ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

六恩治小夜子

第1話「始まりの序曲 前編」



目を開けると、眩しい光が差し込んできた。

その光を手のひらで遮り、朝が来たことを知る。

外からはスズメ達の鳴き交わす声が聞こえてきた。




「……朝か」




少女はベッドの上で小さく呟いた。

枕の側に置いてある目覚まし時計を見る。

時計は「AM8:00 」となっていた。

普段なら遅刻、遅刻と騒ぐ時間帯だ。

しかし、今日はそれはない。

時計にはSatと表示されている。

今日は土曜日で学校はお休みである。

少女はベッドから起きあがり、うーんとのびをした。

大きく欠伸をしながら、窓の外の景色を眺める。




「いい天気だねぇ……」




曇ひとつない快晴で、太陽はキラキラと眩しく輝いている。

まるでこの世界を祝福しているかのようだ。

いつもなら窓の外に学生達やサラリーマンを見かけるが、今日はほとんどいない。

みんなまだ寝ているか、家でのんびりしているのだろう。




「休みの日ってのはなんだか空気が緩い気がするなぁ……」




別に空気は何も変わらないのだが、ついついそう思ってしまう。

少女は頬を両手で叩いて「よし!」と気合いを入れた。




「朝ごはんでも食べて修業するか!」




少女はパジャマを脱ぎ捨て、下着も新しいものにし、外着に着替えた。

有名な外人女優が白黒プリントされたTシャツ。

蒼のデニム・ジーンズが彼女のお気に入りだ。

それを履いたら、長い髪を後ろで一つにまとめる。

彼女曰くこれがチャームポイントらしい。

着替えを済ませ、1階の居間に向かった。




少女の名は剣良子(つるぎりょうこ)

年齢は16歳で、明日の始業式を迎えれば、晴れて高校2年生だ。

身長は162cm、体重は秘密。

誕生日は6月18日、血液型はO型。

良子は居間に来ると真っ先に冷蔵庫の扉を開けた。




「これこれ、朝はこれ飲まないとね!」




冷蔵庫の中には牛乳ばかり並んでいた。

全て、ミルミル牛乳の1000ミリリットル奴だ。

そのミルミル牛乳を1本取り出し、手を腰に当てて、ゴクゴク飲む。

飲むと言ったら飲む、飲みまくる。

ゴキュゴキュゴキュゴキュ……。




「ぷはー!この為に生きてるんだよなー!!」




まるで仕事終わりにビールを飲むオヤジよろしく。

良子は無類の牛乳好きである。

特にミルミル牛乳はお気に入りで、3歳から飲んでいるという。

しかも腹が丈夫で何本飲んでもお腹が痛くならないらしい。

口回りの牛乳ヒゲをタオルで拭いて、ついでに顔も洗っておく。

冷蔵庫から昨日あまったおかずを入れたタッパーを3つほど取り出し、テーブルに並べた。炊飯器を開け、ごはんを茶碗に装う。これで朝ごはんの完成だ。

あとはそれらをテーブルに並べ、イスに座った。




「いただきます!」




良子は割り箸を割り、早速食べ始めた。

無音は寂しいので、冷蔵庫の上にあるラジオのスイッチを入れ、チューニングを合わせる。ラジオから流れてくるのは、のんびりとした季節の話題や特集だ。

たまにニュースや交通情報が流れてくる。

良子はラジオを聞きつつ、のんびり朝食を味わっていた。

彼女の休日の朝はいつもこんな感じだ。




良子には家族がいない。

両親がいたが、良子が3歳の時に離婚し、父親は行方不明。

その後、母は良子を自分の友人に預け、蒸発した。

良子が16歳になった今も母の行方はわからない。

以来、良子は母の友人に育ててもらった。

その母の友人から良子は様々な事を学んだ。

以後、良子は彼女を師匠と呼び、慕っている。

この家も良子の生家ではなく、良子が中学入学の時にお祝いでくれたものだ。

何でもたくさんある別荘の内の一つだと言う。

良子はここで一人暮らしをしつつ、仕送りで生計を立て、学校生活を送っている。

いや、彼女が続けているのはそれだけではない。




「ごちそうさま!さ、修業、修業!」




茶碗とタッパーを炊事場に置いて水に漬け、良子は庭に出た。

庭の壁に立てかけてある木刀を掴むと、その場で勢いよく振るう。




「1、2、3……」




朝の素振りは良子の日課である。

先述した通り、良子は師匠に様々な事を教わった。

料理、洗濯、家事、世の中の常識……。

その中で最も教わったのが剣だ。

良子の師匠は剣術を得意とし、凄腕の実力者でもある。

良子は3歳からずっと師匠に剣を教わってきた。

体力作りや模擬練習、技の稽古なども学び、身につけた。

朝の素振りは4歳から始め、今まで一度も欠かしたことがない。

毎日1200回やるように決めている。




「23、24、25……」




良子は黙々と朝の素振りをこなしていく。

最初、この家に来たばかりの頃は良子を不思議に見る人もいた。

何にしろ、花も恥じらう女子高生が自宅の庭先で木刀を振り回しているのだ。

だが、良子は町内会の掃除や祭りに積極的に参加していて、近所のオバチャンとは仲がよい。自分の境遇も何人かには話しているので、今は木刀を振るう彼女を誰も不思議に思わない。熱心だねぇと声をかける人もいるぐらいだ。




「おはよう、良子ちゃん。朝から精が出るわね」




一瞬、近所のオバチャンが声をかけてきたのかと思った。

だが、オバチャンにしてはあまりにも声が若い。

そして、オバチャン以上に、自分にとって馴染みのある声だった。

とても透き通った、聞き覚えのある綺麗な声……。




「し、師匠?」




良子が振り向くと、そこには良子の師匠がいるではないか。

いつの間に来たのだろうか……気付かなかった。

良子は慌てて頭を下げる。




「お、おはようございます、師匠。何かご用ですか?」




「用がなきゃ来ちゃいけない?」




「いえ、そんなことないですけど。珍しいですね、こんな朝早く」




良子は苦笑した。

師匠と呼ばれた女性は逆に微笑していた。

歳は20代後半から30代半ばぐらいだろうか。

美人という言葉がよく似合う大人だと言える。

まるでドラマのヒロイン役の女性がそのまま出てきたかのようだ。

そんな彼女がこんな住宅街の中では流石に浮いてしまう。

通行人の何人かがチラチラとこちらを伺うが、彼女は気にしていないらしい。

視線を合わせることなく、ツンとそっぽを向いている。

だが、そんな表情も素敵であり、まるで芸術作品のように美しい。

惚れ惚れしてしまうなぁと良子は思った。

とびきり可愛いわけでもなければ、ブサイクでもない良子とは大違いだ。

どうやったらそんなに綺麗になるのか聞いた事があるが、特別なことは何もしてないという。ようするに生まれつきの才能だという事だ。




彼女こそ、良子の母の友人であり、また良子の育ての親。

そして良子の師匠でもある人物で、名を染井吉野そめいよしのという。

もちろん、この名前は偽名で本名は良子ですら知らない。

一度本名を尋ねた事があるが、うまくはぐらかされて教えてくれなかった。

だが、別に良子は気にしていない。どんな名前でも師匠は師匠だ。




「あ、立ち話もなんですから、中にどうぞ。お茶入れますよ」




「その必要はないわ」




「え?」




染井は指をパチンと鳴らした。




「初めてちょうだい」




すると、どこから現れたのか、大勢の女性達がその場に一列で並びだした。

それらは若い女性達で、オレンジの作業着を着用し、何故かサングラスを装着している。ざっと見ただけで50人以上はいるだろう。

一見すると女性の引越し屋さん業者に見える。

だが、引越し業者など頼んだ覚えはない。




「了解っす!」




作業着の女性達は良子の家に勝手に入り、何か相談しながら、部屋にドカドカと入り、漁り始めた。




「ちょ、何勝手に入ってんのよ!ウチの家よ!」




「はいはい、説明は後でするから。あなたはこっちよ」




「ちょ、ちょっと師匠?」




染井は良子の首根っこを掴み、有無を言わさず連れて行く。

家の外には黒のデカくて厳つい高級外車が停まっていた。

染井の愛車・キャデラックSRXだ。

米国大統領の専用車としても長年使用されており、「アメリカの富の象徴」とも言える外車だ。厳つくグイグイ迫るボディとその速さはアメリカの気迫と勢いを感じる一台だと言える。だが、街中では滅多に見なかけることはないだろう。




染井は良子を後部座席に強引に座らせ、シートベルトでがんじがらめにして身動きできないようにしてから自身は助手席に座る。

さらにその左右を別の作業着女性2人がドアの前に座り、良子の脱出を拒む。

良子は警察に連行される犯罪者よろしくの形になる。

染井は助手席に乗り、運転席には作業着女性の一人が乗る。




「出して。例の場所へ」




「了解っス」




作業着の女性はエンジンをかけ、爆音と共に車が発進した。

良子は首だけを後ろに向けて自宅を見た。

作業着の女性達はまだ良子宅で何やら作業をしているようだった。




「ちょっと、師匠!いきなり何なんですか。いくらなんでも怒りますよ!」




「大丈夫、悪いようにはしないわ」




「もう十分されてますよ!説明して下さい。納得のいく説明を!」




「はいはい、後でね。じゃ、よろしく」




「はっ」




運転席の作業着女性がカーステレオ近くの何かのボタンを押した。

すると、運転席と後部座席の境目にウィンドウが降りる。

良子の左右に座る作業着女性達がどこからか出したガスマスクを装着する。

ガスマスクなんて初めて見た、映画の世界でしか見たことがない。

だが、これは現実だ。

驚いているのも束の間。




「え……?」




側にある噴出口からガスが出始めた。

ガスは無味無臭だが、鼻のいい良子にはそれがすぐに睡眠ガスだと気づいた。

良子は吸うまいとしたが、ガスは容赦なく良子に襲い掛かる。

必死に息を止めて吸わまいとするが、ガスはどんどん口や鼻を通して良子の体内に侵入していく。数分後、良子は気を失った。




「成功です。良子さんはぐっすり眠ってます」




後部座席の女性が報告する。

やがてガスが止まり、ウィンドウが天井に収納された。

後部座席の女性たちもガスマスクを外す。




「起こさないようにそっとしておいてあげて」




「はい」




「あの、染井様」




「何?」




運転席の席の女性が運転に集中しつつも、おどおどしながら聞く。




「私が言うのもアレなんスけど……やり方が強引つーか、乱暴すぎません?説明ぐらいしてあげた方が」




「言って聞くような子じゃないわ」




「で、でも……」




「言いたいことはわかるわ。でも、こうでもしないと聞かないのよ。母親に似て頑固だからね、良子ちゃんは。自分の意見は絶対に曲げないタイプよ。まったく、変な所までそっくりだわ……やっぱり親子ね」




「は、はあ……」




苦笑いを零す染井。

部下は釈然としない様子だ。

だが、反論はしなかった。




「それに、これから先を考えるとどうしても必要なのよ。この子の力は」




「……奴等のことですね?」




「ええ」




「……そうですか」




作業着の女性はそれ以上何も言わなかった。

車内は無言のまま、重苦しい雰囲気になる。

女性はカーステレオを操作し、ラジオを流して雰囲気の緩和を図る。

交通情報を収集したいという考えもあるので一石二鳥だ。

車はそのまま、目的地を目指して走り続けた。

その先に待つのは希望か絶望か、それとも……。

ぐっすり眠る良子には知るよしもなかった。










それから何時間が経過しただろうか。

良子が目を覚ますと、車は既に停まっていた。




「う、うーん……」




良子は目を擦ろうとしたが、シートベルトに絡まっているせいで手がうまく動かせない。




「お目覚めね、良子ちゃん」




「し、師匠……?」




「まさか10時間もぐっすり眠るとはね。あの睡眠ガスかなり強力なのね」




その台詞で良子はハッと思い出した。

染井が家に来たこと。

作業着の女性たちが突然大勢でやってきて、良子の家に無断で押し入り、家を漁っていた事。師匠に車に無理やり乗せられて、ガスで気を失ったこと……。




「ちょっ、し、師匠……」




動こうとしたがシートベルトにがんじがらめにされて動けない。

どうにかしようともがくが……。




「シートベルトを外してやりなさい」




「はっ」




良子の左右に座っていた作業着の女性たちが良子のシートベルトを外す。

解放されたものの、長時間車の中に変な姿勢でいたので、体の節々が凝っていた。

肩が凝っているし、お尻も痛い。

車に乗り慣れていないとよくある事だ。

染井達が車を降り、良子も少しフラつきつつも、車を降りた。

長時間、車の中に居たので、地面に足が着くと何か変な感じだ。

外は太陽が爛々と輝いていた朝から、いつのまにかコバルトブルーに染まった夜空へと変わっていた。




「うーわー、もう夜じゃん。つか、ここどこ?師匠。説明してくれますよね?」




「ええ。ここが今日からあなたが通う学校よ」




「だから説明……って、え?」




よく周りを見ると、そこはどこかの学校の正門の前だった。




石碑には「荒覇吐学園高等学校」と書かれていた。




「あらはくがくえんこうとうがっこう?」




「違うわよ。荒覇吐学園高等学校あらはばきがくえんこうとうがっこうって読むのよ」




苦笑する師匠。

聞いたことのない名前だった。

なにかの地名だろうか。




「荒覇吐は大昔に存在した神様の名前よ。ここは元々その神様を祭る神社だったんだけど、時代の流れで学校になったの。でも、学校の奥には小さいけど神社もあるのよ」




「へぇー……ってそうじゃなくて!ここがウチの通う学校?ウチは自分の高校がちゃんとあります!つか、ここどこ!!」




「前の学校には急な都合で転校したと伝えたわ」




「な、なんて勝手な事を……」




「ちなみにここは東京よ」




「東京って……はあ!?車で大阪から東京まで移動したんですか!?っていうか東京!?日本の首都の?他人に無関心で冷血漢な人たちしかいなくて、夜にはクラブでハーブ吸ってる人ばっかのあの東京!?」




「良子ちゃん、それは偏見よ。そういう人は一部だから。多くの人はごく普通の人達よ」




頭の中が激しく混乱する。

新しい高校がここで、ここは東京都。

前の学校は転校……大阪じゃない?

正直、意味がわからない。




「ちょっと、じゃあ、ウチはどう生活をしたら!?」




「あなたの家の物はここの女子寮に送ったわ」




「え、じゃあ、この作業着の人たちは……」




「私の部下よ。少々強引だったけど、引越し荷物を纏めるために手伝ってもらったのよ。でも、良子ちゃんもお年頃だし、運ぶのは女性だけにしたのよ」




運転席と後部座席にいた少女たちが軽く礼だけした。

つまり、染井は最初から良子をこの学園に転校させるため、自分の部下を使って、良子宅の荷物を学園の女子寮に運ばせた。

で、良子を無理やり大阪から東京の荒覇吐学園まで連れてこさせた。

そして行くことを決めていた大阪の高校には転校したと伝えられてしまった…。

良子の性格上、絶対に言うことを聞かないと思った染井は良子を無理やりここへ連れてこさせ、荒覇吐学園高等学校に強制転校&寮に引越しさせたのだ。




染井は良子を3歳の時から預かり、育てている。

染井は良子の性格をよく知っている。

いつも毎日修行に励むまじめぶりも、幼稚園の時に男の子をケンカで泣かせてしまうやんちゃぶりも。

父親や母親が突然いなくなり、一人夜中で泣いていたことも。

けれど、そんな寂しさを見せずに頑張ってきたことも……。

染井は良子の全てを知っていると言っても過言ではない。

彼女の悲しみも苦労も努力も理解し、彼女の全てを見てきた。

良子が中学に入学してからは家を与え、一人暮らしをさせている。

けれど、いつも染井の心の中には良子がいる。

良子を心配する気持ちは13年経った今も変わらない。

それは良子も理解しているし、感謝もしている。

良子の心にもいつも染井がいて、それは一人暮らしをしても変わらない。

また、週に2~3度は染井と電話で連絡しあっている。

とはいえ、いくらなんでもこのやり方は横暴だ。

説明も何もなしで強制連行&強制転校はあり得ない。

いくらお世話になったとはいえ、横暴すぎる。納得できない。

怒りが胸の中にこみ上げてくる。




「状況が呑み込めたみたいね」




「師匠、どうしてこんな勝手な事を?支離滅裂です、わけわかんないですよ!」




「大丈夫。ここは暇つぶしをするにはもってこいの場所だからね」




「何が大丈夫なんですか……つか、暇つぶし?」




「ええ」




染井がギロリとするどい瞳でこちらを睨みつける。

声にも凄みが増しているのは気のせいじゃないだろう。

良子は背筋がゾクッとするのを感じた。




「あなた、また街の道場を襲ったみたいね」




「うっ……!」




「70もの道場に押し入り、門下生を負傷させて看板を奪った。他にも不良グループやヤクザの組を壊滅させて、警察沙汰にもなっているそうね?」




「ど、どうしてそれを……」




「師匠の私が、弟子のしたことを知らないとでも思っているの?」




良子はあうあうと何も言えなくなる。




「まったく、あなたって子は。中学の時も似たような事してたわよね?よーく釘を刺しといたのに、全然懲りてなかったのね……」




染井は頭に手を当て、ため息をつき、呆れたように言った。




「おかげでクレームが入るわ、相談されるわで大変なのよ。力自慢したいからって、弱い者いじめして何が楽しいの?」




「ど、道場は力自慢ですけど。ふ、不良やヤクザはいいじゃないですか。あいつらはご近所に迷惑かけてるんだし、淘汰されて当然の存在じゃないですか……」




染井は再び、ため息をついた。




「だとしても、それは警察の仕事よ。ヤクザや不良ならボコボコにしてもいいという大義名分にはならなわね」




「うっ……」




その通りである。

良子は修行するだけでは満足せず、たまにストレス解消と腕試しを兼ねて街の剣術道場に行っては門下生を倒しまくり、看板を奪っている。

看板が奪われれば道場はおしまいだ。

しかも、それが女子高生に襲われたとなれば世間から嘲笑される事は必至。

結果、道場主は道場を辞めざるを得なくなる。

そして、路頭に迷うようになるのだ。

そうなれば、真面目に頑張る門下生にも迷惑がかかる。

また、不良グループやヤクザの組を潰せば、組同士はどこかの差し金かと疑心暗鬼になり、潰し合いを始め、抗争が勃発するだろう。

そうなれば、警察も慌ただしく動くことになる。

不良グループも同じ理屈でチーム同士の潰し合いが勃発する。

結果、街の治安は良くなるどころか、逆に乱れる一方なのだ。




「良子ちゃん、剣を持つ理由を私はなんて教えた?」




染井は再びため息をつき、良子に尋ねた。




「じ、自分の大切なものを守るためです」




「その通りよ。でも、自己満足の為に剣を持てとは教えてないわ。だいたい私が教えた剣術は他の流派とは違う。あなたが勝てるのは当たり前なのよ」




「で、でも……」




「でももかかしもない!罰としてここに入ってもらうわよ」




「そ、そんなぁ……」




「それにね、ここならあなたの憂さ晴らしもできるはずよ」




「え?」




染井は微笑してそう言った。

それはどういう意味だろう。

深く聞こうと思ったが。




「あの~……」




「ん?」




振り向くと少女がいた。

少女はブレザーに天に駆け登ろうとする黄龍が描かれたスカジャンを羽織っていて、下にはフレアスカートを履いている。

スカジャンとは光沢のある化繊の刺し子地で作られ、背中に大型で派手な刺繍が施されているスタジャンに似た形状のジャケットの事だ。

そして、腰には二本の刀を装備している。

この学校の生徒だろうか。

それにしては服装が個性的な気もする。

女子でスカジャンを着る人はかなり珍しい。

普通は男性が着るものなのだが。

丹精な顔立ちで優しげな顔に良子は見覚えと懐かしさを同時に感じた。




「……もしかして礼菜?」




「久しぶり、良子」




礼菜と呼ばれた少女はニコリと微笑んだ。

良子は信じられないという表情をしたが、気持ちは嬉しさが勝った。




「うわあ、久しぶり!元気だった!?」




良子は思わず礼菜に抱きついた。




「ふふ、熱烈な抱擁ありがとう。元気だよ」




礼菜と呼ばれた少女は笑顔で良子を抱き返してくれた。

涙混じりの良子に礼奈もうるうると瞳が濡れている。

彼女の名は橘礼菜たちばなれいな

中学時代、礼菜は良子と共に染井の下で剣を学んでいた。

年齢は良子と同い年で、身長は162の良子に比べると少し低い。

高校進学前にある事情で礼菜は転校することになり、二人は離ればなれになってしまった。生憎、二人はまだ携帯電話を持っていなかったのでやりとりができず、それ以降は一度も会うことができなかった。

だが、良子も礼菜も染井の下で過ごした日々を忘れたことはない。

久しぶりの柔からな感触と温かさに涙する二人。

嬉しくても涙が出るものなんだな……と良子と礼奈は気持ちを共有していた。




「ってゆうか、礼菜がここにいるって事は……」




「そだね。一応言っておこうか」




礼菜は一旦良子を離し、涙を袖で拭いた。

咳払いして声の調子を整える。




「ようこそ、荒覇吐学園高等学校へ。剣良子さん、全校生徒を代表してあなたを歓迎します。一緒に頑張りましょう!」




「え」



一瞬の沈黙。



そして。




「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!」





良子の驚きの声が辺りに木霊した。





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