第20話

「準備は良いか?」

 施設の裏の、礼に出会ったあの森で。瑛に問われた仁優は緊張した面持ちで頷いた。

「あぁ。……今回はまた一段とビラビラした格好で行くんだな」

 緊張を紛らわせるため、仁優は間の抜けた事を口にしてみる。瑛は、艶やかな深緋の衣裳を纏っていた。領巾に勾玉の首飾りまで付けている。短い髪と銀のイヤーカフが無ければ、飛鳥奈良時代の人間だと言われても納得できそうだ。

「向こうでは、この服装の方が目立たないんだ。着慣れているから、これで動きが鈍るわけでもないしな」

 心なしか、瑛の言葉が弾んでいる。暴れに行くのだとは言え、数千年過ごした第二の故郷とも言える場所に行けるのは嬉しいのだろうか。それとも、ウミ、礼、それに天と、ほんの少しではあるが家族として、親子として、接する事ができて心が軽くなったのだろうか。

 恐らくは後者だろうな、と仁優が考えている前で、瑛はイヤーカフを外し、息を吹きかけた。右手の中で銀の剣に変じたそれで、瑛は鋭く宙を薙ぐ。すると、剣で薙いだ空間に赤黒い筋が走った。

「これ……黄泉族の門……」

「そうだ。……元は黄泉族の女王だからな。門の作り方ぐらいは覚えている」

 そう言うと剣を納め、瑛はさっさと門をくぐっていこうとする。

「おい、置いてくなよ!」

 抗議しながら、仁優も門をくぐる。くぐった瞬間、ぬめり、という感触があった。

「……!?」

 全身が粟立つのを感じ、仁優は慌てて辺りを見渡した。だが、足元は特にぬかるんではいない。空気が湿ってはいるが、ぬめぬめした何かが宙を漂っているというわけでもなさそうだ。それでも、何か不快な物が纏わりついてくるように感じる。それも、身体ではなく、心に。

「……これが、黄泉国……」

「ここはまだ序の口だ。奥へ進めば進むほど、それは濃厚になる」

 不快そうに顔を顰めた瑛が言う。慣れているから不快に感じないというわけではないようだ。

「どうする、守川? 今ならまだ間に合うぞ。……やめておくか?」

「冗談。これぐらいで怯んでたまるかよ!」

 意気込む仁優に、瑛はフッと笑った。そして、凛々しく顔を引き締める。

「その意気だ。……良いか。その意気込みと、黄泉へ赴く目的を絶対に忘れるな。忘れたが最後、お前は天宇受売を守れなく……いや、恐らくは失う事になる」

 失う……その言葉に仁優は生唾を呑み込み、そして頷いた。瑛も、黙って頷き返す。そして行く手を顎でしゃくった。

「黄泉国……造化三神と天宇受売は、この先だ。……行くぞ」

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