪者があった場合は、エントランスのオートロックを開錠した際、連動して1回だけ手動でエレベーターを動かすことが可能だ。
来訪者はそれで部屋まで行くことができるようになる。
それに加え、マンションには警備員が24時間常駐。
マンション内の警備はもちろん、付近のパトロールなども行なっている。
警備員には元警官や元自衛官などの人間が多く、腕自慢・体力自慢の猛者ばかり。
家に入るにも専用のマスターキーと指紋照合の二つをクリアしなければならない。
マンションには耐震設計もされていて、一流の国家建築士30人が考え出した設計・図案になっている。
いずれ起こるだろうと言われている東南海地震にも98%耐えられるとスーパーコンピューターのシュミレーション結果が出ているらしい。
こんな至れり尽くせりなマンションに入居するにはもちろん、金がかかる。
家賃は月800万が平均で、上の階になるほど比例して増額していく。
また入居するにはなんと面接が必要だ。
住人の血液型、家族構成、役職・肩書きなどが全て調べられ、入居資格に相
応しくないものは金持ちでも断られる。
現にネット上には多くの金持ちが面接を断られた、悔しいなどと言う書き込みが多く広がっている。
新の金持ちだけが住むのを許されたマンションだと世間では囁かれている。
さくらはそれでそのマンションに行くことを断念したが・・・こんな形で来ることになるとは夢にも思わなかった。
「その前に腹ごなしが必要ね…お腹すいちゃった」
腹の虫が食料を要求してきた。
どんな時でもお腹は空くものである。
マンションの入口からすぐ右側にコンビニ「セボンイレボン オデュセイア店」がある。
マンションにコンビニ付きというのは大して珍しくない。
住宅物件の広告でもよく見かける。
ただマンション名そのままの店名というのは少々珍しい。
何でも、このマンションのオーナーの親族がお店を経営しているそうだ。
普通は○○3丁目店など町名を使うのが一般的なのだが。
だが、店名が少し違っても中身はそこら辺のコンビニと同じだった。
何だか少し残念な気がする。
さくらはサンドイッチとミルクココアを買い、外に出た。
コンビニの入口の隅に腰掛け、食事を取ることにする。
今日、マコと礼菜は寮で休んでいる。
礼菜は二日酔いで寝込み続け、マコはその看病にあたっている。
昨日あれだけ飲んだのだ、まだしばらくは動けないだろう。
稲美は朝早くから出かけたらしい。
マコの話だと教会に祈りに行っているそうだ。
「祈ったって、行動が伴わないと意味ないって・・・」
祈りを捧げることは悪いことではない。
何に祈りを捧げようが個人の自由だ。
だが、祈っているだけでは何も解決しない。
祈りだけで解決する世の中なら、誰もが幸せに暮らしている。
祈って行動する事に意味があるのだ。
神様なんていやしない。
祈るだけでは何も解決しないのだ。
祈り、行動し、自分が納得行くまで進み続ける。
壁にぶつかっても、諦めずに足掻き続ける。
その壁の先に求めていた結果がある。
そして、再び新たな壁が立ち塞がる。
その壁を乗り越える為にまた足掻き続ける。
人生はその繰り返しなのだ。
しかし、それを稲美に言うつもりはない。
言ったところで時間の無駄だ。
それで良子が見つかるなら幾らでも言うが・・・。
「…はあ」
本当はみんなで行動したい。
こういう時こそ一致団結して、良子を探そうと動き出すものだ。
だが、生憎、現実はマンガやドラマのようにはいかないらしい。
マコと礼菜は仕方がないものの、稲美は良子をそこまで好いていない。
一致団結というのは無理があるかもしれない。
「・・・ま、私一人の方が行動しやすいからいいんだけどね」
サンドイッチを一気に口に入れ、リスのように頬張る。
それをミルクココアで寂しさと一緒に飲み込んだ。
ゴミ箱にその残骸を捨てる。
頼れるのはやはり自分だけだ。
それは餓流館に居た頃も今も変わらない。
みんなを信じてない訳ではないが、アテにしている訳でもない。
他人を期待しても意味のない事だ。
欲しいものは自分の力で手に入れなければならない。
自分がどれだけ努力したかによって結果は変わってくる。
さくらは良子を救い出せる為ならどんな事でもしようと決めていた。
さくらにとって良子は自分を救ってくれた存在だ。
初めて倒され相手でもあり、初めて自分の本音を聞いてくれた人でもある。
そして、優しく抱きしめてくれた。
理事長の前で土下座までしてくれた・・・。
それが忘れられない。
男に抱かれた事はあった。
けれど、本当に心配して抱いてくれる人は誰もいなかった。
だからこそ、彼女には感謝している。
剣の修行も一緒にしたし、二人でその後温泉に行ったのも良い思い出だ。
今ではそれが随分昔のようにも感じてしまう。
「また行きたいな・・・センパイと二人で」
目が涙で滲んでしまう。
けれど、泣いている暇なんかない。
良子が大変な今、自分が頑張らなければならない。
周りの助けなんかいらない。
自分が頑張るしかないのだ・・・。
欲しいものを掴み取るには、行動するしかない。努力するしかない。
でなければ、何一つ手に入れることはできないのだ。
でも、この行動はお金目的でも何でもなく善意での行動だ。
こんな風に考えらるようになるなんて自分でも驚きである。
数ヶ月前の自分なら決してそんなことで動かなかったはずだ。
これも良子のおかげである。
「・・・行こう」
さくらは意を決し、マンションへと向かった。
マンションはダブルオートロックで入口からは入れない。
その代わり入口にインターフォンが設置されている。
さくらは番号を素早く入力した。
「…はい」
女性の声が聞こえてきた。
女性というには、どこかあどけなさの残る声のように聞こえる。
少女と言った方が適切だろう。
「あの・・・良子先輩の事で来たんだけど」
「聞いているわ。エレベーターを使えるようにしておくから、部屋まで来て」
そこで音声はブツっと途切れた。
扉が自動的に開き、さくらはそこから奥に進みエレベーターに乗る。
マンション内は防音設備が行き届いているらしく、恐ろしいぐらい静かだ。
生活音が何も聞こえず、生活感が感じられない。
街の喧騒もこのマンション内までは聞こえない。
京子と待ち合わせをしたマンション群よりも遥かに静かだ。
本当に人が住んでいるのだろうかと疑わしくなってくる。
もしかしたらほとんど空家なのかもしれない。
今なら針を落とした音ですら聞こえそうだ。
だが、近年のマンションはそれがほとんど当たり前になっている。
しかし、その当たり前が人と人の絆を縮小させる要因だと誰も気づいていない。
確かに近年は物騒な事件が何かと多く、ニュースを騒がしている。
特に東京は住みたい街上位の場所ほど治安が悪いそうだ。
普通の家よりもこういったマンションの方が安心して過ごせるだろう
だが、コンクリートの壁は、人と人の間にも壁を作るのだ。
隣の住人を知っている住民がこのマンションにはどれだけいるのだろうか。
隣の住人に挨拶している人は果たしてどれだけいるのだろうか。
「・・・早く寮に帰りたいわね」
どんなに安全で暮らしやすくても、毎日住んでいれば飽きる。
それを埋めようと高級な服や靴を買ったり、一流のシェフの食事を楽しんだ
りした。
テクの上手い男と寝て快楽に身を委ね、寂しさを紛らわそうとした。
けれど、最後は必ず一人になる。
どんなにいい服も、食事も、男も、結局は飽きてしまう。
女性の場合、生理もあるから毎日、性行為することはできない。
避妊具をつけようが、安全日だろうが、避妊しないという保証はどこに存在しない。
金で埋められる寂しさは有限だ。
寂しさは金では決して消えない。
一時的には消えても、すぐに寂しさは襲ってくる。
では、どうすれば寂しさは消えるのか。
それは友人を作ることだ。
友情という絆で結ばれた者たちとの思い出を多く作ることが寂しさを無くす唯一の方法だ。
それを教えてくれたのは良子だ。
さくらは良子に感謝していた。
だからこそ、助けたい気持ちは誰よりも強かった。
早く先輩を助けたい。
また甘えたいし、剣の修行も一緒にしたい。
みんなでまたラーメンを食べに行きたい。
今度は京子とも一緒に行かないとね。
「私の居場所はやっぱりあそこなんだね・・・」
ポツリと呟くさくら。
これでみんなセンパイ探しに奔走しているなら感無量なんだけどね。
と、さくらは心でため息をつきつつ、エレベーターに乗った。
寮に早く帰りたいなと思いながら。
部屋に着き、チャイムを押す。
しばらしくて誰かの足音が室内から聞こえてきた。
「こんにちは」
「十六夜さくらです」
「・・・前橋文香です。さ、中にどうぞ」
「おじゃまします」
文香に案内され、さくらは文香の部屋へと招かれた。
「どうぞ」
部屋は女の子らしい部屋であった。
床は落ち着いた淡いブルーのタイルカーペット。
窓には白のレースがついたカーテン。
本棚には参考書といくつかの少女マンガが入っている。
机にはデスクトップパソコンが置かれ、CDラック等で机の周りは綺麗に整頓
されている。
ベットは世界の一流ホテルにこぞって採用されたメーカーのシングルベッド。
流石にこんなマンションに住むだけあって、なかなか裕福な暮らしをしているらしい。
ちなみにさくらもそのベッドを所有している。
「待ってて、お茶持ってくるわ」
「結構よ。それより早速本題に入りましょう。
京子によると、あなたが良子先輩の行方を知っているそうね?」
文香は立ち上がりかけたが、さくらは床に正座している。
それを見て文香は頷き、パソコン用の椅子へと歩を進めた。
椅子に腰掛け、パソコンを立ち上げる。
「ええ。実は学校が襲われた時の動画があるの。上空からのだけどね」
「上空?」
「パパが持ってる人工衛星の動画よ。座標を指定すれば、全世界のどんな所でもリアルタイムで見る事ができるの。音声も取れるし、録画も可能よ」
「何それ…プライベートも何もあったもんじゃないね。お隣さんの私生活から総理大臣の行動までモロ見えじゃん。おちおち浮気も出来ないわね」
「・・・・」
文香は顔を赤く染めてノーコメント。
さくらの言う通り、それが本当なら、お隣さんの生活はおろか、芸能人、総理大臣などすべての人間の生活が覗ける。
そんなのがあればいくらでも犯罪に使えてしまうだろう。
のぞきはもちろん、ライバル会社の会議や、警察の動きまで把握できてしまう。
総理大臣の動きも、世界中の紛争の原因も・・・。
それは時にニュース以上の真実を映し出してしまうだろう。
「だ、だから緊急時以外は使用しないようにしているわ。
この衛生はほぼ毎日世界中の動きをリアルタイムで録画している。
録画した内容は特殊なハードディスクで保存され、10年前までの動画を見ることができるの。ま、見ることができるのは私の家族か身内だけどね」
「悪用しないでよ・・・それ」
さくらはジト目で文香を睨む。
「そ、それはもちろん。興味本位で使ったりしないわよ。使った人のログイン履歴も残るからね」
「・・ふーん」
文香は苦笑いしつつ、慣れた手つきでプログラムを起動させる。
画面にフルスクリーンで画面が現れる。
「人工衛星プログラム MAEBASHI」と言うタイトルが画面いっぱいに現れ、
下に文字を打つウインドウがある。
まるで大手検索サイトの検索画面にそっくりである。
「ええと・・・国は日本・東京。東京都・新宿区・荒覇吐学園高等学校・屋上。時刻は午前9時30分で検索っと・・・」
動画候補がいくつか現れた。
サムネイル画像もあり、タイトルと時間が日本語で書かれている。
やはり大手動画共有サイトとよく似ているなとさくらは思った。
「確かこれね。再生するわよ」
動画がローディングされ、再生された。
「…勝負ありね。その体力と決定的なダメージじゃ立つことも出来ないわ」
音声が流れ、姿が現れる。
黒スーツに身を包んだ長身の女性。
間違いない、芳江だ。
場所は学校の屋上と思われる。
「う・・・ぐ・・・」
良子は蹲り、倒れている。
腹からは血が溢れ出し、良子は苦悶の表情を浮かべている。
さくらも文香もパソコンの画面に釘付けになっていた。
「センパイ!」
さくらは画面の前まで駆け出し、真剣に注視する。
「・・・ち・・・く・・・しょう・・・」
悔しさか、痛みのせいか、良子は涙を浮かべていた。
動画は編集も何もされておらず、ノイズも無く綺麗で、あまりにも綺麗すぎる動画だった。
芸術的と思えるぐらい、鮮明で鮮やかな動画だ。
だが、その綺麗さは逆に容赦のない
「世の中は広いのよ、良子ちゃん。あなたより上の人間は数多くいる。
でも大丈夫。悔しいと思う気持ちがあれば、あなたは今よりもっと強くなれる。誰かを守れるぐらい、強くなりなさい」
芳江のその言葉を最後に良子は目を閉じた。
「良子センパイ!」
「落ち着いて、十六夜さん。あくまで映像だから…」
思わず興奮するさくらを文香は手で制した。
「・・・っ」
歯ぎしりをしながらも動画を見続けるのを止めないさくら。
文香はさくらの真剣さに少し驚いていた。
「あ~ら~?止めをささないんですかぁ?芳江先生ともあろう人が・・・」
そこに誰かの声と共に黒い霧が現れる。
霧からは女が出てきた。
黒のとんがり帽子、金髪のロングヘアー、アメジストの瞳、白のローブ・・・。
それはまるで童話に出てくる魔女をそのまま具現化したかのような容姿をしていた。
ただ、童話の魔女とは違い、老婆ではなく、人形のように若くて美しい娘
だ。
年齢は10代程度に思えるが…。
「リリス、良子ちゃんを例の場所へ」
芳江は質問を無視して、魔女?の女性・リリスに命令する。
「許されたものだけが住む楽園・・・。その楽園にこの子が必要だなんてまるで感じませんけどね。魔導士の私が見てもタダの人間ですケド?」
リリスは品定めをするかのように良子を上から下まで見るが、すぐに興味を無くしたらしく、つまらなさそうに目を背けた。
女性にはあまり興味がないらしい。
「リリス、あなたに質問の権限はないわ。言われたことをすぐに実行しなさい。それとも・・・」
芳江はリリスを睨みつけ、一瞬で背後を取る。
そして、その喉元に刀を突きつけた。
リリスは言葉を失い、絶句している。
刃の尖さが太陽の日差しと共に輝き、背筋が寒くなるのを感じた。
「…永遠の楽園へ一足先に送ってあげてもいいのよ?」
声こそ柔らかだが、芳江の瞳は血走っている。
剃刀のように細く、鬼のような形相でリリスを睨みつける芳恵。
「や、やだな~冗談ですよ、冗談。か、軽いおちゃっぴいですって。アハハハハ」
「リリス。先生が冗談を好まないことは知っているだろう」
再び誰かが現れた。
蒼いショートボブの髪の女。
荒覇吐の学園とは違う制服を着ていて、刀を装備している。
年齢は若く、良子と同い年か上ぐらいに思われる。
「冗談で済む内にさっさと命令をこなせ。」
蒼髪の少女はリリスをキツく睨みつける。
その瞳は刃のように鋭く、まるで心を突き刺すかのような冷たさを放っている。
それは動画を見ているさくら達にも伝わるほどで、再び背筋が寒くなるのを感じた。
芳江はようやく刀を喉元から外し、自身の鞘に入れる。
解放されたリリスは涙目になりながら、バタンと地面に倒れ伏せた。
どうやら相当、恐怖を感じていたらしい。
「わ、わかったわよ~。もう、せっちゃんのイジワル!すればいいんでしょ、すれば。せっちゃんなんてしーらない!トトリア・カタリア・テレポート!!」
リリスがそう叫ぶと良子とリリスは同時に画面から消えた。
今のは魔法だろうか?
何だかドラマでも見ているような気分になるが、これは現実であることは間違いない。
「…フン。全く、どうしょうもない奴だ。先生、我々も退散しましょう。内閣府もこちらに向かっています」
蒼髪の少女はため息をつきながら、芳江に話す。
そのため息には少々疲労が滲んでいた。
「そうね。精鋭部隊はきちんと戦っているの?」
芳江の尋ねに蒼髪の少女は頷く。
「そのようです。ただ、少し押され気味のようですね。
良子様の仲間と思われる連中が意外にも強いようで・・・」
「ふふ、素敵な友達に恵まれているようね・・・。ターシャ、あなたは先に本部に戻っていて。私は例の場所に向かうわ」
「…わかりました。お気をつけて」
一礼すると、ターシャと呼ばれた蒼髪の少女は跳躍する。
建物から建物へと跳躍を繰り返しながら進み、やがて見えなくなった。
「さて…そろそろ行きましょうか。私のわがままを叶える為にね」
そう言って芳江はどこかへと姿を消した。
動画はそこで終了した。
それと同時に文香はプログラムを終了させた。
「・・・なるほどね」
「…何かわかったの?」
「アンタには関係ない話よ」
さくらは首を横に振る。
学園事件の後、さくらは密かに屋上に行っていた。
その時、風が違うのを感じた。
それは懐かしいのと同時に、嫌悪の感情もあった。
その原因があの動画で全てわかった。
だが、それを文香に伝えようとは思わなかった。
彼女はこの戦いには何の関係もない。
無関係な彼女をこれ以上、関わらせたくない。
下手に関わらせれば命を落とすことになるかも知れない。
いや、それ以前に足でまといの人間がいると邪魔だ。
「…私ね、不良に絡まれていた所を良子さんに助けてもらったの」
「……」
「良子さんは優しくて、強くて、カッコよくて…私の憧れなの。
学校はあんなことになったけど、でも、良子さんはきっと生きてる!
だから、その手助けがしたいの!」
「それはアタシらの役目であって、アンタには関係ない。
これ以上余計な詮索はしない方がいいわ。死にたくないならね」
芳江達が何者なのかはわからない。
だが、妖魔と結託して良子達と戦わせたり、餓流館の精鋭部隊を学校に送り込んだりとかなりの権力を持っている。
荒覇吐の理事長・翡翠は芳江を様付けで呼んでいたという事実もある。
たかが一個人に妖魔が協力するとはとても思えない。
恐らく、芳江は相当な権力を持った団体・組織の長である可能性が高い。
正体が不明な分、相手がどれだけの規模なのかはわからない。
それが不気味さを感じさせる。
「これ、DVDに焼ける?」
「待ってて。すぐ済ませるわ」
慣れた手つきで再びパソコンを操作する文香。
数分後、焼いたばかりのDVD-Rをさくらは受け取った。
CDケースに入れたそれを大切に懐に入れる。
「・・・何も話してくれないのね?」
「言った所でアンタには手に追えない話よ。でも、約束する」
さくらは首を縦に振る。
「良子センパイは私が助ける。絶対にね…」
「・・・良子さん」
さくらのいなくなった部屋で、文香は良子の名前を呟く。
さくらには言ってなかったが、文香は良子たちの影の戦いを知っている。
実は全て人工衛星の映像で見ていたのだ。
妖魔の事、芳江という謎の女の事。
そして、さくら達の事も・・・。
だからこそ、わかっていた。
非力な自分がついていっても、足でまといになるだけだと。
「・・・神様。どうか、どうか、良子さんが無事でありますように」
カーテンを開け、窓を見る。
時刻はそろそろ夕方に近づいている。
茜色の空が青の空を薄く染めつつあった。
「そして、どうか、どうか十六夜さん達が良子さんを救出することができますように・・・」
文香はただひたすら祈る事しかできなかった。
それが歯がゆくて、苦しくて、辛かった。
「お帰り、さくらちゃん。お邪魔してるわよ」
自分の部屋に戻ると、マコ達が待っていた。
礼菜も二日酔いが少しは抜けたのか、マコ達を手伝っている。
何やら料理を作っているようだ。
ただ、さくらを見ると少しバツが悪そうに目を背けた。
昨日の酒乱の現場を見られたせいだろう。
なんとなく察したさくらは何も言わずに黙っていた。
今は何の言葉もフォローにはなりそうにない。
黙っているのが一番だろう。
「今ご飯を作っているの。みんなで食べましょう」
「マコさん、手伝いますね」
稲美も皿を運んだりと手伝っていく。
「はい。でもその前に…。先輩方にお話があるんです」
さくらは事の顛末を話しだした。
ガラステーブルの上には綺麗な蒼のテーブルクロスがかけられている。
その上にはスパゲティが4つ並べられていた。
お茶を入れたコップも4つ並び、フォークの準備もOKだ。
皆、食べながらさくらの話を真剣に聞いている。
「・・・という訳で、京子の情報で前橋文香という子に出会いました」
「前橋文香・・・ああ、うちのクラスの子よ、それ」
マコの言葉に頷くさくら。
「そこである映像を手に入れました。それを見てみましょう」
パソコンを起動させ、文香からもらったDVD-Rをパソコンに入れる。
そして、映像が映し出された・・・。
「・・・なるほどね」
映像を見終わり、マコ達はうつむいていた。
礼菜は涙を流し、泣き崩れている。
稲美もさすがに表情を曇らせていた。
「・・・誰なの。このリリスとかいう奴は。それにあの蒼髪の女は」
礼菜は涙をハンカチで吹きながら、さくらに尋ねる。
「リリス・クラウです。世界で暗躍しているテロリストですよ」
「テロリスト・・・」
ニュースではよく聞く単語だが、日常ではあまり出す事のない単語だ。
それだけに言葉に残虐さと恐怖が伝わってくる。
アメリカ同時多発テロ、地下鉄サリン事件・・・。
気分が悪くなる言葉の代表格だ。
「奴は元々ヨーロッパの貴族の娘で、幼い頃から我侭で贅沢な暮らしをしていました。彼女は魔導士の血を引き、幼少から強力な魔導を使えたようです。その力を利用して今では世界中でテロ活動を起こしています。噂では地球で起きてる紛争の8割にリリスは絡んでいるそうです」
「随分詳しいのですね、十六夜さん」
それまで黙っていた稲美が尋ねる。
「ええ、まあ。彼女とは何度か仕事で一緒だったので。
ある程度の情報は知っています」
「仕事って・・・餓流館の?」
「ええ。我が儘でタカピーでムカつく女でしたね。
男は寄ってくるんでしょうけど、同性の友達がいないタイプです」
さくらはあまり自分の仕事の事を具体的に言いたくなかった。
過去の事とは言え、許されることではない。
それを堂々と勲章みたいに自慢するのは間違いだ。
リリスと自分のしていることはさほど大差ない。
自分だって良子に救ってもらわなければ人殺しを続けていただろう。
同じ穴の
嫌な奴ほど、自分とよく似た所がある。
それは誰もが認めたくない、とても屈辱的な事だ。
「魔導ってのは、魔法って事なの?」
「そうです。魔法の元々の言い方が魔導です。
信じられないかもしれませんが、彼女はその使い手です」
「あんなテレポートを見せられたら、誰だって納得するしかないわ」
確かに魔法と言われても信じにくい。
だが、これまで妖魔と戦ってきたマコ達だ。
今更それぐらいで驚くことはない。
「ワープの座標がどこなのかは専用のソフトで割り出します」
「そんなことできるの?」
「ええ、任せてください。明日、遅くても明後日には出発したいですね。みなさん、準備をしておいてください。今日はこれで解散しましょう」
「OK。じゃ、任せるわね。あ、お皿洗わないと…」
「流しの桶に水で漬けといて下さい。後で洗いますんで」
「わかったわ。行くわよ、二人共」
「う、うん・・・。じゃあね、さくらちゃん」
「・‥失礼します」
皆、部屋を出ていく。
残ったのはさくらだけだ。
さくらはパソコン机に腰掛け、PCを立ち上げた。
黙々とキーボードに指を躍らせ、巧みにマウスを使っていく。
ソフトを起動させ、解析させる。
「後は待つだけか・・・」
さくらが起動させたのは「タイムゲートトラベラー」というソフトだ。
餓流館が開発したプログラムで、魔導士が唱える転移魔法・テレポートで移動した座標を割り出すことができる。
何でも、魔導士の転移にはある種の匂いが残るらしい。
その匂いは人間では感じられないが、何十年も消えないそうだ。
その匂いを元に日本各地に点在している匂いを収集する装置から割り出す。
その装置は電柱であったり、水のろ過装置だったりと、様々な物に偽装されている。
一般人が見つけるのは不可能に近いぐらい、偽装されているらしい。
さくらも一部しかそれを知らない。
また、それは匂い収集機能を単にオマケ扱い程度としてしか使っていない。
実際のその機能(電柱は電柱、ろ過装置はろ過装置)としての機能を失ったわけではない。
あなたが日頃何の疑問もなく使用しているそれは、実は何か別の役割があるのかもしれない・・・。
「さて、解析は任せてTVでも見ようかな」
パソコンからいったん離れ、すぐ傍のテレビをつける。
地デジ対応の最新40V型の液晶テレビだ。
まだ完全に引っ越した状態ではないので、大半の物は前の自宅に置きっぱなしだが、テレビは最新の物をすぐに家電量販店で買った。
以外とテレビっ子なさくらはテレビだけはどうしても寮の部屋に置きたかったのだ。
電源をいれると、ニュースがやっていた。
「次のニュースです。本日、東京都港区麻布十番の超高層マンション「十番オデュッセイア」が爆破、壊滅しました」
「え・・・」
十番オデュセイアは文香のいたマンションだ。
なぜ、爆破壊滅なんて・・・。
考える前にキャスターは続ける。
さくらはリモコンで音量を上げた。
「警察当局の発表によりますと、目撃者の情報などから空から何かが落ち、それとオデュセイアがぶつかったとの見方が高いようです。マンションには300人以上の住人がいた模様ですが、安否などの詳しい情報は入っていません・・・」
「・・・・・」
何かが空から落ちてきた。
マンションが崩壊するほどの何かが・・・。
それは恐らく・・・。
「あの人工衛生ね・・・」
あの人工衛星は何でも見すぎている。
それは芳江達にとって邪魔以外の何物でもない。
また、それを落とすことで前橋文香を殺すこともできる。
それは同時にさくら達に警告としても伝わるだろう。
一石三鳥というわけか。
「・・・・」
さくらはテレビを消した。
文香の安否は気になるが・・・今はどうしようもない。
例え、どんな犠牲を払っても良子を助けなければならないのだ。
しかし、もし、あのリリスが立ち塞がると言うなら・・・。
「必ず殺してやらないとね・・・」
暗黒の炎が静かにさくらの心に静かに燃えつつあった。
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